選別
VividColorsからイサオアールへ新人Vtuner対決を受けるという返事がなされた。
イサオアール側の代表者は以前、弁護士事務所で対面した人物であり、藍子と紫乃がイサオアールへ出向いて準備期間や詳細な条件などが話し合われた。
準備期間は二週間で、ハム子と安藤家は新人Vtunerのチャンネルに出演・共同生配信をしてはならない。
チャンネル開設から一ヶ月後のチャンネル登録者数のみを競う。
視聴回数や同時視聴接続者数や投げ銭収益などは勝敗条件に含めない。
イサオアール側Vtunerが勝利すれば、ハム子を安藤家の中の人、つまり伊吹に会わせなければならない。
VividColors側Vtunerが勝利すれば、ハム子は配信者を引退しなければならない。
以上の内容で契約書が交わされ、準備期間に突入した。
「例えば、今まで僕が生配信で喋った声をぶつ切りにして繋ぎ合わせて、全く別の文章を合成出来るようにする、そんな技術を確立したいと思っている。
そして会話させるだけではなく、歌わせる事も出来るようにしたい。
その為に必要な知識や技術を持っている者を集めるんだ」
現在、伊吹はビルの四階にある大会議室に人を集めて話をしている。
前世世界では一般層まで浸透していたVOCALOIDとVOICEROIDを、こちらの世界でも再現すべく動き出した。
まずはそういう事が出来そうな人に声を掛ける事から始める必要がある。
宮坂家から新たな秘書が二十名参加しており、宮坂財閥系列の会社や研究者をリストアップさせる。
VividColorsと宮坂家が共同出資して専門の会社を立ち上げて、リストアップした人達に声を掛けて内部に取り込むか、もしくは共同開発者とするのが計画の第一歩となる。
「台本を読み上げて事前収録したお兄様の声を流すのではなく、全く喋った事のない文章をソフトウェアを使って喋らせるという事ですの?」
VividColors内部の技術者代表として、VCスタジオの多恵子も参加している。
ソフトウェアが完成した際、最初に使用するのはVCスタジオの人間になるからだ。
多恵子はクラシカルなふわふわした水色のドレスを着て、カクテルハットと呼ばれる小さな帽子を斜めにずらして被っている。
まるで中世ヨーロッパの貴族子女のような格好だ。
伊吹はそろそろ戻って来れなくなるんじゃないかと思うが、本人が幸せならその方が良いかと放置する事にした。
「将来的には安藤家の四兄弟が全員同時に出演する生配信をしたいと思ってる。
それとは別に、安藤家に歌わせる事が出来るソフトウェアを販売して、第三者がYourTunesで自由に投稿・公開してもらえるようにしたい」
自由に公開出来るようにしてやれば、各個人が様々なメロディや世界観を持った楽曲が生まれ出て、この世界の音楽は急速に発展していくはずだと伊吹は考えている。
そして、そのソフトウェアを公開する前には大前提としてやっておかなければならない事がある。
「僕からは以上だ」
伊吹は藍子へ目配せし、多恵子の頭を撫でてから、美哉と橘香と智枝を伴って大会議室を出て行った。
燈子と紫乃と翠と琥珀はその場に残っている。
藍子が立ち上がり、メモを取っていた秘書二十人に対して指示を出す。
「喋らせるソフトウェアと歌わせるソフトウェアは別で開発した方が良いと判断した。
仮称として喋らせる方を『あんどうかたる』、歌わせる方を『あんどうた』として、今この場にいる人員を二つに分けたいの。
貴女達は自分がどちらを担当した方がより役に立つか考えて、自主的に分かれてくれるかしら?」
今まで静かに話を聞いていた秘書達に、小さなざわめきが起こる。
この場にいる秘書二十名は全て、宮坂姓を持つ女性である。
全員が藍子と燈子と姉妹関係にある訳ではないが、血縁関係であり、全員が藍子より年上に当たる。
福乃が後ろ盾となっているVividColorsの、新規事業開設の場に呼ばれた以上、宮坂財閥系列でも重要な役割を任せる事が出来るだけの能力を持っている人物達で、全員がそれなりにプライドを持っている。
自分より年下で、宮坂財閥系列の企業には就職せず、夢を叶えるべく会社を立ち上げたが挫折しかけたところを、偶然たまたま男性様に拾われて助かった。
そんな出来損ないが、財閥内の上級職員である自分に上から指示を出すなど許される訳がない、と憤慨した人物が立ち上がる。
「ずいぶん偉くなったわね、あいちゃん。
大人の女にしてもらって全能感に振り回されちゃってるのかな?」
腕を組み、藍子を睨み付ける女性。
伊吹の秘書としての役割で呼ばれたが、本来は宮坂財閥系列の中核企業で働いている管理職だ。
その女性に触発されたのか、同じように藍子や燈子を睨み付けたり、わざとらしくため息を吐いてみせたり、化粧を直し出したりと好き勝手な行動をし出す六人の女性。
その他の女性達は静観していたり、どうするべきか悩ましげな表情を浮かべたりしている。
そんな中、多恵子は勝手な行動を取っている女性達に対し、侮蔑の表情を向けている。
「せーっかく男性様に見初められると思っておめかしして来たのに、藍子の指示に従わなきゃなんないなんて聞いてないんですけどー」
プッ、と噴き出してしまう燈子。
耳を押さえて俯き、誤魔化そうとしたが、その女性の怒りを買ってしまう。
「だいたいただの大学生が偉そうに、何でそっち側に座ってんのよ!」
「そうよ、おかしいわよ! おこぼれで抱いてもらってるクセに!」
一度決壊すると、止めどなく悪感情を晒してしまう六人。
「副社長に私を第一夫人にするよう言いなさい!」
「あんたみたいなちんちくりんに奥様が務まる訳ないわ!」
「この会社も福乃様の手を借りて作ったのでしょう?」
「あんた達姉妹には勿体ないわ、私が代わってあげる」
「お坊ちゃまに好き勝手させてるなんてありえないわ!」
「だいたい経営のけの字も分からないでしょうに」
六人はわーわーと騒ぎ、私も寝室へ呼ばれるよう手配しろなどと好き勝手な事を言いだす。
そこへ勢い良くドアを開け、伊吹が福乃を伴って戻って来た。
「この六人は信頼出来ません。事業から外して下さい」
伊吹が六人を指差して福乃に不要であると伝える。
六人は状況が理解出来ず、呆然とした表情で伊吹を見つめている。
「あんた達は失格だ。出て行きな」
ようやく自分達が試されていた事に気付き、顔を真っ青にする六人だったが、後から入って来た警備員の手で外へ連れ出されて行った。
伊吹が、この場に残った十四人の前に立って、今の状況を改めて説明する。
「さて、試すような事をして申し訳ないです。
ですが、社長である藍子の指示に従えないような人間は必要ありません。
僕は自分の婚約者を貶されたり傷付けられたりするのは嫌です。
僕の為にと藍子と燈子が我慢するような状況も作りたくありません。
もしも藍子や燈子の下に付くのが嫌なら、今のうちに辞退を申し出て下さい」
残り十四人の女性が立ち上がり、伊吹に対して深く頭を下げた。
「さすがはお兄様ですわ……!」
恍惚とした表情を浮かべ、中世ヨーロッパの貴族子女のような格好をした多恵子がそう呟いた。
(私もあのような格好をする必要があるのかしら……?)
女性達は一抹の不安を感じるのだった。




