二回目
夕食の少し前、京香がビルへと戻って来た。
男性保護省で精液採取器を提出して関係各所を回った後、伊吹や侍女達がこのビルで寝泊まりする為に必要なものを買い揃えていたと伊吹へ報告した。
「具体的なご報告は、夕食後にゆっくりとさせて頂きたいと思います」
京香がそう言うと、藍子と燈子がもうそんな時間か、と荷物を片付けだした。
「お二人はご自宅へ戻られるんですか?」
「ええ、ここから歩いてちょっと行ったところに、二人でマンションを借りているので」
あくまでこのビルはVividColorsが会社として借りているビルであり、藍子も燈子もここに住んでいる訳ではない。
「部屋に帰ってからイラストの清書をするから、また明日の朝に見せに来るね」
「分かりました。
そのイラストを元に河本さん達へアバター作成の依頼を出して、男性への百の質問を撮影して編集、そしてチャンネル開設。
編集した動画を投稿してやっと第一歩って感じですね」
「そっか、最初は本当に男性だと分かる為に喉仏しか映してない動画を投稿するって言ってたもんね。
でもその次の動画を投稿するまでに間が空くのは良くないんじゃない?
こういうのって最初のひと月は毎日投稿して認知度を上げる必要があるんじゃないの?」
燈子が藍子を見ると、同じ考えなのか、伊吹に対して不思議そうな表情を向けている。
伊吹は二人へ向けて笑いながら説明する。
「認知度を上げる為に毎日投稿するのは有効な手法だと思いますよ。通常であれば、ですが。
喉仏がはっきりと映っている動画に対して、認知度を上げる為の工夫が必要だと思いますか?」
「「あー!!」」
藍子と燈子が納得の声を上げる。
「そっか、世界初の男性YourTunerなんて、世間が放っておく訳ないですもんね!
宣伝する必要もないし、待ってれば勝手にチャンネルの登録者通がどんどん増えていくって事ですか」
「なるほど……。
つまり喉仏動画を投稿して、しばらく待ってるだけで収益化申請する基準を達成出来るって事ね」
「そうですね。
男性への百の質問の中で、現在はチャンネル開設の準備中なので生配信を一ヶ月後にしますって言っちゃうんですよ。
もしかしたら一ヶ月も必要ないかも知れませんけど、それだけあれば収益化申請が通ると思うので、生配信の時点で投げ銭が貰える状態で男性Vtunerとしてデビューが出来るはずです」
「一ヶ月もいらないと思うよ?
あたしだって絶対にチャンネル登録するもん!」
「じゃあ、一ヶ月って言っておきながらも、収益化申請が通った次の日にでもすぐに生配信が出来るように準備しておきましょうか。
視聴者の皆さんが待ってくれているみたいなので、頑張って準備を早く終わらせました、なんて言ったら喜ばれるかも」
「とこちゃん、じゃあ少しでも早くイラスト仕上げないとダメなんじゃない?」
「あーちゃん今すぐ帰るよ! お兄さん、また明日ね!!」
「ちょっと引っ張らないで!! 失礼します、伊吹様」
藍子と燈子がバタバタと事務所を出て行ってしまった。
二人に笑顔で手を振る伊吹を、侍女である美子、京香、美哉、橘香は優しい表情で見つめている。
伊吹の祖母である心乃春が亡くなってから、伊吹が塞ぎ込んでいるのを心配していたので、生き生きとした姿を見て安心しているのだ。
Vtunerの活動が伊吹の実生活にどのような影響を与えるのか、四人にはまだ想像出来ていないが、伊吹本人が辞めると言うまでは支えていきたいと感じていた。
その後、多恵子から藍子へ連絡が入った。
会社を去った四人から、自分達の株については全て会社に残っている四人に譲渡するとの返事があったそうだ。
四人は自分達が先抜けしてしまった事を負い目に感じていたようで、揉める事なく手続きを進められる事となる。
事務所で夕食を済ませた後、伊吹の男性保護省で精液採取器を提出した後の事について、京香が説明を始める。
「まず、伊吹様の元へ新たな執事が参ります」
「新たな執事?
僕は今まで執事と呼ばれる人に会った事ないですけど」
「ええ、実は心乃春様が執事として国へ申請をしておられました」
本来、男性には執事を付けなければならないと法律で決まっている。
この国の男性は義務教育制度の対象になっていない。希少な男性を学校に通わせるのは色々と危険であり、親としても息子に何かをする事を強要したりしない。
基本的に男性は様々な知識や技術を持たないまま大人になる為、男性に代わって諸々の手続きや管理をする為に執事が必要となる。
また、身の回りの世話をする為に侍女も必要である。
執事も侍女も、その資格を持った身内で固める事が多い。
その費用に関しては、男性保護費とは別に国が負担する事となっている。
身内に該当者がいない場合は、国から派遣される事となる。
「執事は明日にでもこちらへ来られるとの事です」
「そうですか、分かりました」
「襲撃犯に関しては、調査を進めているようですが機密等の関係上、詳しくは話せないとの事でした。
伊吹様には念の為、警備がしやすいこのビルに留まってもらいたいと言っておりましたが……」
福乃の指示でビルの玄関に厳重な出入り口を設置し、各フロアのエレベーター前に警備員を配置、そして防犯カメラまで設置されたこのビルにおれば、よほどの事がない限りは問題ないだろう。
「屋敷に戻りたい気持ちもありますけど、今はVtunerとしての活動も楽しみにしてますから、このビルに留まる事についても問題ないです」
「分かりました。
明日、藍子様が来られた際に新しい侍女用のお部屋をお借りするようお願いしておきます」
侍女と同じく、執事も男性と同じ家で生活するのが基本なので、新しく来る執事に関してもこのビルに寝泊まりする事となる。
「そうですか、お願いします。
でも、たまたま藍子さんがこのビルを持て余していたから良かったようなものの、本当だったら僕達はどこで寝泊まりしていたんですかね。
屋敷には戻れないって言うし」
伊吹の疑問に対して、美子と京香は何も答えない。
「伊吹様、ご報告が終わりましたのでそろそろシャワーへ参りましょう」
「ささ、こちらへどうぞ」
今まで黙っていた美哉と橘香がソファーから立ち上がり、伊吹の両脇を抱えて立ち上がらせる。
「いやいや自分で立てるから」
「ささっ、お召し物をお脱がせ致します」
「足をお上げ下さい」
「まだ脱衣所に着いてもいないんだけど!?」
三人でシャワーを浴びた後、伊吹に与えられている配信部屋へと戻った。
「いっちゃん、人生二回目って言った」
「なるほどって納得しちゃった」
伊吹を真ん中にし、美哉と橘香で川の字で布団に寝ている。部屋の明かりはすでに消されており、後は寝るだけの状態だ。
「納得したって言うと?」
「いっちゃんは小さい時から何でも知ってたし、何でも出来た」
「私達よりも先に自転車乗れるようになった」
「九九もすぐに覚えた」
「漢字もすらすら書けた」
「私達が知らない事は、いっちゃんも知らないはず」
「でも、いっちゃんは私達が知らない事を何でも知ってた」
伊吹としては、自分が前世の記憶を覚えている事を隠しているつもりはなかった。
ただ聞かれていないから言っていないだけであり、絶対にバレてはいけない秘密であるという事ではない。
「そっか。二人にはお見通しだったんだね。
僕にはね、前世の記憶があるんだ。しかもこの世界とは違う世界の記憶が。
聞いてくれる?」
「うん、聞きたい」
「教えてほしい」
三人は、夜が更けるまで語り合った。




