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第4章 星降る夜 2

 明るい日差しに照らし出された街並みは、どこか雑然とした怪しげな顔をルナ=マリーに向けてきた。それは、乗船している恒星貨物船オーガスアイランド号のちらりと見た一般客室と似た――ルナ=マリーに船長が提供している貴賓室とは違う――善人を装った外面に潜む暗闇に引きずり込むような淫靡さを伴うもの。


 下船で気分を変えたかったルナ=マリーは軽く失望し、癖のように頭を隠したオリーブ色のフーデットマントから白髪を溢しつつ、蒼穹で気持ちを解きほぐそうと上を見上げ落胆する。

「低い空、いいえ、天井。この自然と違わぬ光も作り物。箱庭のような街ですね」

 艶のある珊瑚色の唇にルナ=マリーはそっと吐息を落とし、屈託のない清らかな美貌を陰らせた。


 高いビルの間近に迫る無機質な発光パネルが等間隔で並ぶ灰色がかった天井は、街を窮屈に見せていた。逼塞感にルナ=マリーは、全身がぎゅっと締め付けられ強ばるような錯覚を覚える。


 ルナ=マリーに合わせ隣で立ち止まった彼女とお揃いのフーデットマントを羽織ったヘザーが、キリッとした美人の部類に入る面をやや呆れさせる。

「小惑星に作られたプラント都市。贅沢を言える環境ではありませんよ」

「分かっています」


 ヘザーの言葉にルナ=マリーはツンと澄まし伸びやかな声音に傲慢さを乗せ、次の瞬間柳の眉をしゅんとさせる。

「ただ、船旅がずっと続いていたものですから、つい。国境惑星ファルでも駐留軍臨時本部の宇宙港に少し降りただけで、ずっとオーガスアイランド号内だったじゃないですか?」

 恨みがましい視線をヘザーへと向けるルナ=マリーは、七つの教えを尊び見守る敬虔な信徒が集う七道教の頂点大主教にあるまじき不満をぶちまけた。


 苦笑を面に閃かせ、ヘザーはやや声を呆れさせる。

「あなたは、貴賓室で飽きの来ない凝った三食付き。あの荷運びついでの怪しい客船で、優雅な船旅だったではないですか? お陰で猊下の道中の警護を申し出たわたしも同室させて頂きご相伴に預からせて頂きましたが」


 いいですかと前置きし、ヘザーの口調が説教じみる。

「七道教が保証する巡礼を行う旅の巡礼者は、決して裕福な者達ばかりではありません。この程度の苦労で根を上げるのはどうかと。不信心なわたしが言うのも何ですが、信徒への示しがつかぬと言いますか。聖導教の神聖騎士団(サンクティミリテス)に包囲された七道教の総本星セプテム・R.I.P.を逃れ、警護に神官戦士を一人連れ調査に乗り出した猊下の旅路は楽なものではない筈。ま、今のあなたを見て七道教のアークビショップだと思う者はまず居ませんから、構いませんが」

「何ですか?」


 媛貌を威嚇的にしムッとなるルナ=マリーに、ヘザーはおとがいに人差し指の甲を宛がいふむと一つ頷く。

「その格好、どう見てもわたしの従騎士(エクスワイア)にしか見えませんから。マントの下は、いかにもな若い娘が用いるような強化繊維の布鎧(クロスアーマー)。ルナ=マリーの見目に不埒な考えで近づく者は居るとしても、アークビショップとして狙われることはないでしょう。船の外ですので、只マリーと呼ばせて貰います。いいですか、くれぐれもわたしから離れないでください」

「ああ、なるほど。構いません。この格好動きやすいですし、わたしの旅の目的を考えるといつまでも大主教の祭服を着ては居られませんから。人目は避けねばなりません」

 フーデットマントの合わせを軽く持ち上げ中の隠れた簡素な胸部プロテクターと若草色の太股が覗くシンプルな強化繊維の布鎧(クロスアーマー)に、ルナ=マリーは満更でもない様子で視線を走らせた。


 微笑ましげに青色の双眸を和らげるとヘザーは束ねた金髪を揺らし、それなりの規模ではあるがどこかこぢんまりと猥雑な雰囲気を醸し出す街へと面を向ける。

「街の入り口で突っ立っていても何ですから、行きましょうか? 旅の疲れを癒やすのも、戦を生業とし宇宙を旅する者の嗜みです。どこか、行きたいところは?」

「うーん、そうですね。適当に見て回りましょう。ムードン恒星系リノ小惑星帯にあるボルニア帝国の一大武器工廠。確かその千を超えるプラント群の一つ、小惑星Lー〇八七六プラントでしたか。乗り合わせたオーガスアイランド号の積み荷のアダマンタイン創世核鉱物の届け先がここでなければ訪れる機会はまずありませんし、このような場所での市井の暮らしも見てみたいですから」

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