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第六章 惑星エブルー周辺域反撃戦 3

 ホログラムスクリーンに映し出されたトルキア帝国軍艦隊は、球殻状にボルニア帝国艦隊を覆い包囲する陣形を取っていた。敵艦隊の陣形の層は薄いが、全方位から味方艦隊現存十六万隻を狙い撃てる体勢だ。

 薄い球殻状のトルキア帝国艦隊の陣形の一角が丸で囲まれローレライ二を示す輝点が表示されるとそこへ線が結ばれ、AI(マザー)が見事に抑制の効いた落ち着きのある美声を響かせる。

「トルキア帝国艦隊と接触直前、機械兵(マキナミレス)ユニット群五千を射出。敵艦隊陣列に侵入と同時にミクスチャー・マインを発動させます」

「戻る途中、分子アッセンブラーやらアセンブリハンガーやらで自作した機械兵(マキナミレス)ユニットが、役立ってくれればいいのですが」


 いささか不安そうな白髪の老人AI(マザー)サポート参謀担当官のフォルマン・バイヤールに、零は幾分気を悪くしたようにややぶっきらぼうな口調で答える。

「そうでなければ困る。有効だからこそ作らせたんだ」

 矜持を刺激され、思わず内心悪態を零は吐く。

 ――全く、馬鹿にしてるのか。グラディアート・クリエイトルの俺が、高々機械兵(マキナミレス)ユニットの設計くらいしくじる筈がないだろう。


 急遽艦内で製造した代物は信用がないらしく、端麗な美貌を訝しげにするサブリナもどことなく疑わしげだ。

「机上ではね。ま、零の言うとおり有効じゃなきゃ困るけど」

「トルキア帝国軍は、目の前のボルニア帝国軍に集中しているわ。上手くいくわよ」

 凜々しさと清楚さが同居した美貌に苦笑を浮かべつつ明眸を煌めかせるヴァレリーに、艦長のバジルが頷く。 

「敵の反応が間に合わない、亜光速一歩手前でローレライ二は接近する。虚は突ける筈だ」

「戦闘艦を破壊するほどの威力は無くても、範囲攻撃兵器のミクスチャー・マインを不意打ちでばらまけば、対応が追いつけない筈だわ」

 ウェーブのかかった金髪の分隊指揮官エディト・グレヴィも、作戦に肯定的だった。


 軽巡航艦ローレライ二AI(マザー)の対人インターフェースの秘書風ヒューマノイドが、再び口を開く。

「定刻。汎用亜光速推進機関、推力ミリタリー」


 告げると同時、吹き抜けの前方の周辺域を映し出していたホログラムスクリーンの無数の星影が集中戦のように光の筋に変じたと思った瞬間、ローレライ二はトルキア帝国艦隊の間近に接近していた。急制動の寸前射出された五千の小型機械兵(マキナミレス)ユニット群が、薄い球殻状に布陣しボルニア帝国軍を包囲する一角へと達しあちこちで淡い光の波動を発生させていた。それが互いに交わり更に干渉波が、前方のトルキア帝国艦隊を包み込んだ。複数の波長のプラズマの嵐に襲われたトルキア帝国艦艇は機能の一部を麻痺させ、その一帯から少しの間殲滅の光弾(アニヒレート)砲の斉射が止んだ。


 秘書ふうヒューマノイドが軽巡航艦ローレライ二の目であるセンサ類で読み取った情報を告げ、次の段階へとフェーズがシフトする。

「ミクスチャー・マイン・正常稼働。トルキア帝国艦隊、プラズマ干渉により艦制御が麻痺。突破します」


 軽巡航艦ローレライ二は巡航推力で、トルキア帝国艦隊の包囲網を突破した。


 機嫌がいい零は、珍しく声のトーンを弾ませる。

「上手くいったな。急いで整備の連中と工作した甲斐があったってもんだ」

「あんなお手製のような機械兵(マキナミレス)ユニットでも、使えるものなのね」

 意外そうなサブリナに、艦長のバジルが当然とばかりに応じる。

「工房だってローレライ二に積んであるのと同様な分子アッセンブラーにアセンブリハンガーを使ってるんだ。設計に問題が無けりゃ|インテリジェンス・ビーング《IB》の監修だって入るんだから、差なんてないさ」

「民間武装商船に偽装する任務柄艦に詰めなかった機械兵(マキナミレス)ユニットを自作すると聞いたとき、どうなることかと思っておったが上手くいってなにより」

 やや申し訳無さげなフォルマンに、ヴァレリーが軽く苦笑を閃かせる。

「それは、確かに。でもこれで、第一関門突破だわ。ヴァージニア陛下が、古代兵器クロノス・クロックの餌食になる前にお連れしなければ」


 軽巡航艦ローレライ二は、球形に防御を固めるボルニア帝国艦隊がトルキア帝国艦隊に応戦し敵味方の殲滅の光弾(アニヒレート)砲が飛び交う中へと、突入していった。


 敵方による通信妨害圏を脱したと判断した零は、近くのヒューマノイドに呼びかける。

AI(マザー)、ドゥポン兵団群長と繋いでくれ。ブレイズとエレノアの協力を得たい」

「了解しました」


 ほどなく吹き抜けにホロウィンドウがポップし、ドゥポン兵団群長モリス・ド・ドゥポンの爽やかに整っているが目元にやや陰のある面が映し出される。

「やぁ、零君。戻ってきたということは、惑星ゴーダでの首尾は上々ということだね」

「それが、そうでもないんだ。報告にあった古代兵器運用艦は破壊したが、ダミーだった。本物は、トルキア帝国艦隊にありヴァージニア陛下の身柄が危険だ」

「なんと。それじゃ、無駄足だったのかい。にしても、それは不味い。只でさえ奇襲を受け、この有様だというのに」

「考えがある。ローレライ二はこのまま総旗艦アルゴノートと接触してヴァージニア陛下をお連れし、ルナ=マリー・アレクシア猊下が乗船しておられる恒星貨物船オーガスアイランド号へ移乗して頂く。まさかボルニアの女帝陛下が乗船しているとは思えない船だから、指揮を執るにも都合がいい。敵には女帝陛下の身柄はアルゴノートにあると思わせ、罠に填めたい」


 零の話を聞く内に理解を茶色の双眸に浮かべたモリスは、乗り気な口調だ。

「早急に事を運ばなければならない。零君が属する兵団群の長として、何か出来ることは?」

「ローレライ二が包囲網を突破するときこちらが小細工を仕掛けるから、ドゥポン兵団群と幾つかの兵団群の艦隊で混乱したトルキア帝国艦隊の一角を穿ち包囲の一部を崩して貰いたい。勿論、ヴァージニア陛下にも願って、それなりの数の艦隊を用意する」

「了解した。ギャバン兵団群長辺り声を掛けてみるよ。幾らかの兵団群を動員できる筈だ」

「よろしく頼む」


 モリスを映し出していたホロウィンドウが消え、回避行動を取りつつ殲滅の光弾(アニヒレート)砲で反撃するボルニア帝国艦隊が取って代わった。今も何隻かの艦艇が、死神の赤い光に散花と咲いた。


 敵の包囲からの防御の為球形に陣を敷くボルニア帝国艦隊にあってそれぞれの艦が回避運動に動きばらけがちながら、千隻単位で纏まりがある艦隊があった。ボルニア帝国総旗艦アルゴノートの直援に当たっている、艦隊だ。その中心。周囲に一・五キロメートルはある戦艦や二キロメートル長の重戦艦が居並ぶ中一際巨大な艦影を有する、コーラルレッド色の気品を宿す流麗な全長十五キロメートル級の貴婦人、ボルニア帝国総旗艦アルゴノートが存在感を放っていた。このように全方位から攻撃に晒される状況ではその巨体が徒となるが、通常の戦闘艦なら死神の息吹となる殲滅の光弾(アニヒレート)砲の斉射をその強力なフィールドと馬鹿げた重装甲でもって弾いていた。アルゴノートを沈めるには、並の戦闘艦の主砲では役者不足だった。尤も、結社アポストルスの意を受けるトルキア帝国は女帝ヴァージニアの身柄を狙っているので、撃沈は避けるだろうが。


 その一塊の艦隊に接近し、零は傍らの秘書風ヒューマノイドを見遣る。

「ヴァージニア陛下に繋いでくれ」


 相手は、ボルニア帝国の皇帝。一介の部将でしかない五百のキャバリアーを預かる兵団長では、すぐさま繋いでは貰えなかった。最初にホロウィンドウに現れた若い軍人へ女帝へ火急の用があるとAI(マザー)サポート通信担当官のマリーズ・ジュアットが遣り取りし、高官を含む数人を経てやっと女帝ヴァージニアへと繋がれた。


 濡れ色の赤髪を丁寧に編み込みポニーテールにした凜々しくも妖艶な美貌がホロウィンドウに現れ、零を確認すると煌めく赤色の双眸に微かな情を滲ませながらも低めの声を重たく響かせる。

「零。せっかく戻ったというのに、かような有様よ。トルキアにしてやられた。まさか、恒星系内移動リングゲートから現れるとは思わなんだ。ミラトに気を取られすぎたわ」

 ヴァージニアは普段の覇気がやや陰り、悔いるような雰囲気が滲み疲労にも似た焦燥が微かにあった。


 傍らにヴァージニアが視線を送ると空間反射で対象を捉える量子カメラワークが後退し表示を広げ、深い皺を顔に刻んだ宰相のブノアが現れる。

「して、惑星ゴーダでの任務は果たしたのだな? ミラトの虎の子のクロノス・クロックを使用不能に。ミラトにまで攻め込まれ古代兵器を使われては、一溜まりも無い」

「残念ながら、不首尾でした。そもそも、惑星ゴーダ周辺域で敵方に伝わるよう古代兵器の試運転を行ったこと自体、陽動でした。破壊した古代兵器運用艦はダミーで本物はトルキア帝国軍と共にあると、捕囚から聞き出しました」

「何だと? では、初めから予はトルキア・ミラト連合軍の掌で踊っておったのか」


 思わずかっとなったようにヴァージニアは上気し、密かに零は雌虎が獰猛に唸りを上げる様子を思い浮かべる。

「トルキア帝国軍は、ヴァーネット公爵領公星リールの隣の恒星系にあるリングゲートから、直接惑星エブルー周辺域のリングゲートに出現したのです。各リングゲートの管理者は結社アポストルスによって買収されていたようです。この奇襲はかねてから計画されていたことであり、敢えてボルニア帝国軍の目はミラト王国軍に向けさせられていたのです」

超光速通信(FTLC)を帝星エクス・ガイヤルドと女帝軍・オルデン・エクエスそれぞれが確立していながら、トルキア帝国軍進軍の報が無いのを疑問に思っておったが、なるほど、結社アポストルスはそのような手を。それでは、公星リールと隣接する惑星を拠点とするオルデン・エクエスが未だトルキア帝国の進撃を知らぬのも頷ける。その隣の恒星系から連絡がもたらされるには、数日は掛かろう」


 しきりに得心がいったと頷くと、ブノアは再び視線を零に戻し続ける。

「で、六合殿。クロノス・クロックを有する古代兵器運用艦は、この戦域にあるのですな。女帝陛下の身が危ういと」

 ブノアが常の老齢な緩慢さに似ずやや性急に問い、零は用意してある策をすぐに切り出す。

「その通りです。ですので、ヴァージニア陛下には恒星貨物船オーガスアイランド号への移乗を進言させて頂きます。高貴な身分の者が乗船していると思えぬ貨物船に身を置き、そこから指揮を執って頂く。既に、ルナ=マリー・アレクシア猊下もかの貨物船に乗船しております。このローレライ二で、陛下を包囲網の外へと逃します。ここへ来るまで包囲網を突破した際に使用した手で再び包囲網の一角の艦隊を混乱させ、その隙に艦隊を雪崩れ込ませます。その攻勢に当たる艦隊を、陛下にはご用意頂きたいのです」

「機敏ですな。六合殿はなかなかの戦術家のようで。既にそのような手筈を整えているとは」


 光の弱い青色の双眸をブノアは細め、ヴァージニアが戦人としての慧眼を働かせる。 

「つまり、総旗艦アルゴノートはこの場に残すのだな。敵の餌として」

「はい。アルゴノートは、囮にも罠にも使用可能です。敵が、古代兵器クロノス・クロックを用いアルゴノートを狙ってきたときが敵の切り札を封じる好機(チヤンス)と存じます」


 零の言葉に暫しヴァージニアは押し黙り思案顔をし、再び紡ぎ出す声には迷いがない。

「分かった。時間が惜しい故、すぐに向かうこととする。予と共に行動するのは、ブノアと参謀陣。親衛隊のみとする。予と親衛隊はすぐさま、メイユールとギャルド・インプリスに機乗しローレライ二へと向かう。他は、この艦が敵の手に一時的に堕ちることを見越し総員退艦。近くの艦艇に分散し移乗のこと。アルゴノートの制御はAI(マザー)に任せるものとする」

 ヴァージニアは立ち上がり、矢継ぎ早に命令を放つ。

「直援艦隊の半数は、軽巡航艦ローレライ二に同行せよ」


 総旗艦アルゴノートから高速射出機構(HSIM)を使用せずに、先ず先行する二大隊九十機の零が見慣れない機体――汎用コミュニケーターオルタナのフォーカス・インフォによってボルニア帝国軍ネットワークから得た情報がAR表示され、それによれば親衛隊機ギャルド・インプリスが姿を現した。アンバーローズ色をした全体として第一エクエス・オルデンが使用するインプリスv0をエレガントにしたような、|親衛隊《Garde du Corps》が使用するに相応しい気品ある形状だ。最高戦力第一エクエスが使用する大国ボルニア帝国が生み出した傑作グラディアート・インプリス。その派生機であるらしかった。インプリスの特徴的な人間の顔を構成する代表的なパーツをスタイリッシュに仕立て細かなパーツ割をされた頭部を、引き継いでいる。武装は、メインウェポンにアダマンタイン製光粒子(フォトン)エッジ式ナイトリーソード、防御にアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型ヒーターシールドを有している。


 そして前方を固めるように布陣したギャルド・インプリスに続き総旗艦アルゴノートから現れたのは、カメリア色の麗美さの中に機械的な先進さが散りばめられた、優美でありながら先鋭さを感じさせるグラディアートだった。それを零は初めて直で見るがよく知っている機体。ボルニア帝国皇帝機メイユール。インプリスをグレードアップした機体で、代々のボルニア帝国皇帝が継承する旗機だ。全体として軽快さを感じさせる部分部分内部構造が透かし見えるネイキッド装甲が用いられた、伝統と格式ばかりにあぐらをかくことのないことを示すような、歴史ある大国に相応しいグラディアートだった。尤も放蕩を極めた先代皇帝アイロスでは、そのスーパーグラディアートも宝の持ち腐れだったが。


 続き六大隊二百七十機のギャルドインプリスが出撃し、皇帝機メイユールと共に軽巡航艦ローレライ二へと着艦した。


 六合兵団に配備されるまでは貨物船代わりの輸送任務に就いていた老朽艦である軽巡航艦ローレライ二は実質は退役艦であり、懲罰部隊である決死隊が使用することと内乱で生産が滞りがちでなければ前線に復帰することはなかった戦闘艦だ。ボルニア帝国皇帝たる女帝ヴァージニアを始め宰相のブノアを筆頭とする参謀団に将来を約束された超エリートである親衛隊が乗り込むには、不釣り合いな無愛想さがある。その上簡素なグラディアート機乗服や簡素な軍服姿の六合兵団とは違い、華麗な装いの一団はまるで別世界が紛れ込んだかのようだった。


 その別世界の代表たる赤を基調としたグラディアート機乗服姿のヴァージニアが艦橋エリアへ通され零が使用する指揮官シートを明け渡されるとすぐさまボルニア帝国皇帝にして大元帥として振る舞い始め、情を交わして一週と経たぬというのにあの一夜が嘘だったかのようにヴァージニアはそのようなことを露ほども感じさせなかった。


 今も吹き抜けに浮かぶホロウィンドウへ、三軍指揮官として傲然と命じている。

「では、ギャバン、ドゥポン。麾下の艦隊で、包囲網攻略艦隊に呼応せよ」

「御意」

「は」

 ホアキンとモリスが最敬礼すると二人を映し出していた二つのホロウィンドウが消え、ヴァージニアから見て左側の列の最も手前に座る零へと視線を向ける。

「それでは巡礼者、突破作戦を開始せよ。艦隊副旗艦へ移乗した、我が直援艦隊の提督には言付けてある」

「は。各艦、ローレライ二のAI(マザー)からのタイミング指示に合わせ、汎用亜光速推進機関推力ミリタリーで進撃。ミクスチャー・マイン発動後、一帯の敵艦隊を殲滅。包囲網の一角を崩す。ローレライ二は殲滅戦に加わらず、そのまま離脱。ローレライ二発進」


 吹き抜けのホログラムスクリーンに光点が集中線のようになった瞬間、敵艦隊を直前に捉えていた。既に射出されていた機械兵(マキナミレス)ユニット群が、ミクスチャー・マインを起動。あちこちで淡い光の波動が発生し互いに干渉し合いながら、一帯のトルキア帝国艦隊を飲み込んだ。敵艦隊の機能の一部が麻痺したことを示すように、殲滅の光弾(アニヒレート)砲斉射はなかった。


 上手くいったと、零は傍らに座るローレライ二AI(マザー)の対人インターフェイスたる秘書風ヒューマノイドに命じる。

「ローレライ二、汎用亜光速推進機関推力巡航。敵包囲網を突破し恒星貨物船オーガスアイランド号へ」


 汎用亜光速推進機関から燐光を散らしローレライ二と並進するように、三千隻の艦隊が包囲網の一角へと殲滅の光弾(アニヒレート)砲を主砲斉射で放ちながら突進した。不吉な赤い輝きが、敵艦隊に散花と死に花を咲かせる。軽巡航艦ローレライ二は、殲滅の光弾(アニヒレート)が吹き荒れる戦場を後にした。

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