第五章 最後の試練 7
――この作戦が終わったら、俺はボルニア帝国軍からおさらばだ。女帝からは、承諾を得ているようなもの。死んだ筈の人間は、戻ってこないって。この作戦で俺や決死隊は生き残れる筈もなく、そのまま去れば惑星ゴーダで戦死扱いになるだろう。決死隊にとってはその方がいい。流石に、サブリナやヴァレリーには情が移ってしまった。内乱を生き延びたとしても、彼女達の未来は決して明るくない。試練で命を落としていた方が、増しだったなんてことになるだろう。まだこのことを決死隊に話せないが、古代兵器運用艦を破壊しミラト王国兵団群から逃れ惑星ゴーダを立ち去ったとき持ちかけよう。彼等が反対する理由もない。
物陰からラフォン商会のトラックバースを窺う、零の姿は見えない。環境追従迷彩を仕込まれた顔を隠せるフーデッドマントで、全身を覆っているのだ。一見その場には何者も居ないように、何気ない大通りに面した路地が建物と建物の間に通っているように見えるが、よくよく目を凝らせば透明な何かが浮き上がっていることが分かる。汎用コミュニケーター・オルタナ標準装備のマルチスペクトルセンサでもし走査すれば、そこに十人以上の人間が道を塞いでいることを確認できただろう。
ヒューマノイドが載ったトレーラーへ、キャリアーと呼ばれる二脚の短い胴体にアームがついたロボットが荷を積み込む様子を観察しながら、零は思考を巡らせる。
――その後は、闇ブローカーと接触しないと。いかな女帝が見逃すと言ってはいても、行く先々で死んだ人間の認証をするわけにはいかないからな。ボルニア帝国を去った後、決死隊の連中は少しの間なら面倒を見てもいい。民間軍事企業でも立ち上げて、社長はフォルマン辺りにやらせて軌道に乗るまで。問題は、ローレライ二の元からのクルーだな。ローレライ二は轟沈。操艦は決死隊のみで行っており、他のクルーは惑星ゴーダに潜伏後近辺の寄港惑星へ逃れたことにして貰おう。そう、艦長やクルーを説得しないと。民間軍事企業の持ち艦に、ローレライ二はしたいから。
束の間の思考を打ち消すように、サブリナから情報感覚共有リンクシステムによる高速情報伝達化した合成音声が流れ込む。
【ダントリクさんの調査で物資がミラト王国軍にラフォン商会から納入されていることを掴めたお陰で、作戦実行の目処が立って良かったわ】
【上手くいくといいわ。零、ちゃんとラフォン商会のAIの優先権コードを書き換えられるんでしょうね。出来なければ、襲撃を受けたことが筒抜けだわ。襲撃後、暫くはミラト側に知られるわけには行かないもの】
【惑星レーンの衛星マダムートでも、やって見せたじゃないか。先ずは俺が先行し、AIの優先権コードを書き換える。その後、合図と共にサブリナ率いるこの三十名でラフォン商会施設の制圧。人死には出すなよ。後味が悪いからな】
ヴァレリーの言葉に心外というように答える零に、サブリナが応じる。
【分かってるわ。ラフォン商会の社員は同じボルニア帝国人だもの、他国の内乱介入で同じボルニア帝国人のわたしが殺すなんておかしいもの】
【じゃ、宜しく】
短く意思を伝えると、零はムーブによる秘超理力の波紋を背後に作りその場から掻き消えるように跳躍した。地上五階建ての施設屋上に着地すると、内部へ通ずる扉へ。営業中は解放されているようでロックされておらず、零は遮られることなく建物内に侵入する。
事前に入手しておいたラフォン商会施設の見取り図を架空頭脳空間で確認し、施設を制御する汎用人工知能がある同フロアの部屋へと向かう。途中、社員とすれ違うが零はその場で立ち止まり環境追従迷彩による視認しづらさを利用し、息を殺しやり過ごした。
足音が角を曲がると、零は小声で呟く。
「物騒極まりない連中に宇宙港市内の施設が襲撃されるとは、思いもよらないだろうな。気の毒に」
悪びれる風もない零の口調は、同情などしていないことは明らかだ。
歩みを再開し、施設中央付近の他のドアと比べると堅牢な作りの金属製の重厚な扉の前で立ち止まった。機密扉を連想させるようなアイボリーのそれは認証式となっており、部外者である零を阻んでいた。零は、汎用コミュニケーター・オルタナとパネル下の外部接続モジュールをリンクさせた。即座に扉が開き、制御ルーム内へ零は足を踏み入れる。
【標的はメクラだ。お宝を手に入れろ】
【何がお宝よ。総員、状況を開始する。速やかに当該施設の制圧を】
【了解】
零から入った第一目標クリアの報告に悪態を吐きつつサブリナが作戦開始を告げると、選抜されたメンバーから一斉に返事が返った。
同時、サブリナはその場から跳躍し一気に施設入り口から中へ。トラックバースの作業は全てロボットにより行われており零がAIの優先権コードを書き換えた今、それらはこちらの意のまま。問題となるのは、ラフォン商会の社員――生身の人間だ。見つけ次第、無力化する必要がある。
手近の事務室へ風さながらのスピードで侵入すると、サブリナは呟きをローズピンク色の唇へと落とす。
「まず、八名」
既に右手に握った携帯用の光学武器――ルークス・グラディウスを向け、人差し指でまるで見えないような速さでスウィッチを八回押した。スタンモードにしたそれから光粒子のビームが放たれ、サブリナに気づく前のラフォン商会の八名の社員を捉えた。微かな呻きと共に、その場に頽れる。
支給品の灰色をした無骨なやや角張ったルークス・グラディウスのスウィッチから指を離しつつ、サブリナはスタンモードで気絶した社員等に視線を送る。
「こちらは、三十人。これなら、すぐに終わりそうね」




