第3章 犠牲の軍隊後編 21
【ごめんなさい、サブリナ。機械兵ユニット群の戦線が崩壊するわ。三十秒後に、ストレール連隊が雪崩れ込む】
【!】
今もストレール連隊を攻撃飽和で押さえ込む機械兵ユニット群の自律軽量斥候から送られてくる戦闘映像へ厳しい眼差しを送り焦燥に駆られるサブリナに、マーキュリーからの高速情報伝達が流れ込んだ。予期していた、というよりそれはサブリナの中で確定していたことだ。
それでも、希望を抱くサブリナには早過ぎる。
【敵が動きを変えた? 基地奪還兵団はまだ……】
言葉を飲み込むサブリナは、じりじりとストレール連隊が縮めた機械兵ユニット群との距離に事実を受け入れるしかなかった。元々二万だった機械兵ユニット群二個師団は一万ほどに数を減らしたとはいえ、決して火力が足りていないわけではなかった。時折生まれ始めていた火力の間隙は、殆ど変化していない。決定的になるのは、もう少し先になる筈だった。只、機械兵ユニット群と敵との距離が縮まっただけ。だがそれは、致命的だった。認識が、甘かったのだ。敵は、時間を工夫で短縮してのけたのだ。
ストレール連隊は、陣形を編み単体では未だ近寄れぬ火線の嵐の中を僅かずつ進んだ。連隊が一つのユニットとして纏まり、一人が対処せねばならぬ攻撃を減らしたのだ。後僅かで、先頭の多脚型機械兵ユニット群の壁だ。雪崩れ込まれ機械兵ユニット群と入り乱れられてしまったら、機械兵ユニット同士が遮蔽となり徹底的な火力不足に見舞われ第一エクエスの実力で蹂躙されてしまう。そうなれば、背後に控えるキャバリアーが対処せざるを得なくなる。
榛色の双眸にストレール連隊が機械兵ユニット群の先頭集団へ到達した様子が映し出され、マーキュリーの硬い合成音声が流れ込む。
【戦線崩壊。入り込まれたわ】
雪崩れ込んだストレール連隊が圧倒的実力でもって機械兵ユニット群を思うがまま殲滅していく様に、サブリナは奥歯をギリッと噛みしめた。
――崩れた。間に合わなかったか。
怒濤のマークの魔術・物理混合の攻撃を凌ぎつつ、バイザー奥のモニタの端に映し出された陽動兵団群の様子に零の中で悔恨にも似た思いが湧く。
――上手くいくと彼らに請け合っておきながら、この様だ。失敗すれば、対価は命。エレノア、どうした? こちらはもう保たないぞ。
自責する零を真横に出現した魔法陣から光束が放たれ襲い、回避を余儀なくされた。
嘲笑を滲ませマークは、ミスティック・ブレードで魔力を宿したナイトリーソードを振り抜き、マジック・キャバリアー汎用技空剣を使用し魔力の刃を零へと飛ばす。
【何に気を取られている。下の様子を、貴様が気にしている場合か。贖罪者、奴らと貴様は同じ運命だ。共に、蹂躙されこの惑星に骸を晒す。何の栄光もなく、な】
【気が早いじゃないか。まだ、グラディアート一万体がガーライル基地北方に残っているぞ】
暗紅色の魔力刃を下方へ逃れ躱しつつ、零は虚勢を張った。
今度こそ残酷に、高速情報伝達に乗るマークの合成音声が酷薄を奏でる。
【嘘だろう。初めから、そんなものはなかった。降下ユニットを確認してはいても、一万ものグラディアートとなると、怪しいものだ。そう意見したが、ミラト側は聞き入れなかったが】
【どうだろうな?】
ミラト王国の間抜けさに感謝しつつ零は、機械兵ユニット群の背後に控えたキャバリアー達がストレール連隊と戦闘に突入するのをモニタ端のウィンドに捉えた。全滅まで僅かな時しかあるまい、と。
その中、零の注意を惹くものが戦場を走り抜ける。
【……ブレイズ】
藍色の装甲を纏った一人の戦士が、ストレール連隊の一角を崩し陽動兵団群の蹂躙を遅らせたのだ。が、それも時間の問題。負傷し騎士甲冑も破損し力を発揮できないブレイズは、初手こそ大技で勇戦したが明らかに動きが悪く、既に防戦に回らされている。
一瞬の隙。神話級と目する戦士の、恐らく命を落とすであろう悲哀に僅かな間気を取られてしまった零を、衝撃が襲う。
【くっ、しまったっ!】
多数の暗紅色に輝く魔光の矢が、零を捉えたのだ。
回避したが間に合わず外骨格スーツが破損し装甲の一部が吹き飛び、架空頭脳空間が警告に満たされた。
制御特化型AIの機械的な声が、響く。
【外骨格スーツの脱装を推奨。グラビトンエンジン暴走の恐れあり】
【これでは、逃げ切れない】
後悔を刻みつつ零は、外骨格スーツを緊急パージ。ガコッという音と共にスーツが吹き飛んだ。重力制御の恩恵を失った零は、落ちて行く。背後に秘超理力の波紋を作り、零はその場からムーブで跳躍し距離を取った。敵が居なければムーブを使用し落下死は免れられるが、機動の大半を失った今零は裸も同然だった。当然、そんな零をマークが放っておく筈もなく、高速で迫る。最後の悪あがきを零が決意したとき、汎用コミュニケーター・オルタナがボルニア帝国軍の通信を拾った。
ヴァーチャル音響システムが作り出す声は、聞き覚えのあるもの。
「リザーランド卿から作戦成功の報を受け、渋る大公閣下を説得し一足先に主力兵団群が駆け付けた。降下ポイント策定中に、この戦闘を見付けてね。ガーライル基地には、三兵団群が向かった」
「……モリス、と、あれはポトホリか?」
懐かしさを覚えるモリス・ド・デュポンのやや高めのどこかわざとらしい声を、零は全く柄にもなくありがたく聞いた。
落下する零の視界に、巨大な影が赤みがかった空を割るように急速に降下してきた。急激に膨張する重戦艦ポトホリは、四角錐を優美さで艤装した全長四キロメートル級の巨体でまるでこの世に終末をもたらす暗黒竜のように本能的な恐怖を抱かせた。その船体から煙が突如湧き上がった。機関銃が乱れ撃たれるように高速射出機構が働き、グラディアートが船腹上のハニカム柄に並ぶ超電磁誘導チューブから高速射出されたのだ。
怒気が滲むマーク・ステラートの肉声が、ヴァーチャル音響システムで響く。
「ミラトはまんまと、貴様の術中に填まったか。貴様の目的は、ガーライル基地。惑星フォトーの殲滅の光弾砲台無力化。あの紅の女騎士の姿が見えぬと思ったが。防衛兵団ごときでは戦女神は止められまい。生き汚く足掻くものだな、贖罪者。まんまと、死から逃れ仰せたか。今少し、生かしておいてやる」
琥珀色の魔道甲冑がくるりと向きを変え、その場から高速離脱した。
去る強敵に、ぽつりと零は呟きを落とす。
「生き残れた、か」
中隊規模のストレール・キャバリアーに囲まれ右翼決死隊を守り防戦一方に怪我と騎士甲冑の損傷で追い込まれていたブレイズは、快哉を叫ぶ。
「間に合ったか。命拾いしたぜ。今の俺でももう少しやれるかと思ったんだが、十数人倒せただけだ。ドュポン兵団群長様々だな」
勿忘草色の華奢な騎士甲冑で、輸送型機械兵ユニットからまさに飛び立とうとしていたマーキュリーは、涼やかな声音にほっと安堵を乗せる。
「ブレイズ、無事ね」
「……間に合った……の?」
半ば半壊した砂色の外骨格スーツでストレール・キャバリアー四人を相手取っているサブリナは、ブレイズに決死隊を任せ中央へ移動し背後で負傷し倒れるオーレリアン等を庇っていたのだ。オーレリアン等が呆然と、「基地奪還がなったのか?」と呟く声がサブリナの耳に流れ込んだ。
獅子奮迅の活躍を物語るように周囲にサファイアブルー色の騎士甲冑が散乱する中に立ち、肩で息しつつサブリナは声を震わせる。
「お嬢様、リザーランド卿、無事殲滅の光弾砲台の無力化に成功したのね」
頭上に重戦艦ポトホリが迫ると、残存するストレール・キャバリアーは後退を開始した。




