「ツクリモノの美」
「肉まんの肉の色」
幼いころ、わたしはママゴトが好きで……、小道具、というのでしょうか、ママゴトで使う「肉まん」を、紙を使って作ったのですが、そのときにわたしが参考にしたのは、本物の肉まんではなく、作られた肉まんでした……
それは、テレビの教育番組の人形劇に登場した小道具の肉まんで、なにで作られていたのか、今となってはわからないのだけど……、とにかく大事なポイントは、肉の色が茶色ではなく、だいだいいろだった、ということなのです……
「精巧なミニチュア」
それから成長したわたし……といってもまだ十代の子供のころ……、スーパーのお菓子コーナーで売っている、精巧なミニチュア玩具……おもにプラスチックで作られた食品だったように思いますが、なかには、ゴミ箱……なんてのもありました……、あれが好きで、お小遣いで買っては集めていたのです……
でも、いま思うに、わたしは、その精巧なリアリズムに惹かれていたのではなく、むしろその「作られた世界」に惹かれて、そのリアリティのなかに入り浸っていたのではないか、と思えるのです……
「ツクリモノの美」
いまのわたしが好きなものは、印象派の絵……ルノワールとか。写実系ではあるけれど、そこには明らかに、画家の「主観」を通したものがあって……、たとえば、ルノワールの影の描写を見たときに、観る側のうちにある「木漏れ日」が呼び覚まされて、主観と主観が重なりあう……、そうなると、写実するよりもかえってリアルに思えてくるような……、だって、観るほうに関しては、感動のよすがは主観でしかありえないのだから……
リアルな画題を選ぶというのは、たぶん、この「重なりあい」を求めるからであって、なにが描かれているかわからないような抽象画だと、観る側が迷子になってしまう……。この散文のはじめにわたしの書いた「旅は、一本の木から始まる」にも通じることなのですが……ルドンはその象徴世界へのよすがとして、植物を選び、描きいれました……、たぶんわたしのなかには、ずっとぼんやりとした形で、こういう感覚があって……、それがいま、結果論といわれればそれまでだけれど、わたしの好んでいるものにもつながっているのではないかと……、偉大なる……ちいさな……発見をしたような気がしています……
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なんだか今日は、ラビュリントスの深いところまで降りていけたような気がしています。そろそろ現実へと戻らないと……アリアドネーの糸をつたって……、もう夕方ですし、我が家の浴室へ。今日はこのくらいで終わりにしたいと思います。
2018/7/24 梶生モットシボ郎




