そしてスライディング土下座へと至る
「独立、ですか……」
藍子の話を聞いた上で、何故独立という流れになるのか、伊吹には理解出来なかった。
「はい、独立です。
私の最大の失敗は、所属YourTunerを信頼し過ぎた事。そして、信頼し過ぎた彼女らへ最新技術であり、とても高価でもある撮影機材を貸し出した事です」
一期生として先行してデビューしたVtunerの一人、伊地藤玲夢が同期である仁多賀絵夢・美那須来以夢を連れてVividColorsを脱退し、伊地藤が新たに興した会社、株式会社ゆめきかくで活動を続けると生配信で発表してしまった。
さらに最悪な事に、VividColorsが管理している彼女達の配信アカウントから、新しくゆめきかくでアカウントを作り直したからこちらのチャンネルへ移動してほしいと視聴者へ呼びかけた。
新しいアカウントで新たなチャンネルを作られてしまうと、もう話し合いで解決出来る余地はない。完全な敵対行動である。
「それはまた何と言うか……、常識外れで不義理で理念もない。とても応援しようとは思えない人達ですね」
呆れてそれ以外の言葉が浮かばない伊吹。内輪揉めであれ、視聴者を巻き込むのは明らかな悪手であると感じたのだ。
「それが、そうでもなかったようなんです」
藍子がズレた眼鏡をかけ直し、その後の詳しい経緯を説明する。
「TUUUNの騒動から、VividColorsも同様の印象を持たれるようになってしまったんです。私に言わせれば、TUUUNもVividColorsも会社もさらなる事業展開を考慮しての数字であり、根拠のある数字だったと信じています。
決して特定の誰かが私腹を肥やす為にお金を巻き上げていた訳ではないんです。
でも、世間からは搾取する側とされる側に見えたんでしょうね。その方が分かりやすいし、何より弱い立場の人間を見ると、頑張れと応援したくなるのが人情ですから。
一部掲示板では『現代の本能寺の変』だと面白がる人もいます」
(いや、それって明智光秀の三日天下を揶揄しているのでは?)
伊吹はそう思ったが、前世の記憶に引っ張られて、今世の常識的感覚とは乖離している事を自覚しているので、口には出さなかった。
さらに藍子を追い詰めたのは、最新技術であり、とても高価な機材の所有権についての問題だった。
「彼女達は会社から貸し出していた機材は返さないと言いました。今まで私達から搾取していた分の慰謝料として受け取っておく、と」
「盗人猛々しいとはこういう事に使う言葉なんですね」
少しずつ怒りの感情を露わにし出す伊吹。苛立ちのせいで体温が高くなり、ひいていた汗が再び吹き出して来たので、おしぼりで額を拭う。
藍子は苦笑いを浮かべ、本当にそうですね、と頷く。
「彼女達の所属当初まで遡って収益配分を見直したとしても、最新機材の代金には遠く及びません。当然そんな要求を受け入れる事は出来ません。
元一期生が脱退した事は納得するから、機材は返還してほしいと穏便に事を治めようと呼びかけました。
結果は裏目に出ました。すぐに弁護士に相談するべきだったと今は思います」
元一期生達はVtunerの可能性をその身をもって感じていた。
自分達が新たなアカウントで今までと同様に活動を続ける為には、この最新機材がどうしても必要である。
藍子へ機材を返還してしまっては、大々的に脱退劇を演じた意味がなくなってしまう。
どうしても機材を手放したくない元一期生達は、デビュー目前まで迫っていた二期生達を拐かし、問題をさらに大きく、収拾の付かない規模へと悪化させていった。
「二期生としてデビューが決まっていた十二名のうち、十名が未使用の最新機材を持ったまま所属契約を破棄。ゆめきかくへ鞍替えした人もいれば、個人勢へと戻った人もいます。
こうして私は、会社の資産のほとんどを元所属YourTuner達に奪われてしまいました。
被害総額は約七千万円。警察に相談したとしても、すぐにお金が返って来る訳ではなく……」
「いや、でもお金か機材かは返してもらうべきではないですか? 時間が掛かってでも取り返すべきですよ!」
伊吹は怒りを露わにし、今すぐ取り戻すべきであると藍子へ強く訴える。
藍子はそんな伊吹に対して目を伏せて、諦めたように呟く。
「今お話したのは、三ヶ月前の出来事なんです」
「三ヶ月前……?」
藍子は所属YourTuner達との問題を穏便に解決する為に、説得にかなりの時間を費やしてしまった。
話し合えば分かってもらえるはずである、という考えがあった藍子だが、その判断が裏目に出た形となる。
「YourTunesから支払われるはずだった収益も、この三ヶ月で計上されるはずだった売上も、彼女達が独立してしまった事で消えてなくなりました。
もう手遅れなんです。ビルの内装工事は完了しています。誰も使う事のないスタジオや、誰も住む事のない部屋の工事代金を、明後日までに払わないといけません。
ですが、もう手元にそんなお金は残ってないんです」
俯き、前髪で目元を隠れてしまった藍子を見つめながら、伊吹は前世の記憶を頼りに脳内で計算する。
(専業配信者の年収が一千万円として、十人分の三ヶ月の会社へ入る収益としては……、二千五百万円くらいか?
ビルの規模は分からないけど、全部屋の内装工事にいずれ入るであろう二千五百万円を当て込んで発注を掛けたのか。随分思い切った事するなぁ。
奪われた撮影機材が七千万円って言ってたし、合わせて一億円か。個人資産を売り払って会社へ突っ込んだって言ってたな。全部資本金に入れたのか。
事務所に必要なパソコンや電話設備やその他諸々、明後日までに支払わなければならない金額は、少なく見積もっても二億円にはならないだろう。
うん、問題ないな)
伊吹の脳内である考えが浮かんだ頃、藍子が顔を上げ、真剣な表情で口を開く。
「他人や他の会社へ迷惑を掛けるのは本意ではありません。もう自分の力で何とかする、という状況ではないのは理解しています。
ここは私の置かれた現状をそのまま親へ伝え、助けてもらおうと思っています。これからは親の事業を手伝いながら、少しずつ借りたお金を返済して行くつもりでした」
それでは藍子があまりにも不憫だ、そう思い口を開きかけた伊吹を手で制し、藍子が続ける。
「ですが、今日私は貴女と、伊吹さんと出会う事が出来ました。素晴らしい男装姿ですが、一番私が惹かれたのは貴女の声です。とても男性の声に近い。
貴女の声を男性アバターに乗せれば、世界発の男性系Vtunerとして人気が出るはずです。それどころか、全YourTunerに負けない大活躍が出来ると思うんです!
お願いです、VividColorsと契約して、男性系Vtunerとしてデビューして頂けませんか!?」
再び頭を下げる藍子。
夢を諦めそうになった時、自分と出会い最後の光を見出して藍子は手を伸ばした。
親に自分の失敗を包み隠さず告白した上でお金を借りるという最終手段を使ってでも、まだ走り続けたいという熱い想いを伊吹は感じた。
藍子の情熱に絆されて、伊吹は自分の秘めていた想いを、夢を、妄想を、現実のものとする機会だと見定めた。
(この世に転生して十八年。
ようやく転生知識チート展開キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!)




