第3章 犠牲の軍隊後編 20
鋼鉄の野獣達は、物言わぬ骸となって頽れいく。
見る間に機械兵ユニットが数を減らす。時間経過と共に僅かずつではあったが撃破されていった機械兵ユニット群による攻撃の飽和を、反撃が上回り始めたのだ。ストレール・キャバリアー一人一人に殺到していた火線が減り、当然それは防御に専念させていたキャバリアーに行動の自由を与える結果となっている。
密度の減少した攻撃に今もキャバリアー十数人が、その間隙を突き多脚型や人型の機械兵ユニットを精鋭たる第一エクエスの実力でもって、一人で何体も屠っていく。現在進行形で減っていく火線に、今まさに拘束戦術の戦線が崩壊しようとしていた。
外骨格スーツのバイザーに隠れた端麗な美貌に焦燥を滲ませ、サブリナは音律のある声を痛切に響かせる。
「殲滅の光弾砲台無力化は、まだなの? 成功なら、もう結果が出ている筈。一室を占拠してAIの優先権コードをハッキングし、ボルニア帝国軍を最上位に書き換えればいいだけ。リザーランド卿が居るんだから、制御ルーム占拠はそう難しくない筈。第二エクエス以上のキャバリアーだって、多少は居る。基地に潜入した奪還兵団に、何かあったの? ヴァレリーお嬢様……こちらはもう、持ち堪えられない」
ヴァレリーは榛色の双眸に、命を持たぬ鋼の獣達による包囲網が崩壊していく様に、今後待ち受ける一方的な蹂躙を幻視させた。
【ブレイズ、そろそろ陽動兵団群が保たない】
【みてーだな。このままじゃ、ストレールに飲み込まれるのも時間の問題だ】
周囲を暗紅色で閉ざされた固有結界戦塵の果てが繰り出す剣戟を霞むような機動と太刀筋で捌きつつ呼ばわる零に、ブレイズは同様に凌ぎつつ答える。
尽き果てぬ闘争への渇望は、琥珀色の騎士マーク・ステラートの心象風景。現実として具象化したその世界に囚われた零とブレイズは、終わりなき戦塵の果てにその身を晒す。
瞬間、零は神速を超えた絶へと達し狙い澄ましたように殺到した剣戟を躱すと、思考に気迫を乗せる。
【これ以上、奴に付き合っては居られない。固有結界を破るぞ。その後は俺が奴を引き受けるから、ブレイズは陽動兵団群の援護へ向かってくれ】
【ああ。強引にでも仕掛けるっちゃねーな。この剣戟の嵐の中キツいが。でもよ、俺がいなくなっちまっておまえは一人で大丈夫かっ!】
騎士甲冑の盾で前方からの斬撃を防ぐと同時上下からの刺突を回転しながら躱し発するブレイズの問いに、零は追い縋った亡霊が過去を囁くのを今だけは拒絶する。
【少しの間なら。エレノア達、ガーライル基地奪還兵団次第だ。長引けば、陽動兵団群は全滅必至。俺達に出来るのは、時間稼ぎだけなんだよ。だから】
【分かった。少しでも命長らえるしか、俺達に生き残る目はねー。先に行くぜ】
藍色の騎士甲冑を群青色の膜が覆い丸みを帯びたアーマーの上で形状が固定すると、それまでのフォルムが一変し流線型の鋭利なデザインへと変貌した。
バイザーの下の夜空の双眸をすっと細め、零は科学兵装の騎士甲冑がどこかしら生物めくのを子細に観察する。
――ブレイズが契約した幻魔は、創造世界から契約者に力を引き込むより己を顕現させる形状変幻タイプか。
固有結界が織りなす途切れぬ剣戟を細心に捌いていたそれまでの機動が嘘のように、途端ブレイズは鷹揚な挙動となった。その身を切り裂き貫く筈の剣戟が、斬刺を刻む間際阻まれる。丁度フィールドがあるみたいに、刃との接点に青黒い障壁が浮かび上がり、それ以上刃が進むことを拒絶する。
攻撃を躱ししつつ視界の端にそれを捉え、零は訝しむ。
【防御が、馬鹿げて跳ね上がった。あれだけでも厄介だが、果たしてそれだけのものか? あの幻魔に俺が感じる違和感は、そんなものじゃないって告げている】
ブレイズの背後に秘超理力の波紋が生まれムーブによって一気に加速し、その場から掻き消えたようにマークとの距離を毫の間に殺した。同時に動いていた零は、同様にムーブによって騎士甲冑に劣る型落ちの外骨格スーツにスペック上無理な機動を急激に叩き込み下方へ。
既に動いていたマークから、生命から振り絞られたかのような合成音声が漏れる。
【くぉおおおおおおおおおおおお!】
急襲したかに見えたブレイズは直進するように見えて不自然な機動でその場に止まり、次の瞬間にはその少し前に出現してを繰り返し時間差による幻惑でマークの間合いや感覚を狂わせたのだ。
マーク同様ブレイズの攻撃タイミングを図りかねながら零は、時間差攻撃にも似たその攻撃に戦慄を覚える。
――空間干渉……あれは、契約した幻魔の能力か? ブレイズがクリエイトルだったとは、ついぞ聞いたことがなかったからな。時間差攻撃との違いは、無数に時間差で連なった分身が残像を作りその間を本体が次元移動するだけと違い、本体である同体が同時に二カ所に存在すること。つまり、常に時間差で二カ所に出現するブレイズを片方が偽物と片付け無視することができない。前後二人のブレイズに、対処せざるを得ないことだ。当然、マークはそれに気づいている。だからこそ、ああも殺気立ってる。
どこかしら妖気を騎士甲冑を覆う幻魔の顕現体に帯び、ブレイズは前後に出現するトリッキーなゆるりとした突進でマークへ迫った。対するマークはナイトリーソードを振りかぶり、それはあまりにも単純な応手に見えた。一見すれば。
前後に時間差で出現し迫る前列のブレイズがパワー・ブレードの強い光輝を放つバスターソードに鋭利な刺突を乗せたかに見えた瞬間、後列のブレイズが消え硬化型ラウンドシールドを構え刺突より前に現れた。咄嗟に攻撃対象を変更し振り下ろしたマークのナイトリーソードの斬撃は、ブレイズが放ったシールドバッシュの強烈な一撃で弾かれ魔道甲冑にもろに喰らい体勢を崩した。が――、
痛みに耐えるような合成音声を発したのは、ブレイズだ。
【ぐ、あぁあああああああああああああ】
シールドバッシュで琥珀色の騎士の体勢を崩し時間差で必殺の刺突を叩き込む筈だったブレイズを、十分に魔力を帯びた武器特有の光彩を放つミスティック・ブレードを発動したナイトリーソードが出現し切り裂いたのだ。幻魔の顕現体が斬撃の威力を殺したらしく、必殺の剣はブレイズに傷を負わせるに止めた。
十色の騎士が絶対の強者であることを知っていた筈の零にして、はっとさせられる。
――モータル・ブレード! ブレイズと同時にマークは、技を発動していたのかっ! 神技中位に相当する、剣を振るうと同時にロックした相手の周囲から剣戟を出現させる必滅の剣。本来、対峙する一人に用いる技。前列のブレイズは本体で相手をし、前座を用い必殺を放つであろう後列のブレイズに用いた。
懸命な選択だった。契約する幻魔の力を用いたブレイズが仕掛けた攻撃を、完全に捌くことは不可能と判断したマークは二枚揃えたブレイズの仕掛けの片方は敢えて捨てた。まさに肉を切らせて骨を断つ、見事な戦の駆け引き。
トクン、と零の心臓の鼓動が高鳴った。恐怖ではなく、まるで焦がれるかのように。
――強い。
けれど――、
ブレイズが沈められたまさにそのとき、零はマークの真下を取っていた。ブレイズの必殺に全力で抗したまさにそのときを突き、零はパワー・ブレードによる強い光輝を帯びた太刀を振り抜いた。
が、マークは零が振り抜いた太刀に反応してのける。
【甘いぞ、贖罪者!】
神速を超える絶でもって、対応不能の零の一撃に反応してのけた。魔力探査によって零の動向を掴んでいたとしても、先ほどの攻防の一瞬だけはマークの意識から外れた筈で、空白が生じていたに違いないというのに。にもかかわらず、そうなるよなと零は麗貌に笑みを刻んだ。
太刀とナイトリーソードが打ち合わされた刹那、零の姿はその場から掻き消え、抗力を失ったマークは体勢を崩し吠える。
【姑息っ!】
秘技の一つ縮地により二点の空間を結び瞬間移動した零に、当然のようにマークは付いてきてナイトリーソードが霞んだ。真横からの零の出現に、毫の間すら置かず絶の速度で応じたマークは獲物を屠る必殺の体勢。
身内から湧き上がる高揚感で、零の意識が灼熱する。
――待ってたよ。おまえの意識が、完全に空になるのを。
普段より正面に構えていた硬化型ヒーターシールドを太刀を振るうより早く零は殴りつけるようにナイトリーソードに叩き付け、連動した動作で太刀を振るった。
当然のように応じたマークから、驚愕が漏れる。
【くっ、はっ――】
打ち合わされる筈だったマークのナイトリーソードが、空を切った。零が振るった刃が柄を残し掻き消え琥珀色の魔道甲冑を真後ろから切り裂いたのだ。零の手に確かな手応えが伝わった。
周囲の暗紅色が消え去り、閉ざされた空間が消失する。マークの心象風景を具象化した固有結界・戦塵の果てが解除された。
目的は果たしたが、零は麗貌を顰める。
【ブレイズ、平気か? 陽動兵団群の救援に向かって欲しかったが、それなりに手傷を負っている筈だ。固有結界を破った意味がなくなっちまったが、無理はするな。下がれ。後は、俺がマークを作戦完了まで引き受ける。逃げ回るつもりだけどな。奴め、斬撃を受ける直前、堅硬で防御しやがった。致命傷じゃない】
【済まねぇ。そうさせて貰うぜ】
幾分苦しそうに答えると、群青色の幻魔の顕現体である鋭利な装甲が退いていき藍色の丸みを帯びた騎士甲冑が現れ、ブレイズは機動スタビライザーでくるりと背を向けると汎用推進機関から電離気体を引き離脱した。
その様子を見遣った零はマークへと視線を戻そうとしたとき、全身を凍り付かせるような殺気が走り抜け咄嗟に飛び退いた。
滞空するマークは掌を向け零の頭上には数十の魔法陣が連なり、その一つから魔力の光束が迸ったのだ。
後退した零から、呻きが漏れ出る。
【くっ!】
躱したと思った瞬間次の魔法陣から、魔力の光束が零に照準され放たれた。零の前方に秘超理力の波紋が出現し、その場から掻き消えたように逃れる。が、それに追随するように上空の魔法陣が広がり、零を捉えて放さない。ムーブによる回避が途切れると、零の身体が残像を残しつつ、次々と放たれる魔力の光束を無数の分身体に分かれマークとの間合いを時間差攻撃で狂わせつつ躱していった。
遂に最後の一射を零が躱し無数の分身体が追い付くように一つになると、マークは冷たさを装った高速情報伝達に怒りを乗せる。
【いつまでもそんな手品は通用せんぞ、贖罪者。ブレイズなしで、どこまで保つかな?】
【別に。俺はおまえに勝つつもりはないからな。無理はしないさ。逃げ回るだけなら、丸一日だろうと自信はある】
確実に零を仕留めるつもりで発動させた固有結界・戦塵の果てを破られ矜持を傷つけられた怒りに満ちるマークに、零は気楽な言葉とは裏腹精神を極限まで研ぎ澄ます。
――必ず、生き残る。俺は、これまでだってそうして来たのだから。




