第4章 星降る夜 25
「惑星ゴーダ周辺域のボルニア帝国駐留軍には、不運なことだ。この周辺域は、ボルニア帝国領内に軍事行動で散在していたミラト王国軍が集結するコルネル恒星系への、女帝軍の進撃ルート上にある。この周辺域――ユーグ恒星系を手中に収めることで、ミラト王国軍との決戦に向けた女帝軍の進撃の脚を鈍らせることになる。進撃前の女帝軍の意識は、このユーグ恒星系に釘付けとなるだろう。だから、駐留軍の沈黙は、それだけ女帝軍の意識を割かせるもので無ければならない」
そう独りごちる十色の騎士の一人琥珀色の騎士マーク・ステラートは愛機のコクピットにあった。アンティックゴールド色をした鮮麗な形状の、要所を護るアーマーも堅固さと優美さを備えた全身。顎下までネイザルが伸びたブルームヘルメットを連想させる兜型アーマーを有した、そこから覗く灰色のシンプルなフェイスマスクが特徴的な頭部。一万二千五百年ほど前に天才クリエイトル・リヴィングストンによって制作された、伝説的な傑作機。制作された当時の七色の騎士の一体となり、――当時は七色だった――現在は十色の騎士の琥珀の位を授ける機体だ。そのグラディアート・アヴァロンの所有者が、琥珀色の騎士の称号を得るのだ。
周囲を半球状に覆う球面モニタに視線を走らせていた琥珀色を基調としたグラディアート機乗服に身を包むマークは、背後のタンデム式シートに座すゴールデンイエロー色のファントム用のグラディアート機乗服を纏い端座する契約ファントム・エリーシェを振り返った。
ヘルメットのバイザー越しの鮮麗な美貌に、エリーシェはどこかおざなりな表情を浮かべ口調も同様。
「古代兵器運用艦ギガントス、全長十八キロメートルの巨艦。何というか、怖いですね。艤装が不完全であるので、尚更異様な奇怪に見える」
「不満なのは分かるが、これも必要なことだ」
古代兵器運用艦ギガントスは、古代遺跡・世界の門から奪ったクロノス・クロックを使用する為に建造されていた現在では失われたテクノロジーが用いられた実験段階の巨艦で、三隻の重戦艦が猛獣の口のように前面に配置された超大型輸送艦を同体に流用した艦艇だ。今では使用する術が失われた古代兵器を運用する技術体系を継承する十二国時代以前から存在する地下集団が、建造には関与している。
バイザー越しの青淡色の双眸を和らげ、静謐の声音がやや自嘲めく。
「不服か。分からないこともないが、今の俺は十色の騎士・琥珀色の騎士ではなく、秘密結社アポストルスのエンフォーサー、マーク・ステラート。その職分を果たすだけだ」
「只、監督する傍観者?」
「ああ。今の俺は戦士ではない。エリーシャ、あまりそうやって、虐めないでくれ。情報感覚共有リンク・システム起動」
自嘲をヘルメットのバイザー越しの精悍な面に閃かせマークは前へと向き直り、三つの巨大な牙を持つ古代兵器運用艦に随伴する大小十五隻の小艦隊から発した三千体のグラディアートを見据えた。高速で接近する惑星ゴーダ駐留軍兵団群二万のグラディアートと、ほんの十数秒で接敵する距離。刻々と惑星ゴーダ駐留軍兵団群二万が接近し、数の差からこちらの不利は避けられぬ。とはいえ、マークの武勇があれば勝利は必定ではあるが。だが、それでは意味がない。インパクトのある――女帝の目を惹く勝利でなければ。その為には、古くから伝わる新兵器の威力を見せ付けることが最も手っ取り早い。
艶のあるエリーシャの合成音声が、やや機械的に響く。
【創造世界とのゲート・オープン。クロノス・クロック、同調開始。発動準備、完了】
【神の槍と称された古代兵器の力を、見せて貰うとしよう。味方の時空波干渉キャンセラー作動確認】
【作動確認完了。敵、グラディアート群、クロノス・クロック推定影響範囲内に到達】
【クロノス・クロック発動】
マークが命じると同時、古代兵器運用艦の巨大な三隻の重戦艦からなる顎の中心部に光弾が形成されるや否や打ち出され、敵グラディアート兵団群の中心で青白い光の波動が同心円を描くように幾重にも広がった。そして――。
異変が、敵勢に生じた。それまで高速で接近していたボルニア帝国惑星ゴーダ駐留軍が突如停止したのだ。まるきり、慣性など無視して。
高速情報伝達に乗るエリーシャの合成音声は、割り切ったような無感情なもの。
【クロノス・クロック。正常に作動。影響範囲内の物体の時間が停止したわ】
【兵団群に伝達。敵惑星ゴーダ駐留軍兵団群を蹂躙せよ。動くことも敵わぬ敵に、一方的になるな】
懸念するような口調のマークの言葉通りミラト王国軍は、時間が停止したボルニア帝国軍惑星ゴーダ駐留軍グラディアート二万を一方的に蹂躙した。




