第4章 星降る夜 26
ラスコー恒星系惑星エブルー周辺中域。
二日前零達分遣群が惑星レーン奪還から戻ってくると、コルネル恒星系に集結しつつあるミラト王国軍との決戦へと向け動員しうる最大数のラディアート一億二千万体の集結を待つ通称女帝軍は、既にその数九千万体に達していた。その正に大軍というべき戦力を運用する恒星戦闘艦群たるや十五万隻を越え、惑星エブルーのアイリス色の光彩にその威容を深淵の闇に浮かび上がらせていた。
その二日後今もその数を増やす艦艇群の中、超大型空母や超大型輸送艦を除けば全長十五キロメートルを有する随一の巨艦、ボルニア帝国軍総旗艦重戦艦アルゴノートの艦橋エリアに零は藍色の戦闘礼装を纏い僚友のエレノアやブレイズと随員の副兵団長サブリナや副官ヴァレリーと共に居た。空中庭園かと錯覚させる広大で多層的なルームの下に瀟洒な街並みさながらのエリアを見晴るかす高台となった総合指揮所には、数千人の兵団群長を初めとする随員が集まっていた。
広大なホールの奥、機能美に満ちた装飾のない虹金を用いた総指揮官シートに座すのは、濡れ色の赤髪を編み込みポニーテールにした煌めく赤い双眸の凜々しく妖艶な美貌の女性。
官能美を十全に有した全身を赤と黒のドレスで包みその上から虹金をあしらった白地のロングコートを羽織る、女帝ヴァージニア・ド・ダイアス・ボルニアが石榴色の唇を開く。
「皆に集まって貰ったのは、ある事件がユーグ恒星系惑星ゴーダ周辺域で起きたからだ」
ヴァージニアの言葉は、端的だった。傍らに控える帝国宰相ブノア・ド・ルベッソンへ視線をヴァージニアが送ると、老宰相の首肯と共に総合指揮所の広大なホールの前面に広がる吹き抜けに、ホログラム映像が浮かび上がった。
アンティックゴールドのまるで宝石のようなグラディアートが、拡大表示で映し出された。顎下までネイサルが伸びたブルームヘルメットを連想させる兜を有し、そこから覗く灰色のシンプルなフェイスマスクが特徴の頭部。要所を護るアーマーは、堅固さと共に優美さを実現させている。まるで神話の世界から抜け出してきたような、琥珀色のグラディアート。
怒号のような響めきが、総合指揮所の広大なホールに走った。
響めきを掻き消すような猛々しさを秘めた声が、荒々しく響く。
「アヴァロン! 十色の騎士・琥珀色の騎士が戦場に。確かにこれは無視できぬ」
「確かに無視できぬが、皆に集まって貰ったのはマーク・ステラートのことではない。奴は、惑星フォトーでもミラト王国側で確認されている。のう? ベルジュラック大公」
琥珀色の騎士・マーク・ステラートの愛機アヴァロンを目の当たりにしていきり立つジョルジュに、シートの肘掛けに肘をついた右手におとがいを乗せるヴァージニアが物憂げに、いっそ悩ましげな声調で問うた。
女帝ヴァージニアに視線を送り、ジョルジュは口調を抑える。
「はっ。確かに。きゃつめは、ボルニア帝国に弓引いておりまする。では、一体何事が?」
ジョルジョの問いにヴァージニアが再び口を開きかけたとき、白と青を基調とした戦闘礼装を纏ったオルデン・エクエス総司令官マリウス・ド・ドゥランが呆気にとられた声を上げる。
「一体、これは……何が惑星ゴーダ駐留軍に起きたというのだ」
その声は、困惑していた。
再び響めきが起き、先ほどにも増して大きくマリウス同様の戸惑いがあった。
零の右隣に立つエレノアが、吹き抜けに映し出されたホログラム映像を赤い双眸を鋭くし凝視しつつ問う。
「零、あれはどういうことだ?」
「分かる筈もない。だが、アヴァロンの次に拡大表示された如何にも急造っぽい重戦艦やらを継ぎ接ぎした巨艦が発した青い波動が駆け抜けたとき、惑星ゴーダ駐留軍のグラディアート群の動きが止まった。まるで、時間が止まったように」
「そりゃ時間が止まったように見えるけど、そんなことあり得るのか?」
こちらも映像を見詰めたままエレノアに答える零にブレイズが問い、けれど答えたのはサブリナだ。
「馬鹿げてるわ」
「けれど、零の言うとおりあの巨艦から出た波動のようなものが引き起こしたと考えるのが自然だわ。でなきゃ、あんな不自然な艦艇を何で用意したんだか」
「冗談じゃない、と言いたいね。そんな物を敵に使われたら、わたし達に勝ち目などないからね。けれど、あの巨艦の無節操な作りは如何にも実験艦に見える。何らかの新兵器を試す」
首を振り否定するサブリナにヴァレリーが異議を挟み、振り返るモリスはさもさも嫌そうに己の見解を口にした。
モリスの隣に立つ同格の中級兵団群長ホアキン・ド・ギャバンが、呆然とした様子で誰にともなく呟く。
「瞬く間に全滅……馬鹿な。敵は、たったの三千足らずだというのに。しかも、アヴァロンは戦闘に参加しておらず琥珀色の騎士・マーク・ステラートは傍観していただけだというのに」
全く動かぬ惑星ゴーダ駐留軍グラディアート群二万は、瞬く間にミラト王国軍グラディアート群三千に蹂躙された。
ホログラム映像が途切れると、最奥に座すヴァージニアが重く口を開く。
「今見たものが何を意味するのか、予には分かりかねる。が、あれが何らかの兵器によるものであれば由々しき事態だ」




