この世界における結婚という制度
「美哉ちゃんと橘香ちゃんとの結婚式はいつ挙げるつもりだい?」
福乃があえて二人との結婚式の予定を尋ねる事で、宮坂家として美哉と橘香との結婚に対して含むところはないと意思表示をしてみせた。
「出来れば実家近くのお世話になっている神社で挙げたいけど……」
伊吹が後ろに控えている美子と京香を振り返る。
「伊吹様のご意向通りで結構です。
式を挙げるどころか娶っていただけるだけでも過分な扱いですので、いつになろうと文句などあろうはずがございません」
美子が答え、京香と美哉と橘香が頷いてみせる。
伊吹としては、美哉と橘香との結婚式は絶対に外せないと考えている。
「それについてはまた改めて詰めようか。
ちなみにこの世界での結婚って、儀式としての結婚式以外に、事務的な手続きはあるの?
婚姻届とか」
伊吹の質問に対して、既婚者である福乃が答える。
「婚姻届は書く必要があるよ。一度に複数の妻と婚姻関係を結べる。
その際、第一と第二夫人は婚姻届とは別に母方三親等以内の血族に男兄弟がいる事を証明する手続きが必要になるね」
母方三親等以内の血族に男兄弟がいる事が、第一夫人と第二夫人になれる条件として法律で定められている。
理由としては、母方三親等以内の血族に男兄弟がいる女性の方が、より男子を産みやすいとされているからだ。
「いちいち書類を作成しないとダメなんですね。
マイナンバー制度があれば手続きを簡単に出来そうだけど」
「何だい? それは」
伊吹が福乃へマイナンバー制度について、それぞれ個人に対して番号を振り、その番号さえ入力すれば本籍や血縁関係が役所側で確認する事が出来ると教える。
「なるほどねぇ、なかなか便利そうだね。
一応知り合いに教えておくよ」
宮坂家ほどの名家であれば、身内に政治家の一人や二人は抱えているのだ。
「銀行口座と紐付けて収入の把握、運転免許証と健康保険証と紐付けて一本化、全国のコンビニで住民票や印鑑証明書などを発行出来るなど、色々と便利になりますよ。
まぁ、収入の把握ってのは自営業の方などには不人気になるかも知れませんが」
「そうかもね。
まぁ私達は関係ないさ、男性名義の収入には課税されないからね」
「あぁ……」
改めて伊吹は『男にとって極めて都合の良い世界』であると実感する。
国から男性保護費を受け取り、収入に対する課税もない。妻は複数娶れる。
良い事ずくめだ。
「そういえば、娘さん達との関係についてはどのように受け止めれば良いんですか?
まぁ、まだ手も触れていませんけど」
先ほど福乃から直接、自分の娘達も可愛がってほしいと言われたところだ。
また、夜の営みについての話題が出た際に、紫乃も翠も琥珀も、自ら進んでお役目を果たしたいと申し出ていた。
「気を悪くしないでほしいんだが、男性は結婚した第一夫人の親族と第二夫人の親族、そのほとんどを好きに出来るんだ。
男性が気に入りさえすれば、自由に寝室へ誘って良いのさ」
国としては、婚姻制度の存続などそれほど望んではいない。
むしろ男性には、婚姻関係があろうがなかろうが、自然妊娠の機会が増えるほど男児の出生する可能性が増える。
つまり、男には手当たり次第女性に種付けをしてもらった方が良いのだ。
第一夫人だの第二夫人など関係ない。
では何故男性は第一夫人と第二夫人を娶ってからでないと、母方三親等以内の血族に男兄弟がいない女性との結婚が出来ないのか。
それは、昔から続いている公家やその分家、その他財閥の家が男性を確保しやすいようにする為である。
そうする事で、力のある家からは比較的男児が生まれやすく、人工授精で子を産む一般女性からは女児ばかりが生まれる。
崩される恐れのない支配階級と労働階級との間の壁になっているのだ。
「近くで支えてくれていて寝食を共にする女性なので、子作りはするけど籍は入れないと言うのがひっかかるんですよね。
正直に言うと、結婚という形で繋がりを確かにしたいし、そうでないと蔑ろにしているという罪悪感で僕自身が苦しみそうです」
伊吹は紫乃と翠と琥珀、そして自分の執事である智枝とも、籍を入れるべきなのではと考えていた。
自分はこの世界の一般的な男性とは価値観が違うのだから、自分の価値観でもって彼女達に報いたいと思ったのだ。
「ありがたい話だけどね、籍を入れるのは早計だよ。
伊吹様はこれから影響力を増していくだろう。
その時、籍を入れた妻達のほとんどが宮坂家由縁の者だったら、それが足を引っ張る可能性だってあるんだ。
籍を入れる事と、苦楽を共にする事は分けて考えた方が良いと思うよ」
(平民とは結婚しない、物語のお貴族様の考え方みたいだな)
伊吹は福乃の示した考え方について、完全に同意する事が出来ない。
政治的な事柄の為に、自分の大切な人との関係を犠牲にする事に納得がいかないのだ。
「寝室へ呼んで頂くだけでも光栄な事ですので、私達の事はお気になさらないで下さい。
これまで以上に精一杯お仕え致しますので、よろしくお願い致します」
「うーん……。こちらこそよろしく頼むよ。
そうだ、籍を入れるかどうかを決めるよりもまず、宮坂家からの出向の形を止めて、正式にVividColorsへ所属してもらおうか。
役員付きの秘書というよりも、経営企画室とかの方がより活躍してもらえるだろうし、僕としても自分で考えて動いてもらった方が助かると思うんだよね」
「こちらとしては問題ないよ」
伊吹はこの三人に対し、将来的に増えていくであろう子会社や関連会社を任せても良いと考えている。
それほど長い付き合いではないが、それくらいの信頼関係が築けている。
「あとは智枝だけど、どうしようかなぁ。
お母様が言う『時が来たら』の後になるの?」
智枝との結婚に関しては、智枝が本来所属していた家か組織か、そちらの都合もあるだろうと考え、伊吹は自分一人で決められる問題ではないと考えていた。
「私はあくまで執事でございます。
家具と同じく、お使いになられたい時だけ寝室へお呼び頂ければ」
「何で抱かれる前提なんだよ」




