表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/111

第六章 惑星エブルー周辺域反撃戦 6

 周囲を半球状に覆う球面モニタが映し出す外部の光景を光源に照らし出された零は、モトジャケットふうの上着を羽織ったグラディアート機乗服に身を固めコクピットシートに身を預けていた。シートはタンデム式で、座面と背もたれの角度が水平に近い身体にフィットする七十五度ほどに傾斜した零が座るシートが前席で、背後の高い位置に内部が透かし見えるカプセルがシートが取り払われ固定された台が後席となっている。カプセル内では時折、薄らと光がたゆたうように揺れていた。それは、零の現契約ファントム・エイラだ。人型と違い人形(プーパ)と呼ばれる、ローエンドに位置する幽子体のファントムだ。


 既にゲレイドの起動を完了した零は、出撃を待つ間に面倒を見てやろうと集めた自小隊の年少者と出撃前の会話の切っ掛けに釣り糸を垂らした。艦橋エリアに居た零と違って大隊長より下の兵団員は即応体制を整えるため格納庫近くのブリーフィングルームに詰めており、零がゲレイドに乗り込んだときには、既に出撃準備を完了させていて出撃前の打ち合わせをする暇がなかったのだ。


「兵団の陣頭で戦うのはサブリナだからこちらは指揮をするだけで任せておけるけど、その間逃げ回らないとな」

「何よ? 言いたいことがあるならはっきり言えば?」


 ポップしたホロウィンドウにヘルメットのバイザーを透過して勝ち気に整ったオルタンス・ラクテルの面が現れ挑戦的な声が返り、何でも無い様子を零は装う。


「別にないよ。俺もファントムが万全じゃないから、あまり戦えないしさ」

「申し訳ありません、マイ・ロード」

「いや、悪い。本来エイラの性能なら、主力兵団に配備されても問題はないんだ。ただ、俺が慣れていないだけ」


 背後のカプセルに収められたファントム・エイラの謝罪に零はややばつが悪そうにフォローし、もう一つポップしたホロウィンドウに生意気そうな面をバイザー越しに浮かべるバルチアン・フォンブリューヌの口調は小馬鹿にしたものとなる。


「は、だっせーな。戦えない理由を、ファントムに押し付けるなんて」

「別に、零は戦えないなんて言ってないわよ。惑星レーンの衛星バハムートの戦いで、零はミラトの第一エクエス・ストレールを今の装備で圧倒していたんだから。只、万全じゃないから積極的に戦えないって言っているだけよ。必要な局面で力を発揮できなければ、意味が無いから。生意気な口を叩かないことね」


 更にポップしたホロウィンドウにバイザー越しの凜々しさと清楚さが同居した美貌を映し出したヴァレリーがバルチアンを窘め、新たにポップしたホロウィンドウに温和そうな面を浮かべたランベール・ドゥレビーヌがおっとりした様子で同意する。


「そうだよ。オルタンスもバルチアンも決死隊に入れられるまでは学生で戦闘経験なんて無かったんだから、無理なんてする必要はないよ」

「全く、ランベールは意気地無しね」

「怖いだけだろう」

「……二人とも酷いよ」


 口々にランベールをやり込めるオルタンスとバルチアンを、ポップしたホロウィンドウに楚々とした美貌を映し出すシャルロットが言い聞かせるように反論する。


「止めなさいよ、二人とも。わたし達は、まだ戦場に立つ歳じゃないのよ。キャバリアーとしての修行も中途半端で戦いに不慣れなわたし達じゃ、忽ち敵の餌食だわ。六合兵団長もこの小隊の戦闘を避けるつもりなんだから、わたし達は慣れるべきよ」

「そうだ。楽できるときは、楽しとけ。双方グラディアートが一億体を超える大戦だ。で、ローレライ二は目下敵艦隊の只中に向かっているときている。周りは敵だらけ。嫌でも乱戦に巻き込まれる状況は来る。だから、それまでは敵をよく見ておけ」


 船外を映し出すホロウィンドウには、敵艦隊内に包囲網攻略艦隊が突入しようとしている様が映し出されていた。殲滅の光弾(アニヒレート)砲が時折走り抜けるが、装甲の厚い戦艦が前方にあり防いでいた。


 新たにポップしたホロウィンドウに現れた艦長のバジルが、気勢を発する。


「ドゥポン兵団群長より、出撃命令。ローレライ二、全グラディアート出撃!」


 命令と同時、高速射出機構(HSIM)がグラディアートを自立式整備(オートメンテナンス)ハンガーごと高速で移動させ、それを弾丸と薬莢に見立てるように幾十の超電磁誘導チューブへグラディアートを放り込みそれぞれ秒間十機以上射出させる。五百体強のゲレイドが出撃を完了するのに、一分と必要としない。零と副官のヴァレリーに小隊員等のゲレイドもハンガーごと運ばれ、チューブに弾き飛ばされた途端筒内に発生したローレンツ力により高速で射出され、敵味方艦が入り乱れる周辺域に放り出された。


 軽巡航艦ローレライ二から出撃したゲレイドはばらけることなくグラディアートに搭載された|インテリジェンス・ビーング《IB》が自動でサブリナのゲレイドを起点に陣形位置へ移動し、あっという間に戦闘態勢が整い、兵団中央前列のフリーデリケ大隊の後ろへ零の小隊は位置どる。エバーグリーン色をした機体の要所がプロテクターのような形状をした全体として纏まりのあるボルニア帝国前兵団主力機ゲレイドが、二段重ねになったアイセンサが四つある特徴的な頭部で機械的な威圧感を放っていた。零のゲレイドも唯一盾裏に艦艇用の係留アンカー射出機を装備している以外は、他と全く同様だった。


 陣頭で兵団を率いるのは副兵団長のサブリナだが、命令するのは指揮を執る零だ。


「全機、情報感覚共有(iss)リンクシステム起動」


 軽巡航艦ローレライ二を含むドゥポン艦隊はトルキア帝国艦隊の真っ只中にあり、零達が元いた場所には突撃したボルニア帝国艦隊が到着し、続々と周囲に押し広がった包囲網攻略艦隊に続き敵艦艇群と入り乱れていく。


 間近にトルキア帝国の上下に突起がある戦艦が宇宙に漂う岩石等との衝突を回避する為の斥力ビームを艦砲代わりに放ちながら迫り、零は高速情報伝達に思念を乗せる。


【回避】


 タイムラグなど全くないように陣頭のサブリナが駆るゲレイドが下方へ移動し兵団がそれへと続き、全長一・五キロはある戦艦の巨体が通り過ぎていく。


 敵味方とも、既にグラディアートを出撃させ艦艇も密集し同士討ちを嫌い殲滅の光弾(アニヒレート)砲を放たない。戦闘艦は、攻撃しづらい状況だった。兎も角は、女帝ヴァージニアの思惑通り推移していた。


 他兵団から情報感覚共有(iss)リンクシステムによる、通信が入る。


【どの兵団でもいい、救援を。包囲されそうだ】


 高速情報伝達で思考と共に友軍に関する情報が、零を半球状に覆う球面モニタに敵味方を示す赤と青の輝点と共に表示された。ここからさほど離れていないドゥポン兵団群の兵団が、千と三百の二兵団からなる敵三兵団と対峙していた。対する友軍の兵団は、五百。実力差がよほどない限り、勝ち目はなかった。


 即座に零は、高速情報伝達で応じる。


【了解。六合兵団は敵兵団群の背後から攻め、友軍の包囲を遅らせる】


 と同時、架空頭脳空間(オルタナ・スペース)に六合兵団の陣形を含めた進軍プロットを描き指示を、サブリナ以下麾下兵団へと伝えた。


 友軍の兵団長から、返事が返る。


【感謝する】


 サブリナのゲレイドを陣頭に六合兵団五百強が、銀河基準面に対し斜めに逸れるように周辺域を突っ切った。前方にコチニールレッド色をしたトルキア帝国兵団主力機、ラージ骨格を使用した大柄なセルビンが重グラディアート然とした存在感を放ちずらりと並んでいた。その先でそのセルビンと戦う重厚なフォルムを有するガンメタリックグレー色のボルニア帝国兵団主力機パルパティアが数の差もあるが、小柄に見えた。


 錐のようにサブリナ率いるフリーデリケ大隊を先頭に六合兵団が接近する中、サブリナの高速情報伝達が響く。


【突撃】


 既に零は架空頭脳空間(オルタナ・スペース)を通して戦闘プロットを伝えてあるので、実行は陣頭指揮を執る副兵団長のサブリナの仕事だった。ゲレイドの背の推進システムがぱっと燐光を強め、兵団が一瞬だがミリタリー推力に達した。それは、只人の目にはその場から掻き消えたような、加速。


 友軍と戦う敵兵団一千と接敵寸前、後方のセルビンが反応するがそれは六合兵団五百強には数も十分ではなく一方的にゲレイドの光粒子(フォトン)エッジ式ブレードに蹂躙された。 サブリナのゲレイドは、最初の突撃の刺突によってセルビンを沈黙させ、蹴り飛ばすように反転しもう一体を仕留めた。


 が、トルキア帝国とて大国。そこで開発された最新鋭の主力機に前主力機のゲレイドは動力性能で劣っていて、その重装甲に対して致命傷となった攻撃は三分の一に満たなかった。すぐさま陣形を前後に分け、ほぼ同数の敵勢二正面に対してきた。


 架空頭脳空間(オルタナ・スペース)で分隊に指示を出しつつ、零は高速情報伝達に思考を乗せる。


【サブリナ、大隊長各位。パワーも装甲も旧式のゲレイドよりも敵が上手だ。敵を十分に怯ませてくれよ。精鋭クラスの各位ならば、相手は只の兵団、十分可能な筈だ。逆側で戦っている兵団が使用しているパルパティアはトルキア帝国主力機セルビンに劣る物ではないが、こちらはそうは行かない。やってくれなければ、こちらは一揉みにされてしまう】

【【【【【【【了解】】】】】】】

【零は? さっきから勇ましく後ろに居るけど、参加しないわけ?】


 大隊長等から同時に返事が反り、サブリナの皮肉交じりの冷ややかな言葉に、零は思考に憮然としたものを乗せる。


【こちらはこちらで、やることがあるんだ。敵の騎兵二つが自由に動き回れる状態だ。対処に動く】

【そうね。正面にほぼ同数の敵を相手して、好き勝手やられたら一溜まりも無いわ。でも、平気? 零の小隊だけじゃ、三百の相手は出来ないわよ。お嬢様も居るし、年少者ばかりだし】


 刺突でセルビンを沈めつつ問うてくるサブリナに、応じたのはヴァレリーだ。


【グレヴィの分隊が予備に回されたわ。騎兵の対処に使うんでしょう?】

【ああ、そのつもりだ。ちゃんと架空頭脳空間(オルタナ・スペース)の副官との共有情報を確認してるようで、安心した】

【当然でしょう。兵団長の指揮を把握していないで、副官が務まるわけ無いでしょう】


 ヴァレリーが抗議し、サブリナが突出した彼女のゲレイドを左右から挟撃にかかったセルビンを見事な時間差で冷静に対処しつつ指摘する。


【それでも厳しいわね。グレヴィの分隊は一個大隊と二個中隊の計七十五】

【仕方が無い。本隊を騎兵に襲わせないことが、大前提だ。ま、持ち堪えるさ】

【分かったわ。なるべく早く敵を切り崩すわ】


 攻勢を強めるサブリナのゲレイドから敵の動きに視線を移した零の目に、それぞれ反対側のにある三百の二兵団が千の兵団を中心に時計回りに回転し、味方兵団と六合兵団の右側面へ回り込もうとしているところが映った。


 架空頭脳空間(オルタナ・スペース)からではなく、零は素っ気なさを嫌い高速情報伝達で指示を伝える。


【エディト、敵が動いた。済まないが、騎兵を抑える要は分隊だ。俺の小隊も抑えに回るが、トータル六体。その上、四人は若い。俺はサポートしながら戦うつもりだから、エディトに主戦を張って貰うことになる】

【分かったわ。って、自信たっぷりに言いたいところだけど、正直どこまでやれるか分からないわね。サブリナやヴァレリーほど、わたしは強くはないし】

【サブリナは兎も角、ヴァレリーとだったらエディトならそれなりに遣り合えるだろう。決死隊では、サブリナ、ヴァレリーに次ぐソルダ位階第五位ルビーの実力者だ。分隊指揮を頼んだのも、貴族軍の将として西方諸国との戦闘経験を買ってのことだ。普段通りやってくれればいいさ。カバーはする】

【ええ、お願い】


 予備として兵団後方に控えていたグレヴィ分隊が移動を開始し、自小隊に零は呼びかける。


【六合小隊、グレヴィ分隊に連動し六合兵団の右側面を突きにやってくる兵団を抑える。が、無理はするなよ。バルチアン、オルタンス、ランベール、シャルロットの四人は、二人一組で戦うんだ。ヴァレリーは、サポートを。続け】


 兵団右側面へグレヴィ分隊を中核に六合小隊が展開すると、ほどなく騎兵として敵兵団三百が紅の竜が吐き出す火炎さながら巡航推力からミリタリー推力へ一瞬切り替え突進してきた。接敵までは、まさに刹那。


 重装甲とラージフレームの大柄な機体に物を言わせた、重突進。八十体程度の旧式による防壁など、粉砕してくれんと言わんばかりの。打ち下ろされた鉄槌は、しかし、阻まれた。


 突撃を受ける直前、既に分隊にはエディトから架空頭脳空間(オルタナ・スペース)を介した指示がなされており、硬化型ラウンドシールドを前に突き出しゲレイドを密集させ構えていた。未来予知(プレコグニシヨン)による未来の体感などに関係なく突進のパワーとスピードを乗せ勢い任せに振るわれたセルビンの光粒子(フォトン)エッジ式グレートソードは、硬化型ラウンドシールドで作られた盾の壁を崩すことは出来なかった。分隊は柔軟なクッションの役割を果たすように、突撃を受けたとき後退し重グラディアートの重量に上乗せされた突進力を殺したのだ。エディトの指示を参照していた零は問題なしと判断し、自隊にも倣わせていた。


 敵の勢いが途切れる間際、零は高速情報伝達に合成音声を乗せる。


【二体で一体を仕留めろ!】


 同時、零はゲレイドを右斜め前へ移動させつつ、光粒子(フォトン)エッジ式グレートそードを受けていた硬化型ラウンドシールドで得物を左へ流し敵セルビンの陣列に割り込んだ。六合小隊は、グレヴィ分隊の右翼を受け持っており小隊中央はヴァレリーに任せ零は小隊の最右翼に陣取っている。光粒子(フォトン)エッジ式ブレードを逆手に背後へ一閃。左後方へ位置がずれたセルビンの腹部装甲の継ぎ目へ、突き入れた。鹵獲し内部を解析した情報からボルニア帝国軍で共有されているセルビンの次元機関ディメンシヨン・エンジンのエネルギー供給ラインの位置に当たりを付け切断し、一体機能を停止させる。


 続けざま光粒子(フォトン)エッジ式ブレードを引き抜くと同時、正面に捉えたセルビンに逆手から順手に得物を持ちかえるように下方から半円を描くように戻し、様咄嗟のことで反応しきれぬ相手の腹部の装甲の継ぎ目に今し方同得物を突き入れ次元機関ディメンシヨン・エンジンからのエネルギー供給ラインを断ち切った。


 一瞬の襲撃(レイド)


 敵が反応する前に二体を葬った零は、後ろ髪を引かれつつ小隊の陣列へと戻った。最も危険な最右翼。だからこそ、年少者ばかりの小隊ではあったが零が陣取っている。そこを敵に付け込ませるわけにはいかないのだ。


 零にやや遅れ即座に攻勢に転じたのは小隊中央のヴァレリーで、ゲレイドを沈ませ光粒子(フォトン)エッジ式グレートソードを空振りした一瞬体勢を崩したセルビンの右腕を切断しメイン武装を殺すと、光粒子(フォトン)エッジ式ブレードの刺突を喉元から胸部へ突き入れるように放っていた。ハイアダマンタインの殻に覆われたコクピットカプセルは破壊できぬものの、それが致命傷となり内側からセルビンはスパークを発し擱座した。


 そして、分隊指揮官のエディト。ソルダ位階第五位の第一エクエス相当の中でも上位の力量を発揮し、金属位がせいぜいの主力兵団相手に格の違いを見せ付けた。敵の突進力が途切れると同時に、機体を横に僅かにスライド。空いた硬化型ラウンドシールドで、シールドバッシュを仕掛け流れるような動作で光粒子(フォトン)エッジ式ブレードを叩き込んだ。装甲の継ぎ目を正確に捉えセルビンを大破させ、続けざま右の一体を刺突で仕留めた。


 時が動き出したように、上位のキャバリアーの行動に遅れ敵味方のグラディアートが戦闘に突入した。


 零の小隊の年少者四人も遅れまじというように、セルビンと切り結ぶ。


 バルチアンとオルタンスのゲレイドが連携し一体のセルビンに対したが、根が勇ましい二人であるので互いに譲らず攻撃を加えようとして機体が衝突し隙が生じた。敵は好機(チヤンス)を逃さず光粒子(フォトン)エッジ式グレートソードを叩き込もうとするが、二人の近くに居た零が先んじた。機体を震わせる衝撃と同時、硬化型ラウンドシールドでパワーの乗った一撃を受け止める。


 二人を零が窘めようと情報感覚共有(iss)リンクシステムを介する前に、ヴァレリーの叱責が先んじる。


【戦場は、遊びじゃないのよ! 互いに相手の動きを意識してなきゃ、連携にならないでしょう】

【分かってるわよ、ヴァレリー。でも、今のはバルチアンが合わせるべきだった!】


 口答えしつつ勝ち気なオルタンスが、零のゲレイドと鬩ぎ合うセルビンの右腕の伸びきった横合いから光粒子(フォトン)エッジ式ブレードを突き入れ沈黙させた。


 困ったように【全く】と合成音声に乗せるヴァレリーは、セルビンと数合光粒子(フォトン)エッジ式ブレードを打ち合い圧倒し楽々と沈める。


 右側にセルビンが迫り零は適当にいなしつつ、オルタンスとバルチアンに指摘する。


【ま、あながちオルタンスの意見は間違いじゃないけどな。バルチアンが先に突っ込めば、本来正面にいたセルビンに右側をがら空きで晒すことになる】

【ほら、見なさいよ】

【それは、オルタンスが先走るから。仕方なく合わせたんじゃないか】


 小隊の右サイドで一頻り騒いでいる間に、ヴァレリーを挟んだ左サイドではランベールの歓声が上がった。


【やった!】


 シャルロットのゲレイドが光粒子(フォトン)エッジ式ブレードで敵の光粒子(フォトン)エッジ式グレートソードを下方で抑え硬化型ララウンドシールドをセルビンの顔に打ち付けた隙に、ランベールが仕留めたらしかった。撃破を無視し、シャルロットは敵の拘束に専念したようだった。


 器用と感心しつつ零は呼び掛けようとするが、すぐさまシャルロットのゲレイドは次のセルビンに掛かっていた。それへ、ランベールのゲレイドが相手の視覚から逃れるように追従していた。


 零もバルチアンのゲレイドが動いたのを見て、目の前のセルビンに集中した。とはいえ、零が使用するファントム・エイラはローエンドの人形(プーパ)とはいえ、相手も主力兵団。その性能に、さほど差はなかった。フェイントを交えた零の剣技は、オルタナアラインメント・プレコグニション・サイバニクスシステムが作り出す未来予知(プレコグニシヨン)の多少の優劣に影響を受けるほど甘いものではないのだ。第一エクエス相手なら兎も角。相手が打ち合えたのは、二合までだった。敵機が沈黙する。


 うわずった感じが伝わるバルチアンの合成音声が、高速情報伝達で流れ込む。


【へ、へー、やるな兵団長。ヴァレリーの話は、あながちはったりじゃないのかもな】

【くだらないこと言ってないで目の前の敵に集中しろ、バルチアン】


 ぴしゃりと零は釘を刺し、目縁の端にウィンドウ表示させてある自小隊面々の戦闘を収めつつ次へとゲレイドを駆り立てた。


 三百の敵に、グレヴィ分隊と六合小隊八十一体は十二分に善戦し善く抑えた。が、それでは役目を果たせぬ敵兵団は当然のように動いた。現在敵兵団は、二百四十体ほど。引き換えこちらは、七十五体が健在だった。これ以上、差を縮められぬうちにとの焦りも敵にはあったのかも知れない。敵は大隊を後方で移動させ、層が薄い右翼を突破に掛かった。


 前列のセルビンを押しのけるように楔形の大隊が突出し、六合小隊六体を文字通り蹴散らし突破を図った。


 流石に零も、純粋な数による力業に現戦力で抗する術など持ち合わせてはいなかった。高速情報伝達で、危機に瀕した自小隊に指示を飛ばす。


【無理に抑えようとするな。交戦せずに、敵の進路から退避!】

【【【【了解】】】】


 ヴァレリー、バルチアン、ランベール、シャルロットの四人から即座に返事が返ったが、オルタンスからの返事はやや遅れて返る。


【こいつだけ。片付けたら、すぐに退くわ】


 オルタンスのゲレイドは、それまで敵機を抑えようと奮戦していたバルチアンが退いた後を埋めるようにセルビンに対していた。


 叩き付けるような合成音声を、ヴァレリーが高速情報伝達に迸らせる。


【馬鹿、何やってるのよ! すぐに交戦を止めなさい!】

【ヴァレリー、小隊の指揮。オルタンスはこちらでどうにかする】


 零はオルタンスのゲレイドに視線を走らせ、もう遅いと指示を飛ばした。


 オルタンスのゲレイドは絶妙な角度で相手の光粒子(フォトン)エッジ式グレートソードを逸らし、己が得物を叩き込み撃破寸前に持ち込んでいた。


 が、零は叱責を飛ばす。未熟、と。


【周囲を把握できないようでは、戦場には立てないぞ。宮廷で差しの試合をするのがせいぜいだ】


 近くだったことも幸いし既に動いていた零のゲレイドは、オルタンスのゲレイドの間近に迫る。伸ばした右腕をオルタンスの機体の胴に回すと、勢いを乗せたままタックルした。


 逆上気味に、オルタンスは抗議を零へと叩き付ける。


【ちょっと、何するのよ! もう少しで、あ――】


 オルタンスのゲレイドが弾き飛ばされ抗議する彼女の合成音声が途中途切れ、恐怖めいた思考にまではならぬ感覚が零に流れ込む。寸毫前まで彼女の機体があった場所に上下左右四方からセルビンが殺到し、光粒子(フォトン)エッジ式グレートソードで隙なく刺突を放った。


 その様を背後を映し出すホロウィンドウで視界に捉えつつ、零はオルタンスを窘める。


【敵だらけの混戦では、未来予知(プレコグニシヨン)を過信し過ぎるな。体感できた時には、手遅れってことはざらだ。グラディアート戦の経験があれば、予知の先を塞ぐくらいの知恵はつくものだ】

【――くっ。わたし、目の前の敵にのめり込み過ぎてた? 助けてくれてありがとう、六合兵団長、ううん、零。お陰で命拾い出来たわ】

【素直じゃないか。が、切り替えろ。仕留め損ねた敵が、向かってくる】

【え、ちょ】


 オルタンスのゲレイドの背後にピタリと零のゲレイドが付き、呆気にとられたようにオルタンスは狼狽えた。


 殺到するセルビンの攻撃を、しかし、オルタンスは凌いだ。刺突を光粒子(フォトン)エッジ式ブレードで逸らし、振るわれる斬撃を硬化型ラウンドシールドで受け止める。それに会わせ零も動き、一体目のセルビンが刺突を放ちガラ空きになった右側面からブレードを突き入れ撃破し、二体目が放った斬撃は盾に阻まれ一瞬胴がガラ空きになり、既にゲレイドを下方へ機動させていた零は次元機関ディメンシヨン・エンジンのエネルギー供給ラインを正確に断ち切った。沈黙。


前方に迫っていたセルビンの攻撃を捌くと同時、零によって退場して行く様にオルタンスは間の抜けた合成音声を発する。


【え?】

【今の要領で行くぞ】


 咄嗟のオルタンスの対処を見て、零は満足していた。これまで艦内の訓練で三度ほど立ち会っただけだが、オルタンスの戦闘センスはその勝ち気さも手伝って悪くなかった。ソルダ諸元(スペツク)は、年齢を差し引けば第一エクエス相当。


 やや呆れ気味に、オルタンスは返す。


【全くもー。乙女を盾にして酷いわね】

【当てにしてる。攻撃はいいから、兎も角凌ぐんだ】


 更に迫るセルビンの猛攻を、オルタンスは凌ぐ。キャバリアーとしてならば、既に主力兵団程度ではまともに戦えば遅れを取ることはないのだ。ただ、未熟なだけで。


 退避した四人は、ヴァレリーのゲレイドを中心にバルチアンとランベールにシャルロットのゲレイドが左右を固め、突進してくる敵に防御を主体に巧みに対処していた。


 既にオルタンスと連携し零が二十体以上仕留めたとき、敵が乱れた。敵兵団の半分を相手していたサブリナ率いる兵団が、敵を破ったのだ。そのまま、右側面からグレヴィ分隊と六合小隊とで抑える兵団へ雪崩れ込んだ。


 一気に敵が崩れる様に、零はサブリナに高速情報伝達で指示を飛ばす。


【サブリナ、騎兵は二百も残っていない。このまま直進し突破し蹴散らす。側面を突かれた味方の兵団の損耗が激しいようだ。そのまま、味方と呼応し前後から挟撃する】

【ええ。分かった】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ