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第4章 星降る夜 14

遺跡の水面を連想させる床面を蹴りルナ=マリーをその場に残し跳躍すると、ヘザーは柵を飛び越え暗色の騎士甲冑(ナイトアーマー)を纏った一団へ迫りつつ蜜柑色の唇に呟きを落とす。


「第二エクエス相当といったところですか。優秀なんですね。騎士甲冑(ナイトアーマー)もありますが、ソルダ諸元(スペツク)も鍛えられた技も一級品だ。とても、賊徒とは思えませんね」


 駆けつけた警備用の人型機械兵(マキナミレス)ユニット群と十センチほどの球形の汎用攻撃小型機械兵(マキナミレス)ユニット群を次々と屠ってゆく襲撃者達へ、ヘザーは観察する視線を素早く注いだ。明らかに正式な国家などで鍛え上げられたキャバリアー達だ。ソルダ諸元(スペツク)で振るいにかけ鍛え上げられた技を持つ反面、それは襲撃者全員を比較すればどこか一様で平均的であり我流を感じさせる者は一人として居ない。襲撃者達は、決して無法には生きていない集団だ。


 腰に提げた光粒子(フォトン)を伝導させる刃と柄にイオン砲を持つ科学兵装――マルチプル・エッジをヘザーは抜き放ち、ハイメタルの刃に光粒子(フォトン)を伝導させる。


 迫るヘザーに気づいた者が、上空に群れる電子戦型機械兵(マキナミレス)ユニット群による通信妨害の影響か外部音声も併用し仲間に呼び掛ける。


「キャバリアーだ! 注意しろ!」


 注意を喚起した襲撃者が、騎士甲冑(ナイトアーマー)にいよる高速ホバリングで急接近。ダマスカス剛製のナイトリーソードからスキャッター・ブレードを放ってきた。


 迫る秘超理力(スーパーフォース)の飛刃をヘザーはマルチプル・エッジで逸らし、接敵。思わぬ手練れに襲撃者は危機を察知し逃れようとするが、それをヘザーは許さず柄に刀身方向に仕込んだイオン砲を放った。イオンビームは、干渉するフィールドを突き破り騎士甲冑(ナイトアーマー)の装甲の薄い箇所を貫通する。襲撃者は、その場で膝を折り頽れた。


 続いて、横合いから接近した襲撃者が振るう刃と打ち合わせると思えたマルチプル・エッジを魔法のような角度で絡め、相手のナイトリーソードを弾き飛ばす。精鋭の第二エクエス相当の敵の剣が、児戯と思える基礎的なソルダ諸元(スペツク)の差と技。がら空きの胴に光粒子(フォトン)エッジの斬撃をまともに浴びた襲撃者は、苦痛と怨嗟の絶叫と共に舗装された石畳に滑るように転がった。


 尋常ならざるヘザーの技量に、襲撃者の一人が仲間に警告を発する。


「気をつけろ! こいつ出来るぞ!」


 迂闊な接近を避けた襲撃者達は、ヘザーを遠巻きに腕に仕込まれた重イオン砲による砲撃に切り替えた。無論、まともなキャバリアーであれば飽和攻撃でも仕掛けられない限り、相殺され互いに未来予知(プレコグニシヨン)が使えぬ状況であっても十数の砲撃など躱しいなすことなど造作も無い。


 ヘザーが躱した重イオン砲の一射が、遺跡の周囲に張り巡らされた柵の一部を破壊した。


 短い悲鳴が上がる。


「きゃっ」


 破壊された柵の近くに、ルナ=マリーが居たのだ。


 空間認識能力に優れたヘザーが、魔力探査(シーク)まで用いているのだ。当然、ルナ=マリーと己の位置関係は把握していて、重イオン砲のビームが彼女から逸れていると知っていて躱したのだが、どうやらそれは失敗だったらしい。


――案外、わたしはルナ=マリーに信頼されていないのですね。やれやれです。


 ヘザーの杞憂通り、悲鳴で注意を惹かれた襲撃者の一人が叫ぶ。


「ルナ=マリーが、情報通り居るぞ。捕らえろ!」


 それまでヘザーを遠巻きにしていた襲撃者達が、彼女を無視してルナ=マリーの元へ向かおうとその場から空中を走り抜ける。


 瞬間、淑やかなヘザーの声が別人のように底冷えするものへと変じる。


「せっかく、優しくしてあげていたのに。これでは、本気にならざるを得ないわ」


 青いヘザーの双眸が、怪しく赤い光を宿し爛々と輝いた。その様は、まるで古の魔女が睥睨するにも似ていた。そして、ウェアとは別の輝き――マジック・キャバリアーの技レゾナンスが身体を満たすとマルチプル・エッジの刃を返し、ヘザーの身体がぶれた。次の瞬間――、


 ルナ=マリーの元へ向かう襲撃者の一人の真横に、ヘザーは忽然と出現したように見えた。マジック・キャバリアーの技・アクセラレーション。ソルダ技のアジリティとムーブを合わせたような技。パワー・ブレードに相当する咒力帯纏汎剣ミスティツク・ブレイドを発動させた、マルチプル・エッジの峰に設えた魔力が伝導したミスリル製の第二の刃が反撃の隙もなく振るわれ、すんと澄んだ音と共に騎士甲冑(ナイトアーマー)が切り裂かれた。空中を飛翔していた襲撃者は、制御を失い石畳を粉砕し派手な音を立て激突する。


 マルチプル・エッジの輝きが切っ先に浮かび上がった魔法陣と共に強烈になり、地へ落下しながら切っ先を向けた先へ重低音と共に青白い魔力の波動が広がった。今まさに柵を越えようとする三人の襲撃者が、波動で吹き飛ばされる。マジック・キャバリアーの技・オーバーランだ。一定方向の広範囲の敵を今見たように波動によっては弾き飛ばしてしまう。


 三人が態勢を立て直す前に、ヘザーは咒力帯纏汎剣ミスティツク・ブレイドによってマルチプル・エッジに帯びた魔力の刃を飛ばし仕留めた。ソルダ技・スキャッター・ブレードに相当する空剣(エア)という技。


 聞き慣れたテンポを刻む次元機関ディメンシヨン・エンジンの音に、ヘザーは上空を振り仰ぎ呟く。


「ナイチンゲール……フェイト頼みましたよ」


 フリゲートに向かってオーキッドピンク色をした全体が細身の、ボディーアーマーが繊細な細工を思わせるグラディアートが高速で接近していた。ヘザーの愛機と契約ファントムが、先ほど送っておいて暗号文に従って行動を開始したのだ。


 魔力探査(シーク)によって掴んでいる周囲の動静に呼応して、ヘザーは既に動いていた。更にルナ=マリーに迫ろうとする襲撃者が装着する騎士甲冑(ナイトアーマー)を遙かに上回る速度と敏捷でもって回り込み前を塞ぎ、マルチプル・エッジの峰に渡されたミスリル製の刃が発動を高めた咒力帯纏汎剣ミスティツク・ブレイドの魔力で更に強い輝きを放ち、極限状態の斬撃が敵の装甲を中のキャバリアー共々薄紙が如く切り裂く。その様子に尻込みした残る半分の襲撃者達は、ヘザーを警戒し迂闊な接近をせず距離を取り包囲する構えを見せた。と、そのとき――、


 上から連続し炸裂する音が響き、軽い舌打ちと共にヘザーは上空へと視線を送る。


「やはりグラディアートが出てきましたか……こちらはわたしが乗っていない上、敵は三体ですか。容赦しませんね」


 応戦に出撃した敵グラディアート三体は算を乱したように機動でもたつき、その間にオーキッドピンク色の細身のナイチンゲールは距離を取っていた。


 ストレートグレイ色をした敵グラディアートは、鼻梁を昆虫めいた顎が伸び包むような形状の頭部と各アーマーのエッジの合わせが立体感のある構造が特徴だ。ナイチンゲールほど細身ではないが、それでもミディアムフレームを使用したグラディアートとしては敏捷そうだ。


 ひょいと首を傾げるように、横合いからのナイトリーソードの刺突をヘザーは躱しつつ上空の戦況を観察する。


「新型でしょうか? 随分、垢抜けてますね。あの形状……一年前無償公開された新型次元機関ディメンシヨン・エンジンを搭載しているかも知れませんね。各グラディアートメーカーからも、先行開発的な次世代エンジンを謳った機体がエントリーされ始めてますから。そろそろ戦場に出てきても、おかしくはありませんね。にしても、今出くわすとは。是非とも、予想通りの新型なら手合わせしてどれほどのものか見てみたいのですが……いよいよ彼らのバックボーンが気になります」


 上を見ながらのらくらと躱すヘザーは、相手取る襲撃者が背後に秘超理力(スーパーフォース)の波紋を描きムーブによる速攻を仕掛けてくる段になってようやく相手に視線を送る。


――おっとっと。第二エクエスの中でも上位者が潜んでましたか。


 すっと赤く輝くヘザーの双眸に鋭さが宿ると、騎士甲冑(ナイトアーマー)の機動性を上書きする襲撃者の俊敏さに抗するようにアクセラレーションを発動。ムーブによって姿を消すような右へと回り込む敵の超速移動の途中を楽々捉え、マルチプル・エッジの一振りで切り裂いた。襲撃者は、弾き飛ばされるように遠い地面に激突する。


 上を見遣ると三機の敵グラディアートが連携し、ナイチンゲールに迫ろうとしていた。俊敏で複雑な機動を機体に課し、ヘザーの愛機は放たれるナイトリーソードの斬撃を装備武器のアダマンタイン製光粒子(フォトン)エッジ式バックソードを抜剣せず逃れるだけだった。


 その様子に、ヘザーの口調は感心するものとなる。


「速いですね、敵の機体。ミドルエンドクラスの量産機のようですが、侮れません。それでもナイチンゲールが、上回っていますが。ですが、キャバリアーが乗ったグラディアート三体が相手では」


 見ている間に逃れる先を先回りされ塞がれ、ナイチンゲールはアダマンタイン製フィールド発生エネルギー伝導硬化型ヒーターシールド裏に装備された重イオン砲を乱れ打ちし隙を作ろうとするが、未来予知(プレコグニシヨン)を用いる敵にはまるで通じない。ナイチンゲールの腰の汎用亜光速推進機関のウィング状の部位近くが割れ超電磁誘導チューブが飛び出し、閃光を発し何かが射出された。投擲された鈍い銀色の円筒状のそれ――ミクスチャー・マインが、敵機近くで炸裂し周囲の空間を押し広げるように様々な波長のプラズマを拡散させた。敵グラディアートは回避行動で次の動きが鈍り包囲の一角が崩れ、その隙を突きナイチンゲールは包囲を逃れた。


 そこからナイチンゲールは徒人の目では捉えられぬ大気含有惑星重力圏内巡航速度を越えた――亜光速に達するグラディアートがその推力を遺憾なく大気を有する惑星内で発揮すれば惑星に甚大な被害を与えてしまう為に設けられた不文律の上限速度で、大気含有惑星重力圏内巡航速度は地上の施設に被害を与えぬ上限速度、その上の大気含有惑星重力圏内最大速度は地上の施設等の安全を無視した只惑星へ被害を与えぬ人の営みへの考慮を度外視した上限速度――外に設置されたテーブル等は吹き飛び城下町を思わせる瀟洒な観光客相手の建物が衝撃波でビリビリ震え、それでも破壊には至らぬソニックブームを地表に叩き付け高速機動をほぼ持続したまま重イオン砲を放ち、一定の距離を敵グラディアートと保ったまま近づこうとはしなかった。戦闘は、早くも膠着状態に陥った。


 襲撃者が放つイオン砲を躱しつつその様子にヘザーは精緻に整った面を微かに顰め、声にはどこか悔いるような響きを帯びる。


「それは、そうなりますよね。済まない。フェイト、ナイチンゲール」


 上空から視線を切ると、ヘザーは己を包囲する襲撃者達を見据える。


「さて、お仕事ですね。残り四人。一人は生かしておかないと、ルナ=マリーに叱られてしまいますね。それに、わたしも興味がありますし」


 言うや、ヘザーの身体が残像を残し掻き消えた。アクセラレーションにより魔力を推進力として加速し跳ね上がった敏捷で襲撃者一人一人をヘザーは翻弄した。一人目を、気づかれぬまま横合いからの咒力帯纏汎剣ミスティツク・ブレイドによる斬撃で切り伏せ、気づいた二人目を相手にぶつかる瞬間まで正面切って突っ込み寸前で横へ移動し反応させぬまま倒し、騎士甲冑(ナイトアーマー)によって高速で強襲を仕掛けた相手のナイトリーソードが振り下ろされる前に胴を薙いだ。二秒とかからず、残る襲撃者は只一人となった。


 最後の一人は、明らかに攻めあぐねていた。実力差は明らか。一人で挑んで、とても勝てる相手ではヘザーはなかった。襲撃者達をたとえ第一エクエス相当の者達で編成したとしても、だ。それほどまでに、尋常ではなかった。ヘザーは、主にアクセラレーションを使っただけだが、それはソルダ技ムーブとアジリティを合わせたような技で難易度は錬技に属する。難度に上乗せされた使用者の魔力と力量を示すようにテレポートの如き移動は追随できるものではなく、高められた敏捷及びスピードはその挙動に反応することすら許さない。詰まりは、まともな戦いにすらならないのだ。


 今ここに零が居たとしたら、神速を越えた絶の使い手として無視することは出来なかっただろう。きっと、彼の歪ともいえる執着じみた感心を引いた筈だ。


 及び腰となった様子でかかってこない敵に、ヘザーは口調を和らげ呼びかける。


「さてと。残るは、あなた一人ですよ。どうせす、降っては? そうして貰えれば、わたしの手間も省けてめでたしめでたしなのですが?」


「……そうしたくても、それは出来ねーな。仲間の目もあるところで、降伏なんてな」


 騎士甲冑(ナイトアーマー)の外部音響で響く掠れた男の声は何かに必死で抗うようで、ヘザーはさして気にもしない様子で告げる。


「そうですか。では、少し痛い目を見て頂きますよ」


 言うやヘザーの姿がその場から掻き消え、襲撃者の真後ろに出現した。


 まるきり反応出来ないまま、魔力を刃に宿した咒力帯纏汎剣ミスティツク・ブレイドの一撃で背中から肩にかけての装甲が剥がされ、やっと反応出来た男が振り向く前にマルチプル・エッジの刃を返しハイメタル製の光粒子(フォトン)が伝導した刃がしたたかに男を切り裂いた。否、切断は全くされていなかった。


 いつの間にか破壊された柵からヘザーの元に向かって来るルナ=マリーが、伸びやかな声音に感心するというよりも畏怖混じりの納得を滲ませる。


「マジック・キャバリアーであることを隠したいからだけの理由で、そのような武器を使っているわけではないのですね。勿論、油断を誘う為もあるのでしょうが。咒力帯纏汎剣ミスティツク・ブレイドによる魔力伝導はミスリル製の刃部分だけ、そして光粒子(フォトン)はハイメタル製の伝導部の切断力のない鈍刀の刃部分にのみ。用途によって使い分けられる。今のようにミスリル製の刃で攻撃を仕掛けて、スタンモードにした光粒子(フォトン)エッジで相手を無力化させられる」


「わたしのような傭兵は、尋常な勝負ばかりではございませんので」


 腰のポーチからスティック状の拘束具を取り出しながら、ヘザーは肩を竦めて見せた。

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