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第4章 星降る夜 16

「小惑星マダルから切り出した大量の巨岩に取り付けた、汎用推進機関の調整が終わりましたぞ。惑星レーンから約三十光秒離れたここから加速させ、流星群と敵に誤認させようとは面白い」


「六合、リザーランド、リュトヴィッツ各兵団は偽の流星群に紛れ、超大型粒子加速器・惑星拠点防衛システム・エンゲージ・リングからの攻撃を受けることなく接近。惑星レーンの衛星マダムートに設置されたイオン源入射機を破壊或いは停止することで、防衛システムを無力化します」


 飾り気のない総合指揮卓と作戦会議卓も兼ねる長いマルチファンクショナル・テーブルの一隅に座した黒い軍服姿の老人がやや得意げに語った後を受け、奥の指揮官シート近くに座る軽巡航艦ローレライ二のAI(マザー)が対人インターフェースとして使用しているブラウンのスカートスーツを着こなした女性型ヒューマノイドが作戦の概要を確認した。


 前方吹き抜け側の指揮官シートに座る零から見て艦の後方すぐ左側に座すヒューマノイドの次席に座る白髪の老人は、以前惑星フォトー奪還の祝勝会の宴席で場を盛り上げてくれた三人組の貴族の一人だ。名は、ホルマン・バイアー。内乱前は元子爵家の子に当主の座を譲った隠居で、子は前皇帝に連座し処刑されたがホルマンは重要度から処罰されず決死隊へと送られたのだ。発足した六合兵団の人事で、経歴からAI(マザー)サポート参謀担当官に零は任じた。


 軽巡航艦ローレライ二の艦橋エリアは、以前零が訪れたボルニア帝国総旗艦アルゴノートや大公旗艦オンフィーアやドゥポン兵団群旗艦ポトホリと比べれば、随分とこぢんまりと寂しく実用一辺倒で質実に感じてしまう。それでも一キロメートル級の船体を有する軽巡航艦の艦橋エリアであって狭苦しいなどということはなく、規模が旗艦も兼ねる重戦艦級と比べ小さく煌びやかさがないだけだ。


 大規模な惑星レーン防衛兵団群との交戦後ベルジュラック大公ジョルジュ率いる分遣群主力から離れ、主力兵団群から編成された攻略群は惑星レーン索敵エリア範囲からギリギリ外れた周辺域に陣取った。そこから、六合兵団の軽巡航艦ローレライ二、リザーランド兵団の軽巡航艦レルミット、リュトヴィッツ兵団の軽巡航艦ヴォルタの各五百強のグラディアート戦力を有する三兵団からなる第一次攻略群が進発し、小惑星マダルに工作艦五隻と共に流星雨に見立てる巨岩の擬装に当たっていた。


 零が座る六合兵団の指揮官シート・進行方向から見て後方にある総合指揮卓の通路を、黒い簡素な軍服であるのに女性的起伏が十全な艶姿が気品を感じさせるネリーが珈琲を乗せたカートを押していた。当初決死隊は全員が黒い死に装束を連想させる戦闘服姿だったが、六合兵団結成後キャバリアー以外の人員の為服装の若干の自由を勝ち取ったのだ。


 近くを通りかかったネリーに、ヴァレリーがホログラムウィンドウ表示の資料から顔を上げ金髪のローポニーテールを揺らし振り向く。ヴァレリーの格好は普段の戦闘服ではなく、全身を覆う黒色をした強化繊維のスーツの上に同色のモトジャケットふうのぴっしり前を閉じた上着を羽織り、各種装置を納めた鉄紺色の胸部プロテクターを装着した、グラディアート機乗服姿だ。


「懲罰部隊の決死隊に、元メイドが居て助かったわ。元貴族や領府や貴族軍で重要な地位を占めていた者達じゃ、まともに食事も作ったことなんてないから。頼りにしてるわ、給養担当官さん」


「元々このローレライ二は退役艦で実質輸送船だったこともあって、給養担当は居なかったんです。AI(マザー)と給養系ロボットが受け持っていて。だから、わたしは只サポートしているだけですよ」


「それでもよ。どんな食材や生活用品が必要かなんて、無くて困らなくちゃ分からないわ」


 落ち着いてしっかりとした声でネリーが如何にも元メイドらしくやんわりと受け、ヴァレリーの隣に座るサブリナが好意的に肩を竦めてみせる。


 サブリナの隣に座るウェーブのかかった長い金髪をした女性――分隊指揮官のエディト・グレヴィが満足げに頷く。


「そうね。ここのところ補充品は、細部に目が行き届いてることが分かるわ」


 恐れ入りますと頭を下げるネリーに視線を送り、ホスピタリティある元メイドが居るだけで場が潤うなと零は悪くないと思う。カルパンティエ公爵家の元メイドのネリーを、零はAI(マザー)サポート給養担当に割り当てた。皆が好意的であるように、彼女が担当となってから艦内での生活の様々な面がじわりと変わり始めた。顕著なのは主に食事で給養ロボットが作っていたメニューには無かったちょっとした工夫の料理が食卓に並ぶようになり、皆を喜ばせた。


 惑星フォトー奪還の祝勝会で場を盛り上げた宴席の三人組元貴族の一人、不摂生な身体をした中年男元伯爵家三男、AI(マザー)サポート補給担当官のニコライ・ラデュースが反対側の席からにこやかな笑みを向ける。


「お陰で、補給担当のチェックが楽ですぞ。領邦軍の関係がありますからな。多少は軍備に関する心得はあるものの、こと衣食のこととなると部下任せでしたからな」


 古風にカートを押しながらネリーは指揮官シートまでやって来ると、丁寧な仕草で珈琲プレスからカップに注ぎ零の前に置いた。


 ビターな淹れ立ての珈琲の香りを数瞬愉しむと、零はネリーに線を送る。六合兵団結成直後からネリーとは慣れ親しんでいたが、零の謝意はそれを感じさせない。


「ありがとう」


 と短く。


 それとは対照的にネリーは深くはないが優雅に腰を折ると、いいえと答え他の者達へ珈琲を運んだ。


 総合指揮卓を囲むのは、零から見て左側にはAI(マザー)を筆頭に軍服姿のキャバリアー以外の人員が、右側には出撃を控えている為零に最も一番近い位置に座る副官のヴァレリーと同じグラディアート機乗服姿の副兵団長のサブリナ以下分隊指揮官を含む大隊長以上の者達が居並んでいた。奥に座る零も、水色をした強化繊維のスーツの上に羽織るモトジャケット風の上着がアンバーローズ色であることと胸部プロテクターが灰色である以外、似通った形状のグラディアート機乗服を纏っている。


 白髪の老人フォルマンの隣に座るこちらも例の宴席での元貴族三人組の一人、官僚のような風貌の元男爵家次男、AI(マザー)サポート運用担当官のエドガール・マリネルが謹厳な声を発する。


「三兵団、グラディアート出撃体制は整っております。いつでもご命令を」


「分かった。通信担当官、エレノアとブレイズを」


 濡れ色の赤髪を編み込みポニーテールにした女性が頷くのと、総合指揮卓の上に現れたホロウィンドウにエレアとブレイズが映し出されるのは同時だった。


 ウィンドウの中の艶やかな赤髪をショートヘアにした艶麗に勇ましさが宿る麗人が、艶のあるメゾソプラノを静かに鳴らす。


「いよいよか」


「腹、くくるしかねーか」


 赤髪の麗人エレノアの後を受けるように、半ば諦めに近い気迫を精悍さのある端正な面を苦み走らせブレイズが発した。


 立ち上がりつつ、気負うでも何でもなくちょっと出かけるような口調で、零はあっさり出撃を命じる。


「ああ。行くぞ。ローレライ二、レルミット、ヴォルタは、惑星拠点防衛システム・エンゲージ・リングの射程外へ別ルートで移動」


 零に倣うように、この場に居るキャバリアー全員が立ち上がった。


 大半のキャバリアーは格納庫近くのブリーフィングルームに詰めていて、出撃命令に既にグラディアートに機乗していた。零達は格納庫へ赴き、それぞれの機体へと向かう。


 隊編成の関係から己のゲレイド近くに機体がある副官のヴァレリーと共に零はキャットウォークを進むと、四名の初等学校の高学年か中等学校の低学年と思しき男女四人が立っていた。全員が緊張の面持ちで。


 当初の予定通り、グラディアート戦では積極的に戦わず副兵団長のサブリナに陣頭指揮を任せるつもりでいる零は、自隊を戦場で面倒を見てやろうと思っていた年少者で固めた。その中には、ネリーの主筋カルパンティエ公爵家の元令嬢シャルロットの姿もあった。肩下まである銀髪を今は戦闘に備え結い上げた、楚々とした美貌を有する初等部高学年のまだ未熟さのある肉付きの少女。


 目が合ったシャルロットの青い双眸を少し覗き込むと、零は他の面々に視線を走らせる。


「無理に戦うな。生き残ることだけ考えるんだ。オルタンス、バルチアン、ランベール、シャルロット」


「うん」


「おお」


「はい」


「分かった」


 名を呼ばれた四人は、それぞれ返事を返した。心無し、声が上ずっている。


 無理もない、と零はそれ以上はプレッシャーになると敢えて言葉を重ねなかった。後は、初のグラディアート戦を生き残らせるだけだ。惑星フォトーで外骨格(Eスケルトン)スーツでの惑星地表戦を経験しているとは言え、今回こそがキャバリアーとしては初陣と言えるだろう。不運にも、この戦場はお世辞にも初心者向きではなかったが。


 そんな彼等に零は決して優しく言葉をかけず、短く命じる。


「では、乗り込め。出撃だ」


 兵団全グラディアートが起動を完了すると、グラディアート機乗者だけでなくローレライ二全ての乗員に向け、士気を挙げるべく零は口を開く。


「この兵団はグラディエートもこの艦も退役間際の代物だが、それでも生き残る気があるならこの兵団は一つのユニットとして強固な盾になれる。出撃」


 その言葉を零は、決して気休めとばかり思っていない。この兵団は、通常の主力兵団と違って、第一・第二エクエス相当の実力者がそれなりに混じっているのだ。自立式整備(オートメンテナンス)ハンガーごとグラディアートが移動しハニカム状に船腹に並ぶ超電磁誘導チューブから高速射出機構(HSIM)によって高速に機関銃の弾丸が如くローレライ二から射出されて行く。


 三兵団が、所定の位置に続々と集結しだした。副兵団長のサブリナを目印とするように六合兵団が陣形を組み、その両隣にリーザーランド・リュトヴィッツそれぞれの兵団が。


 零が率いる兵団が用いるゲレイドは、エバーグリーン色をした機体の要所要所がスポーツ選手を彷彿とさせるプロテクター状のアーマーで鎧われたミディアムクラスの骨格を使用した機体だ。前兵団主力機。最新鋭機のパルパティアの配備が進むと共に退役している機体で、辺境域では今なお現役とはいえ最新鋭機とはかなり水をあけられてしまった機体だ。アイセンサが四つある頭部は上部が二段重ねとなった構造で、機械的な威圧感を与えた。メインウェポンのアダマンタイン製光粒子(フォトン)エッジ式ブレードを、同じくアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型ラウンドシールドにラックしている。


 リザーランド、リュトヴィッツ両兵団が用いるパルパティアは、ガンメタルグレー色をした要所要所を護る装甲はゲレイドを踏襲しプロテクター状で強固さを感じさせる重厚なフォルムを有する、ミディアムクラスの骨格を用いた最新鋭の現兵団主力機だ。最も数多く生産されるミドルエンドの機体で、大国たるボルニア帝国を支えるグラディアートとして性能は申し分ない。メインウェポンのアダマンタイン製光粒子(フォトン)エッジ式ブレードを、同じくアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型スパイクシールド裏にラックしている。


 三兵団全機が揃うと、多数の巨岩群に取り付けられた汎用推進システムの稼働と連動し、グラディアートの|インテリジェンス・ビーング《IB》が速度を合わせ加速した。


 速度を増す流星群と併走しながら、零は三兵団の主要メンバーに繋ぎ呼びかける。


「勝つ為の準備は終えた。実行すれば勝てるが、どうせだ。この戦闘を愉しもう」


「お前、物騒だな。ファルで言ってたことと、随分違うじゃねーかよ」


「無事、目的の衛星マダムートに辿り着いたとしても、向こうの戦力の詳細は分かっていないのよ。浮かれるには早いわ」


「ま、サブリナの言うとおりだな。が、零の気持ちも分からなくもない。このような無理難題を押し付けられたのだ。ハイでなければやってられまい」


 ブレイズが呆れ、サブリナが冷静に指摘し、エレノアがメゾソプラノに苦笑を滲ませ、生真面目なヴァレリーが皆の気を引き締めさせるようにぴしゃりと窘める。


「リザーランド卿まで、零に合わせないで。シャルロット達にあんなこと言っておいて、悪巫山戯はよしなさいよ、零」

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