独立騒動の真実
配信中に全裸土下座を披露してしまった伊地藤玲夢を心配し、藍子が自宅まで迎えに行った。
家に一人にしておくと、何をしでかすか分からない精神状態だと判断したからだ。
念の為に燈子が事務所に残っておくと申し出たので、伊吹はシャワーを浴びて寝る事にした。
そして翌朝、玲夢に四階の空き部屋を宛てがい、本人が落ち着くまで話を聞いていた藍子が朝食を終えた伊吹の元へ報告しにやって来た。
「なるほど、元々独立を言い出したのは玲夢じゃなく仁多賀絵夢と美那須来以夢で、その裏で人気YourTunerのハム子が糸を引いていた、と」
ハム子は社会の闇を暴くと称して祭りのテキ屋へ突撃したり、路上で喧嘩している女性達に割って入って仲裁するなど、割と過激な内容の動画を投稿している人気YourTunerだ。
元々、絵夢と来以夢はVividColorsからデビューする以前からハム子と繋がっており、二人に玲夢を焚き付けさせて、独立騒動を起こした。
ハム子の目的は配信機材を全て手に入れる事だったようだ。
VividColorsの金で購入したのではなく、各配信者に購入代金を支払わせたのだと思っていたようで、その勘違いを絵夢と来以夢も訂正していなかった。
以上が、ここまで騒動が大きくなった原因だったようだ。
ちなみに、配信機材は金を出せば買えるという代物ではなく、宮坂財閥内でのみ購入可能な最新機器だった。
すでに宮坂財閥の中では型落ち品になっており、最新技術の流出という点で藍子が罰せらる事はないだが、その事もあり藍子は親に報告はしても、頼る事は出来なかった。
「じゃあハム子の会社に弁護士を通じて機材を返却するよう連絡するべきだね。
むしろ今の時点で向こうから返却するようこちらへ働きかけがないのがおかしいけど」
すでに玲夢がVividColorsへ公開謝罪した事は伝わっているだろう。
そして、話の流れ的にVividColorsと玲夢の間で話し合いが持たれるであろう事は想像出来るはずだ。
今日中に向こうからの行動がないのであれば、こちらから法的手段に訴えるしかない。
とりあえず明日には、ハム子の会社であるイサオアールと、ハム子の会社へ行かなかった元二期生達へ弁護士を通じて機材を返却するよう連絡する事になった。
「一人には出来ないから、しばらく四階で寝泊まりしてもらおうと思うの」
藍子は玲夢をこのビルに置いておきたいと話す。
「宮坂警備保障が問題ないと判断するなら、僕としても大丈夫だよ」
玲夢の自宅にある配信機材に関しては、業者を手配して今日中に引き取る予定だ。
「一晩明けた後の様子はどう?」
「落ち着いてはいるの。
けど、VividColorsへの償いはしたい気持ちはあるけど、今後どうやって償えば良いのか分からないって言ってて……」
とにかく玲夢が配信活動を引退する事は間違いない。
全裸土下座配信をしたのだ、アカウントを停止させられたのだからどうしようもないだろう。
VividColorsが管理していた伊地藤玲夢の元のアカウントはまだ残っているが、全裸土下座配信をした人間をそのまま復活させる訳にはいかない。
「まぁ本人が出て行くって言うまでビルに置いておいていいんじゃない?
本人が何でもやるって言うんなら、任せたい仕事も何個か心当たりがあるよ」
伊吹は直接被害を受けた訳ではないので、玲夢が自ら配信で藍子へ謝罪した時点でこれ以上追求するつもりはない。
伊吹としては、藍子さえ納得していればそれで良いのだ。
そして、その日のうちにハム子の会社であるイサオアールから連絡が入った。
撮影機材について、ゆめきかくから移籍して来たVtuner達の個人の持ち物だと思っていたが、よくよく確認するとVividColorsからの貸与品であった事が発覚したとの言い分だ。
近日中に業者を手配して機材を全て返却したい。
そして、イサオアールの人間が直接謝罪へ訪問するとの事だった。
このビルには近付けさせない方が良いと宮坂警備保障が判断したので、面会する場所は弁護士事務所を指定する事になった。
藍子だけでは不安だという事で、燈子も立ち会う事になった。
伊吹はその場に立ち会えないのでこのビルで待機だ。
「またインカム付けて潜入する?」
「いや、そういうのは止めておこう。
むしろ向こうが何かしら仕掛けてくる可能性があるから、弁護士さんにしっかりと見張ってもらってね」
(ハム子が配信機材目的で内輪揉めを起こさせたのなら、その報いを受けさせるべきだろうけど、今は様子見だな)
伊吹が玲夢に対して持っていた怒りは、そのままハム子へと向かう事となる。
「昨日の全裸土下座配信がなかったらどうするつもりだったのか詳しく聞きたいところだけど、適当に謝罪を受け入れて機材を返してもらった方がいいんだろうね。
下手したら動画のネタになるかもって喧嘩吹っ掛けられる可能性もあるからなぁ」
「いや、どうだろう。
弁護士事務所で会うんだから、そこまではしないと思うけどなぁ」
「甘いよ、あーちゃん。
優しくしてたらつけ上がるんだから、気を引き締めていかないと。
向こうがどうにかお兄さんを引きずり出そうとしたら面倒な事になるよ。
何言われてもお断りしますって言うくらいじゃないと」
(あ、これ何かのフラグになんじゃね?)
伊吹の勘はよく当たるのだ。
問題が一つ解決して、さらに一つの問題がやってくる。
世の中とはそういうもんである。




