第4章 星降る夜 9
「お礼といってこんなことしておきながら何ですが、素敵でした」
寝室のベッドの上で寄り添うように横になり胸に頭を預けるネリーから、零は安らぎのようなものを感じた。あの日以来、女とこうして休むのは初めてだった。零が弱者の落胤を押された、あの日から。汎用コミュニケーター・オルタナが視界の端に各種ディスプレイと共に表示する時計は、午前四時を過ぎていた。
安心しきったようなネリーの声はうっとりとしていて、満ち足りたものが零の鼓膜を擽る。
「されているとき零様のお顔を見ていると恍惚としてしまって、あんな幸せな気持ちになるだなんて思ってもみませんでした。初めてでしたから分かりませんが、他の男の方ではこんなふうには思えなかっと思います」
身を僅かに起こし、ネリーは零の顔の上に自分の顔を持って行く。
美しいネリーの顔と、そこから柔らかく曲線を描き伸びる身体。豊かな二つの膨らみが、ネリーの女を零に感じさせた。それはとてもたおやかで、見ているとどこか別の場所へ零の意識は持って行かれそうになる。零とは無縁な、優しい世界へ。
――悪くなかった。最初はこんな状況で嫌だったけど、癖になりそうだ。けど、これは高く付きそうだな。
思考を夢境から浮上させる零の額にネリーは手を添えて、真上から顔を見下ろし視線を合わせ言葉を紡ぐ。
「零様、後からこのようなことを申し上げるのは卑怯と思いますが、お伺いした目的はお礼だけではなくて実はお願いがあるのです」
「お願い?」
夢とは醒めるのが早いものだと思いつつ問い返す零に、ネリーは本題を切り出す。
「わたくしの主筋、シャルロットお嬢様のことです。お嬢様はキャバリアーですが、まだ初等学校へ通う年。それでもグラディアートを駆り、戦場に出ねばなりません。決死隊として刑を受けることになったお嬢様が心配で、こうしてわたくしも決死隊となり着いて参りました。どうか零様、お願いです。お嬢様が、戦場で無駄に散ることがないよう取り計らって頂けませんでしょうか?」
「……ああ、そのことか」
何を頼まれるのかと現実の泥臭さを嫌っていた零は、ネリーを見直した。己が身を張り主家の令嬢を護ろうとする様は、彼女の人となりを伝えてくる。
命の確約はしかねるが善処できる頼み事で、聞いてやるつもりで零は口を開く。
「考えとく」
「零様!」
はぐらかされると受け取ったのか、ネリーの深緑色の双眸が固くなり綺麗な面からそれまでの安らぎがさっと消え去った。
すぐさま零は、面倒がって言葉足らずに答えてしまったことを迂闊だったと言い直す。
「言い方が悪かった。こんな時に細かなこと話したくなくてさ。シャルロットを俺の隊に編入する。元から、年少者で固めるつもりだったから。グラディアート戦時、中央先頭はサブリナに任せて、俺は少し離れた位置から指揮を執るつもりでいた。交戦が激しくならないとは言い切れないけどそれはどこに配しても同じだし、面倒をみるくらいなら出来ると思う」
「ありがとうございます、零様。このご恩には必ず報いさせて頂きますわ」
熱を込め礼を口にするネリーに、だらだら関係を続けてしまうことを零は用心する。
「ご恩、ね。今夜で報いてくれたと思うけど」
「お部屋が広くて、お掃除とか大変かと。ロボットでは行き届かない面も出ますし、調度に合った飾りとかは流石に標準タイプの作業用人工知能では難しいでしょう。零様は従者をお連れではないのですから、たまにお部屋の様子を見に伺わせて頂きます」
きっぱり言い切るネリーは、零の態度や言葉の端々から警戒を読み取ったようで上手に回避してのけた。
すり替えてきたネリーを手強いと感じつつ、零は抵抗を試みる。
「掃除くらい、自分でできる」
「零様は、兵団長です。お忙しい筈です。そのようなことは、わたくしのような者に任せればいいのです。必ず、部屋の様子を見に伺わせていただきますから」
半ば強引に押し切られ、零は部屋の認証キーIDをネリーに渡してしまった。




