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第二十二話 からかい上手の女神さま

「ふーっ、いい湯だった」


 二次試験から数日、元の世界との齟齬を埋めるのに手間取ったが、合格通知が届きようやく一息つくことができた。

 光一は日課のランニングを終えて、これからどうするべきかを考えていたところだ。元の世界でも実質一人暮らしのようなものだったからか、家事は特に問題はない。数日かけたおかげで、周辺の地理は頭に入っている。


(さーて、どうするかな。暇な一日というのも久しぶりだから、何していいか迷う)


 この世界に来てからは、目の前の課題をこなすことで精いっぱいであると同時に、他のことを考える必要はなかった。そこで急に自由といわれると、途端にやることがなくなってしまう。脱衣所で頭を拭きながら、適当な公園で自身操作の練度上げでもしようかと思っていると、


「また、随分とつまらなそうなこと考えているじゃないか」

「うぉ!? リ、リース!?」


 いつの間にか目の前にリースがいた。その声を聞いた光一は、反射的に過剰集中オーバーコンストレイションを使い、人間の限界近い速度でタオルを腰に巻く。その速度と本気たるや、二次試験はおろか関田と闘った時を超えかねないものであった。


「出てくるなら言ってくれよ……驚いたじゃないか」

「ごめんごめん。なーに、私の従者がせっかくの休みを灰色に過ごそうとしていたからね」


 けらけらと笑うリースを横目に、光一はいそいそと着替える。神と人との感覚の違いはわからないが、人からすれば十分に恥ずかしい。


「? なんだかいい匂いが」

「台所と冷蔵庫の中身は使わせてもらったよ」


 着替え終わり、冷静になった光一の鼻を何やら香ばしいにおいがくすぐる。リースに連れられてキッチンの方に行くと、そこには二人分の朝食が用意してあった。メニューは白飯とベーコンエッグに味噌汁。

 面倒くさいという理由で、白飯に生でベーコンと卵を流し込むような食生活をしていた光一が、こんな手の込んだ朝食を作るわけはない。ならば、


「いい朝はいい朝食から、本にもそう書いてあったよ。ホントは出汁から作りたかったけど、時間なかったから簡単にね。ほら、食べよう」

「お…………おおぉ」


 用意したのはリース以外にいない。時間をかけた調理ができないことを残念がる彼女であったが、光一は感動で一瞬思考が止まってしまう。

 人の手料理自体久しぶりだというのに、それを作ってくれたのは世界で一番大切な人(神)ときたものだ。まともな思考ができるわけがない。


「光一…………聞いてるのかい?」

「おっと、すまん。味わい過ぎて聞いてなかった」

「すまない気持ちがあるなら、今日は私の頼みを聞いてくれるよね」

「勿論」


 リースの頼みならば、光一はどんなことだろうと聞くのだが、返答に満足した彼女は言葉を続ける。


「じゃあ、今日は街の方に遊びに行こうか」

「街か、確かにロクに行ったことなかったな。」


 アルマトゥーラ学園のすぐ近くの街がこの辺りでは一番発展している通りであり、一通りの施設がある。この辺りの人々が遊びや専門的なものを買おうとすれば、まずここに来るというところなのだが、この世界に来てから娯楽と無縁だった光一からすれば、行く選択肢がなかったのだ。


「それじゃ、決定。エスコートは任せたよ」

「経験不足な俺で良かったら」









 予期せぬ外出となったが、ここしばらく気が張り詰めるばかりで、たまには息抜きもいいだろう。そんな事を閑雅ながら、光一は最寄り駅の前でリースを待っていた。一緒に出ても良かったのだが、


「先に出ててくれないかな、私は少しやることがあるからさ」


 そう言って光一は家を追い出される形で出てきたのだ。三十分ほど携帯をいじりながら待っていると、


「ごめん、待ったかい」

「…………おぅ」


 本日二度目の声にならない声。いつもの服から一転、リースが着てきたのは純白のワンピース。ただでさえ白い肌と髪色も相まって、より神秘的に見える。


「たかだか十分程度だ、待ったうちにも入らない」

「そうかい、そういってくれるとこっちも気が楽になるね」


 “それじゃ、いこうか”と歩き出すリース。だが、数歩進んだところで止まり、くるりとこちらに振り向く。


「そういえば」

「?」

「まだこの格好の感想を貰っていなかったね」


 既に分かっているのだろうに、からかうように笑うリースに、光一はやや恥ずかしそうに顔を背けながら、


「……すごく、似合ってるよ」

「うん、ありがと」


 そう短く返すのであった。




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