宮坂家、家中の浄化
昨夜のイサオアール側新人Vtunerの生配信時、伊吹の声を元に作った合成音声の使用が確認された。
VCうたかたラボに所属している技術者に声紋分析を依頼し、伊吹の声でほぼ間違いないという結果が出ている。
しかし、問題なのはそこではない。
宮坂家から秘書候補二十名を集めて伊吹が語った合成音声の作成方法が流出していた事の方がよほど重大な問題である。
いずれは誰かが思い付く手法ではあるが、伊吹が秘書候補達に合成音声について話した時期と、VividColorsがイサオアールからの対決申し込みを受けた時期が重なっている。
これは宮坂家の人間からイサオアールへと合成音声の作成方法が意図的に伝えられたと考えて間違いないだろう。
「申し訳ありませんでした」
伊吹を訪ねて来た福乃が、事務所で立ったまま伊吹と藍子と燈子へと頭を下げている。
「とりあえず頭を上げて下さい」
秘書候補を集めたあの日の目的は、藍子を社長として敬い、指示に従う事が出来ない女性を排除する事だった。
身内である藍子や燈子を蔑ろにするような人間が、伊吹の侍女という立場の美哉と橘香をどう扱うか分かったものではないからだ。
伊吹に促され、ソファーへと腰を下ろした福乃が、情報流出が確認された後の事を報告する。
「イサオアールへの情報流出を確認した後、家中の調査を実施しました。
その結果として、二つの家が宮坂家から追放される事になりました。
さらには今回の事に直接関係のない別の問題まで発覚し、内部の膿を吐き出すきっかけとなりました。
伊吹様には多大な迷惑をお掛けして、申し訳なく思っております。
……ただ、覚えておいてほしいのは、今の当主の娘達は全員無実だ。
やったのは傍系の家の娘なんだ。それだけは分かっていてほしい」
そう言って、再び福乃が頭を下げる。
追放された二家は、先日大会議室から追い出された六人の実家である。
福乃に頭を上げさせ、伊吹が笑みを浮かべる。
「了解です。
まぁ流出したのはおとり情報ですし、これで貸し一って事で」
「……あんたはとんでもない重しを背負わせるんだねぇ」
貸し一。
伊吹が進めている事業内容を他の企業へ漏らし、多大な損害を与える可能性のあった不祥事。
さらに、宮坂家の反体制側を追放する事まで出来た。
これを貸し一つとして、宮坂家としては何をもって報いれば良いのか。
仮に藍子か燈子に男児が生まれたとしても、貸し一つを言い出されればそれ以上何も言えなくなってしまう可能性がある。
「一応、宮坂財閥の中核企業の株を今日の時価で十億円分は確保してあるんだ。
これで許してもらないかねぇ」
「それって追放した二家から剥奪した分では?
それを僕のところへ横滑りさせるだけでしょう。
宮坂家本家の身は切ってないですよねぇ」
伊吹の返答を受けて目を丸くし、そして声を上げて笑う福乃。
「ハッハッハッ! いやぁ、あんたホントにもう……。
宮坂家の次期当主に指名したいよ、今からでも教育すりゃ十分間に合うだろうさ」
「そのお言葉だけ頂いておきますよ」
伊吹としても、褒められて悪い気はしない。
「当主の話は別にしても、株は受け取っておくれ。
いらないって言われたなんて報告出来ないからね。私の家中での立場がなくなるよ。
その上で貸し一で構わないさ」
(ん? ちょっと待てよ……)
伊吹はちょっとした可能性に思い当たり、口を開きかけた。
が、やはり言うべきではないかと思い直した。
「何さ、言いたい事があるなら言っておくれ。
伊吹様が何を考えているか、私達は可能な限り知っておきたいからね」
「ホントに言って良いんですか?
間違っていても怒らないで下さいよ?」
伊吹が福乃に何度も確認する。
「何だい、もったいぶらないで言っておくれよ。
私が伊吹様を怒るなんて事はないさ。多分ね」
間違っていたら恥ずかしいですが、と前置きした上で伊吹が話し出す。
「今回宮坂家を追放された二家って、元々素行が良くないか裏で良からぬ事をしているのが判明していたとかで、そのうち切られる予定だったんじゃないですか?
今回の件を理由に僕の手柄にしておいたら、後で僕関連の事業なんかを通しやすくなってちょうど良かったとか、そんなんじゃないですか?」
伊吹が情報流出の可能性を考慮していた為、被害は最小限に食い止められていた。
その上で、伊吹の功績で宮坂家の膿を出せたと恩に着せる事で、伊吹の宮坂家内部での信頼度が増すし、伊吹自身にも宮坂家の為に一肌脱いでやった、というある種の情が沸く。
ほぼ身内扱いの伊吹に株を持たせる事も、三ノ宮家と宮坂家の繋がりを強化する一つの手である。
福乃は伊吹が披露した予想に対して返事をせず、三人の秘書達へと声を掛ける。
「……紫乃、翠、琥珀。しっかし支えな。
これほどのお方にお仕え出来るなんて滅多にない事だよ」
秘書三人が大きく頷く。
「藍子も本当に良いお方と出会ったねぇ」
「えっと、ありがとうございます」
福乃がここまでやり込められている場面など見た事がないので、藍子はただただ呆気に取られていた。
「燈子も、あんたは妻同士の調整を上手くするんだよ」
「うん、また相談に乗ってね」
宮坂家の内部調整を行っていた福乃は、同じように燈子に三ノ宮家内部の調整が出来るよう、少しずつ教育を施している。
「さて。
その後の報告も出来たし、謝罪も受け取ってもらったし、そろそろお暇しようかねぇ」
福乃が立ち上がり、そして伝え忘れていた事を思い出す。
「そうそう。
イサオアールの社長が警備に止められてたところにたまたま居合わせたんだよ。
カメラやら配信機材やらを抱えてこのビルに来ようとしていたみたいだね」
「社長自らですか?」
昨夜のスサノオの生配信中に、怒鳴りながら飛び込んで来た事で一躍伝説となったイサオアールの社長が、VividColorsへ訪ねて来ようとしていたらしい。
ちなみにYoungNatterでは、イサオアールの社長を使った合成写真を投稿するのが流行っており、『社長が突撃して来る』を略した『#しゃちょ凸』というタグがトレンド入りしている。
そして、ビル周辺を警備していた警察官に事情聴取されている場面を通行人に撮影され、現在は『#しゃちょ凸失敗』というタグもトレンド入りしている。
「勝負が始まった頃からハム子の様子がおかしくなって、自分も関わらせてもらえず目が届かなかったと言い訳してたけど、私に言わせりゃ対応が遅過ぎるね。
おっと、謝罪したとはいえ、私も人の事を言える立場じゃないか」
福乃はわざとらしく伊吹へ頭を下げる。
「私が宮坂の人間だと知ってペコペコ頭下げて来たから、謝る相手が違うと怒鳴ってやったよ。
そしたら機材だけでも預かってくれって頼まれたんだ。
今頃VCスタジオで故障してないか確認していると思うよ」
福乃がイサオアールの社長を怒鳴ったのは警備室の中なので、通行人に撮影されていない。
「へぇ、じゃあ今日からどうやって生配信するつもりでしょうかね」
「さぁね、紙芝居でもするんじゃないのかい?
何にしても、ハム子本人が謝罪してない以上、まだ何か仕掛けてくるかも知れないねぇ」




