第3章 犠牲の軍隊後編 14
零と共に機械兵ユニット群後方のキャバリアー陣列の前列中央に移動したブレイズが、藍色の丸みを帯びた装甲に日差しを煌めかし騎士甲冑の男前の顔を向けてくる。
【この陽動は高確率で琥珀色の騎士とストレール連隊を基地から引き剥がすと思っていたが、当たりとは運がいい。基地に居座られちゃこちらは打つ手なしだった】
【そうだな。脇目も振らず、敵の対空圏内で対地警戒も禄にせず真っ直ぐ向かってきている。ストレールも置いてけぼりだ。琥珀色の色男様は、そうとう殺気立っているらしい】
バイザーを後ろへスライドしたまま素顔を晒す零は鷹の目で強化した視界の先、サファイアブルー色の騎士甲冑を纏っストレール連隊を遙か後方へ引き離し、赤みがかった光線を琥珀色の魔道甲冑に眩く反射させ空を疾駆するマーク・ステラートを子細に観察した。
頃合いと零は、接続優先度を上位に設定している者達へ呼びかける。
【サブリナ、ストレールが突出するようなことがあれば決死隊と共に叩いてくれよ。第一エクエス一人でも好きに動き回られれば、こちらの作戦が崩壊しかねない。ラングラン卿、各兵団の運用は当初の打ち合わせ通りに。マーキュリー、機械兵ユニット群の統制は頼む。それがこちらの鍵となる】
【任せておいて。邪魔はさせないわ】
【分かっている】
【心得ているわ。でも、無茶な要求をするわね。匙加減が、微妙だわ】
快活にサブリナが、ムッとした口調で心から従っていないことが分かるようにオーレリアンが、言葉とは裏腹自信ありげにマーキュリーが応えた。
どこかのんびりと、しかし声音に気迫を乗せブレイズが零に呼びかける。
【んじゃ、行くか? 零。琥珀色の騎士様と地獄の舞踏をしに】
【ああ。陽動兵団群各位、状況を開始する】
頷きつつバイザーを前へスライドさせると今度は陽動兵団群総員へ向けて零は作戦開始を告げ、ブレイズ共々飛び立った。
零とブレイズがマークの元へ天空を疾駆する最中、俄に辺りの色が変じた。上方を零が見遣ると、天を覆うような超巨大な暗紅色の紋様――真奥力稼働回路が出現しその光彩で空が紫がかった色に染め上げられていた。
嫌そうなブレイズの呻きが、高速情報伝達を通して伝わる。
【またかよ】
【奴め、スウォッシュバトラーで先制攻撃を仕掛ける気だ。芸はないが効果は絶大だ】
同様の気持ちである為茶化すことなく同意を口にする零に、ブレイズは冗談じゃないとばかりにぼやく。
【あんな馬鹿げた広範囲の魔術攻撃を喰らったら、作戦なんて実行前に吹っ飛んじまう】
【ああ。だから、俺達がここに居る。銀河で十人のみが与えられる十色の騎士の称号は、伊達じゃない。俺達二人だけで抑えられるか怪しいが、そんなこと言っていられない】
零がブレイズに応える内に、超巨大真奥力稼働回路の暗紅色がその輝きを強め装甲を透過するように異質な気配が浸食した。
尋常ならざる気配にブレイズが、緊迫した声音に焦燥を募らせる。
【さっきと違うぞ。何かやばい感じだぜ。全力で飛ばすぞ】
【こっちは、おまえが着ているような上等な騎士甲冑じゃないんだ。ブレイズが、一人で突っ込みたいなら別だけど。この外骨格スーツじゃ、追い付けないからな。俺としては、リスクをブレイズ一人で受け持って貰えるのは大歓迎だし、全く構わないけど】
【巫山戯んな。地上攻略本兵団群を襲ったときの奴の手並みは尋常じゃなかった。伝聞で聞きかじっていたが、語られる琥珀色の騎士の武勇伝は尾ひれじゃなかった。剣聖に次ぐレベルの階梯にいる奴だ。そんな奴と戦うなんて考えてもみなかったから、情報を集めたこともなかった。リスクは、平等で負うべきだ。俺と零、二人でな。合わせる、行くぞ】
ブレイズの指図に儘よと心中吐き捨てながら、零は外骨格スーツES七二五の制動限界速度ギリギリまで加速した。かつて心を打ち砕いた敵の姿と共に、病をぶり返すが如く小康状態だった根源的な恐怖が奥底から湧き上がり零の支配を刻々と強めていく。
瞬間、零は苛立ち激しい怒りが湧き上がる。
――現在に追いついた過去の亡霊! 亡霊は亡霊らしく死者の王国に戻れ! しゃしゃり出てくるなっ!
気勢で強引に恐怖を上書きし、冷静な観察眼によって子細に零は敵を観察した。
天を覆う真奥力稼働回路は今も暗紅色の光を強め、身体の芯からゾクゾクさせるようなどこか原始的な気配が強まっていく。
己の内に流れる力――秘超理力を意識し、零は思考を凶悪に響かせる。
【臨界まであと僅か。ブレイズ、このまま仕掛けるぞ。無理に連携せず攻撃するタイミングを情報感覚共有リンクシステムの感覚共鳴で合わせ、それぞれ必殺を仕掛けよう。その方が、上手くいく】
【だな。俺と零は、ついこの間出会ったばかりだ。多少の仕掛けや癖は知ってるが、その場凌ぎの即興にしかならねー。阿吽の呼吸、ってやつがない。どうしても、意図を奴に読まれやすくなる】
零と並翔するブレイズは同意しつつ、藍色の騎士甲冑に強い光輝を宿らせた。
その常とは異なる輝きに、図らずも湧いた嫉妬に羞恥にも似た動揺を抱いた零は内心舌打ちする。
――ちっ! 分かってたことじゃないか、六合零。ブレイズが、人外位階だってことは。つい先ほど、遣り合ったんだから。けど、いい判断だ。ランクアップをのっけから使うのは。
心のざわめきを鎮め零は、瞬く光のイメージを先鋭化しアジリティを極限まで発動。ソルダ諸元グレード・スピードをAからSへとグレードアップし、意識を研ぎ澄ました。
天空の超巨大真奥力稼働回路はいよいよその輝きを強め、辺りを異質な魔界へと変える。琥珀色の魔道甲冑へ、三秒足らずの距離へと零は迫った。右手に握る太刀に、秘超理力を伝導させパワー・ブレードを発動。そしてグラディアートよりも簡易な情報感覚共有リンクシステを介して感じる他人――ブレイズを意識しムーブを発動させた。
外骨格スーツを纏った零の背後に秘超理力の波紋が六つ連なると同時、零は短く思考する。
【沈め】
思考と共に加速。
零の姿が掻き消えたかに見えた刹那、マーク・ステラートめがけ秘超理力の十を超える飛刃――スキャッター・ブレードが螺旋を描くように時間差で襲いかかった。飛刃の乱舞の間隙に見失っていた零の姿を再び捉えたときには、強い光輝を放つ太刀が振り抜かれていた。神業下位に属するソルダ技、ルイン。パワー・ブレードを発動させスキャッター・ブレードと神速以上のムーブを併用する最高難易度に属する技。それらのソルダ技をほぼ同時に発動し制御しなければならない。一連の動作は、刹那の内になされるのだ。その上、零は高度なアジリティでグレード・スピードをワンランク上昇させている。
と、同時。
藍色の騎士甲冑がダブルにより幾つにも別れ、強い光輝を放つバスターソードが振り抜かれスキャッター・ブレードがマークへ襲いかかった。虚実入り乱れる飛刃と共に、幾人ものブレイズがマークへと迫りバスターソードで刺突斬撃を放つ。バーゼル流ダズル・レイド。ダブルで作り出した複数の虚像とそれぞれが放つ攻撃で敵を幻惑し、実が仕留める技。ランクアップでソルダ諸元をAからSへ底上げして放つ。
零とブレイズ。二人の必殺といっていい高難易度の同時攻撃で、敵は確実に討たれる筈だった。が、ソルダ位階第二位以上の二人の攻撃を受けて、超巨大真奥力稼働回路を維持したままマークは二人の人外の化け物よりも化け物じみた反応で応じた。
琥珀色の魔道甲冑に一際強い輝きが生じ、小ぶりの真奥力稼働回路が幾重にもその周囲に出現した。零の身体を戦意が打ち付けるような錯覚を覚えるほどの魔力が周囲に放たれた刹那、その姿が蜃気楼のように霞んだ。毫の内に神速へと入ったマークは、零とブレイズが放った同じく神速の筈の二つの幻惑攻撃を身体が透けたかのように透過させた。神速と思ったそれは神速ではなく、その上を行く絶。先の戦いで見せた、神技めいたアクセラレーションによる機動制御。
――オーバフローでソルダ諸元ランクを上げ更にスピードでグレード・スピードに限定して上げた、スピードSを超えるSS。それを、体裁きで活かした。そして、あり得ないようなアクセラレーション制御による神速を越えた化け物じみた機動制御。けど――、
既に零とブレイズが、太刀とバスターソードでマークに斬撃と刺突を放っていた。その上、ダブルを使用しているブレイズの偽物複数体も。仮初めの刃を躱しても、実が待つ。無傷では済むまいと零は必殺の斬撃が届く瞬間、そう確信した。が、それを見届けることなく視界が白に染まった。外骨格スーツのシステムが強引にモニタ輝度の引き下げを行ったが、寸毫間に合わず強烈な光に零の視界が瞬き一つの間機能を失った。同時、強烈な衝撃に吹き飛ばされた。
零とブレイズの呻きが、重なった。
【くっ――】
【うぁっ――】
視界が回復したときには、琥珀色の騎士マーク・ステラートは何事もなかったかのように元の位置に滞空していた。
驚愕に満ちたブレイズの思考が、響く。
【何だ、今の。マジェスティなのか? 魔力開放だけで攻撃態勢の俺達二人をを弾き飛ばすなんて、何て威力だ】
ブレイズの呆れた思考を置き去りに、零は既にクリエイトルにしか適わぬ複雑な空間演算を終えていた。零の姿がそれこそ比喩ではなくその場から掻き消え、初めて琥珀色の魔道甲冑から余裕が消えその動きが切迫したものとなった。移動の痕跡などなかった筈の零が、マーク・ステラートの真後ろから神速の斬撃を放ったのだ。
さすがのマークも無傷とは行かず、神速の上を行く絶を用いた身体の捻りで躱したものの魔道甲冑の肩部アーマーを切り裂かれた。天を覆う超巨大真奥力稼働回路が、掻き消えた。
バイザーの下で麗貌を冷ややかにする零は、オープン回線に情報感覚共有リンクシステムのデータリンクを乗せぽつりと一つ思考を落とす。
【油断】
【縮地か? 己の場所と別の一点を空間をねじ曲げ繋げる。高いソルダ諸元を有したクリエイトル以外には使えねー、幻の技。はっ、零と遣り合うときは気を付けなきゃなんねーな】
どこかしら薄ら寒そうな響きを賞賛に乗せるブレイズは、後の言葉に冗談と受け取れぬような用心深い含みを隠しきれなかった。
不意に忌ま忌ましさが滲んだ、それでいてどこか悦喜を帯びた静謐な合成音声が響く。
【俺の出鼻をくじくとは、やってくれたなっ! その外骨格、零だな。先の赤い奴はいないようだが、藍色も大したものだ】
大規模魔術攻撃を中断したマーク・ステラートが、零が接続を要求した情報感覚共有リンクシステムを繋ぎ高速情報伝達で呼びかけてきた。
応じる零の思考は愉しげで、けれど毫の間の遣り取りとはいえバイザーの奥の面には緊迫が満ちている。
【こんな惑星で偶然出会えたんだ。昔の誼。旧交を温め合おう。付き合ってくれよ】
【今の交戦で、確信した。あの十色の騎士と遣り合って、生き延びられるなんて思えねー。正直、願い下げだが、止めなきゃこっちがやられる。せっかくだから、仕官したボルニアででかい顔をする為に箔を付けさせて貰うぜ】
零の後を受けたブレイズの挑発に、マークは峻烈さが満ちた冷冽さで応じる。
【口の減らぬ。よかろう、零。贖罪の機会をこの場で与えてやろう。誰も貴様の死を知る者なく、な。不様に生き長らえた貴様には相応しかろう。そして、藍色の騎士甲冑。残念だが、仕官した先とやらででかい顔などできん。貴様も、この場で死ぬからだ】
琥珀色の魔道甲冑から陽炎が立つような錯覚が、マークの闘志に比例し零に生じる。
――奴は、本気だ。
装甲越しにひしひしと肌に伝わる徒ならぬ気配に、零は己が奥底で封じた敵が蠢くのを幻視した。




