第4章 星降る夜 15
戒めた襲撃者に騎士甲冑のヘルメットのバイザーをヘザーが上げさせると、上空で動きがあった。
上に視線を遣ったルナ=マリーは、砂時計のオブジェクトを外し終えた作業用ロボットが、フリゲートへそれを運び入れる様子を見て取った。ヘザーのナイチンゲールは、三機の敵グラディアートに足止めを喰らいどうすることも出来ない。
焦燥が滲む無念そうな呟きを、ルナ=マリーは珊瑚色の唇に乗せる。
「クロノス・クロックが」
「力及ばず、申し訳ありません。いいわけですが、キャバリアーが乗っていないグラディアートは性能を極限まで高めた機械兵ユニットに他なりませんから、キャバリアーとファントムが揃ったグラディアートの相手にはなりません」
「いえ。無理を言ったのは、わたくしですから。グラディアートを出してくれて、ありがとうございます。破壊される危険がありました」
ヘザーに礼を言うと、ルナ=マリーは無精髭を生やした壮年の襲撃者に視線を送る。
「置いてけぼりですね。どうして、あなた方はクロノス・クロックを奪ったのです?」
「さぁね」
惚ける男にヘザーは、ポンポンとマルチプル・エッジを手に当て威圧する。
「そういう態度は感心しませんね。全て話せば解放してあげます。そして、素直に話せば痛い思いをせずに済む」
ハイメタル製の鈍刀の刃に指を這わせ、淑やかな口調でヘザーは精緻に整った面に残忍とも取れる笑みを浮かべる。
「こちら側の刃は落としてあるんですよ。色々便利で。失神する程度光粒子を伝導させ押し当てるだけで、大概の者は悲鳴を上げてのたうち回るものですよ。当て続けていれば、失神もできませんから」
這わせていた指を刃から離すと、ヘザーはピタリ男の首筋にマルチプル・エッジを押し当てた。
胸に痛みが走るように全身が強ばり清らかな美貌に嫌悪が一瞬浮かぶが、ルナ=マリーは何も言わなかった。
両腕と両足を戒められ身動きがままならないまま男はじりじりと身を捩り後ろへ下がろうとし、けれど首筋の刃が薄らと輝き出す。
「ま、ま――うっ、あぁああああああああああああああああああああああああああああああ」
悶絶するように男はのたうち回り、ヘザーはマルチプル・エッジを首筋から離した。
苦悶が去った男は必死の形相で、ヘザーへと食って掛かる。
「待てって言ったろ」
「さっさと話さないからです。あなたのように芯の強い方は、やはり何度か身体で体験しないと舌が滑らかにならないようですね」
「勝手に人のことを決めつけるな」
再びマルチプル・エッジを首筋に押し当てようとするヘザーに、男は言い募る。
「だから、止めろ。喋る。だから、二度とやるな」
「結構」
頷きヘザーが視線を向けた先のルナ=マリーは、やや固い表情で男に尋ねる。
「では、二つ質問を。何故、わたくしがここに居ると知っていたのです? 何故、クロノス・クロックを奪ったのです?」
「セプテム・R.I.Pから姿を消したあんたを、俺達はずっと探していたのさ。あんたの情報に懸賞金を出してアングラ系のネットワークに流してたら、あんたが乗船してる船のクルーの誰かさんが小惑星帯に寄港したとき金欲しさに売ったってわけさ」
「それで……では、もう一つの質問に答えてください」
理由を知れば自分の居場所が知れていたのは何ら不思議なことではなく、ルナ=マリーが促すと男は再び口を開く。
「世界の門を開く為さ。世界の門の制御には、封印の鍵がいる。鍵を手に入れる為には、クロノス・クロックが必要なのさ」
「封印の鍵は、光の巫女の血筋の七聖王家が扱い、光の聖女の血筋の者が鍵を伝承すると聞いています。二つを分けるのは、決して使われることが無いようにする為。ボルニア帝国の皇族は、光の聖女の血筋に当たります。鍵を管理するのは、代々皇帝の筈」
「ああ」
ヘザーの言葉に男はにやりと笑い、得意げな口調になる。
「封印の鍵ってのは生体刻印で、量子キーを使って生きた人間に流し込むのさ。で、現在の封印の鍵は、女帝ヴァージニア。近々、女帝はミラト王国軍に決戦を仕掛けようとしている。そんで俺達は、トルキア帝国・ミラト王国連合軍側に協力していてな。戦場でクロノス・クロックを使って封印の鍵である女帝を捕らえようってわけだ」
「あの古代兵器を使えるのですか? まさか、あなた方の組織とは結社アポストルス?」
確信を持てぬルナ=マリーの独り言のような問いに、目を見張る男の声には感心するものが混じる。
「驚いた。俺達を知っていたとは。流石は、七道教のアークビショップ。俺達の結社は、そいつが使われていた時代から続いていてな」
「確か、クロノス・クロックの能力は、範囲内の時間の停止」
「そうだ。しかも、対象を選択できる。話すことはこれで全部話したぜ」
ルナ=マリーに相槌を打つ男に、ヘザーは冷ややかに問う。
「結構。しかし、そうもペラペラ喋るとは、虚偽情報にも聞こえますが。その結社とやらには忠誠心がないのですか?」
「あるさ。ただ、知ったところでどうなるって? 古代の超兵器は結社が押さえた。止めようにも、止められるものじゃない」
ニヤニヤする男の様子に、ルナ=マリーは真剣な眼差しをヘザーへと向ける。
「ヘザー。すぐに戻りましょう。女帝ヴァージニア陛下に、お会いしなくてはなりません。直接会って警告を」




