第六章 惑星エブルー周辺域反撃戦 2
軽巡航艦ローレライ二の艦橋エリアの吹き抜けを半球状に覆い外部を投影するホログラムスクリーンと重なるように、ルナ=マリーとヘザーを映し出したホロウィンドウが浮かびその横にもう一つホロウィンドウがポップし、黒鉄色の髪を後ろで束ねた厳めしい顔つきの恒星貨物船オーガスアイランド号船長ハインツ・ランセルが映し出される。
「一体、どうなってやがる。恒星系内移動リングゲートから、トルキアの奴らがわんさか出てきやがって、不意打ちを食らった女帝軍は防戦で手一杯だ」
「どうなってるも何も、見ての通りだ。良かった。まだ、女帝軍の補給部隊に随伴していて」
面と向かうなり悪態を吐くハインツの予想通りの反応に零はにやりと返し、ハインツは束ねた髪が乱れるのも構わ頭を掻き回す。
「ああ、ついてないな。まだ居残っていたからな。ぼやぼやしてると、トルキアにとっ捕まっちまう。ずらかる算段をしてたところだ。そこに、零、お前さんから呼び出しを喰らった。一体、何の用だ?」
「この戦で、公星貨物船オーガスアイランド号に重要な役どころを頼みたくてな。民間の貨物船船長じゃ一生預かれない栄誉の殿堂って奴に預かれる好機だ」
「ああん? 何なんだ、そのご大層なものは? 栄誉とやらで喰えるのかい?」
小馬鹿にした様子で鼻で嗤うハンスに零は、わざとつまらなそうに応じる。
「何だ、甘い夢を見ない奴だな。そういう即物的なのは、嫌いじゃないけど。惑星エブルー周辺域反撃戦の一翼を担って貰いたい」
言葉とは裏腹計算高く損得勘定のそろばんを弾くハンスがぼやかした提案に釣られてきたと感じた零は切り出し、後を人心を心得ているルナ=マリーが継ぐ。
「わたくしを、そちらへこれからヘザー共々移乗させて頂きたいのです」
ヘルメットのバイザー越しのヘザーが、ルナ=マリーとの阿吽の呼吸で補足する。
「その後には、ヴァージニア女帝陛下もお願いします。豪華な顔ぶれでしょう、ランセル船長?」
「俺の船に要人を乗せて、戦いに巻き込むつもりかっ!」
途端にハンスは気色ばみ、零は宥める口調で説き聞かせる。
「まぁ、聞け。敵の狙いは、ヴァージニア陛下の身柄なんだ。だから、真っ先に敵は状況が進み次第狙ってくる。だから、その身柄が帝国総旗艦アルゴノートにあっては、狙ってくれと言っているようなものものなんだ。だが、そこに陛下が居なければあの重戦艦はいい目眩ましになり、敵の裏をかく罠としても使える」
思案顔になったハインツは暫く考え込み、次第にその面が精悍さを増す。
「報奨金は? 見合った額は貰えるんだろうな。只乗艦しただけだなんて、言わせねーぞ。その栄誉の殿堂だとか、食えねーもんはどうでもいいんだ」
「勿論です、ランセル船長。この七道教アークビショップたるわたくしが、保証致します。この戦局を覆し勝利した暁には、きっと厚く報われることでしょう」
透かさずルナ=マリーが確約し、ハインツは満足げに下手に出る。
「猊下がそう仰ってくださるなら。胡散臭い零の口約束じゃ、信用できませんからな」
「煩いな」
ぼそりと零が文句を口にすると、一瞬ルナ=マリーは苦笑し次には屈託のない美貌を引き締める。
「では、ランセル船長。これからヘザーのナイチンゲールでそちらへ向かいます」
ルナ=マリー、ヘザー、ハインツの三人を映していたホロウィンドウが消えると、零は鋭い口調で命じる。
「ローレライ二はナイチンゲール出撃後、女帝陛下の戦域突破の為準備した作戦を実行する。発進」
すぐさまナイチンゲールが出撃し、間髪置かぬタイミングで軽巡航艦ローレライ二は汎用亜光速推進機関の淡い燐光を背後に放った。




