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第五章 最後の試練 13

 作戦目標達成後、大きく損傷し超電磁誘導チューブも使用がままならない幾隻かの恒星戦闘艦から防衛に出撃した全て併せて二百程度の敵グラディアート・ルプスを沈黙させた零以下選抜隊はローレライ二へと帰還した。


 艦のマルチトランスポーテーション管理AIの誘導に任せ各ゲレイドが自動で素早くで収容されていく中、サブリナの音律的な声が響く。


「無事、帰れそうね。来るときは、戻れないと思っていたけど。あんな絶好の好機(チヤンス)を得られるなんて。呆気無かったっていうか、手応えが足りないっていうか」


「良かったじゃないの。何、贅沢言ってるんだか。罰が当たるわよ。また生き長らえることができて、みんなだってほっとしている筈だわ。ギガントスそのものだけじゃなく、宇宙港の比較的脆弱な桟橋なんかの施設が倒壊してくれたのが良かったわ。重量物に動かされた艦艇同士で、身動きを取れなくしてくれた。わたし達には、千載一遇の好機(チヤンス)だった」


 彼女らしい怜悧さから来る驕りを見せるサブリナをヴァレリーは窘め、零は引っかかりを覚え二人の会話に加わる。


「その通りだけど、今回はサブリナの言うことに少し賛成かな。すっきりしないんだ」


 会話に加わりながら零は、消化不良のような思いを吐露しつつ一連の作戦を振り返る。


 ――終わった、筈。けど、この違和感は何だ?


 奥底に蟠る警鐘は、ヴァレリーの凜とした声で打ち消される。


「いいじゃない。上手くいったんだから。零みたいなことを言い出したら切りが無いわよ」


「ま、そうだな。不安材料なんて、いつでも山積みだからな。亜空間航路に入れば、俺達の勝ちだ」


 後に続く浮かんだ言葉を、零は飲み込んだ。


 ――その後は、ヴァージニアの元には帰らない。決死隊も。俺は巡礼の旅に戻り、サブリナやヴァレリーは人として生きる。悪い話じゃない。決死隊は応じるだろう。アレクシア猊下は納得してくださるだろうか? オーダーは熟したんだ。これくらい大目に見てくれるさ。


 敢えて気楽に考えることで、零は決死隊を率い暫くぶりに浸った懐かしい感覚を振り払う。それに心地良さを感じてしまったから尚更。


 ――これで、ソルダとしての生き方は捨てられる。もう過去に、亡霊に、強敵に怯えなくていいんだ。


 そう思う自分に一瞬烈火の如き怒りが、零の中で炸裂した。けれど――、


 ――弱者には、そんなことを思う権利なんて無いんだ。自覚しろ、零・六合(りくごう)。捨てれば、戦士の心が折れてしまったことに、苛立ちなんて感じなくなるんだ。


 エイラの機械的な片言が響き、零を現実に引き戻す。


「ローレライ二AI(マザー)から通達。グラディアート全機、収容完了。これより、亜空間航路へ突入します」


 声と同時、ワープバブル形成により亜空間へローレライ二が突入したと分かる時空震特有のピンと張り詰めた感覚が一瞬全身を走り抜けた。


 脅威から完全に切り離され、零は独りごちる。


「無事、任務完了か……」


 


 グラディアートを降りた零は更衣室で着替えを済ませると、副兵団長のサブリナや副官のヴァレリーに分隊指揮官や大隊長等主立ったメンバーと共に艦橋エリアへとリニアに乗り込み向かった。


 リニアを降り艦橋エリアへ入りながら、零は気持ちを切り替える。


 ――これで自由の身か……。旅の道行きを急いだ筈が、とんだ回り道だった。決死隊にやらせるつもりの民間軍事企業(PMF)が軌道に乗るまでの数ヶ月間は仕方が無いとしても、その後はまた巡礼の旅に戻ることが出来る。


 開放感にも似た思いに包まれながら、発令所へと向かうスロープを零は上った。珈琲を乗せたカートを押し帰還した零達を出迎える準備をする、簡素な軍服姿ながら嫋やかな様のネリーが目に入った。


 急速に現在の現実と繋がり、やるべきことが零の脳裏に浮かぶ。


 ――さて、どう持ち掛けるか……。行き先は、ボルニア帝国でも裏社会が牛耳るカジノ惑星シャラン。そこでブローカーと接触して俺達の偽装認証データを手に入れる。ローレライ二のクルーとは、そこでさよならだ。アレクシア猊下やヘザーとも。彼らは作戦前に下船していたことにして貰って、惑星シャランまで逃れたことにすればいい。


 総合指揮卓たるマルチファンクショナル・テーブルの指揮官シートに向かいながら、零はルナ=マリーやヘザー等決死隊以外のメンバー――艦長バジル・ドゥルスー以下元からのローレライ二のクルーを観察する。果たして、己の提案に応ずるかどうか……。


 視線を走らせる内、少し意外な人物が零の目に留まった。古代兵器運用艦ギガントスで捕虜としたキャバリアーが、尋問をするつもりなのか同席しているのだ。その壮年のキャバリアーが、零をにやにやと嫌な笑みを浮かべ眺めていた。


 シートに手を掛け座ろうと零がする直前、そのキャバリーが渋みのある声をわざとらしくおどけるようにし響かせる。


「おやおや、これはこれは間抜けな指揮官殿のご帰還ではありませんか?」


「口の利き方に気をつけろ。そんな間抜けを晒して面白くないのはよく分かるが、お前の為にはならないぞ」


 虜囚に言葉を返す零の口調は自然脅すようなものとなり、が、途端、虜囚は枷を填められた手で腹を押さえ心底可笑しそうに笑い出す。


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


「何が可笑しい?」


 大口を開ける虜囚に零は剣呑な目を向け、笑いを収めると虜囚は小馬鹿にするように見返してくる。


「作戦が成功したと思っているのか? 大間抜けだな。お前達は、無駄なことをしたんだよ。ああ、全くの無駄だ」


 己が置かれた立場くらい分かるだろうに自信ありげに嘲る虜囚に零が嫌な予感を覚えていると、男は続ける。


「惑星ゴーダの実験艦はダミーだ。先日の試験直後、本物は星系を発っている。あの巨艦は、二隻が時間差でユーグ恒星系に侵入したのさ。一隻は隠れて。宇宙港に入港したのは、その隠れていた張りぼてだったのさ。お前達はまんまと引っかかった。ミラト王国・トルキア帝国連合軍の策に」


「何ですって?」


 美貌に険を帯びさせるルナ=マリーが珍しく声を張り上げ、虜囚は値踏みするように視線を這わせる。


「分かんないかい、べっぴんのねーちゃん。つまり、お前達を惑星ゴーダに寄越した時点でボルニアの女帝陛下は罠に掛かったってことさ」


 好色にルナ=マリーを舐め回すように見遣る虜囚に、サブリナが榛色の双眸をすっと鋭くする。


「初めからそのつもりでユーグ恒星系に侵攻し、これ見よがしに古代兵器クロノス・クロックを実演して見せたってわけ?」


「お前達が戻る頃には、女帝軍はトルキア帝国軍の奇襲を受けている。女帝軍が我らミラト王国軍との決戦に向け集結中なのは分かっていた。陽動されているとも知らずにな。本物の実験艦も奇襲に参加する。女帝の命運は尽きた」


 愉しげに語る虜囚の様子に嘘はないと見た零は、闇夜を湛える双眸を瞋恚に焦がし声に抑えた怒気を宿す。


「なるほど、お前のいうとおり間抜けを俺達は演じたわけか……こんなことにも気づけないだなんて、俺も焼きが回ったな。戦士の心を捨てた俺が真似事をしたって、戦人になんてなれっこないのに」


 夜空の双眸と麗貌を険しくする零の心は、勝利にも似た先ほどまでの開放感とは打って変わって千々に乱れに乱れる。


 ――これで、終わったと思っていたのに。俺は巡礼の旅に戻り、決死隊も戦後に待ち受けるだろう悲運から救われる。このまま去ってしまえば、俺も決死隊もこの先苦悩に沈むことなんて無かっただろうに。


闇に藻掻く零をともすると這い寄る誘惑が嗾し、「けど」と別の声がそれを否定する。


 ――そんなことをしてしまえば、俺は情を通じた女帝や友と友軍を見捨てた罪の意識に苛まれ続けるだろう。二度と剣は取れない。俺は味方を見捨てた卑劣者になるから。


 零の脳裏を、女帝ヴァージニアやエレノアにブレイズが掠める。


 ――戻れば、ヴァージニアや友軍を救えるかも知れない。エレノアやブレイズだって居る。そう考えるのは、俺の驕りかも知れないが。


 怪訝な表情を精悍な面に浮かべる虜囚は、すぐに嫌な笑みを纏い直す。


「あん? よく分からないが、意見が合って嬉しいぜ」


「減らぬ口ですね。貴方からはどうせ役立つことなど、聞き出せないでしょう。口を塞いでしまっても、構わないのですが?」


 腰のマルチプル・エッジに手を伸ばすヘザーを、ヴァレリーが制する。


「止めなさいよ。捕虜を殺すだなんて、条約違反よ。拷問も無し」


「綺麗事では、戦は勝てませんよ。懲罰部隊に身を落としたというのに、それでは――」


 すっと目を細め舌鋒を鋭くするヘザーに、ルナ=マリーが伸びやかな声をピンと張る。


「ヘザー、止めなさい。わたくしも、ヴァレリーと同意見です。零?」


 俄に喧々囂々の様を呈し出した場を締めるようルナ=マリーに兵団指揮官として振られた零は、麗貌に不思議な陰りを宿し居住まいを正す。


「アレクシア猊下。猊下の身の安全を図る為、ラスコー恒星系以外を目指し健在な友軍と合流する手があります」


「何を言い出すのですか? 零」


 菫色の双眸を見開くルナ=マリーの声は、警戒するような鋭い響きを帯びた。


 くすみのある金髪のサイドテールを揺らし零を見遣るサブリナは端麗な美貌を意外そうに、けれど榛色の双眸に批判の色を浮かべ声音に険を滲ませる。


「女帝陛下を見捨てるの? 無事かも知れないのよ」


「駄目よ、零。わたし達決死隊は、懲罰部隊。己の身の安全を図るだなんて、許されることじゃないわ」


 しめやかに喪に服す未亡人めいた忍耐を見せるヴァレリーに、敢えて零は口調こそは丁寧だが声音に辛辣な響きを乗せる。


「運良く、免罪符ならここにいらっしゃる。猊下の身の安全を優先することは、女帝陛下のご命令でもある。そもそも、猊下は帰りのこの艦に乗艦している筈じゃなかった。当然、その命令を優先する限り取り得る行動は違う」


 何も考えずに饒舌に喋り出す己に、零は半ば呆れる。


 ――嗚呼、俺はアレクシア猊下を理由にしようとしているのか……。


 菫色の双眸に一瞬瞋恚を閃かせたルナ=マリーは、真っ直ぐ零を見詰め厳しい口調で七道教のアークビショップとしての威厳でもって諭す。


「なりません、零。逃げては。あなたは、ソルダとしての生き方を捨てたいと願っていましたね。女帝陛下の元に戻らぬ零は、その後はどうするのです?」


「俺は……救援に戻れば巡礼の旅に戻ることが出来なくなる。捨てた筈の剣を再びこの手に握ってしまえば、もう俺はあれと戦うなんて出来ないのにどうしようもないあの絶望を思ってしまう。そして、決死隊。待ち受ける運命から逃れることは出来なくなる。今しかないんです」


 ルナ=マリーに訴えかける言葉を選び演技をすればいいと思いながらも、苦しげになる麗貌に心の内を曝け出してしまい、ともすると救いを求めるような迷子の己が零自身に透けて見えてしまった。出来もしないことを言っている、と。


 零の言葉を鋭い視線を注ぎながら聞いていたルナ=マリーは、叱るような真似をせずにすっと染みるような労りを見せる。


「やっと、本音で話しましたね。零、貴方を苛み続ける敵から逃げたい、と。助けて欲しい、と。なら、わたくしから言えることは一つだけです。逃げてはなりません。一体零の敵とは何なのか、わたくしには分かりません。常人なら、逃げるべきなのかも知れません。ですが、零は違います。心に火を灯しなさい。折れた心を、再び奮い立たせるのです。きっと、乗り越えられる筈。今逃げれば、それはもう叶いません。消えぬ傷を、零は負うことになります」


「分かっています。言ってみただけです。そんなことをしたら、俺は罪の意識に苛まれ一生を生きなければならないでしょう。俺は、味方を見捨てた卑怯者になる。二度と剣は握れない」


 ルナ=マリーの態度に見透かされていると感じた零の面から苦悶は消え去り、諦めたように考えることもなく心の内を吐露した。


 二人の様子を見守っていたヴァレリーが、明眸に真摯なものを浮かべ呼びかける。


「零、女帝陛下の元に戻りましょう」


「わたし達のことを、考えてくれていたのね。ま、礼は言っておくけれど、わたしも卑怯者にはなれないかな」


 端麗な面を微苦笑させるサブリナは、きっぱりと言い切った。


 ふっ、と。他人に分からぬ程度、零の面が笑む。


 ――卑怯者は、俺だけか。嫌になっちまう。


 麗貌に覇気めいたものを宿し一片氷心の挙動を纏い直した零は、声音がやや不機嫌になる。


「ああ。出来たら楽だなってだけの話だ。このまま去ることは出来ない」


 言ってみただけだと誤魔化した零は、一端言葉を切り続ける。


「女帝を、エレノアやブレイズ、そしてモリスを見捨てることは」


「間に合いますか? クロノス・クロックを使用され女帝ヴァージニアが捕らえられれば負けです。連続使用可能なら、総勢一億のグラディアート群が消えて無くなることもあり得ます」


 話が一段階したと見て口を開き注意を促すヘザーに、零は肩を竦めて見せる。


「そうならないように、至力を尽くすしかないな」


 やると決めたならば、零に迷いは無かった。女帝ヴァージニアの救援が間に合えば、零は再び巡礼の旅に戻ることは敵わないだろう。


 ――だから俺は、己を戦士と信じるしかない。


 峻厳に零の声が鳴り、決定を告げる。


「至急、ラスコー恒星系へ。各自、到着と共に想定される戦闘に備えておくように」

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