第4章 星降る夜 1
流星に乗ってわたしの内にあの忌々しい高ぶりが蘇りかけ、慌てて目を逸らした。けど、それはとても懐かしい
――――戦場の執行者の唄
「したい放題ではないか、零・六合。懲罰部隊の刑執行官がその職責を禄に果たしもせず決死隊を率い残存する兵団を僭越にも纏め、此度の戦で獲物の最上の肉を貪るとは」
傲岸と猛々しさを秘めた声が、広い室内にその場の他を圧するように響いた。
侮蔑の眼差しを零へと送るジョルジュは、その隣に立つエレノアを冷ややかに見遣る。
「それは、エレノア。執行官補佐の貴様も同様だ」
「お言葉ながら、六合卿とわたくし及び決死隊は、女帝ヴァージニア陛下の命を果たしたまでのこと。それを非議するとは、大公閣下の意中はどこにあるのやら」
気の強そうな艶美な美貌を勇ましげにし深みのある紅の双眸を鋭くするエレノアに、ジョルジュは相手は強国ボルニアでも名の通ったそう簡単には他者には屈さぬ勇者と思ってか、己が覇気を弱め語調を警告するものに改める。
「それは、俺への当てこすりか? 主力兵団群の雑兵どもが、酒の肴にしておるそうな。西方鎮守府将軍ベルジュラック大公ジョルジュも、案外大したことはない。第一エクエス・オクシデントを擁する大軍を率い事を成せず、置き去りにした寄せ集めの兵団が成した、と。分遣群指揮官と精強な西方鎮守府軍の最精鋭を出し抜き、割を食わせた俺を見返せてさぞ気分がよかろう?」
アダマンタイン創世核鉱物重要産出地惑星フォトー奪還の翌日。中天まで日が達するまでまだ二時間ほどある午前中、兵団群長モリスと共に零以下エレノア、ブレイズ、マーキュリー、決死隊、元囮兵団群の兵団長八名は、ガーライル基地中央タワーへ招集を受け、豪奢な大広間で女帝軍分遣群の長たるベルジュラック大公ジョルジュに賞賛ではなく審問めいた譴責を受けていた。
答えたのは、ボルニア帝国切っての猛将と睨み合うエレノアではなく零。
「そのようなことは、ございません。割を食ったなどと、思ってもおりません。惑星フォトー攻略に必要な、兵団の差配だったと納得しております」
「その通りです。大公が退いたのも、仕方のなかったこと。誰が地上攻略本兵団群三万を、あの十色の騎士の一人琥珀色の騎士・マーク・ステラートが急襲するなど思うでしょう。戦は生き物。潮目が変わり即座に大公が作戦中止を判断されたのも、尤もかと」
攻略前の席でジョルジュの差配に不平を連ねていたことを忘れたようにぬけぬけと口にする零に乗っかり、ブレイズは追従じみたごますりを恥ずかしげもなく口にした。
その時初めてそれまで視界に映っていなかったものを見るように、ジョルジュはブレイズを睨め付ける。
「口の回ることよ。心にもないことを、堂々と口に出来るものだ。痴れ者は六合一人と思っておったが、リュトヴィッツ、貴様も大概よな。地上攻略本兵団群三万は全滅したというのに、参謀としてドゥポン兵団群から同行した貴様と契約ファントムが生き延びた。そのことを、問題にしてもいいのだぞ」
「出過ぎたことを申しました。本当に申し訳ございません。以降、気をつけまっす!」
獰猛な光を放つ錆色の双眸に一睨みされたブレイズは、その場で勢いよく頭を下げた。
立場を弁えた様子のブレイズに、ジョルジュはその存在を忘れるように「ふん、小物が」と呟き後ろへと視線を送る。
「で、後ろの犯罪人共は、兵団の真似事か。第一の試練をずる賢く立ち回り擦り抜け、拾った命を長らえようと慮外者の執行官に唆され悪あがきとは浅ましい。大人しく刑を受ければ良かったものを。次の試練を与えねばならず、手間が増えよう」
「これは、異な事を仰いますな。ボルニア帝国で見せしめにすべきほどのあまりにも罪の重い咎人は三度敵の矢面に立たせ、宇宙の律動に判断を委ね罪を購わさせるが習わし。三度の試練を無事生き延びれば、その者の命を奪うことは許されぬ。試練に挑むは、彼らの正当な権利の筈。それを軽視なさるとは如何か?」
「惑星フォトー奪還の功ある一人だからといって、調子に乗るなよエレノア。貴様とて、本来はそやつ等と肩を並べておる筈なのだ。それを女帝陛下が……言葉を慎めっ!」
鋭い口調でエレノアを戒めると、ジョルジュは再び零を見遣る。
「で、六合、貴様は本当にあのような稚拙な策が上手くいくなどと思っておったのか? ありもせぬグラディアート一万を擬装し対しやすく先に壊滅させるべき己等に精鋭を当たらせ、その隙に基地の制御AIを取り込む。愚策にもほどがある」
以前とはやや異なるジョルジュの様子に、零はこの先面倒なことになるなと予感した。
――なるほど。奴にとって軟弱な物言いをする俺に抱いていた敵意は、今回の惑星フォトー奪還で憎悪にとって変わったということか。公の言う雑兵が酒の肴にしたように、大公が失敗した策を置き去りにした寄せ集めが成したのだから。俺は、大公の面目を潰したその首魁と見なされてる。間違ってはいないけど。
詰り始めたジョルジュに答えたのは零ではなくモリスで、どこかわざとらしさのある声に韻を含ませる。
「ですが、現に奪還がなされたわけでして。六合卿が用いた策が実用性に優れたものであることは、確かかと。後から聞けばなるほど、一聞してどうしてそんな手で事が成せたのか首を傾げてしまいますが、そこは実戦に晒されなかった身では分かり得ぬことでもありますし、でなければ敵の裏はかけなかったかと」
「それもこれも、エレノアといった破格の戦力がこやつ等にあったからだ。でなければ、いかなる策を用いようと琥珀色の騎士マーク・ステラートに粉砕されていた筈だ」
「それは、少々事実と異なります。確かにわたくしもマーク・ステラートと交戦しましたが、それは公が惑星フォトーからの撤退を命じるまでのこと。それからの奪還作戦で琥珀色の騎士と戦ったのは、六合卿とリュトヴィッツ卿。紛れもなく、十色の騎士の一人を抑えたのはこの二名の功績です」
艶のあるメゾソプラノに込められたエレノアの鋭気に、ジョルジュは鼻を鳴らす。
「俄には信じられぬな」
「兵団群旗艦ポトホリで惑星への降下時、確かに外骨格スーツを脱装した六合殿とマークのみが上空におりました。何でも、リュトヴィッツ殿は負傷され下がられたとか」
「詰まりは、手も足も出なかったということだ。一人は負傷。一人は武装を失った。そうなのだろう、六合」
「…………」
黙する零は否定も肯定もせず暫し流れた沈黙に、思いがけず零とジョルジュの間に緊張が張り詰め、水を差すようモリスが場違いに口を開く。
「そうそう。此度の武勲を上げた六合殿には、兵団を与えねばなりませぬな。以前、大公閣下が取り上げられたキャバリアーに随員、及びグラディアートと艦艇をお返し願えませんでしょうか?」
知らず生じてしまった剣呑を打ち消し、己に代わりに頼んでくれたモリスに悪いと思いながら、零は昨日から生じている一つの考えに思い至る。
――見捨てられない者達ができた。ソルダの道を捨てようと思っている俺は、今後のボルニアでの立場に興味はない。それでも、内乱からは逃れられそうにない。だから――、
「以前の兵団を戻して頂く必要はありません。一度も率いたこともない兵団よりも、今回率いた決死隊を我が兵団にお与え頂きたいのです」
ざわついたのは、背後だった。招聘を受けた決死隊の者達に、意外、驚き、懐疑、喜色の声が飛び交った。その中で音律のあるサブリナの声も「本当にいいの?」と。
珍しく慌てたモリスが、声を張り上げる。
「な、何を言い出すんだ。決死隊は、キャバリアー以外の人員もいる混成部隊。それを、兵団として運用するなど。それに、彼らはこう言っては何だが懲罰部隊だ」
最初こそ零の要望に呆気にとられたジョルジュだったが、俄に満面が喜色に染まり発する声は上機嫌そのものとなる。
「いやいや、此度の戦の功労者が望むことを、むやみに退けることはあるまい。のぉ、ドュポン卿。一度実戦を共に経た兵団は頼れるもの。だが、数が足りぬな。此度の功で、六合、リザーランド、リュトヴィッツの兵団は、五百に増員予定だった。ならば、他の決死隊の生き残りを六合の兵団へ合流させよう。元々、第一の試練が終わればその手筈だった。第一の試練の生き残りが居ればだが」
「願いをお聞き入れくださり感謝致します、大公閣下」
感情を特に込めず謝意を口にする零に、ジョルジュの獰猛な声音は猫なで声となり却ってそれが残忍に響く。
「功者の願いを聞くは、上に立つ者の度量だ。が、いいのか六合? 決死隊には、あと二つの試練が残っておるのだぞ? 生き残れればよいがな。そして、もし生き延びたとしても、その後がある。決死隊を率いた部将とあっては、帝国での今後が思いやられるな」
「ご心配には及びません。俺は、内乱後巡礼の旅に戻るつもりでおりますので、帝国内での出世は関係ありません」
当然のようにしれっと答える零に、先ほどまでとは打って変わってジョルジュは怒り心頭といった様子で怒声を叩き付ける。
「未だにそのような世迷い言を口にするかっ! 痴れ者目がっ! 楽しみにしておるのだな。後二度残る試練。そうそう、生き延びられるとは思わぬことだ」




