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第4章 星降る夜 7

「ちょっと、何してるのよ。みんな、もう集まってるわよ」

「まだ、一分ある。気が早いな。編成選抜は、九時からだろう?」

 軽巡航艦ローレライ二の重厚といっていい機能重視のベージュ色をした壁の艦内廊下を、肩口にダックブルー色を配したスポーツタイプの黒色のアウターと黒色のレギンスにショートパンツを重ねた訓練服に着替えた零は歩きながら、汎用コミュニケーター・オルタナのヴァーチャル音響で瑞々しく引き締まった声を怒らせるヴァレリーの注意を練武室へ向かう道すがら聞いていた。

 余裕ありげに嘯く零に、ヴァレリーは声を呆れさせる。

「ええ、そうね。午前八時五十九分ね。まだ、遅刻じゃないわ。けど、常識ある人間が、九時から何かが行われるなら、時間ぴったりに来たりはしないわよ。自分が兵団長だからって、だらしなくしないで」

「悪かったよ。格納庫に用があったんだ。技師達と打ち合わせがあってさ」

 嘘ではない。只その打ち合わせが、どちらかと言えば零個人に関することであることは伏せたが。幾分、零は足早になった。

 生真面目なヴァレリーはそれを真面目に受け取り、幾分和らいだ口調になる。

「そうだったの。そうよね、零は決死隊だけじゃなくてこの兵団全体の長だもの、わたし達だけ相手していればいいわけじゃないものね。こっちこそ、悪かったわ」

 謝罪を聞きつつ零は、廊下の一角――扉の前で立ち止まった。微かな音と共に目の前にある両開きの扉が開き、オフホワイト色の訓練服を纏った一団が視界に飛び込んだ。



 入室しつつ零はヴァレリーに返し通話を切ると、決死隊へと声を張り呼び掛ける。

「いや。じゃ、切るぞ。全員、揃ったか?」


 一瞬、虚を突かれたような大勢が集まる室内で、音律のある声が応じる。

「揃ってるわよ、全員。今やって来た兵団長を除いてね」

 三列になって居並ぶ決死隊の右側の最前列に立つサブリナが、知性と勝ち気さが現れた端麗な美貌に嫌味な笑みを閃かせた。その後ろに立つヴァレリーが、凜々しさと清楚さが同居した美貌に困った表情を浮かべ、桃色の唇に「全く」と声にならない呟きを乗せた。


 カーライトやマーキュリー等と部屋の隅に立つ訓練服に着替えたエレノアが、ブレイズと共に歩み寄りつつ艶のあるメゾソプラノを鞭を振るように鳴らす。

「兵団編成の手伝いに来たわたし達より後に来るなど、弛んでいるな」

「来ねーから、始めちまおうかってリザーランド卿と話してところだ」

 元近衛軍の副司令だというエレノアほどキツくはなかったが、ブレイズの声にも咎めるものがあった。


 思っていたより二人の謹厳な反応に増員された決死隊の心理面への配慮を感じ、零は謝罪を素直に口にする。

「悪かったよ。グラディアートの装備と機械兵(マキナミレス)ユニット群増設の件で、技師達と打ち合わせをしてたらつい遅くなった」

 前に立った零、エレノア、ブレイズを見る決死隊の視線は、元から零の指揮下にあった者達と増員の者達とでは明らかに異なっていた。元からの者達は気にした風もないが、増員組の双眸には不安の揺らめきがあった。


 練武室は二十組は同時に立ち会える広々とした部屋で、壁面が怪我を防ぐ為吸収素材となっていた。隣室はトレーニングルームで、透過壁で隔てられている。居住環境に重点を置く恒星間を移動する戦闘用恒星船は、グラディアートや機械兵(マキナミレス)ユニット群のペイロードは当然重要だが、長距離と長期間の航行に備え汎用亜光速推進機関に加え超光速航行(FTLN)の為の亜空間航行推進機関の二機関搭載と、十分なスペースを確保した居住ブロックとで巨艦となりがちだった。トレーニングルームや練武質にスペースを十分に割くのも、長期間宇宙を航行する恒星戦闘艦の乗員がストレスに晒されぬ住環境作りの一環だ。

 右列先頭のサブリナが、零達の話が一段落したと見て切り出す。


「で、どうするの? 一応三組に分けておいたけど」

「なら、それぞれをエレノアとブレイズに俺とで一人一人立ち会えばいい。打ち合わせ通り、それをマーキュリー、カーライト、キュベレが評価。エインセルが、控え。只、俺は最初にサブリナと当たらせて貰う。技量をちゃんと見たいからな」

 この兵団が行うグラディアート戦において戦闘の要となり得る可能性があるのが、サブリナだ。零は使用するファントムが前回同様人形プーパである為、通常の兵団レベルの敵ならともかく第一エクエスを越えるような強敵との戦闘には耐えられない。例え脅威が一体であっても多数を圧倒しかねないのが個人の勇が物を言うキャバリアーの戦い――グラディアート戦であり、兵団の長たる零が倒され或いは排除されれば、五百の兵団は崩れ去るだろう。だからグラディアート戦ではサブリナに陣頭での戦闘を任せようと零は考えていたのだ。零はその後方で、兵団そのものの指揮を執ればいい。


 指名を受けたサブリナは、音律のある声を挑戦的にし榛色の双眸を自信に煌めかせる。

「早速ね。望むところだわ」

「じゃあ、この列は兵団長と立ち会いね。遅れて来たくらいわたし達を軽く見てるみたいだから、鼻を明かしてやりましょう」

 サブリナが応じると、ローポニーテールにした金髪を揺らしヴァレリーが後ろの列を振り返った。


 さっさと零が自分の担当を決めて、慣れた様子で元は近衛軍副司令だったエレノアが自然に後を引き受ける。

「じゃあ、真ん中の列はわたしが。左列をブレイズが」

「了解っす」

 自然に命じられブレイズも、当たり前のように受けた。


 その遣り取りに、エレノアには周囲を身に纏うように引っ張るような将としてのカリスマが自然に備わっていて、彼女の後を着いて行くことに零は安心感を覚えた。内乱前のボルニアでエレノアがどのように振る舞っていたのかが窺え、ボルニアにずっと居るつもりはない零でも僚友として重く見始めていた。それは、ブレイズに対しても同様なのだが。


 広い練武室内を十分に活用するように、零、エレノア、ブレイズは距離を置き分かれると、それぞれの元に立ち会う列の者が集まり三つの塊ができた。


 模擬戦開始を前に、零は指示を出す。

「よし、総員情報感覚共有(iss)リンクシステムを起動。以降、意思の疎通は実戦を想定し高速情報伝達を用いる」


 ヒーターシールドを構えつつナイトリーソードタイプの模擬剣を突き出し、知的な美貌に同居する勝ち気さを増させ榛色の双眸を鋭くしたサブリナの合成音声が鋭気を帯びる。

【執行官として惑星フォトーでわたし達を当然のように零は率いたけど、自分が強いって思ってる? 以前、わたしが虹位階止まりとか何とか随分偉そうなこと言ってくれたけど、こうして相見えてそんなこと言えるかしら? 悪いけど、零のその認識を改めて貰うわ】

 強化繊維の布鎧(クロスアーマー)で作られた肩口にアンバーローズ色を配したスポーツタイプの黒色のアウターと黒色のレギンスにショートパンツを重ねたサブリナが着ている訓練服は、決死隊仕様の物ではなく零同様ボルニア帝国軍での標準仕様品だ。胸部は実戦用ではない柔性に優れた特殊素材のプロテクターで鎧い、腰回りは黒色のタクティカルベルト、足下は黒色のトレーニングタイプのシューズで固めている。ショートパンツから覗く脚にフィットするレギンス越しのほどよい肉付きをした太股など、サブリナの全身がしなやかであることが分かる。それは、零にサブリナの動きが柔軟であることを喚起させた。


 サブリナの挑発に、麗貌に好戦的な笑みを浮かべる零の愉しげな合成音声はどこかしら剣呑だ。

【随分自信ありげだな? 口だけじゃなきゃ、こっちも助かるんだけど。グラディアート戦では、頼らせて貰おうって思っているからな。キュベレ、随分立派なファントムと契約してるじゃないか。グラディアート戦では、さぞかし強そうだ】

【わたしが、キュベレ頼りみたいな言い方ね。生身の戦いで、わたしが弱いだなんて思わない方がいいわよ。ま、キュベレはちょっとしたものだけどね。二年前ファントム系クリエイトルとして電撃的に登場したマクレガー博士が、学生のとき試作した精霊。わたしは、聖帝国への留学時運良く契約出来たの】

【へー、マクレガー博士の……それはそれは。今をときめく新進気鋭のファントム系クリエイトル様じゃないか。期待できそう。サブリナの剣は、見てやるつもりでいたし】

【だから、なんでいちいち上から目線なのよ。それは零は兵団長で立場的には決死隊のわたしよりも上ではあるけれど、それはそれよ】


 己に自信を持つサブリナは零の言葉に呆れ、美貌を引き締めると馴れ合いを断ち切るように合成音声を冷ややかに響かせる。

「悪いけど、手加減はしないから。恥を掻かせるけど、ご免ね」


 零とサブリナ、二人の間に緊張が満ち会話が途切れると、キュベレがやや粘りのある合成音声で告げる。

【二人ともいい? では、始め】


 気負わぬ簡潔な開始の合図と共に、まず強化樹脂の床を蹴ったのはサブリナだ。

【イヤァッ――】

 短く漏れ出る気勢。


 優れたサブリナのソルダ諸元(スペツク)による――それだけでも国の最精鋭たる第一エクエスの中にあって頭一つ二つは飛び抜ける最上位クラス・ソルダ位階第三位虹に到達可能な生来のポテンシャルでもって、ソルダ技に頼らぬ瞬発に距離が食い尽くされた。艶のない灰色のナイトリーソードタイプの模擬剣の切っ先が、一瞬の閃きでもって零に迫る。


 ――基礎的なソルダ諸元(スペツク)スピードは俺と同格のAⅤ……。


 先ずは小手調べ、或いは零を測るかのようにサブリナが仕掛けたシンプルな速攻。だからこそ、その尋常ならざる速さがはっきりと読み取れる。秘超理力(スーパーフォース)を敢えて用いぬことで、己の力を零に理解させようというのだ。


 既に動いていた零は、己も秘超理力(スーパーフォース)を使わず太刀タイプの模擬刀を圧倒的な剣速で跳ね上げ刺突となって迫るサブリナの模擬剣を刷り上げるように逸らした。僅かに右に傾げた零の顔の近くを、模擬剣が通り過ぎる。


 特殊な細心の注意を要するステップを零は踏み、そのままサブリナへ斬撃を放つ。確かに零は、そう動いた筈だった。


 次の瞬間、サブリナが目を見開く。既に斬撃に応ずるべくサブリナは神速さながらの剣速で刺突を戻し、模擬刀へ打ち当てようとこれ以上はない反応と正確さで模擬剣を閃かせた。が、空振りするでもなく零の模擬刀は模擬剣に触れることはなかった。サブリナに迫っていた筈の零は、いつの間にか間合いを取っていたのだ。


 畏怖にも似た驚愕を含んだ合成音声を、サブリナが、キュベレが響かせる。

【何? 今のは?】

【確かに零はサブリナへ突進と共に斬撃を放った筈なのに、後退してる?】

 零の視界の中で、サブリナの勝ち気さが勝っていた端麗な美貌が急変した。


 高速情報伝達を置き去りに寸毫の間も置かず、零は仕掛けた。体勢が崩れ、壊滅的に反応が遅れるだろうサブリナに。

 が、模擬刀の斬撃が迫ったときサブリナの姿が霞むようにぶれた。

 ――神速! なっ!

 頭上から迫る零の模擬刀を、サブリナは剣速を上回る俊敏さで躱した。が、躱しただけではなかった。神速に達したとはいえ、零は寸止めするつもりでいたとしてもサブリナと模擬刀との間は僅かでしかなく、それを躱した後で間合いを取ることもなく反撃に転ずるとは思っていなかった。


 躱しつつ膝を曲げ体勢を下げたサブリナは、下方から鋭い刺突を零めがけ放つ。只の刺突ではなく、模擬刀の周囲に誘導する筋のような秘超理力(スーパーフォース)の光の線が幾本も出現し達していた神速に加えたソルダ技を用いた。


 神速を超えた、加速。限定的に発動された、絶。

 ――聖剣グラジェット流上位技・銀の閃光(シルバーグリント)

 サブリナの神速を捉えていた零は、このときばかりはぞっとなった。見失ったのだ。


 身内の奥底から原始的な本能――それは暴力的で飢えていて、その純粋な雄叫びが零の自我を震えさせ闘争心を目覚めさせた。己が迂闊にカッとなる。

 トクン――。

 知らず零の麗貌に、愉しげな笑みが浮かぶ。自分でも、芸のない真似はしないから。


 マーク・ステラートを相手取った時同様意識することなく、零はソルダ諸元(スペツク)グレード・スピードをアジリティでAからSへ。先ほどから這い出そうとするそれを、零は止めなかった。


 はっきりと、迫り来る刺突を零は捉えた。擬製の刃を誘導するように周囲に走る秘超理力(スーパーフォース)の光の筋を纏う模擬剣は間近。しかし、零はその剣速と同じ域に達していた。絶、に。否、僅か零が上回っている。

 振り抜かれた模擬剣の腹に沿わすように模擬刀を零は擦り上げ、刺突の軌道を僅かに逸らした。が、模擬剣の周囲に浮かぶ誘導線がしっかりと対象へと模擬剣を導き一度ロックオンした標的である零を剣先は未だ捉えている。サブリナが用いた技を知っていた零はこうなることを予想していて、擦り上げと同時に上げ始めていたヒーターシールドをその軌道上へと乗せる。


 腹底に響くような、重い轟音が練武室内に響き渡った。他の立ち会いを見ていた者達が、何事と零とサブリナへ視線を送る。

 裂帛の一撃。サブリナが放った銀の閃光(シルバーグリント)による刺突は盾に防がれ暫し鬩ぎ合うが、使用者がキャンセルしない限りターゲットへと誘導される剣先が逸れ模擬剣が盾の表面を滑った。

 榛色の双眸を見開き、それでも自失する愚は犯さずサブリナは飛び退った。音律のある合成音声には、用心するような響きがある。

【何、今の? 一瞬だけだけど、怖気が走るような気配が零から……】

【へー、やるね。あの自信も、根拠がないわけじゃなかったんだ。驚いた驚いた】

 敢えてサブリナの問いには答えず、零は雅やかさのある麗貌に上機嫌である筈なのに凶悪な笑みを浮かべた。


 向けられる零の己を認める言葉に用心するように、サブリナは端麗な美貌にそれまでになかった緊張を宿す。

【お嬢様から神速持ちだとは聞いていたけど、零も絶まで使えたのね。あの一撃で、決まると思ってた】

【も、ってサブリナと俺の技が同じものだとでも思ってるとか、もしかして俺は舐められてるわけ? あくまで、サブリナの絶は銀の閃光(シルバーグリント)の加速を伴う技とアジリティを併用し可能になる限定的な絶だ。確かに、神速を得て尚高度な技を併用するのは凄いと思う。けど、それは俺も同じで俺の絶には特に制限なんてない】


 模擬刀の腹に指を走らせつつ先ほどは驚かされたが考え違いを鋭く切り返す零に、サブリナは用心が当たったというように頬を紅潮させる。

【わ、分かってるわよ。そんなこと。言葉の綾よ。負け惜しみも、少しあったけど。なのに、そこまでキツイ言い方しなくてもいいでしょう】

【キツイ? 相手との技量を測るのに、遠慮してどうする? 力量差を見誤って敗れるより増しゃないか。負ければ、命を落とすことになるからな】

【確かにそうね。だけど、その言葉そっくり返してあげる。零、あなたは驕っているわ。何しろ、本物の絶が使えるから。けど、キャバリアー同士の戦いは速さだけじゃない。それを、分からせてあげる】


 美貌を鋭利にし模擬剣をピタリと己へ向けてくるサブリナに、零は勇敢にも見える勝ち気さを気に入りつつも合成音声の口調には微妙に辛辣さが滲む。

【へー、いいね。それ。是非ともご教示願いたいところだけど、無理そう】

【馬鹿にしてなさい】

 零の挑発に応じて、すぐだった。左側に秘超理力(スーパーフォース)の波紋が生じたと思った刹那、サブリナの姿がその場から掻き消えたのは。


 常に空間把握(スペース)を働かせていた零の感覚は視界から消え失せたサブリナをずっと捉え続け、次に起きる異変と生起に対応してのけた。斜め後方からの斬撃を左ステップで間合いすれすれに躱しつつ、向き直りサブリナへと相対する。

 空間把握(スペース)によって感知した異変。それは、感知対象が増えたことだ。零の視界の中、幾人ものサブリナがムーブによる移動を高速で繰り返していた。


 その内の一人が零へと強化樹脂の床を踏み切りムーブの加速も加え、絶もかくやというような刺突を放った。


 膝を軽く折り上体を後ろへ僅か傾け躱しつつ、呟きを零は高速情報伝達に落とす。

【絶技テンペスト。シュヴァイガー流にまで、手を出していたのか。ヘーゼルダイン流に聖剣グラジェット流。何人にも師事したって言ってたけど、手当たり次第だな。それ自体悪いことじゃない。けど……】


 感心というよりも呆れた響きが秘超理力(スーパーフォース)を乗せた模擬刀で分身を切り裂き消失させる、零の合成音声に混じる。

 ――十の分身(ダブル)。テンペストで用いるなら十分な数。でも、一体一体のムーブの使用にパターンがあって、読みやすい。そして、その用法。俺を欺くように一見襲いかかっているけれど、導かれる本命の道筋がまるで見えるよう。


 分身(ダブル)は物理的作用はないが、空間把握(スペース)等では実体と区別がつかないよう擬装できる。見た目や秘超理力(スーパーフォース)やマルチスペクトルセンサによる感知では、見分ける術はない。だから、本当は当たってみるまでは分からないのだが、サブリナのそれは分身の使い方の意図から本体がどれか推測できた。尤も、それこそがサブリナの狙いで、零が本体と目しているそれが分身である可能性は否めないが。


 次。三人目のサブリナが、飛刃を放った零の左側面から袈裟斬りの斬撃を叩き込む。零が振り抜いた瞬間を狙ったが、それはあまりにも見え見えで既に盾が持ち上げられていた。刃が盾に阻まれるかに見えたが、それは呆気なく擦り抜けた。既に体勢を戻した零は刺突を放ち、分身を消失させた。


 前後。時間差で、零に二人のサブリナが迫る。先に間合いに入るのは後方。前方のサブリナは、僅かに遅れる。先に後方に対処すれば、前方からのサブリナが丁度間合いに入る位置。悪くはない。只、このタイミング。前後どちらかがサブリナの本体である可能性が極めて高く、詰まりは零に本命を教えている。この攻撃はどちらかが本体でなければ、まるで意味を成さないのだ。


 ――俺は、賭けが嫌いだ。この場合、二人の内どちらが本物のサブリナであるか、確実に当てることは出来ない。察しは付いても。だったら。


 アジリティを僅かに用いた神速に達せぬスピードで、零は身体を捻りつつ強化樹脂の床を右足で踏み切った。零の身体が独楽のように回転し、模擬刀が旋風と化した。反りを持つ切ることに特化した(とう)ならではの技。後方からのサブリナが、模擬刀の斬撃をまともに喰らい消失。 前方から迫ったサブリナは、榛色の双眸を見開きムーブで軌道を逸らす。

【回転斬り!】

 色を失ったようなサブリナの思念の叫びは、脅威を帯びていた。


 やはり、本体。確実を期す為の、攻撃順。

 他の分身(ダブル)に紛れるようにサブリナは後退し、慎重にムーブで移動を繰り返し巧みに本体である己を消した。


 五度目で決めるべく攻撃を仕掛けてきたサブリナは、分身(ダブル)をまだ五体残している。攪乱強襲の波状攻撃を、もう一度仕掛けることができる。が、それを破ることは零には容易い。

 ――技そのものの習熟度は、悪くない。何人にも師事し多数の流派を学べるだけの、才能はある。その段階だって、素質があるくらいでは難しいのだから。けれど、それこそがサブリナの脚を引っ張っている。技の磨きが足りない。練度が。マスターすれば、それで終えている証拠だ。なら、俺もテンペストで応じるべきだ。同じ技で敗れれば、自分のやり方は駄目なのだと分かるかも知れない。足の速いウサギが、見過ごしてしまうものに。

 秘超理力(スーパーフォース)の波紋が零の背後に現れ、その場から掻き消えた。]


 即座にサブリナは強化樹脂の床を蹴り、視界外へ逃れた零を追う。

【見失ったりしないわよ。舐めないで】


 零同様空間把握(スペース)で捉えているのだろうサブリナの合成音声は、次の瞬間怒りを帯びる。

【テンペスト! わざわざわたしと同じ技で! 同じ技で倒して、自分の方が上だって見せ付けたいのっ!】

【ああ。そのつもり。エレノアの友人とやらが言っていた、サブリナがどう惜しいのか何となく分かったから】

 六人に増えた零は、ムーブで移動しながら余裕めいた含みを高速情報伝達に乗せた。以前は上限に近い十四の分身(ダブル)を出現させ用いたがサブリナは与しやすく、技のレベルの違いを見せるには数を必要とはしなかった。同数でよかった。


 ともすれば揶揄するような零の言葉に、サブリナは激する。

【何が、分かったって言うのよ!】

 分身ダブルと共に、六人のサブリナは六人の零へと襲いかかった。


 分身(ダブル)同士は物理的干渉力を有しておらず、秘超理力(スーパーフォース)によって生み出された幻影に過ぎない。一種の映像に近いそれ同士が戦ったところで、ただ秘超理力(スーパーフォース)同士の干渉でラグが生じて擦り抜けるだけだ。あくまでテンペストで用いる分身(ダブル)は、眩惑に過ぎない。積極的に攻めるサブリナに対し、零は受け手。それぞれ、分身(ダブル)の数は五。


 サブリナは、零の本体を探ろうと分身(ダブル)を用いて六人の零一人一人を試して行く。その仕掛けを、零は観察した。やはりそれは先ほどと同様本命の攻撃に繋げる為、本体がいずれかを零に告げていた。本体は、決して零に当たろうとはしない。例え秘超理力(スーパーフォース)を模擬剣に纏わず消失を避けたとしても、否、だからこそ分身(ダブル)同士が接触したようなラグが零の分身を模擬剣が擦り抜けたとて生じない為それが本体と知れてしまうのだ。仮に模擬剣に微弱な秘超理力(スーパーフォース)を流したとしても、ラグは生じるが分身(ダブル)の攻撃と違い模擬剣の軌跡に沿って生じ生身と知れる。だからこそ、サブリナ本体は攻撃しない。正しくはあるが、甘いのだ。零は慎重に己と分身を入れ替え擬装し、他の己との差異を巧妙に隠しているが。


 六人の零が、初めて積極的に動いた。


 動揺を高速情報伝達に走らせ、サブリナは零の挙動を呆れ混じりに批判する。

【せっかくの分身(ダブル)を、そんな使い方をしたら】

【サブリナのやり方は、どこか中途半端なんだよ】

 合成音声に凶悪さを乗せ本体を見極めた零は、分身(ダブル)と共にオーバーラップのように縦一列でサブリナへと襲いかかった。


 残る五体の分身(ダブル)に攻撃力があるわけではなく、本体を看破されたサブリナは己で対処せざるを得ない。連続で襲いかかる零を四人目まで消失させたとき、五人目に紛れていた零はサブリナの模擬剣を弾くとムーブで一瞬僅かの後退。六人目の零と擦り抜けるように入れ替わり、その刹那の幻惑にサブリナは「しまった」と顔に浮かべ最後の分身(ダブル)に応じてしまった。刺突が分身の零を消失させ、そのとき零本体が模擬剣で斬撃を放っていた。が、サブリナも然る者だった。強引に盾を割り込ませ斬撃を受けると同時、残る分身(ダブル)を零へと襲いかからせ後退し距離を取ったのだ。


 視界を邪魔されるのを嫌って、零は残る紛い物を精巧な一太刀一太刀で消し去った。そのままサブリナとの距離を詰め剣士としての素地を測るように、ソルダ技抜きの剣技のみにて模擬刀を振るった。その一太刀一太刀に込められた巧緻さが生む、怪しいまでの太刀筋。


 初撃の何の変哲もないような零の斬撃を模擬剣で逸らそうと安易に打ち合おうとしたサブリナは、その一太刀に込められた技巧に、まるで模擬剣を擦り抜けるように絡んできた模擬刀に危うく得物を絡め取られそうになり、盾を突き出しシールドバッシュでどうにか凌いだ。その後は、防御系のソルダ技を用い防戦に徹する。


 タートゥロード流下位技リピート。盾で受けた後は、アジリティによる加速でもって仕切り直しを行い、パワー・ブレードで攻勢に転ずる。躱され防がれ攻防が入れ替われば、再び盾で防御。以下、加速とそれを繰り返し立て直しや隙を窺う技だ。


 慎重に零の妖剣めいた太刀技を凌ぎつつ、サブリナは合成音声に挑発を滲ませる。

【ソルダ技一つ使わないなんて、攻めきれないわよ】

【ま、確かにそうだけど。そっちも、そうやって亀のように守りを固めてたら、延々勝負はつかないぜ】


 応じつつサブリナのパワー・ブレードを躱し、長く続く打ち合いで大凡読めた相手の基礎能力に軽く零は嫉妬を感じる。

 ――スピードは俺と同格。パワーは、やはり俺同様AⅣ。悔しいが、耐久はAⅢの俺より多分上か。エレノアにも迫る素質ってわけだ。素養だけなら、俺以上。

 恵まれている、と思う。と同時にそれを無駄にしている、とも。束の間、零が思考を巡らせたとき、それまでリピートで隙を窺っていたサブリナに変化が生じた。


 零が何気なく放った斬撃を、盾で防ぐでもなくそのまま受けたのだ。否、受けたように見えた。当然、己の攻撃を盾で受けると思っていた零は、寸止めなど全く考えていない模擬剣の一振りで、まともに受ければキャバリアーの強靱な肉体でも怪我をしても不思議はない。


 一瞬呆気に取られたような小さな合成音声を、零は発する。

【え?】

 放った斬撃はサブリナを切り裂くように進み、切り裂けぬ筈の模擬刀が両断したのだ。

 ――ヒグチ流、散花(ちりばな)分身(ダブル)で切られたように錯覚させ、その隙に攻撃に転ずる応手技。けれど、これではこちらが用心してしまう。せっかくの眩惑技が台無しだ。


 油断なく常時発動している空間把握(スペース)に神経を尖らせつつ、零は鞭を鳴らすように合成音声を高速情報伝達に乗せる。

【まるで、キメラ。中途半端な流派の継ぎ接ぎ。一つ一つは、決して使いこなしてなんていやしない】

 散花(ちりばな)の定石通りその場から姿を眩ましたサブリナは、空間把握(スペース)で零の捕捉は途切れていなかったが、左斜め後方を取った。


 ほぼ同時、そちらへ身体を向けた零は目を見張る。

光鱗(こうりん)……ディフェンスを元にした上級技?】

 怪訝に呟き、零ははっとなった。光の粒のようなものを全身に纏ったサブリナは、右手の模擬剣の光輝を強めパワー・ブレードを発動し、明らかなアジリティによる加速で強化樹脂の床を蹴った。


 全身を走り抜ける警鐘に、零の思考が猛る。 

【ライオンか! タートゥロード流奥義一歩手前技】

 模擬刀の光輝が強まった瞬間振り抜き、零は秘超理力(スーパーフォース)の刃をサブリナへと放った。訓練でスキャッター・ブレードの使用は憚られるが、当然零のそれは威力を落としている。当たっても打撲程度だ。飛刃は避ける素振りさえ見せぬ高速で迫るサブリナへ命中し、けれど何事もなかったようにアジリティによる俊足で走り寄る。光鱗により、威力を落としていると謂えど弾かれたのだ。


 ――聖剣と謳われるタートゥロード流の中にあって、スカイスクレイパーの前進となる技。攻撃を避けるのではなく光鱗で弾き、防御が有効な間にコーヒットにより急襲する。聖騎士の重突進と謳われるだけのことはある。

 続くスキャッター・ブレードの飛刃も弾かれ、けれど零はそのままパワー・ブレードで急襲し、当初の予定通り二つの技を併用するアサルト・ブレードの形に持って行った。


 が、必殺の威力と速度を増した零の一撃もライオンの光鱗で弾き飛ばし、サブリナは快哉を叫ぶ。

【貰ったわ】


 その声と同時、零もそう確信する。

 ――こちらも。

 光鱗に阻まれ模擬刀が左に流れ体勢が崩れた零へ向けて、サブリナは強い光輝を放つ模擬剣で寸止めなど考慮にない必殺の斬撃を放った。


 模擬剣を零は喰らい、けれど切れぬ筈の摸擬剣で切り裂かれた先から、蝶が舞うように身体が崩れていく。


 今度は、サブリナが目を見開く番だ。勝利が確定したその瞬間に起きた、異変に。

【む、夢幻?】

 目の前の零が完全に崩れ去り、その場から消えた。


 咄嗟に反応出来ずにいるサブリナの背を見遣りつつ光鱗が消え去ったことを確認すると、零は模擬刀をすっとそれでいて視線を振り切る素早さで閃かせる。

【勝負、あったな】

【あ……】

 ピタリと首筋に押し当てられた模擬刀にびくりと身体を硬直させ、首を回し背後の零と目が合うとサブリナは構え直した模擬剣を下ろした。


 情報感覚共有(iss)リンクシステムを介さぬ声には、痛恨が滲む。

「しくじったわ。まさか、幻術で作った攻勢を幻術で返されるなんて思ってもみなかった」


 端麗な美貌を恥辱に染め悔しげなサブリナに、零は敗因を淡々と告げる。

「サブリナの剣は、数多くの流派から中途半端にいいとこ取りしている。自分が欲しいと思うものをマスターすれば、それで終わり。それが、剣にも現れてる。さっきの散花(ちりばな)、使い方がまるで駄目じゃないか。わざと攻撃を受けて使ったって、意表を突けるわけじゃない。何かあるって丸分かりだから、対処しようと構えるだけだ。攻撃を避けられないような局面で使わなくちゃ、相手は焦りも慌てたりもしないぜ?」

「偉そうな言い方だわ」


 むっとなったサブリナだが、負けたのはわたしねと首を振り続ける。

「はいはい、分かったわよ。わたしが思ってたより、零は強かったわ。琥珀色の騎士(アンバーナイト)マーク・ステラートをブレイズと抑えたのも、偶然なんかじゃないってわけね」

 悔しげな様子が見え隠れするサブリナは、それでも立ち会いの結果を受け入れ下がった。 


 兵団編成の立ち会いは、午前中では終わらず昼食をまたぎ午後まで続いた。

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