第五章 最後の試練 9
「前方、二十キロメートル級艦船停泊エリア入り口で停止指示です」
「了解。そのまま予定ルートを」
トレーラーの制御特化型AI《ANI》の確認に、零は了承を伝えた。
ラフォン商会からの納入を偽装する零達三十余名は、同商会の制服を着込みトレーラーに分乗していた。二十台の大型トレーラーは、牽引部分のトラクターが二十人乗りの長い車体で背後のトレーラに荷を積んでいた。
同乗しているヴァレリーが金髪のローポニーテールを揺らし身を乗り出すと、運転席に座る零にやや緊張を美貌に宿し尋ねる。
「上手くいくかしら? 偽装がばれなければいいけど」
「車両も制服も積み荷も本物を使ってるんだ。大丈夫だろう。検問だ」
生真面目なヴァレリーらしく心配性だなと零は少しおかしく感じたが素っ気なく答え、少し進むとトレーラーは自動で停車した。
停泊エリア入り口を塞ぐバリケードが人型機械兵ユニットによってどかされ、ミラト王国兵団群のキャバリアー十名が向かってきた。
胸の前で聖印を切るヴァレリーは、そっと祈りの言葉を呟く。
「宇宙の律動よ、どうかわたし達をお守りください」
「敬虔なんだな。知らなかったよ」
「こんなときくらい、仕方ないでしょう。零の方こそ自称旅の巡礼者なんでしょう?」
「自称じゃない。ちゃんとした七道教の加護を受けた旅の巡礼者だ」
「どうだか」
青い双眸を怪しむようにするヴァレリーに、零は片手を上げトレーラーを降りる。
――サブリナが分隊指揮で別のトレーラーに乗ってるからな。頼りになる姉さんが近くにいないと、やはり不安か。ま、少しは紛れたらしいけど。
トレーラーを囲むようにキャバリアーの一団は立ち止まると二人が向かってきて、品物の納入を装い零は頭を下げる。
「どうも、お世話になっています。ラフォン商会です」
「了解している。いつも通り、荷台を見せてくれ」
キャバリアーの言葉を外部センサで認識しているトレーラーの制御特化型AI《ANI》が、貨物車の扉を開けた。
二人のキャバリアーは如何にも形式といった体で乗り込むと、抜き取りでコンテナを開け中身を確かめすぐに荷台から降りる。
「行って良し。お疲れさん」
「どうも」
短く返事をすると背を向けるキャバリアー二人を確認し、零はトレーレーへと戻った。
普段の凜とした表情を清楚な美貌に宿し、ヴァレリーは声音に気迫を乗せる。
「いよいよね。これから敵艦に乗り込むなんて素敵だわ」
「何事もなければ、そのまま帰れる。分隊、これから乗り込む」
ヴァレリーに応じると零は振り向き、トラクター内の分隊員に声を掛けた。
二十台のトレーラーは、それぞれ担当のミラト王国軍の艦艇へと向かった。零が乗車するっトレーラーを含めた五台が、古代兵器運用艦――十八キロメートルの全長を有する納入先のリストによればギガントスとある巨艦へと向かった。
三隻の重戦艦が形作る顎を支える同体に超大型輸送艦を流用した古代兵器運用艦ギガントスは、使用した艦形がはっきりと分かる謂わば無骨なキメラだ。その物資搬入口へ桟橋内の通路を用い、五台のトレーラーは吸い込まれていった。艦内マルチトランスポーテーション管理AIに従いトレーラーが走行する間に、零とヴァレリーはトラクターの床下に隠したコンテナを開け中にぎっしり並ぶ小型機械兵ユニット群を確認する。
「各個体へのオーダー、確認。こちらの指示と共に排気ダクト等を用い艦艇内に侵入。外観からの予測で割り出した、ウィークポイントへ。わたし達の離脱後、残存八割到達で自爆」
「よし。ま、入ってしまえば拍子抜けだな。後は、機械任せだからな。こちらも、このエリアの監視は掌握した」
ヴァレリーの確認に零は頷き、トレーラーが所定の場所で停車しトレーラの扉が開いた。
コンテナにぎっしりと詰まった本物のネズミとまるで見分けの付かぬ小型機械兵ユニット群へ、零は短く疾呼するように命じる。
「機械兵、行け」
声と同時、アニマルタイプ・ラット型機械兵ユニットのセンサが内蔵された目が赤く光り、擬製の生命に火が灯る。音もなく上段の機械兵ユニットが身を起こしコンテナから出ると、次が。整然と瞬く間にラット型機械兵ユニット群はトラクター外へと、ギガントスのキャリアーが荷を降ろす中消えていった。
「それにしても、何も無い艦ね。ここのエリアだけでも、ホントに使ってるのかしらってくらいに」
別のトレーラーに指揮下の分隊と共に乗り込んでいたサブリナが合流し、サイドテールにしたくすみのある金髪を揺らし周囲を見回すとどこか薄ら寒そうに両腕を抱いた。
サブリナの言葉に先ほどから感じていた違和感の正体はそれかと納得し、引っかかりを覚え零の口調はやや確信が持てないものとなる。
「確かに、な。キャリアーの数も、この規模の艦なら正規の運用に支障を来すんじゃないかって思えるな。実験艦なら用途が特殊だからって、言えなくもないけど」
「それに、呆気ないっていうか。簡単に目当ての敵艦に入れて、ことが上手く運びすぎてるっていうか。到着するまでは、あんなに気を揉んでいたのに」
零の後を継ぐヴァレリーも、拍子抜けした様子で歯切れが悪い。
己が感じる違和感を押さえ込み、零はその言い様にやや呆れる。
「全く。何もないのはいいことじゃないか。そんなこと言ってると、って、ホントに来た」
「何もこんなタイミングで、現実にならなくたっていいじゃない」
「けどこれで、おかしな気を回す必要はないわ」
少々恨みがましくヴァレリーがムッとなり、榛色の双眸を鋭くするサブリナはさばさばとした様子だ。
物資搬入口に通ずる廊下の先から、怖い形相で人型機械兵ユニットと共に向かってくる茶色の髪をしたキャバリアーの手にあるのはあのラット型機械兵ユニットだ。
一歩前へ出たサブリナが、やって来たキャバリアーへ何気なさを装い尋ねる。
「何かあったんですか? 随分急いでいるようですが」
「何かあったんですか、だぁ。こいつが何かお前達は知っているだろう? このネズミが、艦と艦の継ぎ目の接続通路を走っていた。俺は、ネズミが嫌いなんだ。乗艦に居るなんて我慢ならなくてな。斬りつけたらこの通り。こいつは、小型機械兵だ」
「まぁ、よく出来てるのね。切られた首元を見なければ、本物にしか見えないわ」
けんもほろろなキャバリアーに、サブリナの横へと並び身を屈め尻尾を握られ吊されたネズミを感心して眺めヴァレリーは惚け、それがキャバリアーを逆上させる。
「巫山戯てるのか? こんなもの、この艦には積んでいない。こいつが現れたのは、補給物資の搬入にお前達がやって来てからだ。お前達、ボルニア帝国軍か? 何のつもりでこんな物をばらまいた?」
「私どもはラフォン商会で、ご用命の品をお届けに参っただけでございます」
困り顔で零はサブリナ等に並び、キャバリアーは唇を吊り上げ凄む。
「正直に答えろよ。俺は、こんな任務で腐ってたんだ。手柄が欲しい」
「知ってるのは、あなただけ?」
自然な律動のある動作で歩み寄り尋ねるサブリナに、キャバリアーは声を残忍に響かせる。
「質問をしてるのは、俺だ。立場を弁えろ」
「そ」
ゆっくり歩いていたサブリナの姿が霞み、次の瞬間にはキャバリアーの首筋に手刀を入れていた。
抵抗も、苦痛の呻きを上げる間もなくキャバリアーはその場に頽れ、足下に倒れた男を見下ろしていたサブリナは零を振り返る。
「報告をしていないみたい。手柄が欲しそうだったから、独り占めしたかったのね」
「早く、このおじさんを隠しましょう。零、そっち持って」
「何で俺が、全く」
キャバリアーの足を持ち催促するヴァレリーに、零は悪態を吐いた。




