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第3章 犠牲の軍隊後編 18

 機械兵(マキナミレス)ユニット群二個師団による攻撃飽和は、一国の精鋭中の精鋭第一エクエス・ストレール連隊の攻撃の手を奪い拘束し続けることに成功していた。倒せこそはせぬものの、本来まともに当たれば第二エクエス以上のキャバリアーが零とブレイズを除けばこの場にサブリナのみの現状では、あっという間に蹂躙され全滅することは本来必至だった。


 決死隊が配置された機械兵(マキナミレス)ユニット群の後列左翼で戦場を自律軽量斥候(FLAS)からの映像と合わせ俯瞰しつつ、サブリナは音律的な声に誰にともない賞賛の響きを乗せる。

「大したものね、マーキュリー。機械兵(マキナミレス)ユニット群二万を連動させて、隙のない攻撃網を敷き詰めた」

 たまたま視界内でサブリナの目に留まったサファイアブルー色の騎士甲冑(ナイトアーマー)に身を包む一人のキャバリアーが今も同時複数の光学・実体の火線を絶えず低空を機動し捌くも、途切れもせず殺到する攻撃に更なる対処を余儀なくされていた。第一エクエスといったキャバリアーの頂点に君臨する精鋭にとって容易くそれこそ息を吸うように葬れる玩具(おもちや)でしかない()(かい)(へい)ユニットを相手に、防戦一方に追い込まれ倒すことが出来ない。その様が、戦場一帯で同様に繰り広げられていた。


 予知にも等しいこの時代の人工知能(AI)が行う演算による高度な未来予測に対して、圧倒的アドバンテージであるキャバリアーの未来予知(プレコグニシヨン)を無意味にする飽和攻撃。相手の次手を知っていても、それを敵は攻勢に利用できない。一見すると、このまま千日手が続きそうだった。が、とサブリナは今抱いた思いを危ぶんだ。

 ――キャバリアーの階層ピラミッドの頂点が、そんな生易しい相手であるものか。わたしだってその一人。わたしだったら、このままジリ貧の状況に甘んじるつもりなどない。


 榛色の双眸を鋭くしサブリナは、戦場の把握を厳しく行った。今はその気配すら感じはしないが、一つの綻びが全てを崩壊させてもおかしくないのだ。本来なら、一方的に敵に蹂躙される戦力差。ただ一定時間この場で足止めに徹するからこそ、生まれた策であり取れた戦術。敵に勝つことを放棄したことで可能な。しかし、それは決してこの状況以上有利にはならないということ。戦いは、最終的には攻める気概のない側が敗北する。だからこそ、この奇怪は一時的なものに過ぎない。


 ――あれは……。


 包囲網の一角で異変が生じたことを、戦場に視線を走らせるサブリナは捉えた。部将であることを示すセンサの付いたサファイアブルーの騎士甲冑(ナイトアーマー)を纏った先ほどのキャバリアーが、二名のキャバリアーと連携するように動き、丁度二人に挟まれる形で突進した。連隊長と思しきそのキャバリアーは、その瞬間飽和攻撃への対処から外れた。機械兵(マキナミレス)ユニット群の陣列への接近は、忽ち飽和攻撃で阻まれ半分ほどまでだったがそれで十分だった。攻撃の対処から外れていたそのキャバリアーは、僅かの間ではあったが完全に自由。その一瞬があれば、キャバリアーの未来予知(プレコグニシヨン)が生きる。防戦一方に追い込まれずに、次手へと繋げられる。


 両サイドを盾のように進んでいたキャバリアーが足止めを喰らっても、護られていたキャバリアーは止まらなかった。否、加速した。限界を汎用推進機関に強いて、殺到するは筈の過剰すぎる火線から一瞬だけ自由になって。たった一度。けれど、それはキャバリアーにとって、特に第一エクエスにとっては十分すぎる瞬く間。機械兵(マキナミレス)ユニット群の奥に潜むマーキュリーの未来予測に、刹那空白を作り上げたのだから。火線が殺到したとき守勢に回りながらも、そのキャバリアーは機械兵(マキナミレス)ユニット群の陣列への到達を果たした。迷わず、鋼鉄の獣の群の中へと入り込む。一気に火線が減る。


 友軍相撃を避(フレンドリーファイア)けた機械兵(マキナミレス)ユニットが味方に当たらぬ射線が通る瞬間だけ火線を引く為、敵陣列へ入り込んだそのキャバリアーは、飽和攻撃を脱することに成功したのだ。複数の未来を予測した過剰攻撃により防戦一方に追い込まれなければ、元々機械兵(マキナミレス)ユニットはキャバリアーの敵ではない。それが、精鋭ストレールならば尚更。たかが一人。高々一人。が、それは戦局を覆しかねなかった。紛れ込んだその敵が陣列を壊滅させれば、包囲の一角が崩され飽和攻撃を行えなくなるのだから。


 自由を得たそのキャバリアーは、あっという間に十体以上の機械兵(マキナミレス)ユニットを沈黙させる。超技を超える錬技アクセルを用い、パワー・ブレードとムーブを組み合わせ機械兵(マキナミレス)ユニット群の間を縫うように機動し、その通った後には累々と鋼の骸が横たわる。あっという間に、四十体近くが失われ、少しの間放置すれば、マーキュリーの統制に無視できない損耗が生じることは疑いなかった。


 データリンクを通して周囲のざわつきをスピーカー越しで拾ったサブリナは、情報感覚共有《iss》リンクシステムを介さず、音律のある声に味方が浮き足立つのを沈めるように峻烈な響きを帯びさせる。

「陽動兵団各位。後陣は、この場で待機。あの敵は、当初の予定通りわたしが対処する。ラングラン卿、宜しいな」

【う、うむ】

 歯切れの悪いオーレリアンの返答を置き去りに、サブリナは既に動いていた。低空を高速で滑空し機械兵(マキナミレス)ユニット群の陣列へ分け入ると機動スタビライザーとムーブを併用し、俊敏な機動ですぐさまその連隊長と思しき手練の敵キャバリアーの元へと達する。サブリナの姿を確認すると、敵はすぐさま反応し大型の多脚型機械兵(マキナミレス)ユニットが林立するその空中から一気に高度を下げ、地を舐めるようにサブリナへと迫った。


 距離を詰めたかと思うや次の瞬間には視界から消え、けれど周囲に張り巡らせた空間把握(スペース)による索敵と外骨格(Eスケルトン)スーツのセンサ情報を架空頭脳空間(オルタナ・スペース)でスーツの制御人工知能(AI)と共有するサブリナは、意識を途切れさせず敵の補足を続けムーブで左斜め上へと型落ちの外骨格(Eスケルトン)スーツではフォロー仕切れない機動で上昇した。

 サブリナが居た場所を、パワー・ブレードの強い輝きを宿すナイトリーソードが鋭い斬撃と化し通り過ぎた。敵はムーブで横へとサブリナの視界外へと逃れた後、上昇と斜め下への降下を細かな機動で行い迫ったのだ。


 攻撃を躱されたサファイアブルー色の騎士甲冑(ナイトアーマー)が、それまでの我が物顔での振る舞いとは打って変わって、挙動が慎重になった。距離を取りつつ、サブリナを窺う。


 対峙するストレール・キャバリアーを己の獲物と見定めバイザーに隠れた美貌をサブリナは好戦的に笑ませ、オープン回線に情報感覚共有(iss)リンクシステムによる高速情報伝達を乗せ呼びかける。

【大した腕ね。ルビー位階ってところかしら? 連隊の部将を務めるだけのことはある】

【敵地に取り残された狩人の獲物と思っていたが、小癪な真似をするではないか。それに、第一エクエスクラスの者が、殲滅の光弾(アニヒレート)砲台による防衛網を敷いた惑星へ危険な降下を行っていたとは。貴重な人材を惜しげもなく、よくも死地に送り込む。それだけボルニアが貴重なアダマンタイン創世核鉱物産出惑星を押さえられ、切羽詰まっているということか。その騎士甲冑(ナイトアーマー)も纏えぬ出で立ち。窮状がよく分かるぞ】

【狡猾なミラトの(ティグリス)を気取ったコヨーテは、他人の庭で主の目をくすねたこそ泥が得意なようね。けれど、残念。虎よりも強い、こうして怖い怖い獅子がやって来た】


 嘲笑の滲むサブリナの挑発に、ストレール・キャバリアーは激発し動く。

【ほざけっ! 女、その生意気な口を悔いるがいい】

 サファイアブルー色の騎士甲冑(ナイトアーマー)が握るナイトリーソードに、紫電が迸った。


 双眸を閃光に染めサブリナは、己のナイトリーソードにも同様の紫電を纏わせる。

 ――来る。絶技、ポストレイト!

 紫電を纏った敵の得物周辺の空間が歪んだ。同様にサブリナの得物周辺も。


 ストレール・キャバリアーの思考が、驚愕に満ちる。

【貴様、俺と同じ技をっ!】

【あなたに出来ることが、わたしに出来ないと思う?】

 サブリナとストレール・キャバリアーが互いに汎用推進機関から電離気体を爆発的に吐き出し迫ると、ナイトリーソードを同時に振り抜いた。激突する周囲に、無数の紫電が迸る。サブリナの外骨格(Eスケルトン)スーツが、残像を残し分裂したかのように動いた。敵が放った単調な空間屈折を利用して、一振りで広範囲に雷纏剣(ボルト)の威力を及ぼす絶技ポストレイトの幾つもの紫電の束を難なく躱す。敵が放った範囲攻撃はまんべんなく効果範囲を舐め尽くすが、サブリナのそれは違った。紫電の一束一束がただ広範囲に及ぶのではなく、タイミングが僅かにずれ間断なくあらゆる方向から敵を襲うのだ。一束なら躱せぬこともなかろうが、サブリナの攻撃はストレール・キャバリアーを幾度も捉えた。


 敵キャバリアーの苦しげな思考が、サブリナに流れ込む。

【くっ、無念。俺よりも貴様が上か……】


 サファイアブルー色の騎士甲冑(ナイトアーマー)からスパークを生じさせ、連隊の部将であろうストレール・キャバリアーは地に落ちた。

 動かぬ残骸と化した敵を見遣り、ローズピンク色の唇にそっとサブリナは哀歌を乗せる。

「あなたは、強かった。その強さに恥じない戦いをしたわ。よき、眠りを」

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