表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/111

第五章 最後の試練 3

「すっかり遅くなってしまった。猊下達の部屋とは別に、ジョルジュ等アルゴノートへの客人達に部屋を用意するように。今夜は、泊まっていくが良い。潜入作戦も控えておる故、そのまま決行までは留まるのだ。いつ打ち合わせが必要になるか分からぬのでな」


「は、そのように」


 一同を代表するようにジョルジュがヴァージニアへ承諾を伝え、リビングに弛緩した空気が漂った。


 賓客を案内すべくやって来た女官に促されルナ=マリーが一行と共にソファから立ち上がると、零達へ振り向き伸びやかな声を響かせる。


「零さん、ブレイズさん。お話を少ししたいのですが、この後わたくしの部屋までご足労願えますか?」


「構いません。惑星ゴーダ潜入の件もありますから」


「是非。猊下とは行きずりだったとはいえ、このままさよならでは寂しいです」


 ルナ=マリーの誘いに、零とブレイズは承諾の返事を返した。


 立ち上がりつつ、零は一緒に来たモリスとエレノアに断りを入れる。


「ドゥポン兵団群長、エレノア、悪いがここで」


「旧交を温めてくるといい」


 見送る態度のモリスとは違い、エレノアは如何にも話があるといったやや前のめりの姿勢で口を開く。


「呼ばれてはいないが、わたしも同行して構わないだろうか? わたしも宇宙の律動を信じている。猊下の話を伺いたいのだ」


「ああ。猊下も文句は言わないだろう。では、ドゥポン兵団群長、失礼」


 零はモリスに辞去を告げると、ブレイズと同行を申し出たエレノアに目配せし席を立つとヴァージニアへと向き直り身体の前へ腕を回し一礼する。


「では、ヴァージニア陛下、失礼させて頂きます」


「本日は、重要な話し合いにお呼びくださりありがとうございました」


「失礼しまっす。今晩は、お呼び頂きありがとうございました」


 零同様の仕草でエレノアとブレイズが辞去を告げ、ヴァージニアがアルコールで上気させた艶美な美貌に薄ら笑みを浮かべる。


「うむ。三人ともご苦労だった。猊下に宜しくな」


 朗らかに声をかけるヴァージニアにもう一度腰を折り頭を下げると、零はエレノアやブレイズ共々リビングを出て待っていたルナ=マリー等と合流した。


 女官が案内したのは、ヴァージニアの私室からさほど離れていない賓客用の広く豪華な部屋だった。その部屋に隣接する随員用の部屋に、ヘザー達が割り当てられた。そこでオーガスアイランド号船長のハインツ・ランセルと防衛隊隊長のゾラ・イーバと別れ、零、エレノア、ブレイズは護衛のヘザーと共にルナ=マリーに用意された賓客用の居室へと入った。


 客間に案内しようとした女官に別の部屋へとルナ=マリーが請い、通されたリビングに零達が落ち着くと女官は同行したメイドと飲物やらの用意を始めた。女帝の元に滞在中は、この二名がルナ=マリーの世話をすることになっていた。


 テーブルの上にワインが注がれたグラスが置かれると、エレノアがルナ=マリーに向き直りメゾソプラノを弾ませる。


「ルナ=マリー・アレクシア猊下、お初にお目にかかります。エレノア・リザーランドと申します。六合、リュトヴィッツ等とは同じドゥポン兵団群に属する同格の部将にございます」


 先ほど女帝の居室で顔を合わせただけのエレノアは、ルナ=マリーに誘われたわけでもなく勝手に付いてきたので早速自己紹介を済ませたようだ。


 遠回しに同行を認めたと伝える為もあって、零がエレノアの言葉を補足する。


「エレノアは、内乱前伯爵家令嬢で近衛軍副司令を務めていた、ソルダ位階第二位伝説級のボルニア帝国でも有力なキャバリアーです。わたくしが不興を買ったベルジュラック大公に、決死隊と共に惑星フォトーに降下させられた折同行し、その力量でもって強敵を押さえてくれなければわたくしは命が無かったでしょう」


「先日は惑星レーンの防衛兵器無力化に、俺の兵団と共に零の兵団に協力し無事作戦を成功させた立役者でもあります。確かな実力ですので、一緒に戦って貰えれば安心します」


 零の後を受けブレイズもお世辞ではなくエレノアを持ち上げ、元より付いてきたエレノアに嫌な態度も見せなかったルナ=マリーは紹介されるのを待っていたようで身を乗り出す。


「まぁ、そうでしたか。内乱前はということは、家が前皇帝派だったのですか?」


「家がというより、父が忠義の筋を通したのです。本来わたくしは零麾下の兵団員同様懲罰部隊へ堕とされる筈が、女帝陛下の温情で伯爵の地位と軍での役職を召し上げられただけで運良く済み、今はヴァージニア陛下への忠誠を示す為下位の部将として内乱に参加しております」


 零とブレイズに紹介され初めてルナ=マリーから返された言葉に、エレノアは丁寧にそれでいて固くなりすぎぬ絶妙なバランスで答えた。


 胸に手を置きルナ=マリーは普段はすっきりと屈託ない美貌を痛ましげに染め、深い労りが短い言葉に滲む。


「それは、大変でしたね」


「痛み入ります。で、わたくしがこのように零やブレイズに同行し押しかけましたのは、総本星セプテム・R.I.P.を発し自ら遺跡調査を行う猊下のお話を伺いたかったからです。古代の超兵器・神の槍。そのような物を現代に復活させ使用するなど、これまでなかったことです。封印の証を欲する結社アポストルス。何やら、不穏な気配を感じまして」


「正しくその通りですね。零さんやブレイズさんに、お話ししておきたいことがあるのです。迷惑かも知れませんが、あまりに重要性が高い事柄ですので頼りにさせて貰います.。エレノアさんもお聞きになってください。それは、先日シャイル恒星系惑星フォルマにある古代遺跡・世界の門を訪れたときのことでした。銀河の各地にある世界の門の遺跡で、現在異変が起きているらしいのです。エレノアさんはご存じないかと思いますが、遺跡調査の旅に出る前のことです。その調査をすると決めた矢先、もめていた聖導教の神光兵団群に七道教総本星セプテム・R.I.P.が包囲されてしまい、わたくしは民間船に偽装する為小型艇で本星を出たのです」


 ルナ=マリーの話にエレノアは、綺麗な眉をキツくし声音を問い質すように強くする。


「総本星が包囲? それは由々しき事態ではありませんか」


「ええ。常軌を逸した行動なのです。それ以前、遺跡に関する報告書の会合が行われるようになってすぐセプテム大聖堂でわたくしの暗殺未遂があったりして古代遺跡で起きる異変と無関係とは思えないのです。ですので、是が非でも調査をする必要性を感じたのです。そして、遂に先日ボルニア帝国内シャイル恒星系惑星フォルマにある遺跡へとヘザー共々赴いたのです」


 一端言葉を切ると、ルナ=マリーは間を取るように会した一同の目を一人一人見て続ける。


「そこで、報告にあった世界の門の異変が実際起きていることを確認しました。澄んだ音色の鳴動が遺跡全体から響くのです。最初、それを確認したとき、まるで夢現のようなお話なのですが、わたくしは創造世界(ミユートロギア)へと意識が飛んだのです。まるで、白昼夢を見るみたいに」


創造世界(ミユートロギア)へ? この現世(うつしよ)とかの世界を繋ぐ道は閉ざされている筈。歌姫のような例外や、隣接界と元から繋がりのあるファントムなどが用いる法などはありますが、双方の干渉は基本的には出来ない。つまり、遺跡の異変で境界が緩んだ?」


 世界の門での異変とは一体何なのか発見があったに違いないと慎重に聞いていると、すぐにルナ=マリーの話は零の常識の範疇を遙かに超え、どういうことなのか吟味する独り言が口を衝いて出てしまった。


 応じるのは、ルナ=マリーに同行しその場に居たヘザーだ。


「恐らく。そして、そのとき創造世界(ミユートロギア)からの干渉があれば意識だけならば転移が可能なのだろう。正にあのとき、遺跡には異変が起きていた。詰まりは、零の言うとおり境界に緩みが生じていたのだ」


「わたくしが見たのは、創造世界(ミユートロギア)のほんの一部。そこが隣接界のどこかも全く見当も付きませんが、そこでわたくしはある人物と出会ったのです。永遠の歌姫(エタニティ)・ユー・クライド。彼女が、わたくしを創造世界(ミユートロギア)へと誘ったのです」


 零の考察に同意するヘザーの後を継ぎ再開されたルナ=マリーの話に、ブレイズは驚愕が滲む声を上げ口調が熱いものとなる。


永遠の歌姫(エタニティ)が、猊下を。じゃ、猊下は本物のユー・クライドとあっちの世界で会ったんですか。俺、一度でいいから歌姫の実物に会ってみたいっす。輪廻の狭間を旅する人類の為に彼女が創造世界(ミユートロギア)から届ける唄は、俺ずっと好きでしたから。色んな仕事で糊口を凌ぎながら俺にも一流のキャバリアーとしての未来が待ってるって信じて生きてたとき、彼女の唄は心を癒やしてくれましたから」


「はい。ブレイズさん。刻の境界の住人、その歌姫です。先ほど、ヴァージニア陛下にはお話ししませんでしたが、女帝陛下に差し迫っている危機はずっと緊急性の高いものでしたし、今からわたくしが話すことは深刻で簡単には解決できない事柄なのです。ユー・クライドがわたくしをかの世界へ呼んだのは、創造世界(ミユートロギア)現世(うつしよ)への再顕現を警告する為です。つまり結社アポストルスの目的は、かつてこの世界を管理したインテリジェンス・ビーング群の中核をなした最悪の存在従属の支配者(インペリアル・エツセ)の復活。十二国時代以前の状態へと、人類が歴史を紡ぐことがない過去へと戻し、人類では到達出来ないこの世の真理に到達する為です」


 ブレイズに首肯し話の核心を告げるルナ=マリーの伸びやかな声音は朗々となり屈託ない美貌は自然引き締まり、話の内容に反発するようにエレノアのメゾソプラノは険を帯びる。


「それに何の意味がある! 自分達が紡がぬ歴史でこの世の真理を知ったところで、自分達は蚊帳の外ではないか」


「わたくしも、そう思います。その真理を知ったところで、活かしようなどないのですから。そして、その求めるものは果たして人類に理解可能なのかどうか。インテリジェンス・ビーング群のように、奥底の思考が人間とは異なる知的存在でなければ理解は不可能なのかも知れません。少なくとも人類では、現世(うつしよ)に隣接した創造世界(ミユートロギア)など作れませんから」


 エレノアの瞋恚に呼応するようにルナ=マリーの声音にも自然峻烈さが生じ、応じ話を検証する零は幾分嘆息気味だ。


従属の支配者(インペリアル・エツセ)が復活すれば、創造世界(ミユートロギア)の影響を排除した十二国時代が無駄になる。その為に流された血も。それは、途轍もない損失だ」


「この世界は、その流された血の上に成り立ってる。それを無駄にしようってのは、確かに頂けないな」


 精悍さのある面をやや険しくしブレイズは零に同意し、ルナ=マリーは話が皆に行き届いたことを確認すると続ける。


「ことが始まったのは、元十三騎士執行者(エグゼキユータ)ジョン・アルフォードによる凶行。彼は、ラ・ネージュ聖王国で復活した――かつてインテリジェンス・ビーング群からの人類解放に手を貸した存在、光の導き手(アンゲルス)を倒しました」


「奴は、その報いを受けた。光の導き手(アンゲルス)復活は、当時希望の象徴のようなものだった。それを討ったジョン・アルフォードは、人類の反逆者として秩序の破壊者(オルド・エバーサ)の烙印を押され地獄の門(ヘルズゲート)で永劫の責め苦を受けている。そうか、あの狂犬も関わっていたのか」


 憤りを秘めた声でエレノアは、当代最大の禁忌を犯した執行者(エグゼキユータ)という通り名の咎人への嫌悪を強めた。


 つと、テーブルの上に女官が用意したワインが注がれたグラスに手を伸ばすと上物の酒を愉しみつつ零は、十色の騎士(イクス・コロルム)と並ぶ十三騎士の称号をかつて有した執行者(エグゼキユータ)へと思いを馳せる。


 ――ジョン・アルフォード。奴は、誰にとっても悪者か。もし永劫の責め苦から人知れず逃れいずこかに潜んでいれば、獲物のように追い詰められ狩られ討滅されるが定め。己に不相応な馬鹿なことをした者の末路に相応しい、か……。


 一瞬嵐が吹き荒れたが如く奥底がざわつくが、零は慎重に心の水面の波立ちを制御した。


 ブレイズの声が、零を一瞬の思索から浮上させる。


「何を思って、執行者(エグゼキユータ)はあんなことをしたんだか。破滅願望でもあったのか」


光の導き手(アンゲルス)を復活させようとラ・ネージュ聖王国に協力していた聖導教から、ジョン・アルフォードは異端と認定され聖敵とされた大罪人。結社アポストルスが画策する計画の引き金に彼がなっているのなら、自ずと答えは明らかでしょう。執行者(エグゼキユータ)は、結社アポストルスの一員であり従属の支配者(インペリアル・エツセ)復活に関わっている」


 バッサリ切って捨てるように、ヘザーはブレイズの問いに答えた。


 一呼吸間を置いてルナ=マリーは、歌姫の言葉の続きを伝える。


「彼が行った大罪は許せませんが、ユー・クライドはこう言っていました。一年半前の凶行から闇に潜んでいた者達の活動が活発となった。現世(うつしよ)の精霊種が隣接界から力を導き使用する法などの波動ではなく、創造世界(ミユートロギア)への干渉が始まった。再接続が、と」


「その闇に潜んでいた者達が、結社アポストルスというわけか。なるほど。ことは重大だ。目下内乱鎮圧を抱えている女帝陛下の耳に入れて煩わせないということもあるが、ことがあまりに壮大すぎて今ひとつ現実味が伴わない。ベルジュラック大公辺りは、猊下の言葉をきっと疑われたことだろう。女帝陛下に迫る危機のみを伝えるに止めたのは、懸命かと」


「はい。わたくしには、ボルニア帝国の内情も分かりかねますし、ヴァージニア陛下もどのような方なのか分かりませんでしたから。そして、周りの方々も。必ずこの話は伝えなければなりませんが、時期を見定めるべきと判断しました」


 エレノアに首肯するルナ=マリーの考えに、零も同意する。


「でしょうね。今、ボルニア帝国は内乱で手一杯。そこへ、銀河全土に関わる話をされても、噛み合いませんから。どうでしょう、猊下。セプテム・R.I.P.にお帰りになることを考えられては。女帝ヴァージニア陛下の援助も内乱後、当てに出来るかと。ことは、簡単にはいきません。単身、追うには危険すぎますよ」


「いいえ。時間が惜しいのです。本星のことは気掛かりですが、逃げてはならないときはあるものです。あれ以上強行な行いを聖導教もしてはこないでしょう。広範に、手を携えられる仲間を作らなければ。その為にも、協力を得られそうな国々を巡ろうと思います。皆さんも今話したことは今すぐどうこう出来ることではありませんが、どうかくれぐれも肝に銘じておいてください。銀河に迫る危機に七道教やボルニア帝国だけで対処出来るものではありません」


 胸の十字架を両手で持ち、祈るようにルナ=マリーは一同へと願った。


 迷いのないルナ=マリーに、零の心の奥底に暗い炎がちろつく。


 ――あなたの目の前に居るわたくしは、強敵に怯え運命を裏切ることを選んだ怯懦な卑怯者ですよ、猊下。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ