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第4章 星降る夜 20

 サファイアブルー色をした先進のロボティクスを感じさせる野心的なデザインの、スモールクラスの骨格を使用した小柄なグラディアート。ミラト王国第一エクエス・ストレール専用機ティグリスだ。内部センサを透かし見せる透過素材で出来た、フェイスマスクカバーを有するレーサーヘルメットふうの頭部が特徴的な機体。アダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型ラウンドシールドの裏側に同じくアダマンタイン製光粒子(フォトン)エッジ式ショートソードをラックした、見た目通り軽量で小回りの効いた機動性に優れていることが特徴だ。


 先に交戦を開始した六合・リュトヴィッツ小隊から少し離れ陣取っていたリザーランド・フリーデリケ各小隊は、別ルートから進軍してきたミラト王国ストレール・エクエスと十秒と間を置かず交戦を開始した。


 硬化型カイトシールドによるシールドバッシュで軽量のティグリスを弾き、生じた隙に光粒子(フォトン)エッジ式バスターソードを突き入れ、エレノアが駆るファブールは二体目を倒した。


 零やブレイズ同様の主力兵団用のグラディアート機乗服に艶姿を包むエレノアは、背後を振り返ることなく情報感覚共有(iss)リンクシステムを用いた高速情報伝達で頼りになる契約精霊種に呼びかける。


【全力を出せないのは、まどろっこしいな。第一エクエスが相手するにも強すぎる敵がここに居ることを、惑星レーンを防衛拠点化したトラキアとミラトの親玉に知られるわけにはいかない。知れたら、この二大隊の背後にある軍団が出てくるだろう。そうなれば、こちらは全滅。二千体強など、いかな半神位とはいえ隊を率いる数人で相手できる数ではないからな】


【ええ。この衛星マダムートを防衛するトラキア帝国・ミラト王国の精鋭に飽きのようなものが生じていることは容易に想像できるわ。ボルニア帝国軍主力兵団群のわたし達精鋭でもない小数兵力に第一エクエスがわざわざ出てきたのは、ちょっとしたゲームのような心理が働いているから。二国を代表する第一エクエスがそれぞれ大隊を出撃させ、星の数を競い合ってでもいるのでしょうね】


 応じたタンデム式の七十五度ほど傾斜がついた身体にフィットする前部シートに身体を預けるエレノアの背後の高い位置にある後部シートに座すカーライトは、藍色のボルニア帝国主力兵団ファントム用グラディアート機乗服に身を包みバイザー越しの面に静けさを宿していた。


 契約ファントム・カーライトの分析に、エレノアは向かってきた三体目のティグリスに応じつつ架空頭脳空間(オルタナ・スペース)内で頷く。


【ランクアップは、極力使わないことにしよう。かといって、味方に被害が出るのは避けたいが。何ともこの矛盾が歯がゆいな。ま、零のように全力を出したくても出せない奴がいるのだから、贅沢な悩みだな】


 発動しているウェアを強め、エレノアはソルダ諸元(スペツク)ランクがAから上がらぬ程度に調整しながらティグリスの機動に対処する。未来予知(プレコグニシヨン)で何事かを察知したらしい敵は、接近を避けファブールではフォロー仕切れない機動で翻弄しにかかった。


 架空頭脳空間(オルタナ・スペース)のエレノアの意識が、ふっと嗤う。


【そうだよな。己が間合に入れねば、いかな剣速も意味が無い。けど――】


【地に足を付けるわ。体捌きで、エレノアは敵との距離を詰めて。グラディアートの機動で、わたしがフォローするから】


【了解】


 惑星拠点防衛システム・エンゲージ・リングの死角を保つため衛星地表五メートルほどを保っていたファブールが、脚部を接地した。ウェアで全体的に強化されたソルダ諸元(スペツク)によって生み出される神速にも届こうかという高速でエレノアはファブールに地を蹴らせ、その動きを最適にカーライトが推進システムを駆使し増幅させる。脚力にプラスされた推力と機動スタビライザーの重力偏位の機動でもって、最速化されたファブールの動き。距離を取り攻撃の機会を窺っていた敵はいきなり敏捷が跳ね上がった急激なファブールの動きに反応出来ず、エレノアは間近にティグリスを捉えた。光粒子(フォトン)エッジ式バスターソードを一閃。薄弱な装甲を砕き、内部を破壊した。


 三体目を屠ったエレノアは、オルタナアラインメント・プレコグニション・サイバニクスシステムを通して己のもう一つの身体と感じるファブールを、身体の調子を見るように隅々まで意識を行き渡らせた。かつての乗機、インプリスの強化機イクシロンとは比べるべくもない。


 エレノアは軽く綺麗な眉を顰めると、意見を聞きたいサブリナだけでなく二小隊のキャバリアー達も意識しながら情報感覚共有(iss)リンクシステムによる合成音声を発する。


【あまり、この頑強なファブールとの相性は良くないな。そっちはどうだ、サブリナ? ゲレイドで、ミラトの虎の子を相手した感想は?】


【この素早さが、厄介だわ。ゲレイドでは、距離を取られてしまえばついて行けない。あの超重量級グラディアート・フォルネルの相手をさせられるよりは、増しかしら。旧型のゲレイドは次元機関ディメンシヨン・エンジン出力でパルパティアや上位機ファブールに劣るけど、装甲面でも新型より脆弱な分効いてくれる小回りがドッグファイトで生きる感じかしら】


 己が問いの真意を察して答える敏いサブリナに架空頭脳空間(オルタナ・スペース)内の意識が微笑し、エレノアはティグリスとの戦闘に戸惑う自隊の者達に呼びかける。


【了解。聞いていたな。敵に食らい付いて離れるな】


【【【了解】】】


 間髪入れず自隊の三人から返事が返ると同時、刃を黄色く輝かせる光粒子(フォトン)エッジ式ショートソードを振りかぶり向かってくるティグリスへエレノアはファブールを向き直らせた。


 朝の爽やかさが弾けるような生命を感じさせるカーライトの合成音声が、エレノアの脳裏に響く。


【敵小隊が、背後に回り込もうとしてるわ】


【小隊はそのまま戦闘継続。カーライト、ファブール、わたし達で対処するぞ】


【ええ。背後はわたし達が】


【イエス・マイ・ロード】


 神速にも近い動きで接近しティグリスを光粒子(フォトン)エッジ式バスターソードの斬撃で沈めつつエレノアは呼びかけ、カーライトが少女の声でファブールがやや低い男性の声で答えた。


 


 


 


 


【敵中隊、第二陣前進。残る敵中隊の二小隊が、左右から接近】


【ティグリスの機動に翻弄されて、陣形を崩さないで。リザーランド小隊と隙が生じれば、数に雪崩れ込まれるわ。リザーランド卿が背後に回ったから、前面と右側面はわたし達でどうにかするしかない】


【了解】


 契約ファントム・キュベレの警告に、機動性に物を言わせ小賢しく距離を取らせぬティグリスの優位を崩すべく、未来予知(プレコグニシヨン)により体感した敵機の位置に今まさにゲレイドを割り込ませ、情報感覚共有(iss)リンクシステムの高速情報伝達と共に架空頭脳空間(オルタナ・スペース)から自隊のキャバリアーにサブリナは指示を飛ばした。黒色を基調としたグラディアート機乗服に身を包むサブリナは、ヘルメットのバイザー越しの知性と勝ち気さが現れた端麗な美貌に凄烈を刻む。瞬く間に迫るだろう右側面を狙うストレール小隊に備えるべく、グラディアートでは劣ってもソルダ位階第三位虹の実力と、恐らく敵のファントムを数段上回るだろうキュベレの性能に物を言わせ、次の一撃で撃破を狙う。


 タンデム式のコクピットシートの背後の高くなった席に座る、サブリナと同じ決死隊用のグラディアート機乗服で身を包むキュベレは、ヘルメットのバイザー越しの艶っぽい美貌から表情を消していた。その様はどこかしら超然とした、この不利な状況など如何様にもなるといった不吉を帯びた自信が滲んでいた。


 攻撃を仕掛けたサブリナの脳裏に、キュベレのやや粘りのある合成音声が走り抜ける。


【次、ティグリスが左にロールし引き離そうとしたら、ゲレイドの脚部駆動系に誤作動を作り出す。その一瞬は駆動系の一点にパワーが集まる。それを使う。思い切り地面を蹴って距離を詰めて、決めて。だから、地面から離れすぎないで】


 知っている未来に基づきキュベレは、戦術を今まさにサブリナが光粒子(フォトン)エッジ式ブレードの一撃を放つ毫に授けた。


 同時、サブリナの思考が灼熱する。


【!】


 眼前に迫ったティグリスが、機体をロールさせながらゲレイドの右側に回り込もうとした。


 コクピット内に複数ホロウィンドウが出現し、警告(アラート)内容をけたたましい音と共に伝え。


 サブリナは地を蹴った。常のゲレイドでは有り得ないような脚部の力でもって、敵に対応を許さぬ速さで距離を詰め光粒子(フォトン)エッジ式ブレードを一閃。ティグリスは、厚みの少ない装甲をこの世の何ものをも断ち切るアダマンタインによって切り裂かれ、制御を失ったように飛び去った。


 撃破を確認する間もなく、サブリナは次へと備える。


【敵小隊の包囲に間に合った】


 視線とゲレイドを右横へ巡らすと、青き虎――サファイアブルー色のティグリスが獲物を狩るべく迫る。


 バイザー越しの榛色の双眸をサブリナは怪しく煌めかせ、ローズピンク色の唇をなまめかしく舌で舐める。


 ――敵に劣っているのは、グラディアートの性能だけ。他は、圧倒してる。


 体感する敵には決して辿り着けない未来予知(プレコグニシヨン)に従い、右端のティグリスへサブリナはフェイントの斬撃を仕掛けた。小回りのきく敏捷な機動力に物を言わせ、ティグリスはサブリナが駆るゲレイドの右側を取ろうと回り込む為初動を起こす寸前、既にサブリナは発動しているウェアと同時にアジリティを上掛けしソルダ諸元(スペツク)グレード・スピードAをSへ。機動力に物を言わせ近接したままだったことが、敵の徒となった。神速の刺突がティグリスの機動が切り替わった刹那、襲った。スモールクラスの骨格を使用した小柄なティグリスが吹き飛び、仰向けに倒れ擱座。


 左右正面から残る敵小隊のティグリスが迫り、サブリナは気勢を上げる。


【次!】

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