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第五章 最後の試練 2

「突然、このように訪ねた非礼をお詫びします」

「して、何用であろうか?」


 アイボリーの上質の張地で覆われたソファーに腰を下ろすルナ=マリーは丁寧に頭を下げ、対面に座り受けるヴァージニアは鷹揚に答えた。


 重戦艦アルゴノート艦内でも最上位の居室。初めから皇帝の為に設計された部屋で、そのロイヤルルーム前に行き着くまでの警備の配置等が設計され尽くされた豪奢な居室。部屋の調度や内装は、恐らく前皇帝在位時のままではなくヴァージニアの趣味に合わせた、贅を尽くしながらも華美になり過ぎない年若い雰囲気に纏められていた。ベージュの壁とアイボリーのソファーが自然な印象を作り出しながらもピンと空気が張り気を引き締めるリビングに、一同は集まっていた。


 部屋に集まった面々に視線を走らせると、零は面には出さぬものの意地悪く思う。


 ――全長十五キロメートル級にも及ぶ重戦艦アルゴノートに作った皇帝の部屋だけあって広いけど、このそうそうたるメンバーが一つのテーブルを囲むと暑苦しいな。


 部屋の主人女帝ヴァージニアは当然のこと、ボルニア帝国宰相ブノア・ド・ルベッソンが右隣に、西方鎮守府将軍ベルジュラック大公ジョルジュが女帝の左隣に、ボルニア帝国第一エクエス・オルデン総司令官マリウス・ド・ドゥランがブノアの隣に座り女帝の周囲を固め、主力兵団中級兵団群長モリス・ド・ドゥポン以下、エレノア・ド・リザーランド、ブレイズ・リュトヴィッツ、零・六合が四角くテーブルを囲むソファの女帝が座す上座から見て右側の列に座している。客として迎えられた側は、女帝の対面の列の中央に七道教アークビショップ・ルナ=マリー・アレクシア、左隣に警護のヘザー・ナイトリー、右隣に恒星貨物船オーガスアイランド号船長ハインツ・ランセル、その隣に防衛隊隊長ゾラ・イーバが座す。それぞれが皇帝、キャバリアー、文官の正式な礼装を纏う重圧が、辺りに満ちる。


 以前と変わらずセミロングの白髪で縁取られた屈託のないルナ=マリーの美貌に、零は一同を見回すと再び視線を走らせる。


 ――あれほど新皇帝ヴァージニアを警戒していたというのに自らやって来るとは、一体何事があった?


 七道教最高位の聖職者のペルソナを纏うルナ=マリーからは、いかなる想いでいるのか読み取ることは出来ない。


 艶のある珊瑚色の唇を開きルナ=マリーは、伸びやかな声を紡ぎ出す。


「少々……いいえ。かなり深刻な話となります。その前に、零とリュトヴィッツ殿に挨拶をしておきたいのです。お二人とも、惑星ファルで別れて以来ですね。お久しぶりです」

「アレクシア猊下も、お元気そうで何よりです。あれからどうして居られるのか、時折気になりましたから。ヘザーも元気そうだな」

「そちらも、零。ブレイズも」


 淑やかに短く答えるヘザーはちらりと視線を向けてきただけでルナ=マリーの警護としての節度を守り、振られたブレイズが応じる。


「ああ、お陰様でな。猊下、覚えて頂いていて光栄っす」

「当然です。お二人は、オクタヴィアンに捕らえられていたわたくしを助けてくださり、国境惑星ファルの亜空間航路封鎖を解いてくだされたのですから」


 公正さを求められるアークビショップとしての態度以上の気さくさを、ルナ=マリーは零とブレイズに示した。


 これまでほんの数回会っただけだが、零はルナ=マリーのさりげなく触れてくるような他者を労る心に懐かしさを覚える。


 ――元気そうだ。変わりない。


 何となく嬉しく感じた零は、己でも意外だった。


 束の間の零の回顧を中断させたのは、不審げなヴァージニアの声だ。


「オクタヴィアン? そう言えば、予にその者を売り付けたのはそなたではなかったか? 船名もオーガスアイランド号だった」

「その節は、ハイジャック犯をお引き取り頂き感謝申し上げます。オクタヴィアンとその一党はルナ=マリー猊下を攫い、オーガスアイランド号を強奪しようと乗り込んできたのです。それを、六合、リュトヴィッツ二人と猊下の警護のナイトリーとうちの防衛隊で捕まえたわけでして」


 胡乱な視線をヴァージニアに向けられたハインツはブレイズに遠慮してか元オーガスアイランド号の用心棒だったとは明かさず丁重かつ簡潔さでもって答え、赤い双眸にヴァージニアは意外さを浮かべる。


「ほう? そのような経緯があったとは。全く知らなんだ」

「はい。お二人にはこのヘザーと共に、危機を救って頂き大変世話になりました」


 ヘザーを示しつつ何かを大切にするように胸に手を当てるルナ=マリーは、ちょっとした仕草に自然に他者を安心させるものがあった。


 ざらついた気配にそちらを見遣ると、ジョルジュが錆色の双眸を険しくし己とブレイズを睨み付けていた。


 零がそっと視線を逸らすと、不機嫌そうにジョルジュが声を響かせる。


「我が軍のキャバリアーと猊下が知り合った経緯は分かり申した。して、このように火急に来訪されてまでの用件とは?」

「ヴァージニア女帝陛下に、お知らせしたいことが。古代遺跡・世界の門に関することなのです」

「遺跡?」


 小首を傾げ分かりかねるといった様子のヴァージニアに、ルナ=マリーは口調を改め切り出す。


「先日、ボルニア帝国シャイル恒星系惑星フォルマにある古代遺跡・世界の門を訪れたときのことです。そのとき、フリゲート艦を有する武装集団に襲撃を受けました。襲撃者は、結社アポストルス。彼らは、世界の門にある古代兵器クロノス・クロックを奪ったのです」

「古代遺跡の襲撃? まだ、そのような報告は来てはおりませぬ。内乱中のこと。優先度の低い情報と判断されたか、情報運搬超光速艇の連絡網に不備が生じているか」


 深い皺のある面に思案を浮かべるブノアは独り言のように呟くと「失礼」と謝罪し、先を促されたルナ=マリーは頷き続ける。


「彼らは、世界の門の制御に必要な封印の鍵を手に入れようとしているのです。その為には封印の鍵が生体刻印された、光の聖女の血筋の一つに当たるボルニア帝国皇帝を捕らえること。結社アポストルスは、ヴァージニア陛下を狙っています。このようにやって来たのは、その警告をする為です。クロノス・クロックは時間を操ります。戦場であろうと、目的を達成するのは容易いことでしょう」

「何と。女帝陛下に危険が差し迫っていると」


 ルナ=マリーの言葉に厳めしい面に深刻な表情を浮かべるマリウスを見遣りながら、零はその話に符合を感じボルニア帝国でも最高位の者達が居並ぶ中一介の主力兵団群の兵団長に過ぎぬ身を忘れ思わず疑問が口を衝く。


「時を操る? それって、昨日見せられた惑星ゴーダからの映像で駐留兵団群に対して使用された不明な攻撃なのでは? あの兵器を使用した巨艦は、如何にもその場凌ぎの急造だった。ルナ=マリー猊下が齎された情報から察するに、その結社アポストルスはミラト王国側にあってヴァージニア陛下を捕らえる為に既に動いている?」

「そう考えるのが、妥当だろうな。あんな有り得ないこと、それこそ神代の超兵器――神の槍の一つでもなければ引き起こせるものじゃない」

「古代兵器クロノス・クロックは、確か一定エリア内にある物の時間の停止。だが、現代では原理そのものが分からず使用不能の筈。だからこそ、観光用のオブジェとして扱われている。それを用いることなど、できるものなのか?」


 零の言葉にブレイズが頷き、エレノアは訝しげに勘案する様を美貌に浮かべ自問するように問うた。


 当然なエレノアの疑問に、ルナ=マリーが答える。


「結社アポストルスは十二国時代以前から暗躍を続ける組織。兵器の動力に必要な力を得る為の、創造世界と現世とを繋ぐ術を心得、古代兵器の技術体系にも精通しているのです」

「猊下のお言葉を疑う無礼を承知で申し上げますが、俄には信じがたい。ですがそれが真ならば、正に由々しき事態。敵が、その古代兵器・神の槍を所有している可能性があります。映像で見た限り、この世の法則を越えており抵抗のしようがありません」

「零、映像がどうのと言っていましたね。先ほどから皆様が話しているのは、一体何のことなのですか?」


 零の言葉に直接答えずルナ=マリーが発した疑問を受けたのは、ヴァージニアだ。


「ミラト王国軍が、その強奪された古代の超兵器を使用可能な状態で所持している可能性があるということだ。先日少数のミラト王国の軍勢がユーグ恒星系に侵攻し、数で勝る惑星ゴーダ駐留軍を一方的に蹂躙した。その戦闘映像で、敵軍は不可解な攻撃を仕掛けたのだ。惑星ゴーダ駐留軍のグラディアート群は、正に時が止まったかのようだった。アレクシア猊下が警告されたわたしの身柄を狙う者共――結社アポストルスとやらは、ミラトに与しておるようだ。悪いことに、この集結中の通称女帝軍は、近々ミラト王国軍と決戦を予定している」

「では、ボルニア帝国の内乱に介入しつけ込む隙を狙っている国々と、結社アポストルスは既に手を組んでいるということですね」


 ヴァージニアの言葉に屈託のない美貌を深刻にするルナ=マリーに、ヘザーが応じる。


「随分、周到ですね。ボルニア帝国の内乱に介入後、封印の鍵を有するボルニア皇帝を求める結社に触発されたのか、内乱前から計画されていたのか」

「確かに気になりますね。それぞれの国の思惑もあるのでしょうが、ボルニア帝国への介入もそもそも結社が画策していたことなのか」


 頷きつつ菫色の双眸に憂慮を浮かべるルナ=マリーに、それまで浮かしていた背を堂々とした中に婀娜っぽさがある立ち振る舞いで背もたれに預け鷹揚な態度でヴァージニアが応じる。


「今それを気にしても、仕方が無かろうな。疑心暗鬼に陥るだけだ。敵を過大に評価し、その嘘影に呑まれてしまう」

「左様。過小評価は出来ませぬが、萎縮してしまっては何もなりますまい」


 顎に蓄えた白い髭を撫でつつマリウスが最精鋭第一エクエス・オルデンの総司令官を務める宿将としての貫禄を示し、隣に並ぶ老宰相ブノアが人生を語るように老獪で怜悧な気配をそれに重ねる。


「あまりに意識し過ぎれば、こちらは手詰まりになりますからな。ですが、昨日送られてきた映像にあった惑星ゴーダ駐留軍に起こった異変の原因がアレクシア猊下が知らせてくださったお陰で分かり申した。敵がヴァージニア陛下の御身を狙っていることも」

「時を操るなど俄には信じられぬが、古代の超兵器・神の槍の神話を知らぬボルニア帝国人は居らぬ。神話なだけに、正しく絵空事ではあるが」


 厳かさの中にどこか白々しさを声に帯びさせるジョルジュに、ルナ=マリーは伸びやかな声を幾分凜とさせ。


「その神話は、かつて十二国時代以前のこの世界に実在したものです。世界の根源と存在理由を探求するインテリジェンスビーング群によって作られた創造世界。それは今でもこの現世と隣接して存在しているのです。インテリジェンスビーング群による世界の支配を終わらせた十二国は、創造世界からこの世界への干渉を惑星規模の機動要塞で惑星を殴りつけるような戦で銀河を侵略し極力絶った。だから、長い年月で過去は風化しわたくし達はそれらを絵空事のようにどこかで感じてしまっているのです」

「確かに。古代の超兵器は、神話のように語られる威力をかつて発揮した。ただ、現在は使用する術がなく、只の遺物と思われていますが。それが用いられれば、正に人類をインテリジェンスビーング群が飼い慣らした神話の如き力がこの世界に復活することとなる。どの程度現行の技術体系にはないロストテクノロジーを結社アポストルスが有しているかによるのでしょうが、使われてしまえば抗しようがない。ともかく、急場で用意したと思われる古代兵器運用艦でクロノス・クロックを彼らは使用している」


 静謐さを纏い語るルナ=マリーに同意する零は、ここに来て厄介な問題が浮上し疎ましかった。が、その存在を知らねばこの内乱で思わぬ墓穴を掘られかねない。各地の古代遺跡・世界の門で起きている異変を調査する為総本星セプテム・R.I.P.を発ったルナ=マリーが居なければ、結社アポストルスが何をしているのか知りようもなかった。そこは少々融通の利かなさがあるルナ=マリーではあったが、素直に感謝を心の内で零は述べる。


 ――それにこれは、果たしてあの悪夢に無関係なのか?


 一抹の恐怖にも似た疑念が、零に走った。


 同様の厄介さを感じているらしいブレイズの忌々し気な声に、零はざらつく疑心から引き戻される。


「あんな物を使われてしまえば、こちらはどうしようもない。一方的に時間を止められてしまってはな」

「全くだ、ブレイズ。どうにかせねばなるまい」


 嘆息気味にヴァージニアはブレイズへ傲岸に頷き、唸るようにジョルジュが言い放つ。


「使わせなければいい。幸い、こちらは古代の超兵器クロノス・クロックの所在を知っているのだからな」

「左様。ミラト王国との決戦前に、破壊すれば済む話。深刻になる必要はありますまい」

「さて、どうするか。相手に気取られれば、備えられてしまう。クロノス・クロックを使用されれば、精鋭とて一溜まりもない。少数を送り、かの巨艦を破壊するが上策。幸いユーグ恒星系惑星ゴーダに侵攻したミラト王国軍は、数が少ない」


 ジョルジュの言葉を補足するようにブノアが継ぎ、思案を厳めしい面にマリウスが浮かべ、出た意見を吟味しヴァージニアが己の意見を述べる。


「女帝軍が揃い次第、集結中のミラト王国軍がおるコルネル恒星系へ進軍すれば、その途上にある惑星ゴーダに侵攻したミラト王国軍を踏み潰せる。が、今回の古代兵器運用艦の投入は、今後そのように呼称するが、恐らくは運用試験。ならば、貴重な艦をそのまま戦略上の重要拠点とも言えぬ惑星ゴーダに置いたままとは思えぬ。本軍へ戻るであろう。その前に、運用艦が惑星ゴーダにある間に破壊する必要がある」


 ヴァージニアが方針を示し、ブノアが表情を改め口を開く。


「戦闘映像と共に送られてきた情報によりますと、古代兵器運用艦は衛星軌道上のキロメートル級艦船用の宇宙港に停泊しているとのこと。ミラト王国軍は、惑星ゴーダのボルニア帝国軍拠点と惑星上の軍用宇宙港を接収しただけで、キロメートル級艦船用の宇宙港は封鎖されて居らず民間船の出入りは自由のようで、惑星上も特に民間人への制限等は行われていない様子です。ですので、こちらは民間の武装商船に偽装した少数部隊を送り込み、船乗りに紛れ込んで古代兵器運用艦破壊を行うのが上策でありましょう」

「だろうな。生中な大軍で向かいこちらの動きを察知され敵に動かれては、クロノス・クロックの前に手も足も出せぬ。古代兵器運用艦が用いる神の槍の効果範囲、持続時間、連続使用が可能か或いはそのインターバルが分からぬでは、投入軍勢の規模と運用を定められぬ」


 ブノアが立案した策にヴァージニアが同意し、ジョルジュは隣の女帝へと身体を向け居住まいを正すと格式張った口調となる。


「ならば、その部隊には是非とも決死隊を充てられますよう。作戦が成功しても潜入部隊は少数であるが故、生きて帰れる見込みはまずない往路のみの戦。死んで良い者で無ければ、命じられるものでもありますまい。第三の試練として、申し分ない」

「国の命運をかけた作戦行動に、己が行く末に希望がなく端から志気が低い決死隊を充てるのは如何なものでしょう? 志願者を募るべきでしょう。ボルニア帝国の為ならば己が命を賭しても構わぬ、勇士を」


 現在意見を出し合っている者達との身分差を無視し、透かさず零は口を差し挟んだ。


 それへジョルジュは、貴人らしく風雅に整ってはいるが厳めしく獰猛さが滲み出た面に、親しみすら感じさせる笑みを浮かべる。


「何を言う。惑星フォトー、レーンでその志気が低い懲罰部隊を貴様は上手く使ったではないか。衛星マダムートで、トラキア、ミラトの第一エクエス二大隊を引き受けたのは、リザーランド、リュトヴィッツ各兵団員ではなく、決死隊からの選抜メンバーだったと報告を受けておるぞ。志気が低いものか。実力的にも、申し分ないではないか?」


 こいつは、と零の中で怒りが渦巻く。


 ――こんな時だけ、持ち上げて。死地を見付ければ、懲罰部隊を送り込まずには居られぬらしい。


 ぞんざいな口調で怒りをわざと隠しもせずに、零は言い言い募る。


「それは、リザーランド卿やリュトヴィッツ卿が居たからだ。でなければ、十名そこそこの第一エクエス相当のゲレイドを駆るキャバリアーだけで、精鋭機を駆る第一エクエス二大隊を引き受けられる筈もない。さっきも言ったように、これはボルニア帝国の命運を左右しかねぬ重要な作戦だ。作戦に充てる人員の選定はもっと慎重にすべきだ」

「零よ。そちは、ボルニア帝国の危機を他人に委ねるのか? ボルニア帝国の臣の一端に身を置くというのに。死んでこいとは言わぬが、怯懦なことばかりを口にせずそちの矜持を見せて貰いたいものだ。戦後、そちは第一エクエスに昇格する。内乱の戦果によっては、只の第一エクエスのキャバリアーではなく、さらに上の位からスタートできるのだ。リュトヴィッツを見習い、己が立身に励め」


 零に応じたのは、ジョルジュではなくヴァージニアだった。


 いっそ扇情的ですらある獲物を弄ぶような目を向けてくるヴァージニアを、零は睨み返す。


「わたくしは、ボルニア帝国での立身には興味はありませんよ。内乱を無事生き残りたいだけです」


 流石にルナ=マリーが居るところで、ジョルジュの勘気を蒙って二人の間をこじれさせたくなかったので、零は巡礼の旅に戻りたいとは口にしなかった。


 ふっ、とヴァージニアの凜凜々しく妖艶な美貌に笑みがさし、煌めく赤い双眸が零の夜空のそれに絡んだ。


「随分と己に都合がいい戦ではないか。戦とは、常に危険に晒されるもの。これは命令だ。惑星ゴーダへ麾下の兵団と共に向かえ。少しは、予の臣として本気になるのだ。予に良いところを見せてみよ。予の関心を惹きたくはないのか? それによって、予のそちに対する態度も変わるかも知れぬぞ」


 ヴァージニアの視線を拒む零に、ジョルジュの満足げな声が告げる。


「では、決まりだ。六合兵団は、作戦準備が整い次第ユーグ恒星系惑星ゴーダへ向かい、敵古代兵器運用艦を破壊するのだ。これを、貴様が率いる懲罰部隊決死隊の第三の試練とする。艦の武装商船への偽装、それを装う為の必要物資は総力を挙げて急ぎ用意しよう」

「――!」


 再びの死地に零が脱する方法をあれこれ模索していると、この虎口にあってはやや間延びした問いをルナ=マリーが発する。


「あの、よく分からないのですが。零が、その決死隊? 懲罰部隊を率いているのですか? 零は処罰の対象となることを何かしたのでしょうか?」

「いや、そのようなことはないが、当初よりこやつは戦になど加わりたくないなどと募兵に応じておいて巫山戯たことを言っていたのでな。妾はその場におらなんだが、その調子でベルジュラック大公の逆鱗に触れてしまったらしい。そこで、大公率いる分遣群に同行していた決死隊と共に惑星レーンへ降下させられたようだ。無事生き残ったのだが、何を考えたかその後決死隊を己が兵団としたらしいの」

「まぁ。そのようなことが。懲罰部隊の件はともかく、わたくしはこの作戦を零が受け持つことに賛成です。わたくしが知る限り、零は優れたキャバリアーであり武将ですから。信頼できる者に任せたいのです」


 口元に手を遣り意外そうな視線を零に送ったルナ=マリーは、屈託のない美貌を真剣にし菫色の双眸に力を込めた。


 突如、その場にあるものがぎくりとするような怒号じみた哄笑が響き渡る。


「武将? こやつが? くっ、あははははははははははははははははははははははははは」


 一頻り心底おかしそうにジョルジュは嗤うと、語調を険しくし続ける。


「出自も定かならず、およそこれまで国に仕えたことがあるかも怪しいこやつが武将とは。これは、傑作だ。失礼ながら聖職にあられる猊下には、キャバリアーを見る目は当てに出来ぬかと。それも止む方無し。猊下は、雄略よりも慈愛を説かれるお方」


 美貌をムッとさせルナ=マリーは、伸びやかな声に怒りを滲ませる。


「わたくしとて、これでも七道教に責任ある立場です。信徒を護る為、神聖兵団群の運用には多少の心得はあります」

「口を慎め、ベルジュラック大公。失礼を、アレクシア猊下」


 ルナ=マリーに謝罪をしたのは、ジョルジュではなくヴァージニアだった。


 年齢相応に見せてしまった少女としての利かん気を恥じるように、ルナ=マリーはつんと澄ます。


「いいえ。雄略が得意とは思ってはおりませんので。お願いがあります。わたくしも、零の兵団に同行させて頂きたいのです」

「それは、なりませぬ。作戦が成功しても、この作戦に従事する兵団は生きて帰れる見込みは高くはない」

「ことは、重大です。古代兵器がそれを扱える者達の手に落ちた。ことの成り行きを、この目で確かめたいのです。わたくしの護衛は優秀です」


 己の申し出を諫めるヴァージニアにルナ=マリーはやんわりそれでいて真剣に応じ、ヘザーへと視線を送った。


 ポーカーフェイスを決め込むヘザーをちらりと見遣り、零はルナ=マリーの同行は反対だったが、女戦士の態度に平気なように思えた。


 ルナ=マリーの声が再び響き、そちらへ零は視線を戻す。


「作戦が成功しわたくしの身に危険が及ぶようなら、零の兵団から護衛のヘザーが我が身を遠ざけ、ことが収まるまで安全な場所に潜ませることでしょう。心配は要りません」


 言い切るルナ=マリーに嘆息しつつ、ヴァージニアは不承不承承知する。


「致し方ありませぬな。ヘザーとやら、猊下の安全を何事にも優先するのだ」

「心得ております」


 短く淑やかにヘザーが答えると、エレノアが居住まいを正し申し出る。


「それでは、リザーランド兵団とリュトヴィッツ兵団も前回の惑星レーン奪還戦と同様、六合兵団に同行を」

「またか」


 エレノアの言葉にブレイズが嫌そうな顔でぼそり呟くと、ジョルジュが声音を峻厳に響かせる。


「それは許さぬ。何の為の試練か分からぬではないか。作戦は、決死隊のみで行う。惑星フォトーやレーンのときのように、卿等が居たのでは意味がない。それに、六合卿は自信があるらしい。未だに、ボルニアを巡礼の旅の腰掛け程度に扱っているのだからな」

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