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第五章 最後の試練 1

 長らく忘れていた安息に、緩んだわたしの心を蛇が見逃す筈もなかった。

――戦場の執行者の唄







 「三日前、惑星レーンから分遣群が戻った折軍勢を率いたベルジュラック大公は十分に労ったが、立役者を少々おざなりにしてしまったと思ってな。それに、昨日ユーグ恒星系惑星ゴーダから情報運搬超光速艇(Icftlb)が運んできた、映像。あれの意見も聞いてみたい。さて、モリス。そちは予が無理を言って、国境惑星ファル駐留軍から主力兵団群へと移籍させた。我ながら、慧眼だった。惑星ファルを皮切りに、惑星フォトー、レーンと見事武勲を重ねた。よくやった」


「勿体なきお言葉にございます」


 ホール最奥の高台の虹金(こうきん)で作られた機能美に満ちた総指揮官シートに座す艶姿を略装のワインレッドを基調とした戦闘礼装で包む女帝ヴァージニアの言葉に、正面に立つモリスは丁寧な口調で優雅なボウ・アンド・スクレープで腰を折った。


 空中庭園を思わせるボルニア帝国総旗艦アルゴノートの艦橋エリア。広大な総合指揮所は、がらんと人気が無く左右にそれぞれ男女別の各親衛隊の大隊が居並び、奥の総指揮官シートにヴァージニアが座し傍らにブノアが控え、そこから少し距離を置きモリスを中心に零やエレノアにブレイズがそれぞれ随員を連れ左右に並んでいた。


 上機嫌にヴァージニアは頷き、言葉を継ぐ。


「うむ。エレノアも久しいな。惑星フォトーでは、かの十色の騎士(イクス・コロルム)琥珀色の騎士(アンバーナイト)・マーク・ステラートと渡り合いカーライル基地を奪還。此度も、第一エクエスを少数で引き受けたそうではないか。その分なら、近衛軍へ返り咲く日も近いな」


「陛下に弓引いたリザーランド家。本来であればこのような兵を率いる立場ではおられず、勲功の立てようもございませんでした。また家族と共に暮らせれば、幸運と存じます」


「まぁ卿の家の立場もあるが、この場は謙遜なぞ必要ないぞ。おぬし等の他は、予とブノア。親衛隊には距離を取らせておる。本音を申せ」


 モリスの右隣に立つ藍色をしたミディ丈のスカートタイプの戦闘礼装で均整の取れた美身を包むエレノアは、それまでの隙の無い表情を浮かべた艶美な美貌を改め闘志を纏い直す。


「は。ヴァージニア陛下のお引き立てを賜れるならば、それに相応しい働きをして見せましょう」


「それでよい。卿の僚友、ブランシュも喜ぼう。そして、リュトヴィッツ、否ブレイズ。惑星ファルに引き続きフォトー、レーンと大義であった。会うたときも言ったとおりじゃ。領地持ち貴族の地位が空いておる。それに卿は着実に近づいておるの。第一エクエス相当の実力者ならば、手柄によっては与える。励め」


「はっ。ありがたき幸せ!」


 エレノアの隣に立つ感動の面持ちのブレイズは、逸る気持ちを抑えきれぬと言った様子で地か故意かは分からぬが、答える声がやや裏返った。


 それをヴァージニアは満足そうに眺めると、ブレイズからモリスの左隣に立つ零へと視線を移した。


「さて、巡礼者」


 呼びかけと同時にヴァージニアは身を乗り出し、凜々しく妖艶な美貌に幾分獲物をいたぶる猫のような獰猛さを宿す。


「以前は四の五の言っていた割に、それなりに励んでおるではないか。なかなかに手柄も立てておる様子。にしても、物好きよの」


 煌めく赤色の双眸を零の背後に立つ黒色の戦闘服を纏った副兵団長のサブリナと副官のヴァレリーに送ると、やや低めの声に品定めのようなものを乗せる。


「決死隊を己が部隊とするとは。帝国の懲罰部隊は、三度の試練を乗り越えねばならぬ。生き残る算段はあるのか?」


「二度の試練は、乗り越えました。残るは一つ。案外、楽に行けるかと」


 あからさまにヴァージニアが示した興味に抗するように静謐な麗貌に感情を浮かべず澄まして答える零に、ヴァージニアは面白そうに双眸を輝かせる。


「よくも、いけしゃあしゃあと囀るものじゃの。この場にジョルジュがおらずに良かったの。居れば、また一悶着を起こしておった。最後の試練が温いじゃと。そんなことあり得ぬ。最後ともなれば生かしておけぬと、これまで以上に殺しにかかってくるわ。ま、ともかく貴様は手柄を上げておる。ブレイズ共々、予が引き立て――」


 ヴァージニアが言いさしたそのとき、総旗艦アルゴノートのAI(マザー)が総合指揮所の立体音響システムを響かせる。


「恒星貨物船オーガスアイランド号から、緊急通信」


 零達の背後の吹き抜けに巨大なホロウィンドウがポップし、振り返りそこに映し出された人物を見てブレイズと零は顔を見合わせる。


「おい、あれは」


「猊下……何事だ」


 ホロウィンドウに映し出された少女は、豪華な法衣を纏い白い髪をセミロングにした屈託のない美貌を有していた。


 美貌に己が記憶を探るような表情を浮かべると、ヴァージニアは怪訝な声で尋ねる。


「そちは確か……あなたは、ルナ=マリー・アレクシア猊下ではありませんか?」


「お初にお目にかかります。ヴァージニア女帝陛下。わたくしは、七道教のアークビショップを勤めます、ルナ=マリー・アレクシア。火急の用件につき恒星貨物船オーガスアイランド号に乗船しやって参りました。陛下にお話があります。それと、この軍勢に零・六合とブレイズ・リュトヴィッツは居ますでしょうか。お二人にも聞いて頂きたいのです」


「その二人が、この軍勢に居るか調べさせよう」


「では、後ほど」


 ホロウィンドウが消えると、ヴァージニアは零達へ視線を送る。


「零、ブレイズ。そち等もこの軍勢に居るならば、同席せよと仰せだ。一体、どこで知り合ったのだ? 零は、確かに七道教の加護を受けた旅の巡礼者ではあったが。モリス、エレノアも行きがかりじゃ。予の随員として同席せよ。アレクシア猊下との会見は、予の私室で内々に行う。何の話か分からぬでは、集結中の軍勢に知られたくはないのでな」


「わたくしもリュトヴィッツ卿もここに居るではありませんか。まるで、知りもしないような言い方を」


 ルナ=マリーと挨拶だけでも交わしておきたかった零の文句に、ヴァージニアは一喝する。


「たわけ! 女帝たる予が、どうして主力兵団群の部将ごとき小物を存じて居らねばならぬ。軽く見られるわ」


 ヴァージニアはさっと席を立ち、背後へ姿を消した。すぐピンクがかったワンピース姿の女官が零達の元にやって来て、同行を促す。

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