第五章 最後の試練 4
「ジョルジュ・ド・ベルジュラック……奴に憎まれてるな」
ベッドの中で、零は二時間前の会合を思い返し厄介そうな響きを呟きに帯びさせた。
総旗艦アルゴノートに零が宛がわれた部屋は、居城たる軽巡航艦ローレライⅡの自室とは比べるべくもなく品のある調度が豪華な部屋だった。ここが高級ホテルと言われても、何ら疑問も湧きもしない。流石はボルニア帝国の威信をかけた旗艦の客室だけのことはあった。尤も、ローレライⅡで零が使用しているのは指揮官用の部屋で、広さだけなら上ではあったが。
仰向けに寝ている零は、照明が落とされた部屋の中空にぼんやり視線を投げる。
――俺と決死隊は、三度目の試練を課されてしまった。ローレライⅡの元からのクルーはついてないな。とんだとばっちりだ。惑星フォトーでの一件――ジョルジュが見捨てた兵力での殲滅の光弾砲台無力化は、奴の面目を潰したも同然だからな。惑星レーンでの二度目の試練――惑星拠点防衛システム無力化の作戦目標を達成したにも関わらず俺達を見捨てようとしたことでも、奴の憎しみの深さが分かる。沈黙させたエンゲージ・リングを復活させ脅すことで、どうにかレーンを攻略させたが。で、今回。俺の麾下にある決死隊最後の試練……。
入浴を済ませ就寝するだけの今は束ねた髪を左肩から垂らさず只乾かし流しているだけの、寛いだ格好。何もしていないだけなのに、普段の零とは違った自然な雰囲気が中性的な麗貌を一層引き立てていた。溜息を一つ吐く様は、見る者が居たならばはっと息を飲ませたことだろう。憂鬱そうな零は、勝手に湧き上がる思考を整理するように額に右腕を乗せる。
――ジョルジュは、今回で是が非でも刑を執行したがっている。そして、目障りな俺を消すつもりだ。今回を逃したら、俺に言い掛かりを付けづらくなる。エレノアとブレイズの同行を拒まれたのは痛かった。二人とも戦場で敵として出会いたくない実力の持ち主。あの二人が居れば、目的の古代兵器運用艦破壊後の脱出も現実味が持てるのに。
ぼんやりしていた零の夜空の双眸の焦点が不意に結ばれ鋭くなり、麗貌にややほろ苦いような渇望が浮かぶ。
――どうも、ジョルジュとは相性ではなく出会ったタイミングが悪かったな。昔の俺だったら奴は案外俺を気に入り、気が合っていたかも知れない。人の関係は、不思議なもんだ。ちょっとした時期や要因で、敵味方が変わってしまう。一度できあがってしまえば、それを覆すことは難しい。俺がせめて奴の部下のように勇猛を取り繕えれば、ここまで追い詰められることはなかっただろう。こんなところで戦士の心を無くした代償を支払わされるだなんて、な。けど、今回はどうするか……目的を達したところで果たして生き残れるのか? 俺一人なら敵を突破する自信はあるが、決死隊が……見捨てる……有り得ない。そんなこと、今の俺でも。生き残る道を探さなければ……。
眠りの井戸に堕ちる一時、ベッドに横になりながら零の脳裏に捨てようとして新たに得た柵が巡る。考えを更に進めようとしたとき、突然寝室の扉が開いた。ここは、ローレライ二ではなくアルゴノート。鍵を渡してあるネリーも居らず、このような真似をする者など居ない筈。用心しつつ入り口に視線を走らせようとしたとき、暗闇で影が揺らめいた。その動きは、ごく一部の類いな戦士のそれ。例え就寝中といえども、零は枕の下に武器を忍ばせている。最近愛用している軍用ナイフを、既に右手が掴んでいた。影が覆い被さろうとし、零は枕の下の得物を引き抜く手を止めた。
漂う甘い香りと共に、知っているやや低めの声が届いたから。
「もう、眠っているのか? 零」
「ヴァージニア陛下、何を? ん――」
ヴァージニアの手が枕の下で軍用ナイフを掴んでいる右腕を押さえ、怪訝に尋ねる零の唇を己のそれで塞いだ。
零はぶしつけなヴァージニアの行為に顔を背けようとするが、もう片方の彼女の手が顎を掴み乱暴に唇を重ね続ける。零は、振り解こうとして止めた。相手は女帝。不興を被ればどうなるか分からないということもあるが、彼女の力は強かった。
――ソルダ諸元パワー・グレードAスコアⅣ、俺と同格か。
舌が滑り込み扇情的に零のそれを求め、零もそれに応じた。激しく互いに絡みつき、相手に侵入しようと攻め合う。たっぷり三分はそうするとヴァージニアは熱い淫靡な吐息を漏らしつつ、重なった上体を起こした。
零は、ヴァージニアの肉感的な石榴色の唇から煌めく赤い双眸へ視線を移し問う。
「突然、どうしたのです? 鍵は閉めていたと思いますが」
「随分、冷静じゃの。可愛げが無い」
ヴァージニアは零の首筋に舌を這わせ甘く口づけをすると、顔を埋め続ける。
「アルゴノートは我が居城。その部屋に、主が好きに入れぬ道理はなかろう? 無粋は、無しじゃ。どうしたなどとつまらぬことを聞いてくれるな。明日にはそちは、惑星ゴーダへと発ってしまう。もしかすると、今生の別れやも知れぬのだ。妾の思いは、そちも承知していたであろう?」
「さあ? 数えるほどしか会ったことがありませんから」
「つれないことを言うでない。妾の熱い視線が分からぬほど、おぬしは鈍感ではあるまい」
甘えるような声音のヴァージニアは溢れた髪を掻き上げつつ上体を起こし、零の顔の間近に己の顔を近づけた。白いドレススタイルの夜着を纏ったヴァージニアは、輝度を落とした間接照明の仄かな明かりに照らし出され薄い布地も相まって女性的起伏に富んだ肉体美が普段より際立ち、それでいて濡れ色の赤髪をシュシュで軽く束ねた清楚さが官能と神秘を同居させていた。美しい、と意識せず零は感じた。
美貌を婀娜っぽくするとヴァージニアは、夜着の上に羽織ったファーショールを下へと落とし薄い布に覆われた肢体を顕わにする。
「妾は、極上ぞ。今宵は、そちに無礼を許そうぞ。初めてそちを見たときから、妾の気持ちを零は奪いおった。妾の心の一部をそちは占領したのだ。夜身体が疼き、そち以外を思うことはなかったのじゃ」
「それは、光栄でございます」
覆い被さるヴァージニアの美貌を、麗貌と同様感情を宿さぬ夜空の双眸で零は見上げた。
その様子に美貌に一瞬険を走らせたヴァージニアは、零の頬に右手を当てる。
「のう? いつまで、そのようにつれなくして居るのだ。おぬしは甲斐性が無いのか? それとも、妾ではそそられぬか?」
ぞくりとする色香がヴァージニアの全身から発散され、赤い双眸が怪しい光を宿した。
下半身が熱を帯びるのを感じつつ、零は白み出す頭の芯に抗するようにこの場をどうすべきか思考する。
――雌虎の機嫌を損ねるのは不味いか……せっかく夜忍んでやって来たのに俺がそれらしい素振りを見せぬでは。せっかく女帝は機嫌がいいのに。やっぱり思った通りの質。自分が欲しいものは手に入れる。嫌な予感はしてたんだ。こうして、じゃれられている内はいいさ。それに飽きたらきっと俺は嬲られる。が、今はそんなこと気にしていられないか。己の欲望を満たすついでに死地に赴く俺を鼓舞しに来てくれたわけだし。そう考えれば、応じたい気にもなるか。
零は自由な左手を伸ばし、ヴァージニアの頭を丁寧な仕草で引きよせ石榴色の肉感的な唇と己のそれを重ねる。
――幸い、ヴァージニアはいい女だ。強く、女帝といった身分の高さも、俺の欲望を掻き立てるに十分。是非とも、屈服させてやりたくなる。
零は唇を離し、左手をヴァージニアの夜着の布地越しの形の良い豊かな膨らみが薄ら見て取れる双丘に手を伸ばし優しく少しの間愛撫すると、急変するようにやや乱暴に掴んだ。
小さな感じていることが分かる吐息と共にヴァージニアの身体がのけぞるようにピクンと反応し、零の情念をざわつかせた。それが起爆剤となり、零は己が欲望を解放する。ヴァージニアが押さえる右腕の拘束が緩んだ隙に手を滑り込ませ、指と指を絡めるように繋ぎさっと身を起こすと上下を入れ替えた。
潤んだヴァージニアの双眸が、零のそれを見詰める。
「零……強引よの。嫌いではない――ん」
ヴァージニアの言葉を消すように零は唇で塞ぎ舌を絡ませ堪能しながら、胸の感触を愉しむように時には優しく触れ時には乱暴に掴み愛撫する。その度ヴァージニアから吐息が溢れようとするが、零は強く唇を吸って自分の好きにしていく。
肩紐の結びを解きドレスを引き下げるとヴァージニアから「あ」と恥辱と切望とが混ぜになった声が漏れ、ピンクの乳首はツンと立っていた。零は、左手で豊かな膨らみの下方を包むように揉み、瑞々しい乳首に舌を這わせた。
左手の甲を口に当て、ヴァージニアのそれまで押さえていた吐息のような息づかいが明確な声となる。
「あっ――」
ヴァージニアの喘ぎに切なげなものが混じり始め、零は胸を愛撫しつつ空いた右手を秘部へと滑り込ませショーツの上から優しく愛撫した。ヴァージニアの身体が痙攣し、感じている様子が分かる。
五感を――触れる感触も、漂う香りも、耳に流れ入る声も、味わいも、視覚を満たす身を悶えさせる様も、零を満足させて行く。
「流石、ご自分で極上と仰っておられただけのことはある。いい感度ですよ、女帝陛下」
「ああっ……そちは、妾の身体を貪りつつ口でも攻めるのが好きなのか? あっ」
ヴァージニアが身をやや仰け反らせた。その様は、大輪の色香の花がぱっと咲くよう。
零の指がショーツの中に這い入ったのだ。ヴァージニアの秘部はほんのり暖かく、既に十分に濡れていて零を受け入れる準備が出来ていた。が、零は暫くヴァージニアの色っぽい喘ぎを聞きながら指で攻めた。
およそ家臣には決して聞かせぬ、あられもない声でヴァージニアは零に縋る。
「いつまで、妾をじらすのじゃ。妾は、零が欲しい」
ヴァージニアの両の乳首はますます固くなり、ちょっと触れただけで激しく身悶えするほど敏感になっている。
「あ、あっ――零、もう妾は――ああーーーー」
舌と指で零はヴァージニアの固くなった乳首を味わうとやおらショーツを引き下げ、己の固くなった一物をゆっくりと挿入した。
喜悦の叫びが、ヴァージニアから迸る。
「ああ、零が妾の中に。存分に妾を愉しむことを許すぞえ」
ヴァージニアの秘部は、まるで別の生き物のように積極的に零を求めてきた。
しっとりと包み込み掴まえてくる感触に、零の芯が麻痺するように震える。
「ヴァージニア、お前を俺のものにする」
「ああ、今宵、妾は零のものじゃ」
腰を動かすごとにヴァージニアは嬌声を上げ官能美に満ちた身体を身悶えさせ、零の情動は刺激されいつ尽きるとも知れなかった。
* * *
先ほどまで激しかったヴァージニアの息が落ち着いてきて、ベッドにうつ伏せ官能的な裸体がそれに合わせるようにゆったりとした動きになった。明け方近い。既に、何度ヴァージニアと愛し合ったか零は定かではなかった。この美身と――ボルニア帝国女帝といった玉体と結び合ったのだと、醒めていながらもどこかに零を満足させるものがあった。
息を整えるような声で、ヴァージニアは声音を満足げにさせる。
「凄かったぞ、零」
「陛下も。それに、とても良かった」
「良かった? その程度に思うておるのか?」
「いいえ。言葉足らずでした。こんなの、初めてです。もう二度と味わえない」
手を伸ばし、零はヴァージニアの裸体を愛おしそうに愛撫した。
それに応ずるようにヴァージニアは軽く吐息を漏らし、零へと視線を送る。
「其方は、妾の元を離れるつもりなのか?」
「…………」
零は、暫し無言だった。正直に答えてしまうのは危険だ。情事の最中も今も、ヴァージニアは零を気に入っているようだが、答えを間違えれば命を落とすことになる。
それでも、探ってみるべきだ。
「去れるものでしょうか? そのようなことをすれば、俺は追われる身だ。帝国内に居場所はない」
ヴァージニアは零へと形の良い両の膨らみを揺らしつつ半身を起こし、測るように零を見据える。
「其方は、いい男だ。逃げても、手配するような無粋はするまい。今回の任務、達成できたとしても普通に考えれば其方の帰還は難しい。同行した兵団は全滅するだろうし、惑星ゴーダに取り残される猊下には護衛が必要であろう? その後、どうするかは零次第。だが、妾に逢いに必ず其方は戻って来る。もう二度と味わえぬほど、良かったのであろう?」
からかうように、零の唇に指を這わせつつヴァージニアは問うてきた。
重要な答をはぐらかすように、零の言葉は慎重だ。
「戻るにせよ、去るにせよ、決死隊を全滅させたりはしませんよ。兵を率いる者の恥だ。ここまで彼らは生き残ったのです。最後の試練を成し遂げて、生きて戻れぬでは救いがないではありませんか」
そうか、とヴァージニアは応じると、零の唇に己の唇を重ねた。
* * *
早朝、ブリーフィングに向かう為部屋を出るとサブリナがドアの横の壁に背を預け立っており、零を榛色の双眸をキツくし睨んでくる。
「いい気なものね。女帝と火遊びなんて、正気?」
己に用があったのか、朝早く零の部屋から帰るヴァージニアをサブリナは見咎めたらしい。背中を怒らせブリーフィングを行う予定になっている近くのブースへと歩き去るサブリナをすぐに追いはせず、零は軽く溜息を吐きつつ距離を置いて歩き出した。この話題に、触れられたくなかったのだ。




