「自然な美しさ」
「好きな桜の色」
春……ですね。
わたしが好きな桜の色は、ピンク色よりも、白なんです。といっても、ときによってピンク色が見たくなったり……するかもしれませんが……
白に、緑の葉っぱが混ざっている状態。花ですもの、緑がなくっちゃ……と、思うのです。
割合は、八対二、七対三くらいでしょうか。程よい緑色の主張が好きで……紅白なますの紅白も似たようなものかもしれませんが、わたしはたぶん、桜のほうが好きで……
「嫌悪」
最近、薄桃色のきれいな花に覆われている桜を見ると、嫌悪というか……
なんだか安っぽいなと、あまり気持ちのよくないのに気づきました。
梶井基次郎は、桜の樹を見て感じる不安を、その美しさゆえだという小説を書いていましたね。そして、桜の樹の下には屍体というおぞましいものが埋まっているのだと思うことによって、その不安を解消する……という……
わたしの嫌悪も、似たようなものかもしれません。美しさ……それは、不自然さと紙一重で……
梶井さんの時代はわかりませんけれど、わたしの生きる現代には、造花とか、そういったものがありふれていて、美しいものって、簡単に作れてしまうのです。(もちろん、ピンクの桜がつくりものに思えてしまうというのは、たまたまわたしが、ピンク色の造花を見る機会が多いか、少なくとも、それを思い出しやすい環境や心境にあるか……というところに原因があるわけで、つまり、わたしのなかでただ、ピンク色の桜というと、つくりものの印象のほうがまさっている……というだけなのですけれど……)
結果美しければ、つくりものでもいいじゃないかと思うところもあるし、以前書いた「ツクリモノの美」という感覚もあって、本物とはまた違った美をつくりものに求める……ということも、あるのですが……
でも、本物の桜が、造花のように美しく思えてしまう……それは、どこか違うような気がして……
絵は写真に見えてはいけなくて、写真は絵に見えてはいけなくて……、そんな、ややこしい感覚なのかもしれませんが……
「自然な美しさ」
やっぱり、白と緑の桜を見ると、すがすがしい気持ちになれるのです。
だんだんと緑の割合が多くなってくると、少し残念な気持ちにもなりますけどね……
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久しぶりに潜ることができました。懐かしのラビュリントス……そんな感じです。
まあ、書かなくても、思考の迷宮へ自然と迷いこんでいるという、そんなときもあるのかもしれませんが。今日はこのくらいで終わりにしたいと思います。
2019/3/31 梶生モットシボ郎




