手段と目的
「お兄さん、ごめんなさい!!」
「いや何があった」
伊吹が宮坂家に対する今後の関わり方、具体的には藍子と燈子と結婚する事が三ノ宮家にとって良い事なのかどうかについて話し合っていると、イサオアールの関係者と会うべく弁護士事務所へ赴いていた藍子と燈子が帰って来た。
藍子と燈子が揃って、伊吹に頭を下げている。
伊吹の嫌な予感の通り、イサオアールとの間で何か問題が発生したらしき事を察する。
「とりあえず座って。
まずは撮影機材が回収出来たかどうか聞かせてほしいんだけど」
伊吹が二人をソファーへと座らせて、落ち着くよう伝える。
本来であればこちらから今すぐ話したい事があるのだが、伊吹は努めて冷静な振りをしつつ、二人を促す。
「イサオアールが確保していた機材は七セット全て回収出来るよ。
業者手配は終わってて、明日このビルに運び込まれる事になったの。
問題なく使えるかどうかの確認が必要だけど、多少の故障は目を瞑る事にする」
藍子としては、これ以上問題を長引かせたくないと思っている。
伊吹としても、藍子さえ納得すればそれで良いと考えている。
そして、例え機材が全て故障していたとしても、安藤四兄弟が生配信して得た収益で十分に補填する事が可能だ。
どういった形で返って来るのかは別として、VividColorsからゆめきかくへ移籍し、さらにイサオアールへ移籍した七人のVtunerが持ち出した撮影機材を回収する目処は立った。
残りのうち二人がVividColorsを脱退してから個人で活動を続けており、残りの二人が活動を辞めてしまっている。
個人で活動を続けている二人に関しては、弁護士から所有権がVividColorsにある事を改めて伝え、返却に応じるならそれで良しとする。
活動を辞めた二人に関しては、こちらからの連絡に対する反応を見た上で、対処する事となった。
「撮影機材の件は分かった。
それで、とこちゃんは何をやらかしたの?」
「……弁護士事務所に来たイサオアールの社員が、安藤四兄弟の中身が本当に男な訳ないよねって言われて、安藤さん家の四兄弟チャンネルは男の振りしてバカな女から金を巻き上げる、社会の闇みたいなチャンネルだよねって言われて、頭に来ちゃって……」
(癖がスゴイ奴だな……)
謝罪の場に出て来て、あえて謝罪相手を煽るというイサオアールの社員に対し、伊吹は炎上系配信者の影を感じた。
「それで?」
「お兄さんは本当に男だって、言っちゃって、その……。
生配信でハム子と対談する事に決まっちゃったの。
ごめんなさい!!」
伊吹からすれば、男が女から金を巻き上げているのは事実なので、特に思うところはない。
社会の闇かどうかは分からないが、少なくとも伊吹自身は女性を騙して悪い事をしているつもりはない。
「僕がハム子と対談する事で、何がどうなるの?」
「ハム子はお喋りが上手だから、伊吹さんとのお話を通じておかしい点や違和感を炙り出すって話してたんだ。
あ、もちろんハム子は弁護士事務所に来てなかったんだけど、イサオアールの社員は最初からその対談の約束と取り付けるつもりで、謝罪を理由に私達に会ったんだと思う。
それで、私ととこちゃんを焚きつけて……」
まんまと口車に乗せられ、対談する事を約束させられてしまった訳である。
対談するのは別に良い。ただ話をするだけならば何の問題もない。
伊吹が気になっているのは、どうやってハム子は安藤四兄弟の中の人が女性であると証明するつもりなのかという点だ。
もちろん伊吹は男なので、どうやっても女であると証明するなど出来るはずがない。
しかし、真実がどうであれ、女性であると証明したかのように見せてしまえば、視聴者にとってはそれが真実として受け止められてしまう可能性はある。
「うーん、向こうがどういう作戦で僕を女性に仕立て上げようとしているのか分かれば何とでもなるんだけどなぁ」
「仕立て上げると言うと……?」
藍子が伊吹の呟きを耳にして、どういう事かと尋ねる。
「考えられるのは、報道関係者を使って安藤家四兄弟の声を演じているという女性の写真付きインタビュー記事を雑誌に掲載させるとか、自称関係者の内部告発記事を載せるとかかなぁ。
いや、それだと生配信で対談をする前に騒動になっちゃうから、結局対談自体がなしになるだろうから有効な手段ではないか」
藍子も燈子も、それほどの過激な手段を想定していなかったので、伊吹の話を聞いて顔を顰めている。
「もしくは、VividColorsとイサオアールとの対立構造を作って自分のチャンネルの再生回数を稼ぐつもりか」
まさに炎上商法の典型的なやり方だ。
ただし、イサオアールが火を付けようとしているのはVividColorsというよその会社である為、非常にたちが悪い。
「あー、なるほど。
単にお兄さんの正体を暴きたいんじゃなく、暴こうとしてる自分の姿を視聴者に見せようって事ね。
じゃあ相手をすればするほど向こうの利益になるのか……」
「まぁ向こうの目的が本当にそれかどうか分からないけどね。
こっちとしては、生配信での対談を行うと想定して準備をしようか。
で、もし向こうが生配信中に何か仕掛けてきて、僕が男じゃないという方向に無理矢理持って行こうとしても問題なく対応出来るようにしておけばいいんじゃないかな」
一応考えはある、と伊吹は話すが、具体的にどうするつもりかを教えられず、燈子は不安に駆られる。
「原因を作ってしまった私が言うのも何だけど、お兄さんが辛い想いをするのだけは嫌。
やっぱりこの話、断るべきだと思う」
そう主張する燈子へ、伊吹が笑い掛ける。
「そんなに思い詰める必要ないよ。
別に僕が女だって言われても、証明する方法があるんだから。
顔出し配信すれば一発だよ」
「それが嫌なの! お兄さんの背格好が、お顔が、世界中に広まってしまう。それだけは絶対にダメだよ……」
ついに泣き出してしまう燈子。
藍子は自分の妹が人前で泣いている姿など見た事がなかった。
しかし、燈子の気持ちが痛いほど分かるので、藍子も何とか対談を避ける方向で伊吹を納得させなければならないと思案している。
「うーん……。
そうだね、その時はあーちゃんととこちゃんに責任取ってもらおっかな」
「……あたし達で取れる責任って?」
「世界中に顔が知られてしまった男と結婚してもらいます」




