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第六章 惑星エブルー周辺域反撃戦 1

 剣を取れ、槍を突き立てよ。援軍到来のラッパが、今高らかに吹き鳴らされん。最早、わたしは後戻りできない。

 ――戦場の執行者の唄







 艦橋エリア吹き抜けに投影された半球状のホログラムスクリーンに、波紋のように空間を歪め進み魚眼レンズを通したような惑星が一瞬で通り過ぎる様が映し出される。それをやや緊張に包まれた面持ちで、マルチファンクションテーブルとなった総合指揮卓に座る面々が眺めていた。


 艦の進行方向、総合指揮卓の最前列に当たる指揮官シートに座す水色とアンバーローズ色をしたグラディアート機乗服を纏う零近くの席の秘書ふうヒューマノイド――軽巡航艦ローレライ二のAI(マザー)が、完全な抑揚を有する美声で告げる。


「まもなく、ラスコー恒星系惑星エブルー周辺域へ到着。指定された座標へ、ワープアウトします。五、四、三、二、一、ワープバブル消滅。ワープアウト」


 刻むカウントダウンと共に前方に広がる波紋が霞み、最後には亜空間の深い色合いの虹のような光彩ではなく深い闇を孕んだ通常空間へとローレライ二は復帰していた。


 惑星エブルーが左方アイリス色に霞み、そこから少し離れた場所で不吉な死を告げる濃厚な赤い光の筋が宇宙の深淵を数百数千と駆け抜け、虚空に破壊の花を咲かせていた。


 虚空を飛び交う火線が拡大表示され、AI(マザー)が続ける。


「ボルニア帝国軍確認。交戦状態。艦形からトルキア帝国軍艦隊からの、殲滅の光弾(アニヒレート)砲による攻撃に晒されています。捕虜の話通り、奇襲を受けた模様」


「十九万隻は集まっていた艦隊が、十六万隻。既に三万隻が失われましたか。しかもトルキア帝国軍艦隊に完全包囲され、危機的状況ですな」


 前方を向く零の後方右側の列にAI(マザー)が使用する対人インターフェースの焦げ茶色のスカートスーツ姿をしたヒューマノイドとその隣にボルニア帝国軍の紺色の軍服姿をした艦長のバジルが座し、更にその隣に座す決死隊の黒い簡素な軍服姿をしたAI(マザー)サポート参謀担当官の白髪の老人フォルマン・バイヤールが吹き抜けの半球状のホログラムスクリーンと重ね合わせに表示された戦域マップのウィンドウを眺め、味方を示す青い輝点と敵を示す赤い輝点を確認し口惜しそうに嘆息した。


 フォルマンとは反対側の列の先頭に座る黒色をした決死隊用のグラディアート機乗服を纏った副兵団長のサブリナが、頷きつつ端麗な美貌に浮かぶ知性の中に峻烈さにも似た勝ち気さを閃かせる。


「女帝軍――ヴァージニア陛下は不意を突かれたわ。ミラト王国軍との決戦に備えていた女帝軍にとって、トルキア帝国軍出現は寝耳に水。まさか、恒星系内移動リングゲートから現れるだなんて夢にも思っていなかった筈だもの」


「見事に奇襲が成功したってわけね。完全に虚を突かれた女帝軍は戦闘準備なんて整っていなかった。当然、一方的に蹂躙された」


「ですが、まだ十六万隻は健在です。対するトルキア帝国軍は十五万隻。今ならまだ状況を覆せます。起死回生は不可能ではありません。包囲さえ崩せれば」


 凜々しさと清楚さが同居した美貌を厳しくするヴァレリーの後を受け、ルナ=マリーは白髪のセミロングを揺らし一同に視線を送ると、屈託のない美貌に七道教を率いるアークビショップとしての立場による気概からか気骨らしきものを浮かべた。


 マルチファンクションテーブルを囲む決死隊からなる六合兵団員と元からの軽巡航艦ローレライ二クルーの主立った者達がルナ=マリーの言葉を咀嚼するのを待つように、アザレ色のグラディアート機乗服を纏ったヘザーは口を開き精緻に整った面に峻烈さを宿す。


「敵が尋常な敵であれば、そうでしょうね。古代兵器クロノス・クロックさえ、使用されなければ。十分に互角に持ち込めます。けれど、使用されれば惑星ゴーダ駐留軍の先例のように、反撃の術なくそれこそ比喩抜きで一方的に蹂躙される」


 今もトルキア帝国軍艦隊からの殲滅の光弾(アニヒレート)砲の猛威に晒され回避行動が間に合わなかったボルニア帝国軍艦艇が撃沈される様を、一同は黙って見詰めた。厳しい状況だった。隙の無い攻撃から大小の恒星戦闘艦の回避を優先するボルニア帝国軍は、グラディアートを出撃できずにいる。だが、このままでは敗北は時間の問題だ。グラディアートを腹に抱えた敵艦艇の数を減らしたトルキア帝国軍は、満を持してグラディアートを出撃させてくるに違いないのだから。


 明らかな敗北が見て取れるホログラムスクリーンの映像に、零の奥底で苛立ちが湧く。


 ――このままでは全滅必至。全く、わざわざ俺は死にに来たのか? おめでたいな。戦士の世界に再び足を踏み入れて、死地に赴くなんて。


 零の脳裏に惑星ゴーダでの一件が浮かび、任務失敗を責め立てる。


 ――まんまと、敵の策に引っ掛かる間抜けを演じたのは不味かったな。あんな誇示するような映像が、流出したのに。女帝軍を離れる前に、どうしてその可能性に思い至らなかった。この状況を脱するだけでも至難なのに、敵にはまだ隠し球が……。本物の古代兵器運用艦ギガントスを沈める必要がある。


 はっきりと分かる絶望的状況に、だが零は自己嫌悪に陥りそうになりながらも後悔するつもりはない。


 ――捨てようと思っていた柵って奴が、また出来ちまった。一度身を置いた国。作りたくもなかったのに出来た友人。情を通じた相手。また背負い込んだ柵を、見捨てて逃げ出すことなんて出来る筈もない。ここに来て良かったんだ。


 再び巡礼の旅に戻り過去から逃れたい衝動を、零はこのとき追い払った。


 あの強敵の姿が浮かび上がりそうになるが、零は決意で上書きする。


 ――だから、ソルダの道を捨て切れ無かったことは、間違ってはいない。


 小さな呟きを、零は唇に乗せる。


「儘よ。やるしかないんだ」


 一片氷心の佇まいで零は立ち上がり、総合指揮卓を囲む一同に視線を走らせる。


「負ける戦いには応じない。それが、俺の座右の銘。けれど、負けると分かっていても逃げてはいけない時がある。猊下、幸い俺には勝機があるように見えます。ここからが、用兵の妙の見せ所といったところでしょう」


 惑星ゴーダ周辺域を後にしたときルナ=マリーに言われた言葉を口にするとき零は彼女に視線を送り、それを菫色の双眸でしっかりと受け止めルナ=マリーは英雄に祝福を献げる聖女さながら伸びやかな声を清らかに響かせる。


「期待しています。ここに来るまでに話し合った策。きっと、上手くいくでしょう」


 頷きつつ零は、作戦決行を命じる。


「オーガスアイランド号と回線を開け。当初の予定通り、アレクシア猊下がローレライ二より移乗する」

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