第五章 最後の試練 14
軽巡航艦ヴォルタの談話室。
午後の鍛錬を終え一休みとリュトヴィッツ兵団員が幾つも並ぶ丸椅子を思い思いに囲む中、ブレイズはマーキュリーとお茶を飲んでいた。
のんびりとそれでいて痛ましげに、友とその麾下のことを話し合いながら。
「やりようだと思うわ。兵団群三千とまともに遣り合えば生還は困難でも、律儀にそんなことをする必要はない」
「だな。零のことだ。そんな労力が要る真似をするとは思えないな。上手く切り抜けるだろうさ。ま、女帝軍の大半の見方は生きては帰れないだがな」
ソーサーからカップを取りブレイズは煽り、己と部下の慰安の為わざわざ持参し使用させている特産地の珈琲の苦みとコクに零に待ち受ける苦難を思う。と、そのとき汎用コミュニケーター・オルタナデバイスが着信を告げ、緊急モードでブレイズの許可なしに繋がる。
ホロウィンドウが立ち上がり軽巡航艦ヴォルタのAIが使用する対人インターフェースのヒューマノイドが映し出され、艦内放送の声と同時に口を開く。
「緊急。恒星系内移動リングゲートに、通常にはない数の艦艇群の出現を検知。兵団長は、至急発令所に」
「どういうことだ?」
怪訝な様子で尋ねるブレイズに、AIはさばさばと答える。
「不明。出現艦艇は、戦闘艦の模様。映像送ります」
ヒューマノイドが映し出された隣にもう一つホロウィンドウが出現し、惑星エブルーの衛星の反対側に浮かぶ恒星系内移動リングゲートが幾つもの光点を吐き出す様が映し出された。
顎に手を遣り映像を眺めるブレイズは、藍色の双眸に懸念を浮かべる。
「リングゲートは、民間船が現在使用している筈だ。集結する女帝軍の艦艇がワープアウトする邪魔にならないように。それがどういう?」
「確かに、これは戦闘艦ね」
答えたのは、対面席からブレイズの隣に移動しホロウィンドウを覗き込むマーキュリーだった。
閑雅な美貌を引き締め、マーキュリーは鈴のように涼やかな声に警戒を滲ませる。
「それも戦艦クラスがごろごろろ」
「そのようだな。通達はなかった。AI、発令所に大隊長以上へ集合指示」
「然るべく」
短いAIの答えを聞きながら、ブレイズは席を立った。
◇
「所属不明恒星戦闘艦多数、恒星系内移動リングゲートから出現。警戒態勢を。リザーランド兵団長、確認願います」
汎用コミュニケーター・オルタナデバイスがARデスクトップ上に着信を告げ、ホログラムウィンドウが立ち上がるなり軽巡航艦レルミットのAIが使用する対人インターフェースのヒューマノイドが告げた。
続いてヒューマノイドの隣にポップしたホロウィンドウに恒星系内移動リングゲートが映し出され、エレノアは美しい眉を顰める。
「艦隊? どうしてリングゲートを使っている。連絡ミスか?」
「エレノア、これは敵襲よ。光学映像でまだ不鮮明だけど、この形状はトルキアの恒星戦闘艦に似ているわ」
グラディアート・パルパティアのタンデム式となった背後のコクピットシートに座りエレノアと点検を自立式整備ハンガーと共に行っていたカーライトが、朝の陽射しのように爽やかな声をピリッとさせ指摘した。
エレノアのメゾソプラノに、怪訝さが増す。
「トルキア? どうして分かる。AIも判別していない」
「ボルニア帝国以外の恒星戦闘艦で領内を好きに航行しているのは、トルキアとミラトのみ。ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約軍はアルノー大公国領内に引き籠もってるわ。だとすると、そのどちらか。ミラトのものは丸みを帯びてるけど、トルキアのものは起伏が激しい」
「そうだとして、連中の大半は前皇帝派貴族軍を包囲するオルデン・エクエスと対峙している筈。好きに動いているのは主力じゃない。けど、あの数は分遣群の艦隊規模を遙かに越えている。こんな場所に、突然トルキアの主力が現れるわけがない……。帝星エクス・ガイヤルドと女帝軍・オルデン・エクエス、それぞれに超光速通信を確立している。トルキアに女帝軍を狙う動きがあれば、即座にその動向が伝わる。ここラスコー恒星系に敵が進軍する前に、連絡が入っている」
「不明恒星戦闘艦群、殲滅の光弾砲斉射開始。女帝軍恒星戦闘艦群、百三十四隻撃沈。敵襲、先手を取られました」
報告にエレノアは、カーライトと視線を交わし声を張り上げる。
「AI、回避しろ! 総員戦闘態勢。キャバリアーは、グラディアートに機乗! トルキア帝国軍の奇襲だ! 強制回線で、ドゥポン兵団群長とリュトヴィッツ兵団長を」
最初にポップしたホロウィンドウに振り向くモリスが映し出され、顔が向いた瞬間エレノアは口を開く。
「ドゥポン兵団群長、トルキア帝国軍の奇襲だ!」
「トルキア? 奴さん達がどうしてここに?」
答えたのは、モリスが振り向くと同時にホロウィンドに出現したブレイズだ。
「まだ距離があり、光学確認の上敵は隠蔽チャフを撒き散らしていて分かりづらいが、カーライトが言うにはトルキアのものだそうだ。何しろヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約はアルノー大公国領にあり他はトルキアとミラトの二国のみ。二国の艦を比べたらそちらだそうな」
「どうしてと言いたいところだが、今はそれどころではない。あの死の赤光を避けなければ。AI、各艦に通達。反撃しつつ、回避行動」
いつにない険しさで表情を引き締めるモリスは、声を張り命じた。
◇
「敵襲だと! 何事か!」
ボルニア帝国軍総旗艦アルゴノート艦橋エリア総合指揮所発令所へ姿を現すなりヴァージニアは激しい口調で問い質し、既にその場にいた老宰相ブノアが応じる。
「識別可能距離となり、ようやく判明しました。トルキア帝国軍による奇襲でございます。敵は、恒星系内移動リングゲートから出現しました。五千隻ほど確認しておりますが現在も続々と出現しており、敵勢規模は不明」
報告を聞きながら味方艦が殲滅の光弾砲の餌食となっていく様が吹き抜けに投影された半球状のホログラムスクリーンに映し出され、それへ熾烈な視線を注ぎつつヴァージニアは更に問いを重ねる。
「どうなっておる? 前皇帝派貴族軍とトルキアは合流を果たすつもりではなかったのか。ヴァーネット公爵領公星リールを包囲する、オルデン半数と対峙している筈。それが、どうしてここラスコー恒星系に出現しておる?」
「ヴァーネット公爵領公星リールを包囲中のオルデン・エクエスからは、トルキア帝国軍に動きがあるとの報はございませんでした。何らかの動きがあれば、帝星経由の超光速通信が先でございますれば」
「何とも面妖なことだ。彼方の公星リールから、予に知られることなくここラスコー恒星系にやってくるなど。それも恒星系内移動リングゲートを通り、惑星エブルー周辺まで。あり得ぬことだが、現実に敵はそこにおる。のう、爺」
「如何なされます、姫」
ブノアの促すような問いにヴァージニアは、シンプルな虹金のボルニア帝国皇帝専用のシートに身体を預ける。
「こちらは 戦闘態勢が整っておらぬというに先手を取られたか。各軍団群、兵団群に通達。各艦の判断で回避行動に専念。反撃準備が整い次第、反抗に移る」
◇
「ヴァージニアめ、何を当たり前のことを言っておる。当にそのようなこと、言われなくともやっておるわ」
女帝からの通達を受けたベルジュラック大公国領邦軍旗艦重戦艦オンフィーアの総指揮官シートに座すジョルジュは、この非常時に女帝の目も耳もないこともあり本心が漏れ出て、けれどすぐさま現状に集中する。
「この軍勢が敗北を喫すれば、ボルニアにとって如何ほどの打撃となるか。ボルニア帝国は、ハイエナ共の餌食よ」
感情を高ぶらせるジョルジュはシートの肘掛けを叩き、一拍おいて命じる。
「オクシデント・エクエスの艦艇を護りつつ、殲滅の光弾砲で反撃しつつ後退! グラディアートも出せずに、恒星戦闘艦の腹の中で宇宙の藻屑などあってはならぬ。グラディアート戦ならば、ボルニアがトルキア如きに遅れを取ることなどないのだ」
◇
その腹に八万体を搭載する兵団群旗艦トルキア帝国軍レヴァークーゼン級大型強襲母艦ガダールの格納庫内、自立式整備ハンガーにコチニールレッド色をしたトルキア帝国軍主力重グラディアート・セルビンがずらりと並ぶ中、アンティックゴールド色のさながら琥珀の宝石めいた鮮麗なグラディアート・アヴァロンが異彩を放つ。
その仄暗いコクピット内で、マーク・ステラートは船外映像へ視線を送る。
「正に、寝耳の奇襲だな。こうも見事に成功するなど、そうそうないな。戦闘準備など出来ていないボルニア帝国軍を、一方的に殲滅している。ユーグ恒星系から移動させたクロノス・クロックの出番など、無いかもな」
「それは油断だわ。今はまだボルニアの反抗準備が整っていないというだけのこと。あの数。奇襲で叩いて、ボルニア領内に招かれたトルキア帝国軍と互角といったところでしょう」
タンデム式となったのコクピットシートの前列の緩い傾斜角がついたシートに身体を預けるマークの後方、高い位置にあるシートに座すマーク同様琥珀色のグラディアート機乗服に身を包む乙女が窘めた。
マークは、己の契約ファントムに肩を竦める。
「エリーシェの言うとおりだな。ただ、こうも見事に決まるとな。遠く離れたヴァーネット公爵領公星リールに隣接する恒星系のリングゲートから、直接惑星エブルー近辺のリングゲートに出現するなどボルニア帝国軍には思いもよらぬこと。トルキアの動きをオルデンが察知するには数日掛かる」
「流石は結社アポストルスといったところでしょうね。本来繋がっていない二つのリングゲート。その二つのゲートの管理者を買収。遙か彼方の恒星系にある惑星周辺のリングゲートを繋いでみせた」
「ふん。そのようなことをされたら、堪らぬよ。それこそ、女帝ヴァージニアは夢にも思ってもいなかっただろうさ。さて、あのボルニア帝国艦隊に贖罪者は居るか? 女帝を捕らえるついでに始末しておきたいが」
閃く赤光に消えていく敵艦へ、マークは鋭い視線を注いだ。




