男性に聞く百の質問を考えよう
言われるまま、藍子は自分のスマートフォンを取り出してカメラアプリを開き、動画モードにする。
「藍子さんは画面越しに僕を見ていて下さい。
燈子さんは会話をしようとするのではなく、次々に簡単な質問を投げて下さい。
気になった回答があれば、詳しい質問をしてもらって構いません。
燈子さんが聞いて、僕が答える。これがひとくだりです」
いいですか? という伊吹の問い掛けに、分かりましたと頷く燈子。
伊吹は護衛のお姉さん達を藍子の後ろに立って、藍子同様画面越しに見守ってもらうようお願いをした。
そんなやり取りを経て、藍子が動画撮影を開始する。燈子は何を質問すべきか少しの間考えて、一番簡単な質問をした。
「えっと……、今日のお昼は何を食べましたか?」
「ラーメンを食べました」
「どんなラーメンですか?」
「豚骨醤油ラーメンです」
「ラーメンはよく食べられるのですか?」
「家で食べるのは難しいので、滅多に機会はないですね」
「他に好きな食べ物は何ですか?」
「肉も魚も野菜も何でも好きですよ」
「じゃあ嫌いな食べ物は?」
「嫌いというか、苦手なのは納豆ですかね」
「納豆の何が苦手なんですか?」
「唇と箸から離れないネバネバとした糸が鬱陶しいんですよね」
「オクラは大丈夫なんですか?」
「オクラは好きです。天ぷらなんか美味しいですよね」
「天ぷらには天つゆを付けて食べますか? それとも塩ですか?」
「塩の方が好きです。抹茶塩とか」
「なかなか通ですね。
お酒好きな印象を受けましたが、よく飲まれますか?」
「いえ。昨日十八歳になったばかりなのですが、まだ飲んだ事ないです」
「「えぇ!? 年下!!?」」
テンポ良く続いていた質問が途切れる。
藍子も燈子も、まさか伊吹が十八歳だとは思ってもみなかったようだ。
「え、僕ってそんなにおじさんに見えますか?」
「いえ、そういう意味ではなく、男性というと自分よりも年上だという印象が強いものですから、何も考えずにそうだと思い込んでいたと言うか……」
藍子と燈子は同じ父親と母親を持つ姉妹であり、実際に会った事のある男性というと実の父親のみである。
父方の祖父は二人が生まれる前に亡くなっており、母方に関しては祖父と叔父がいると聞いているが、会った事がない。
もっと突き詰めて述べると、藍子と燈子のように父親の顔を知っており、年に数回会う機会がある女性の方が少ない。
この世に誕生する子供のほとんどが、男性から提供された精液を元に、人工授精で生まれて来るのだから。
知識としては頭に入っていても、前世の常識が邪魔をして伊吹はいまいち実感出来ていないのだ。
祖母に大切に育てられ、近隣住民からも愛されている。この世界の不特定多数との触れ合いなどはなかった。
だから先ほどのように、世間の常識からの乖離が目立ってしまう。
「ところで燈子さん。僕としては違和感なく受け答えが出来ていたように感じたのですが、如何でしたか?」
「そうですね、そう言われてみれば……」
燈子が不思議そうに首を傾げている。思っていたよりもすんなりと会話を進める事が出来たからだ。
「藍子さん、スマホの画面越しに僕達のやり取りを見てみて、どう感じられましたか?」
藍子はスマートフォンのカメラに向かって問い掛けて来ている伊吹の質問に、少し考えながら答える。
「確かに、男性に対する先入観とか緊張感などを意識せず、会話の内容そのままを楽しめたような気がします」
伊吹は護衛の二人へ目線を送り、二人とも頷いているのを確認して話を進める。
「今のような動画を改めて撮影しましょう。質問内容は先に台本を用意して『男性への百の質問』のような題名を付けて新しく作ったチャンネルに投稿するんです。
ですが、Vtunerとして成功するのかの試験ですので、顔を映すと邪魔になりそうですね。
受け答えしているのが間違いなく男性であるという証拠に、僕の喉仏をドアップで撮影するというのはどうでしょうか?」
世界初の男性Vtunerの宣伝。
喉仏を映す事で男性であるというアピール。
質問内容が簡潔である事でとっつきやすい雰囲気作り。
男性に対する禁忌感の払拭。
伊吹が提案する動画は、世の女性に受け入れられるかも知れない、そう思いだす藍子。
燈子も実際に自分が質問者を経験してみて、悪くない感触を得ている。
とにかくやってみようとメモ帳を取り出し、三人で質問内容を考えて行く。
「まずはやっぱり名前じゃないですかね」
「あー、配信者としての名前を考えないとダメですね」
「とりあえずキャラの名付けは後回しにしてしましょう。
最初の方に誕生日とか聞いておきたいですね。これはキャラクターとしての誕生日か、もしくは中の人である伊吹さんの誕生日、どっちが良いんでしょうか」
「誕生日は僕の本当の誕生日が良いと思います。実際に誕生日企画とかやれば盛り上がると思いますし」
「昨日と仰っていましたし、七月二十一日が誕生日ですか」
「ええ、オナニーの日です」
冗談のつもりでそう発言した伊吹は、ピキーンとその場が凍り付いたような音を感じた。
(やっべ、スベったか?)
貞操逆転世界では男よりも女の方がスケベで性に貪欲で、男の下ネタには喜んで食いついてくるものだ。
またもやそんな前世の偏った、なおかつ創作物でしかあり得ない話を持ち出してしまう伊吹。
どうこの場を切り替えようかと悩んでいる伊吹を見つめ、拳を握り締めた藍子が恐る恐る口を開いた。
「……伊吹さんもその、お、オナニーされるんです?」
「ええ! 毎日二回はぶちまけます!!」
伊吹は右手の親指を立てて元気よく答えた。下ネタは爽やかに言うに限る、というまた偏った前世の男同士でのみ通じるノリ。
反射的にそう返してしまった伊吹はまたもや考えなしに答えてしまった事を後悔するが……。
「「「「勿体ない!!」」」」
「ひえっ……」
藍子や燈子だけでなく、三人のやり取りを見守っていた護衛のお姉さん二人の声までも重なって室内に響く。
想像していなかったツッコミ、というか指摘や批難に近い言葉を受けて、伊吹はその身を縮こめてしまう。
「す、すみません。つい取り乱してしまいました。
その、貴重な精液を無駄に消費されるくらいなら、いっその事私の中に……」
最後まで言い切らず、顔を赤らめて下を向いてしまう藍子。燈子も伊吹と目を合わせないようにそっぽを向いている。
(中に? 私の中にって言いましたよね!?)
下心をむくむくと大きくする伊吹であるが、万が一を考えて口には出さない。
女はオオカミである、隙を見せれば骨までしゃぶり尽くされてしまう。
これ貞操逆転世界での常識なのだ。
伊吹はとりあえずこの場を乗り切る為に、難聴系主人公を演じる事にした。
「えっと、質問の続きを考えませんか?」
気まずい思いをしていたのは藍子も燈子も同じなので、すぐに質問内容へと話が戻った。
「年齢、出身、周りからはどんな性格と言われるか、好きな色は、特技と趣味、好きな食べ物と飲み物、好きなアニメやマンガや映画に音楽、今欲しいもの……」
「座右の銘とか、お金を好きなだけ貰えるとして何に使うか、将来の夢、目標」
(恐れ多くて質問なんて出来ないって言ってなかったっけ?)
すらすらとメモ帳へ書き込まれて行く質問内容を見ながら、伊吹はすっかり氷が溶けてしまったお茶に口を付けるのだった。




