勢いを止めるな!
三回目の生配信を終えた翌朝。
朝食を終えた皆が事務所にて、昨日の生配信についての反省会が行われている。
「核兵器云々の話はちょっと過激だったね」
藍子が少し困った顔でそう話す。
伊吹としては自分の前世世界の出来事を話しただけのつもりだったが、視聴者の反応があまりに大き過ぎて驚いている。
「伊吹様、皇国と米国の精戦は一旦落ち着いたとはいえ、国民感情として染みついた反米感情は消えてなくなりはしないのです」
「皇国に何十人もの間諜を送り込み、どれだけの被害があったか。伊吹様も心乃春様から教わったはずです」
あまりピンと来ていない伊吹に対して、美哉と橘香が説明する。
もちろん伊吹としてもこの世界の歴史は知識として頭に入っているが、元の世界の同盟国、そして文化の発信地としてのアメリカのイメージが強過ぎて、周りとの認識に差が出てしまうのだ。
一般的な大日本皇国人は愛国心を持ち、この国の未来を真剣に考えている。
精なる戦争においても、自分達を黄色い猿だとバカにする米国よりも、自国の方が技術的に優れているという事を証明する為に総力を挙げて研究開発に勤しんだという経緯がある。
優れた研究者を拉致、もしくは殺害しようとする米国を含む他国からのスパイとの攻防は、ドラマや映画にもなるほどの歴史的出来事だ。
伊吹からすれば、人工授精技術の開発で国同士が争う事について、具体的に想像が出来ないのは仕方がない事だ。
「まぁ、あまり刺激しないように気を付けるよ」
そもそも伊吹は歴史問題について自ら話し出すような性格ではない。
昨日は投げ銭コメントに対して答えただけだ。
今後はあのような流れにはならないだろうと、伊吹は思っている。
「では、昨夜の配信結果について報告するね。
投げ銭の合計額が一億円を越えました。
最高同時接続者数が百六十万人。
チャンネル登録者数が四百八十万人まで増えました」
(思ったより勢いが落ちないな)
伊吹はそろそろ勢いが落ち着くだろうと予想していたが、どうやらまだまだ伸び代が残っていたようだ。
「皇国の人口が八千万人だから、ぼちぼち増加は緩やかになっていくでしょうね。
同接については仕事をしていて見たくても見れない人もいるだろうし。
というよりも、これ以上伸ばす事を目標とするんじゃなく、いかに減らさないかに重きを置くべきなのかな」
燈子の言った通り、いつかは必ず頭打ちになる。勢いが強ければその分、頭打ちになるのも早い。
一回の生配信で受け取れる投げ銭の額は、もうそれほど増えないだろう。
「というか現状貰い過ぎてビビるくらいだけどね」
三日間でのVividColorsの収益だけで、ビルの改装工事に掛かった費用とVtuner用に十五セットも配信者へ貸した機材の代金を回収した計算になる。
「応援してくれている視聴者、そしてお金を投げてくれた人達の期待に応えられるよう、今後の活動についてもじっくり考える必要があるね」
今日からこのビル内に、生配信した後の見逃し動画から切り抜き動画を作成し、安藤さん家の四兄弟チャンネルへと投稿する部署が発足する。
部署とは言っても、実際は子会社化したVCスタジオに設置される部署だ。
そして編集者は正社員ではなくフリーの編集者となる。
編集者はネット環境のある自宅や自分の職場で編集し、VCスタジオへ納品してもらう形となる。
納品された切り抜き動画をVCスタジオ内で確認し、実際に投稿する。
一本あたりに報酬が設定され、加えて投稿から一定期間内の再生回数に応じて追加報酬が発生する方法を取る。
自分の編集した切り抜き動画の再生回数で報酬が増える為、編集の質を追求するだろうという判断だ。
切り抜き動画を確認する関係上、生配信の際のアバターの動きなどを何度も目にするので、気になる点やもっとこうした方が良いのではという提案を、すぐに多恵子達CGクリエイターに投げる事が出来る。
「それで、VCスタジオの人達は僕が言ってた人材に心当たりがある人はいた?」
「いえ、やっぱり全く分野の違う技術だから心当たりはないって言ってたわ。
キャラの声も声優さんを雇ってたって言ってたし」
伊吹は藍子に対し、とある技術を持つクリエイターを探してほしいと伝えていた。
残念ながらまだ見つける事が出来ないが、伊吹にとってはどうしても欲しい技術だ。
「そうだ、とこちゃん美大生でしょ?
知り合いに人工音声を研究してる学生とかいないの?」
「聞いたことないのよねぇ。
もう企業に問い合わせて、出資するなり依頼するなりで研究してもらったら?」
伊吹が探しているのは音声合成技術だ。
いわゆるVOCALOIDやVOICEROIDのように、キーボードで打ち込んだ文章を、さも人間が歌ったり喋ったりしているかのように、合成された音声を出力する技術を指す。
この技術があれば、安藤家の生配信の幅が大きく広がる。
「で、お兄さんはそれを使って何をしたいの?」
「僕の声を元に合成音声にしたら、何が出来るようになると思う?」
「伊吹さんの声を元に……?」
伊吹の声を元に、音声合成技術を使って人工音声を作成すると。
「四つ子が生配信で同時に出れる?」
「むしろ伊吹様が生配信に出る必要がなくなる」
「美哉と橘香、正解」
伊吹が生配信に出る必要がない、というのは言い過ぎにしても、四兄弟のキャラや言いそうな事を把握している人物がキーボードを打てば、ある程度会話が成立するはずだ。
「え、それって人として大丈夫?
すごく不気味ね……」
燈子が心底嫌そうな表情をするが、伊吹は共感出来なかった。
「そもそも安藤家四兄弟は人間じゃなく二次元の向こう側にいる存在だからね。
中の人などいない、いいね?」
藍子は頷いているが、燈子はイマイチまだ安藤家というキャラクター像を捉え切れていないようだ。
伊吹という中の人の顔を知っていて、一緒に開発を進めているのだから当然である。
そもそも安藤家のキャラ絵を描き上げたのは燈子だ。
「それより、今日の生配信の事は伝えてくれた?」
「ええ、伊吹さんがお願いしてるからって言ったら来てくれる事になったわ。
生配信の二時間前にはこのビルに来てほしいって伝えてあるわ。
事前に顔合わせする時間は取れるから」
「了解、よろしく」




