第4章 星降る夜 11
「惑星レーンに敷設されたであろう惑星拠点防衛システム・エンゲージ・リングは、衛星軌道上に粒子加速中継器と偏向電磁石といった中継器のみを無数に浮かべた惑星を覆う超大型の粒子加速器で、惑星の衛星にイオン源入射機を設置し使用します。今回は、惑星レーンとその衛星マダムートに」
ボルニア帝国軍の技術士官であることを示すウォーターグリーン色をした軍服を纏った中年の男が、ホールの空中に投影された奪還対象の推測CGのホログラムをポインタで示しつつ、玉座の如く奥の階段を登った先にある豪華なシートに座す虹糸と金糸とで彩られた豪奢な臙脂色の戦闘礼装を纏ったジョルジュを初めとした、その下に少し離れ居並ぶ面々に説明した。
先ほどの総旗艦アルゴノートの空中庭園を思わせる艦橋エリアとは打って変わった、ベルジュラック大公旗艦オンフィーアの高級店からなる瀟洒なショッピングモールを思わせる多重構造の艦橋エリアの総合指揮所。
女帝ヴァージニアから命を受けたジョルジュは、総旗艦アルゴノートに招集された分遣群の者達に己の大公旗艦オンフィーアへの移乗を命じ、こうしてところを変え大規模ブリーフィングを行う機能も備えた総合指揮所で作戦会議を行っているのだ。
ホールに参集した武将や部将に参謀等の様子を確認しながら、技術士官は続ける。
「重イオンビームの威力は、恒星戦闘艦のエネルギー伝導表面硬化型シールド装甲でガードした正面や舷側は流石に抜けぬでしょうが、これほど大規模な惑星規模の粒子加速器ですので、恒星戦闘艦、否、戦艦や重戦艦の重装甲とフィールドをシールド装甲面積を超えて到達し突破するでしょう。
この防衛システムの利点は、惑星レーンの衛星軌道上に浮かべたどの粒子加速器や偏向電磁石からでも重イオンビームを発射可能な点にあります。
理論上、死角はありません。
ですので、恒星戦闘艦で惑星へ接近すれば正面や舷側以外を狙いたい放題となり、惑星への降下は事実上不可能でございます」
新兵器の説明に呼び出された技術士官は己の仕事を終えるとその場から下がり、普段は平らなホール床中央に迫り上がった円形のマルチファンクションテーブル近くに纏まる参謀や各種担当官の列に並んだ。
奥の豪華な総指揮官シートに座すジョルジュとホール中央の空中にホログラムを投影する大きなマルチファンクションテーブルを挟み、対面する形で離れた場所で居並ぶ軍団群や兵団群の代表に混じって、当然零の姿もこの場にあった。
やけに久しぶりに感じる二度目のこの場所に、憂鬱な気分の零はネガティブな思考を巡らせる。
――また、このベルジュラック大公旗艦オンフィーアにやってくるなんて思ってもみなかった。
惑星フォトー攻略を終え女帝軍の招集命令を受けた時点で、この分遣群の役割は終えていたのに。
つまりは、ジョルジュの下で戦うのはあれきりの筈だった。
今回の奪還任務とは関係の無い、嫌な予感がするな。
出会ったときから対立してしまった零は負の感情をジョルジュに抱いており、大公との間で諍いめいた何事かが生じはせぬかと、どこか愉しみに危惧する己に気づき舌打ちする。
――気に入らないからって、どうにも出来やしない。
力も無いくせに、俺は無駄に自信家だな。
って、家の者にも言われたっけ。
自嘲めいた想いに他人に分からぬ程度の苦笑が麗貌に閃き、零は会議の間ジョルジュから関わってこない限り目立たぬよう心がけることに決めた。
作戦会議の場に招集された一同が技術仕官の話を咀嚼した頃合いを見計らい、奥に座すジョルジュが猛々しさを秘めた声を響かせる。
「先だっての惑星フォトーでは地上に攻略部隊を殲滅の光弾砲台からの攻撃飽和を作り出し降下させたが、今回はその手は通用せぬな。
衛星軌道上に無数に浮かぶ粒子加速中継器と偏向電磁石と衛星マダムートに設置されたイオン源入射機ではな」
忌ま忌ましさを口調に滲ませるジョルジュが話を切ると、正面に並ぶ白色と青藤色を基調とした戦闘礼装を纏ったオクシデント・エクエスの面々の内右端に立つ軍団群長かその上の上級軍団群長だろう、周囲よりも意匠が豪華な戦闘礼装を纏った金髪をロングヘアにした青年が透かさず口を開く。
「惑星地表の施設を攻略するなら、いかな密な攻撃でも刹那の隙を作り出せるもの。
地上に軍勢を降ろせさえすれば活路は開けます。
が、今回は敵の攻撃に晒されるまさにそのポイントにある敵施設を攻略せねばなりません。
衛星マダムートのイオン源入射機も、エンゲージ・リングの猛威の中。
重戦艦の装甲とフィールドを破るほど高出力の重イオン砲。
それが隙なく狙っているとなれば、迂闊に接近できず惑星レーン奪還は容易ではありませぬ」
ハスキーな声できびきび話す青年へ向ける眼差しをどことなく誇らしげにしていたジョルジュは、その意見に首肯する。
「正しくその通りだ、モンドンヴィル上級軍団群長。
本当にそれが、メイファーストで試作中のエンゲージ・リングであるなら難攻不落と言わざるを得ん」
視線を虚空に向け熟考するように暫し押し黙ると、ジョルジュは他のオクシデント・エクエスの軍団長とポツポツ意見を交わした。
招集された他の者達も近場の者と意見を交わし合い俄に場がざわつく中、零の左隣に立つブレイズが周囲にだけ聞こえるよう落ち着きのある声音で囁く。
「通常空間を危険を冒して亜光速で進み敵の攻撃を掻い潜り到着できたとしても、これじゃ一難去ってまた一難だな」
なかなかに厄介だと同意しつつ、零も小声で応じる。
「ああ。
力押しでは、今説明されたエンゲージ・リングは攻略できない。
何か策が要るな。
奇策の類いの」
「ええ。
正攻法では悪戯に大軍を失うだけだわ。
その分、防衛システムさえ崩せれば惑星レーン奪還は簡単かしら」
「先ずは、亜空間航路を封鎖された区間を無事潜り抜けることね。
こちらを把握し超光速航法を使用可能な敵にとって、まさに絶好の狩り場だもの」
零の背後で声を潜ませるサブリナとヴァレリーの所見に、零の右隣に立つ右手を腰に当てたエレノアの艶のあるメゾソプラノは嘆息気味だ。
「全く。
今回も難題ばかりだな。
全くもって、すっきりと戦わせてはくれない。
惑星フォトーからこちら、知恵を絞らなければ打開できない状況が続いている。
武将としての資質を試されることばかりだ」
吐き出されたエレノアの愚痴に二列先のモリスが振り向き、零達の会話に割って入る。
「一年半前のトロアー戦役でリザーランド卿は、面白い戦法を麾下の軍団群に取らせていたと記憶しております。
その間に主力の近衛軍が南方の貴族領への進撃ルートを確保。
オルデン・エクエス率いる主力兵団群が、帝国の領土を掠め取ろうと国境を越えたネーザルの軍勢を叩いた。
勇あって智無き猪武者とはとても思えませぬな。
今回も、零君、ブレイズ君共々期待させて頂く。
オンフィーアに移動する間連絡艇で話し合ったとおり、惑星レーンまでの進軍方法はあれが最上で――おっと」
話している途中己の名を呼ばれたモリスは向き直り奥の総指揮官シートへ身体を向けると、やや傲然とした声をジョルジュが響かせる。
「ドゥポン中級兵団群長は、前回の惑星フォトー攻略で優れた策を献じた。
如何であろう? 此度もいい策は思いついたか」
ジョルジュに発言を求められ、モリスは表情を平静に保ちながらも発する声と言葉には慎重さを滲ませる。
「わたくしが前回献策しました作戦は事前に部下と打ち合わせておいたものであり、時間をかければ誰にでも思いつくことであります。
今回でございますが、先ずは惑星レーンを奪還可能な戦力を、敵が手ぐすねを引いているであろう亜空間航路封鎖区間を進軍し無事送り込むことでございます。
それを達成しないことには、惑星レーンの防衛システム攻略は敵いません」
モリスが言葉を切ると、ジョルジュは風雅に整いながらも獰猛さが滲み出た面を威圧気味にし大きく頷く。
「尤もだ。
強力な防衛システムに気を取られるあまり、敷設された亜空間航路管理システムを忘れるところであった。
して、そう申すからには、進軍するによい案があるのであろう? 予想される敵の攻撃を躱す」
「は。
進軍は、二手に分けるが最上かと存じます。
先ずは、分遣群全軍で進軍。
敵をおびき出します。
会敵すれば全グラディアートを投入。
自由に戦場を選べる敵は、不利にすぐさま退くことでしょう。
敵に様子見程度の戦力では太刀打ち出来ぬことを知らしめます。
逃げた敵が戦力を整えた第二派を呼び込むまでその周辺域に留まり、当然それを知る敵は包囲網を敷くことでしょう。
敵の数が十分なことを確認した後、半数がその周辺域で敵を拘束。
半数が、惑星レーン攻略に向かう。
悪戯に全軍で進軍すれば、それを知る敵は様々に奇襲し戦力と志気とを削りに来る筈。
一方的に敵方に丸見えの上、いつ何時どこで敵に襲われるか分からぬ状況では、我が軍の将兵の疲弊はいかばかりか知れませぬ」
具体策を求められ零等と予め話し合っておいた内容をモリスが伝えると、ジョルジュは顎に手をやり熟考する様子を見せ再び発した声は啓けたもの。
「ふむ。
なるほど。
敵に大部分の兵力を出させ、それを釘付けにするということだな。
敵勢の大小二千隻の艦艇とその兵力という大凡以外の詳細も分からぬ状況で、被害がどれだけ抑えられるか分からぬ。
例えこちらに、第一エクエス・オクシデント十軍団があったとしてもだ。
ならば、半数が敵を拘束し編成した攻略群を無傷で志気精強な常態で惑星レーンに送り、防衛システム攻略に当たらせる、か」
「は。
惑星レーン攻略は、また別の課題となりますが」
モリスが一礼すると、ジョルジュは表情と声に覇気を乗せる。
「よかろう。
それで行こうではないか。
今言ったように、敵勢の詳細が不明だ。
ならば、敵を釘付けするにはオクシデントが居た方がよかろう。
敵軍拘束には俺がオクシデントと大公国領邦軍と共に当たり、攻略には主力兵団群が当たる。
分遣群主力は敵を片付け次第、攻略群に合流。
攻略が完了していれば良し、しておらなければ惑星レーンを包囲し無人掃宙艦を送り出し亜空間航路管理システムの撤去と並行して、エンゲージ・リングの実物を見ながらじっくり攻略の糸口を探すとしよう。
尚本作戦では、分遣群は分遣群主力と惑星レーン攻略群との間に、小型リングゲートを設置。
超光速通信を開設するものとする。
第一波攻略から、逐次報告を入れるように。
それで良いか、ギャバン中級兵団群長?」
そのジョルジュが下した作戦に、零は意地悪く思う。
――なるほど。
俺達は、前座の様子見か。
その攻略の詳細を得て、奴の自軍と言えるオクシデントと大公国領邦軍とでエンゲージ・リング攻略の策を練るつもりか。
確認を求められた十名の中級主力兵団群長の中でまとめ役のホアキン・ド・ギャバンは、零と同意見であるらしく一瞬面に怒りが浮かんだが声を抑制し慎重に頷く。
「……は。
謹んで、惑星レーン攻略の任、承りまする」
強者の貫禄で鷹揚に頷くと、ジョルジュは威圧的な獰猛さを纏い直す。
「宜しい。
では、惑星レーン奪還に当たってエンゲージ・リングと目される防衛システム攻略の最初の任に当たる軍勢だが、各地で第一の試練に生き残った決死隊が合流した六合兵団が第二の試練として攻略第一波を行うものとする。
無論、六合の兵団だけでな。
無理だった場合、その結果を検討材料とし攻略の第二派を仕掛けよ」
途中、あからさまな不自然さでジョルジュは今日初めて零へと顔を向け、ピタリと視線を固定すると獰猛さが滲む面を愉しげにし舌なめずりをするように刑の執行を言い渡した。
声を中途半端に発しモリスは絶句し、ブレイズとエレノアが声を荒げる。
「なっ――」
「冗談だろう?」
「数万は欲しい攻略を、高々一兵団のみで行うなど。
完全な捨て駒。
正しく、様子見の為の使い捨てか」
ジョルジュの射殺すような錆色の双眸を夜空の双眸で受け止め零は、さほど驚きはしなかった。
――そう来たか。
正しく見世物だな。
緊張を孕んだヴァレリーとサブリナの囁きが、非難の響きを帯びる。
「軽巡航艦一隻とたった五百名強のキャバリアーに、何ができるというの」
「エンゲージ・リング攻略の検証にすらならないわ。
文字通り、わたし達は消え失せる」
ジョルジュの獰猛な面と声に、残忍さが獲物をいたぶるように滲む。
「どうした、六合兵団長?
栄えある分遣群の会議の場で、高々一部隊に過ぎぬ貴様の兵団とその部将たる貴様が指名を受けたのだ。
さぞ光栄であろう」
威圧的な呪縛を振り払うように珍しく声を張り、モリスは一歩前へと歩み出る。
「お待ちください。
それは、あまりにも無茶というもの」
「何を勘違いしておるのだ、ドゥポン卿。
これは、あくまで刑の執行。
尋常な作戦であるわけがなかろう?
決死隊は、敵の矢面に三度立たせ死地に送らねばならぬ。
三度の試練を越えた者だけが、生を勝ち取るのだ」
まるで取り合わぬジョルジュに、足音高くエレノアが進み出てモリスの隣に並ぶ。
「一兵団では、あまりにも無謀だ。
せめて、わたしとリュトヴィッツ卿の兵団だけでも、同行させて頂きたい」
「え? 俺も?」
零と共に元の場所に留まったブレイズは、ぎょっとなったように慌てた。
内心零が薄情な奴だとブレイズを詰っていると、ジョルジュはエレノアの意見に怒るでもなく頷く。
「ふむ。
エレノア、貴様も本来であれば三度の試練を受けねばならぬ身。
よかろう。
リュトヴィッツ共々、六合兵団と共に己が兵団を率い第一次攻略群に参加せよ。
して、六合?
上官や僚友にばかり庇われておらずに、答えぬか?
承知で懲罰部隊を麾下としたのであろう?」
零の背にサブリナとヴァレリーが、囁く。
「無茶よ」
「零……」
一度面を伏せ再び麗貌を零は上げると、じとりとした視線をジョルジュへ向け声のトーンを落とし覇気の欠片もなく一礼する。
「謹んで拝命致します、閣下」




