コスプレ文化
「ご無事で良かった、本当に良かったです」
伊吹が屋敷を脱出する際、襲撃犯に立ち向かってくれていた侍女達が、事務所で伊吹と再会を果たした事で感極まって泣き出してしまった。
もちろん伊吹が無事である事は早い段階で聞かされており、生配信などで元気な声を聞いていたが、実際に顔を合わせると色々な感情が溢れ出て来るものだ。
(こうして見ると、屋敷にいた時と同じただのおばちゃんなんだよなぁ。
あの時は襲撃犯を何とかしないといけない状況だったから、あんな過激な反応を見せていたんだろうか)
伊吹が京香と共に屋敷から脱出する際、全ての指を折れ、両足も折れ、むしろ殺せなどと叫んでいた女性達と同一人物だとはとても思えない。
「皆さんが時間を稼いでくれたお陰で無事逃げ延びる事が出来て、今ここにいます。
本当にありがとうございます」
泣き止まない近所のおばちゃん、もとい、侍女のお姉さん達の手を取って、一人一人礼を伝える伊吹。
「ちなみに、貴女は僕にうちわをくれたバイトのお姉さんですよね?」
伊吹が、事務所まで侍女のお姉さんを連れて来た宮坂警備保障の警備員に尋ねる。
「はい、そうです。
指示を受けて伊吹様をお探しておりました」
彼女は三ノ宮家から依頼を受けた宮坂家の指示により、伊吹を捜索してた内の一人だ。
伊吹がラーメン屋から出て来たところを発見。
男性である事を確認した後に本部へ連絡している間に藍子がスライディング土下座で現れた、というのが真相である。
スライディング土下座したのが藍子ではなく一般女性だった場合、実力行使で排除していた事だろう。
「僕が知らない間に色んな人のお世話になっていたという事ですね。
本当にありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですので。
では、失礼致します」
(うちわくれた時と全然雰囲気が違うな。
あの演技も警備員として必要な技術なんだろうか)
警備の女性と侍女のお姉さんが事務所を出て行く。
入れ違いで燈子と多恵子が事務所へ入って来た。
「完成したものを受け取ったから着てもらったんだけど、どう?」
「如何でしょうか、お兄様」
河本は伊吹が手の空いている侍女達にお願いして縫ってもらった服を着ている。
桜柄の袷の着物、その上に白いカーディガンを羽織っており、着物の裾は茶色のロングスカートの中に入れられている。
「いいね、乃絵流。とても可愛い。大正時代って雰囲気だね。
これに革のブーツなんか合わせてもいいんじゃない?」
褒められて嬉しいのか、多恵子が後ろも見えるようにと、くるくると回ってみせた。
「あれ? 美羽さんも連れて来たんだけど……」
燈子はうたかたラボの岡野美羽も仮装していると伊吹に説明し、事務所の扉を開けて外を確認すると、恥ずかしげにしていた美羽がいた。
美羽は白いブラウスの上から袷の羽織を掛け、下は浅葱色の膝丈スカート、さらにはフリルのついたハイソックスを履いている。
「ほぉ、これはこれは。
美羽さんもいいね。ただちょっとだけ手を加えてもいいかな」
伊吹は橘香にヘアゴムを借りると、美羽の髪の毛を高い位置でのツインテールにして結んだ。
「いいね、似合ってるよ」
「似合ってるなんてそんな今までこんな髪型した事なかったですしそれに私は研究者でありこのような格好をしても見せる相手もいないのでこの服が可哀想というかせっかく作ってもらったのに私なんかが着てしまって良いのでしょうか別に着たい人がいればその人に着てもらった方がいいんじゃないかってだって私は無表情ですし何考えてるか分からないって言われるしこんな格好しても似合わないというか……」
「待った」
「いたっ」
ぼそぼそと独り言を呟く美羽の頭に手刀を入れる伊吹。
「似合ってるし、可愛いし、とても良いと思うのでこの服は差し上げます。
福利厚生に一環なので貰っておいて下さい。
他にこんな服が着たいなとかこんな服があったらいいなって思ったらまたうちの侍女さん達に言ってくれれば作ってくれると思うよ。
あと、思っている事があるならはっきりと言ってね。
一人で考え込んでないで、どんどん発信しよう。
その方がより良いものが出来ると思うから」
「ほ、本当に思っている事を言っていいんですか?」
俯きながら尋ねる美羽。伊吹がもちろん、と答えると、顔を上げて口を開く。
「私もお兄様とお呼びしたいです。それとギュッて抱き締めてほしいですし、よしよしもされたい。美羽って呼んでほしい。もっと可愛い格好もして、可愛い可愛いって言ってほしい。可愛い私をいっぱい見てほしい。頑張るから、私『&uta』の開発頑張るから! だからお願い!!」
美羽は普段あまり自己主張しないが、一度感情を表に出すと止めどなく溢れてしまう質のようだ。
止めどなく溢れてしまうからこそ、普段は抑えるようにしているのかも知れない。
「分かった分かった!
美羽、これからもよろしくね。また可愛い格好したら見せに来てよ」
伊吹が美羽を抱き締めて、よしよしと頭を撫でてやる。
そんな二人を、多恵子が無表情のまま目を見開いて眺めていた。




