少女達の反応:超絶重大事件
家族用マンションの一室。
受験勉強に励んでいる中学三年生の少女、伊智花のスマートフォンがメッセージの受信を知らせる振動を発する。
勉強に集中している伊智花は気付かない。伊智花に与えられた部屋には他に誰もおらず、スマートフォンがベッドの枕元に置かれている事もあり、学習机に向かって座っている伊智花には通知が届かない。
ひっきりなしにメッセージの受信通知が届き、ロック画面にはYoungNatterからの通知が滝のように流れる。
やがて電話の着信通知画面が表示され、そして留守番電話の対応メッセージへと切り替わり……。
ダダンダダンダンダンッ、ガチャ!
「ちょっと! 電話ぐらい出なさいよ! まだ寝るには早いでしょうに!」
伊智花の幼馴染兼お隣さん並びにその反対のお隣さん兼幼馴染 with 同じマンション在住のその他、計五人の少女達が伊智花の部屋へと雪崩れ込む。
皆の手にはスマートフォンが握り締められている。
「何よ、むさ苦しい。
今年の夏は例年より暑いんだから、こんな狭い部屋に女が六人もいたら空気が薄くなるでしょ」
伊智花の手にスマートフォンがなく、教科書を広げて机に向かっている事から、少女達は未だ伊智花が知らない事を察する。
「あんた、まさか重大事件が発生してるのに気付いてないの!?」
「はぁ? 重大事件って何よ。空から男の子でも降って来たの?」
少女の一人がベッドで震えている伊智花のスマートフォンを掴み、んんっ!! と伊智花へ押し付けるように渡す。
「一体何だって言うのよ。
げっ、何この通知の量は。受験生だってのにクラスのみんなで何くっちゃべって……」
伊智花は素早くロックを解除し、スマートフォンを操作するとすぐに異変に気付く。
そして画面に表示されているリンクに触れた後、言葉を失った。
「ねっ? ねっ!? ねっ!!? ヤバいでしょ!!
これ一番に私が見つけたの!!」
「こう言うのだけはクラスで一番早いんだもんね、呆れるわ」
「でもすぐにみんなに情報共有してくれるんだよね。ミセスピンク様は」
「そのあだ名止めてよ!」
姦しい少女達に囲まれる中、伊智花は食い入るようにスマートフォンで流れる動画を見つめる。
それはYourTunesという動画配信サイトで公開されている、一人の人間が撮影者のインタビューに答えているだけの映像。
「のど、ぼとけ……?」
さらに詳細に説明すると、一人の男性の、喉元だけをドアップに撮影された映像である。
撮影者から質問が投げかけられ、それに答えるたびに男性の喉仏が上下する。
低い声色がスマートフォン越しに伊智花の鼓膜を震わせる。
「保健体育の教科書に載ってはいたけど、実際に動いている喉仏なんて見た事ないもんね!
これ明日には消されてるかな?
今のうちに保存しといた方が良き?」
「えー、確かにすっごく卑猥だし性的に魅力を感じはするけど、喉仏は生殖器ではないしねぇ」
そんなやり取りをしている少女達はみな、手や腕が胸や下腹部辺りに触れており、モジモジとせわしなく姿勢を変えている。
室内の熱気を感知したエアコンが冷風を勢い良く吐き出す。
ピコリンっ♪
少女達五人のスマートフォンが同時に通知音を発する。
それぞれの手元でスマートフォンが、YourTunesで登録したチャンネルの新しい動画が公開された事を知らせる。
「世界初の男性Vtunerが来週にデビューを前倒し!?」
「え、質問動画上がってからまだそんなに経ってなくね?」
「もう登録者百万人いってるわ、すごい勢いで増えてる」
「一ヶ月後にお会いしましょうって言ったばっかじゃん」
「神ですわ……」
「……Vtunerって何?」
伊智花は受験生という事もあり、現在流行りかけている新しい配信形式を知らなかった。
伊智花の疑問に答えたのは、自分がこの動画を見つけたと話したミセスピンク様だった。
「顔出ししたくない配信者がアバターって言う動くイラストを使っておしゃべりやゲームをしたりする様子を配信する人の事だよ一度の配信で何十万も稼ぐ人もいて技術的な問題で個人での新規参入は厳しい状況らしいんだけど先行してデビューさせた三人が受けてると判断した企業が二期生として十二人デビューさせるって時に一期生三人が一斉に脱退して別の会社立ち上げたらしくて搾取がとかクーデターだとかちょっと良くない雰囲気でVtunerもダメかもねって思ってたんだけどちょっとこれは世界を変えちゃうかも知れませぬぞ」
自分のスマートフォンから目を離さずに、伊智花の幼馴染(ミセスピンク様)が早口で説明する。
他の少女達は投げ銭が、お小遣いが、中学生でも出来るバイト探す、などなど興奮してツバを飛ばしまくっている中、伊智花はゆっくりと深呼吸をする。
「……メス臭いからそろそろ出てってくんない?」
「あらー、伊智花嬢。インテリ女子の伊智花嬢をしても頭が沸騰して今にも爆発しそうだからナニして熱を冷まそうってんですわね?
この超絶重大事件ですものね。分かるー、アテクシもそう致しますわっ」
「あらあら、でしたらワタクシも失礼させて頂きますコトよホホホ」
来た時の騒々しさそのままに、五人の少女はぞろぞろと部屋を出て行く。
玄関近くで伊智花の母親が少女達に何事かと尋ねるが、みな作り笑顔で失礼致しますわと去って行く。
「ねー、何だったの?」
「……ママ。私絶対良い大学入る」
「大学? その前に高校でしょ?」
伊智花の母親は部屋の入り口でスンスンと鼻を鳴らし、部屋へと入って窓を開ける。
少女六人の熱気が夜空へと流れて行く。
「うん。第一志望、この前C判定だったから止めとけって言われたけど、後半年で何とか頑張ってみる」
「男性保護省に入るつもり?」
勉強が出来る女性は、皆揃って男性保護省を目指す。それがこの国の常識だ。
今は。
「ううん、絶対に入りたい企業が見つかったから」
これで会話は終わりだと言うかのように取り出したイヤホンを耳に入れ、勉強机へと向き直る伊智花。
母親は何も言わずに窓を閉め、そっと部屋を出て行く。
『いやいやそれは違います。見えないからこそ良いのです。
明け透けに、さぁどうぞ見て下さいと言われるのは興が醒めます。隠されているという状態は、もうちょっとで見えるのではないか、今見えたのではないか。そうやって男の心を惹き付けるものなのです』
先ほどの男性のインタビュー。音声だけを聞きながら、伊智花は受験勉強を続けるのだった。




