第3章 犠牲の軍隊後編 15
【天を覆っていた、馬鹿げた規模の真奥力稼働回路が消えた。零とブレイズが、彼の拘束に成功したようね。あれは、きっとわたし達に慈悲なき破滅をもたらしていた。琥珀色の騎士マーク・ステラート。十色の騎士の称号を持つ意味を分かっていた筈なのに……とんでもない化け物だわ】
無事でと小さく思考を乗せサブリナは、自律軽量斥候から送られてくる映像に視線を戻す。モニタには、空を疾駆しこちらへ向かうサファイアブルー色の騎士甲冑を纏った一団が映し出されていた。
――ここからは、わたし達の戦い。あの二人は賭け値なしの強敵と、正直わたしなら願い下げな勝ちなどない相手と戦っている。時が経てば経つほど、敗北へと近づく。けど、それはこちらも変わらない。いいえ、まともにぶつかれば時間稼ぎすら適わぬ相手。けど、その無理をわたし達は成さねばならない。
バイザーの奥でモニタの光を反射する榛色の双眸に、サブリナは決意を浮かべた。知性と勝ち気さが現れた端正な美貌を、キリッとさせた。
戦端が開かれる直前、意識を切り替えたサブリナへ、データリンクを通したせっかくの戦意を鈍らせるどこか悠々とした鈴のように涼やかな合成音声が流れ込む。
【こんな戦力で第一エクエスを拘束しようなんて、まともな考えじゃないわね】
【あのね。これから開戦だっていうのに、そんなのんびりと声をかけられたら闘志が下がるでしょ。第一、あなたがこの戦いの要なんだから。なのに、そんなこと言われたら不安になるじゃない】
噛みつくサブリナに、マーキュリーはどこか愉しげだ。
【あら? ごめんなさい。客観的に、無謀だって言っただけ。それは、敵にもそう見える。圧倒的な戦力である敵は、小細工はしてこない。こちらにとっては好都合。戦力を集中したい敵は、速やかにわたし達を片付けたい筈。予定通りことが運ぶ可能性が高くなるわ。安心して。わたしの仕事はちゃんと果たすから】
【あ、そ。お願い、ね。とは言っても、最初零から作戦を聞かされたとき正気じゃないって思ったわ。第一エクエスは、通常の兵団戦力であれば百倍以上の戦力差を覆す。一軍団千で、十万は相手取ってしまう。本来、あれを拘束したいならこちらは少なくとも一万は必要だもの。時間経過の減耗を考えれば、拘束し続けるにはもっと数が欲しいわ。通常兵団のキャバリアー二千強と機械兵ユニット群二個師団二万では元から拘束なんて出来ない】
【ええ、そうね。でも、あなたは最初こそ零がこの策を話したとき昂然と反対したけれど、今は積極的ね】
以前の言葉とは裏腹な態度のサブリナに、マーキュリーの思考にはからかいが混じった。
マーキュリーの含みに反応することなく、サブリナはどこか吹っ切れたように答える。
【まーね。今でも無謀とは思うけど、詳細を聞いたら可能なんじゃないかって思ったのよ。あの神経を逆撫でする挑発気味の話術に、騙されたのかしら? 後、二十秒足らずだわ。嫌になる。もう外骨格スーツのセンサで直接捉えられる。あの青い連隊を見ていると、勝手に身体が震えてくる】
【邪魔しちゃ悪いから、わたしも備えるわ。突破するイレギュラーが居たら、対処は宜しくお願い。ブレイズと零が不在な今、わたしは身動きが取れないし他の第一・第二エクエス相当のキャヴァリアーはリザーランド卿に同行し、確実に敵ストレールを相手取れる者は陽動兵団群にはサブリナ以外居ないのだから】
【任せておいて】
マーキュリーと開戦前の挨拶を交わすとサブリナは、指揮下にある決死隊のキャバリアー二一五名に指示を架空頭脳空間を介さず直接伝える。
【決死隊各位。すぐに戦端が開かれるわ。積極的な交戦は避けて。機械兵ユニット群を抜けたストレールは、わたしが中心で叩くから】
機械兵ユニット群の後方で陣列を組む陽動兵団群の左端に位置する遊撃担当の決死隊はキャバリアーのみで、その他の者は機械兵ユニット群に砲撃不足が発生したときの予備として兵団群の更に後方に配置してある。
昼下がりの惑星フォトーの恒星――赤色矮星の赤みがかった強い光線が、人の居住区域のない荒涼とした果てが見えない岩石地帯を赤茶けて見せた。東の空に浮かぶ第二の太陽とも言うべき巨大構造物――宇宙港が、蜃気楼の如く天空に霞む威容を都市めかせていた。そして、二つの月が西の空へと大分傾き陽光の色から落日めく。その赤みがかった空低く。刻々と迫り来る青い虎を騙るコヨーテの群が一気に地上すれすれに高度を落とし、あっという間に機械兵ユニット群の目と鼻の先へ。
激突――!
一瞬で、地上型大小数百の機械兵ユニットが薙ぎ払われるように数を減らした。
息を飲み、サブリナは目を見開く。
――く――
分かっていたことだが、第一エクエスに機械兵ユニットでは時間稼ぎにすらならない。まるで無人の荒野を行くが如く、ストレール連隊は鋼鉄の獣の群を切り裂いた。
サファイアブルー色の騎士甲冑が地上数メートルを高速で飛び交い、視界に入った端から獲物を個々が狩って行く。先頭に城壁のように配された五メートル強の多脚型の機械兵ユニット群の一機が、胴体の上に配された短身のプラズマ砲の砲身が焼き付くほどの連射で標的を追うが、ストレール・エクエスのキャバリアーの一人が未来予知と高性能な身体強化装甲の機動力でもって楽々と回避し、秘超理力の輝きを宿したナイトリーソード――パワー・ブレードで巨体を切り裂き数太刀で仕留めた。
地を生者を喰らう死者の群さながら駆ける骸骨を連想させる人型機械兵ユニット十数の一群へ、一騎のストレール・エクエスがダマスカス剛製のナイトリーソードに雷纏剣の紫電を発生させ迫った。その手にする得物の周囲の空間が目視できるほどに歪み、振り抜かれたとき迸る紫電は通常の収束した一束だけでなくそれが幾つも生じ一群を襲った。人型機械兵ユニット十数を、紫電が駆け巡り蹂躙して行く。
その光景に注意を喚起されたサブリナは、他に伝えるように思考を高速情報伝達に乗せる。
【絶技ポストレイト! 超技雷纏剣の上位技。空間の歪みを利用した、範囲攻撃。第一エクエスとはいえ、絶技を使える者ならば少なくとも中隊長以上。もしかしたら、この連隊の部将かしら】
地に人型機械兵ユニットの一群が頽れると、そのキャバリアーは次の標的へ。サブリナは、注意深くそのキャバリアーを観察した。
次に獲物と定めたのは、二メートル強の多脚型機械兵ユニットの群。他と頭一つ抜きん出た撃破率に驚異と判断したらしく、八体が胴体に乗せたプラズマ砲をそのキャバリアーへとピタリと向け、ターゲットを消し去るように隙のない火線で高速で連射する。青白い光線がサファイアブルーの機械仕掛けの甲冑を飲み込み、存在そのものを消し去ったかに見えた。が、そのキャバリアーは、包囲する多脚型機械兵ユニット群の一機の背後に、突如として出現しナイトリーソードを一閃。二メートルの巨体を切り裂いた。
と、そのように並のキャバリアーには見えただろうが敵第一エクエス同様或いはそれ以上の希有な才を持つサブリナには、そのキャバリアーがムーブによってプラズマ砲が連射されると同時その場を離脱し、再びムーブで多脚型の一機の背後へ迫る様子がはっきり見て取れる。
【ムーブそのものは第一エクエスの標準的なレベルだけど、技の使用に無駄がないわね。切り替えがスムーズで、途切れがないように見えるわ】
次々と二メートル強の多脚型機械兵ユニットを屠ってゆく頭部に飾りのようなセンサを有する連隊長各と目星をつけたそのキャバリアーを暫く目で追うと、他にめぼしい者は居ないかサブリナは戦場に視線を走らせる。
――このままでは、壊滅は時間の問題だわ――
それは少し見ただけで、サブリナの美貌を青ざめさせた。一人一人が精鋭の第一エクエス。先の者以上の者は見付けられないものの、あまりにも容易く玩具を相手取るがごとく機械兵ユニットを撃破していく様は、自らの才に自信を持ち相応の自尊心に満ちたサブリナにして戦意を失うほど。刻一刻と二個師団二万の機械兵ユニット群は数を減らし、もうじき自分達にその順番が回ってくる。防波堤として機能していた機械兵ユニット群の壁が喪失すれば、すぐさま後方のキャバリアー達が応じ瞬く間に蹂躙され命を落とすことだろう。第一エクエスでも一握りの実力を有するサブリナとて、その数に。そうなる筈だ。
青玉の百騎は、創世の鋼――ハイメタルの兵団を羊の群のように易々と狩りその威容を誇っていた陣列を容易く切り裂いた。突破されるのは時間の問題。
その様を見ているサブリナが発した、身の凍る思いを押し殺した祈りにも似た情報感覚共有リンクシステムを介さぬ呟きは切実なもの。
「マーキュリー、頼むわよ」
そのとき異変が起きた。突如として、敵の進撃が止まったのだ。あれほど一方的な攻勢を誇っていたストレール連隊が、機械兵ユニット群の数を減らせずにいるのだ。
戦場に注意深く気を配っていたサブリナが、流れの変化に榛色の双眸を見開きそれまで固かった美貌に普段の勝ち気さを取り戻す。
【策が機能し始めた。マーキュリー、上手くやったのね】
戦場に目を凝らすサブリナには、ストレール連隊のキャバリアーが機械兵ユニットの攻撃を捌き攻勢に転じようとした瞬間、味方を縫うように地上・空あらゆる方向から攻撃が殺到し、次の動きを封じられ再び攻撃を躱し凌ぐ様が見て取れた。突破されそうだった地上型機械兵ユニット群が、いつの間にか開いた袋を閉じるようにストレール連隊の背後に回りぐるりと取り囲み包囲していた。大小飛行型機械兵ユニット群も、その外側から俯瞰するように。途切れることのない大量の火線に、敵は晒されていた。
得意げな思念を、サブリナは故意に高速情報伝達に乗せる。
【地上、空、後方、それら個別の機械兵ユニットと同期し統制しているマーキュリーが、敵を把握し終えたのね。本来、未来予知を有し強化された肉体を有するキャバリアーに、只の演算では太刀打ち出来ない。未来を体感するキャバリアーは、演算の先を行ってしまうから。けれど、必ずしも勝つ必要はない。わたし達がすべきは、敵の攻撃を封じること。攻撃の飽和を引き起こし、敵に反撃を行う時間的余力を与えないこと。いかに未来を体感するキャバリアーとて、優れたソルダ諸元を有する第一エクエスだろうと、それを上回る数の攻撃には無意味】
惑星フォトーに取り残されたボルニア帝国軍の戦力で規格外のストレール連隊を拘束する為に、零が考案した策。それは攻撃の飽和によって、ストレール連隊を無力化することだった。その策は見事功を奏し、脅威となるストレールは防戦一方に追い込まれていた。例え倒すことは出来ずとも、一定時間その戦闘力を奪ったのだ。
右手を左手で包み込み、サブリナは胸にそっと押し当てる。
「行ける。これなら。後はリザーランド卿がガーライル基地のAIを押さえ、殲滅の光弾砲台を無力化出来れば。ヴァレリーお嬢様、どうかご無事で」




