65・はじめての傷
出かける前は小雨だった雨は、お昼頃になると本格的に降り出していた。
傘を差しながら商店街を歩いていた私は、向かいから仲良さげに腕を組んだ男女を見つけて、立ち止まってしまった。
男の人は北条真人先輩だった。
同じ傘に入った女の子は、丸顔のかわいらしい人だ。誰なのかは分からない。二人は、顔と顔を近づけてキスできそう距離でクスクスと親しくしていて、どんな関係なのかは考えなくても理解できた。
幸せなカップルは、びっくりと目を開いている私に気付かず通り過ぎていった。
先輩と私との距離はどんどん離れていった。近づきたかった。だけど私は北上先輩の後ろを追いかけることはできない。振り向くのが恐くて、私は北条先輩の背中を見送れなかった。
「ちょっと。可奈、落ちてる」
「え?」
お姉ちゃんが傘を持っていた。私のだった。気が付いてみれば私は雨に打たれていた。傘を受け取るけど、また手を放しそうになった。
「どうしたの?」
急に放心して上の空になった妹の顔を、心配そうに覗き込む。
「何かあった?」
「あー、うん。別に……」
「何もなかったって顔じゃないじゃない。あたしに隠し事するわけ?」
「そうじゃないけど」
傘が落ちそうになり、お姉ちゃんは傘を持つ私の手を強く握った。
「言いなさい。つーか、言え。さっきまで元気だった可奈が、急にしょぼくれるんだもの。心配するわよ、もう」
「うん。さっき……」
「さっき? 立ち寄ったブディックのこと?」
「ううん、この道。北条先輩が通ったの」
「北条先輩。だれそれ?」
「んと。私の学校の先輩の人。バスケやってて。かっこいいの」
「ふーん。そんなの、いたんだ」
私にそんな男の人がいたのに、意外そうな顔をする。
「先輩。女の子と歩いてた」
相合い傘の女性を思い出して、涙が出そうになった。
「そっかそっか。失恋しちゃったか」
私の頭を撫でてくれた。お姉ちゃんの手を感じる内に、目から涙が膨れあがっていって、それが零れてきた。
「失恋なのかな。ちょっといいなって、思っただけなんだけど」
「泣くほどショックなんでしょ。それは、フラれたってことよ」
お姉ちゃんは優しく微笑む。
「可奈も女の子なのね。安心したわ。あんた、そういうのに疎いって思ってたから」
「ひどーい」
「ごめん、ごめん。んじゃ、お昼食べましょ。あたしのオゴリね。ぱぁーっと食べちゃえば、吹っ切れるわよ」
「うん」
私は頷いた。
失恋したけど、お姉ちゃんとの距離は近くなった気がした。




