第4章 星降る夜 23
左斜め前からフォルネルに撃ち込まれた光粒子エッジ式バトルアクスを光粒子エッジ式ブレードでともすればこちらの応手を弾く斬撃を丁寧に受け流したヴァレリーは次の挙動へ移ろうとして、契約ファントム・エインセルが増幅した未来にぞっとなり、連携し場所を入れ替えるように正面のフォルネルが放った斬撃を硬化型ラウンドシールドで受け、右斜め前から迫る別のフォルネルが振るった光粒子エッジ式バトルアクスに慌て応じたが、圧倒的なパワーの差と体勢が整わぬ無理が祟り得物ごと腕を跳ね上げられた。
陥った窮地に、堪らずヴァレリーは愚痴を吐き出す。
【超重量級のフォルネルをゲレイドで一度に複数相手って、流石にわたしの能力を超えてるわよ。一体の攻撃をいなしても、その隙を突かれて剣ごと弾かれる】
【ヴァレリー、凌いで。エンゲージ・リングが無力化した今、あと少し堪えれば敵は退かざるを得ない】
零が抜けた穴――背中合わせに戦う五体の右側面を受け持つヴァレリーは、これまでにない攻勢に晒されていた。
赤い輝きを宿した光粒子エッジ式バトルアクスの刃が一度引かれ、生じた圧倒的有利に再び振り下ろされようとする。
七十五度ほど傾斜のついた全身にフィットするシートに身を預けるヴァレリーは、タンデム式の高い位置にある後席に己と同じ黒を基調とした決死隊仕様のグラディアート機乗服に身を包むエインセルの言葉を聞きつつ、光粒子エッジ式ブレードの戻しが敵の次の打ち込みに間に合わぬと絶望が身を包む。
【分かってる、けど!】
情報感覚共有リンクシステムの高速情報伝達で叫びつつもヴァレリーは、秘超理力をたぐり寄せアジリティを本能で発動していた。すっとゲレイドの重心が下がり、左足を地面に接地。ピタリとタイミングが合い、敵の光粒子エッジ式バトルアクスが空を切った。ヴァレリー駆るゲレイドは動きを止めず地面につけた左足を軸に回転し、それに合わせ右脚がしなるように斜め上に打ち出された。ゲレイドの回転蹴りがフォルネルに炸裂。流石の超重量も、十分に遠心力が乗った蹴りによろめいた。
思わずヴァレリーは、快哉を叫ぶ。
【貰った】
未だホバリングする体勢を崩したフォルネルの背へ、ヴァレリーは光粒子エッジ式ブレードを突き立てた。機体全体に装甲の隙間から稲妻のような光が走り、フォルネルは地へ堕ちた。
窮地を脱したヴァレリーを褒めるでもなく、エインセルが高速情報伝達で発した合成音声は緊迫を帯びる。
【油断しないで! ヴァレリー。正面と左右から時間差でフォルネル接近!】
【つ!】
ヴァレリーは咄嗟にゲレイドを後退させようとして、はっとなった。背後は背を預け合う味方。下がれる場所などどこにもない。そして、今自分が斃れれば無防備な側面を晒す味方は格好の敵の餌食となってしまう。この状況で一度陣形が崩されれば立て直すことなど不可能だ。あっという間に、超重量級のフォルネルに蹂躙されてしまうだろう。
正面から迫るフォルネルは、硬化型スクトゥムを身体の前に構え突撃を仕掛けてくる。左右から迫るフォルネルは、少し遅れそれぞれ刃に赤い輝きを宿す光粒子エッジ式バトルアクスを振りかぶり迫った。正面のフォルネルに対処すれば、左右から挟撃するフォルネルに無防備になってしまう。こちらの応手を封じる、接敵タイミング。
情報感覚共有リンクシステムを介し、ヴァレリーは必死に呼びかける。
【エインセル! 活路は? どのタイミングで仕掛ける? いつもみたいに、打開策を授けてよ!】
【回避不能! 正面左右どの敵を速攻で沈めたとしても、敵の連携はファントム間で同調されたもので敵の次手が届いてしまう。上へ逃れれば急場は凌げるけど……】
【上は、有り得ない。ここで食い止められなければ、敵に雪崩れ込まれてしまう。詰まり、逃げ道はないってことね】
【ごめん、ヴァレリー】
高速情報伝達で伝わるエインセルの合成音声は、悲しげに陰っていた。
実戦のグラディアート戦はこれが初めてでも、高位に位置しこれまで常に難関を乗り越える道を示し続けてきてくれた契約ファントムに吐かせてしまった謝罪に、ヴァレリーはせめて共に一矢報いようと心を奮い立たせる。
【左横の敵に銀の閃光を仕掛ける。サブリナ姉の真似事。あれなら、わたしでも瞬間的に神速へ達することが出来る。敵の連携より早く、その間隙に割り込める。エインセル、サポートお願い】
【そうね。少しでも、先へ繋がる芽を作らないとね。未来予知も完全なものじゃない。力の強弱がグラディアート戦では生じるし、全てを見通せるわけじゃない。敵の何らかのミスやアクシデントのようなトラブルまで、互いに未来予知を用いる状況では読み切れないことやそれが却って生じることもあり得る。粘ろう】
【よし】
最後の一戦前意思を契約ファントムと交わし合ったヴァレリーは、身内を研ぎ澄ます。コクピットシートに座す右手の周囲に誘導する筋のような秘超理力の光の線が幾本も出現し、それは己の身体じゃない、もっと先にあるもう一人の自分と感じる架空頭脳空間上のゲレイドを意識する。すると、右手に生じていたそれは、ゲレイドが握る光粒子エッジ式ブレードに発生した。ソルダ技が、グラディアートへと拡張したのだ。一種の念動力的な力である秘超理力は、使用者の感覚やイメージによって存在の有り様を変えるのだ。ヴァレリーがゲレイドを己自身と本気で思えば、秘超理力の力は全高十八メートルの機体にまで影響が及ぶ。キャバリアーのイメージ力は元より契約ファントムの性能に左右され、これほど顕現となると上位のファントム以外ではサポートは出来ない。
攻撃に移る寸前三体のフォルネルが未来予知の変化にざわつくように挙動が一瞬躊躇い、地面を踏んだゲレイドの脚を踏み切らせヴァレリーは秘超理力の渦が激しく巻いた光粒子エッジ式ブレードを刹那達した神速で突き入れた。左斜め上から空中を突っ切るように突進してきたフォルネルは神速に反応出来ず、腹部に秘超理力の力も乗った刺突を喰らう。撃破を確認せぬまま敵の連携が機能する前の毫の間へ割り込む為、ヴァレリーと一体化したゲレイドは地を蹴り次へ。
が――、ヴァレリーに絶望が満ちる。
【大盾を】
正面から仕掛けたフォルネルは硬化型スクトゥムを正面から味方の居なくなった右側へずらし、右端の今はゲレイドが擦り抜けた為左側に居るそれも硬化型スクトゥムを正面に構え未来の変化に備えていたのだ。読み切れたわけではないだろうに、実戦慣れている。
二度機体を衝撃が襲った。ヴァレリーから、悲鳴が漏れる。
【きゃっ】
二体の超重量級の時間差のシールドバッシュを喰らったヴァレリー駆るゲレイドは、エバーグリーン色の装甲をひしゃげ砕けさせ地面を滑った。
コクピット内を警告の表示と警報が満たし、敗北をヴァレリーは悟る。
【陣形に穴が……】
【ゲレイド、損傷甚大! ラウンドシールド喪失。左腕駆動系、損壊。稼働不能】
【ここまでなの?】
迫るフォルネルの光粒子エッジ式バトルアクスに悔しさにも似たものが、ヴァレリーに湧き上がった。こんなこと、不条理だと思う。内乱前は侯爵家令嬢だった己が、戦場で死地に急き立てられ殺される。否、それならまだ増しかも、と。グラディアートのコクピットはハイアダマンタイン製で破壊はまず不可能だから、惑星レーン攻略はあと少しというところだが虜囚となることもあり得るのだ。赤い光を宿した刃が機体を打ち砕かんとしたとき、視界に銀の閃光が走り抜けた。間近に迫ったフォルネルが体勢を崩し、背後へと斃れた。
走った閃光と共に視界を掠めたゲレイドに、ヴァレリーはある人物を重ねた。あんな真似がる者を、ヴァレリーは一人しか知らない。
【今のは、銀の閃光。サブリナ姉!】
【良かった。無事で。零が抜けて心配だったの】
たった今フォルネルを撃破したゲレイドが、突進するもう一体のフォルネルを得物に纏った秘超理力の誘導力場によって、光粒子エッジ式ブレードを打ち出し神速を越えた絶の刺突でもって屠った。
はっとなりヴァッレリーは、ホロウィンドウに浮かぶサブリナのバイザー越しの美麗な面を視界に捉えつつ尋ねる。
【サブリナ、ストレール大隊は?】
【リザーランド卿に、任せたわ。実は、ここはもう平気だから行ってこいって言われたの】
【そう。リザーラン卿が】
【立ってヴァレリー。敵が引くまで、持ち堪えさせるわ】
【分かった。エンゲージ・リングは、零が沈黙させた。みんなも、あと少しだけ耐えて】
【【了解】】
返る返事を聞きつつ、ヴァレリーはゲレイドを立ち上がらせた。




