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第4章 星降る夜 6

「夕べは、存分に飲み食いしたぜ。他人のとこでのタダ飯タダ酒ってのは、やっぱうめーな。自分とこだと、部下の目とかがあって遠慮しちまうからな」

「自分の艦で食って飲んでろ! そして、遠慮しろ! そっちだって、増員したんだろう?」

 愉しげな右隣に座るブレイズを横目で睨み付け、零は行きずり腐れ縁の僚友へ困った者を見るような目を向けた。


 朝の食卓。軽巡航艦ローレライ二の、上下の隔てのない喧噪ひしめく大食堂。そこへ、決死隊キャバリアー・非キャバリアー合わせ七百名以上とローレライ二の元からのクルーが一堂に会し、朝食を取っていた。調理ロボット群による今朝のメニューは、ソーセージを添えたスクランブルエッグとパンにコーンスープとサラダからなるシンプルなもの。朝から重い物を食べたいわけではないが、芸がないと零はついつい思ってしまう。不味くもなく、格別に美味しくもない。零は、エレノア、ブレイズ、マーキュリー、カーライト等と同じ卓に着いていた。


 零の呆れ気味の問いに答えたのは、ブレイズではなく正面に座るエレノアだ。

「まぁ、そうだが。通常の兵団の増員は、何というか機械的でな。ヴァレリーのように身分の高い高官に顔の利く気の利いた団員も居なかったもので、補給品の範疇で申し訳程度にな」

「そうそう。補給がなー。取り敢えず必要なだけを揃えてますって感がありありで。ファルを発ってから、禄に地上に降りてねーし。何しろ女帝軍自体急場編成で、内乱の影響で流通が寸断されたりしてて軍の酒保の品揃えも補給同様必需品重視で今一品揃えが悪くて、ボルニアで気の利いた伝のない俺には自分の兵団の為に何かしてやりたくても出来ねーし、俺個人の愉しみにしたって少しだけ置いてある誰が買うんだよって高級品で一時金をぱーっと使っちまうわけにもいかねーし。補給範囲の酒をちびちびさ」


 エレノアの後を継ぐように愚痴るブレイズを、左隣に座るマーキュリーが鈴のように涼やかな声を妙に優しくしてからかう。

「ブレイズは部下に気前のいいところ見せたかったけど、買おうにも買えなくて悔しがっていたのよね。今後の俺のボルニアでの成り上がりの為に、名を少しでも売っておける好機(チヤンス)なのにって。あの新参、武者ぶりに劣らぬ気っぷのいい若造だって噂されたかったのよね」

「ボルニアで伝がないわけでもないわたしには、耳が痛いな」


 艶美な美貌に苦笑を浮かべるエレノアを、隣に座るカーライトが普段の朝の陽射しのように爽やかな声を凜とさせ窘める。

「内乱前、国を代表する勇者の一人として名の通っていたエレノアがそんなことを頼んだりしたら、反感を買うわ。決死隊は、これから待ち受けることを思えば以前それなりに親しかった者なら多少の融通はしてくれるでしょうけれど。ヴァレリーは、元侯爵家の令嬢なわけだし。けれどエレノアは、彼らと違って生死を問われているわけじゃない。忌避と共に同情を買っている彼等とは違うわ。目立てば、ベルジュラック大公にだって目を付けられかねない。妹のニーナはホワイトフィールド卿のところに身を寄せているけど、所領も凍結されていて伯爵家領邦軍とも切り離され何かあっても対抗手段がないわ。エレノアが近衛軍復帰を認められるまでは、慎むべきよ」

「分かってる。わたしが、降格だけでこうして自由の身で居られるのも女帝陛下のお情けもあるが、ブランシュの存在が大きい。前皇帝軍が帝星エクス・ガイヤルドを発したとき、わたしと妹と家の者をブランシュが拘束軟禁したのも、結果が分かっていたからだ。その後、新皇帝が即位した後やって来た憲兵兵団を門前払いして、前皇帝軍との決戦に女帝側として参戦した功をもって、わたしの身柄を預かっていることを女帝陛下に口添えしてくれたお陰だ」


 度々名前を聞く近衛軍司令ブランシュ・ド・ホワイトフィールドなる者が気になったが、零は素知らぬ振りをする。

「家のことは、心配だな。他人の手の内に家族や家の者があるなんて。そいつの胸算用で、エレノアが離れている間どうなるか分かったものじゃないんだから」

「ブランシュは、わたしの親友だし信頼してる。そういう心配はしていない。ただ、彼女も内乱で近衛軍を率いアルノー大公国・ヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約連合軍と対峙して抑えに出征しているから、邸宅に彼女が不在で何かあっても頼れないからな」


 ややしんみりしかけた暗くなりがちな会話に、エレノアは話題を変えるように艶のあるメゾソプラノを明るくする。

「そうそう、夕べと言えば酒の肴が切れて零が出したシーフードのブルスケッタは旨かった。零は、料理が上手いのだな」

「確かに、あれはジャガイモとレモン汁が合うのな。昨夜の歓迎会に出された品は肉類やチーズが多かったから重めで、零のあれは適度に軽くてワインのおともに丁度よかった」


 エレノアの意を汲むようにブレイズも話題に乗り、答える零は満更でもない。やや気取った口調で、声音は幾分愉しげにし。

「まぁな。バジルの代わりにハーブ・タイムを使うのがポイントだな。爽やかな香りが、ブルスケッタを軽快な味にしてくれる」

「よく、そんな物が補給物資にあったわね。ヴァレリーが手を回したっていっても、補給品に色を付けるだけでしょうに」

「たまたま、持ち合わせていたんだ。夕べで使い切っちまったけど」


 やや呆れ気味のマーキュリーへ得意げに答える零に、カーライトはやや引き気味だ。

「料理にこだわりを感じるわね。ちょっと、女性が引きそうなマニアック……と(もとい)、凝り性なのね」

「ああ、それ分かるわー。付き合った後、こいつの方が料理上手くて嫌がられる様が想像出来ちまう。なんか、零はそういうの偏執的に拘りそうだし。で、それが理由で別れる様が」


 得心する様子で話に乗るブレイズに、零は必殺の殺意を込めた視線を送る。

「誰が嫌がられる、だ。俺は、モテるからな。言い寄られて振ることはあっても、逆は有り得ない」


 時折悪意をぶつけ合い適度に会話を弾ませながら朝食があらかた片付いた頃、別の席で決死隊の者達と食事をしていたらしいサブリナとヴァレリーが零達の席に姿を見せる。

「九時から練武室で、編成選抜をするから、遅れないでね」

「昨日みたいに、ブリーフィングルームでの顔合わせで一言喋って帰ったりするの、止めてよね。みんな、不安になってたわよ」


 今日の予定を念押しするサブリナと小言を口にし窘めるヴァレリーの二人に、零は麗貌に不敵な笑みを微かに浮かべ悪ぶった口調を刻む。

「心配するな、この三人で全員の相手をするんだ。嫌でもじっくり付き合って貰うさ。他人のことより二人とも、自分のことを心配するんだな。手は抜かないからな」


 零の挑発に望むところとヴァレリーとサブリナは、生真面目に或いは不敵に応じる。

「当然でしょう。この兵団の重要な実戦編成の為の立ち会いなんだから」

「ま、胸を借りるつもりでやらせて貰うわ。三人誰と当たっても、相手として不足はないし」

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