第3章 犠牲の軍隊後編 10
零達が案内された強襲降下ユニットの一艇に設えられたブリーフィングルームの中央に置かれた長テーブル両側に、囮兵団群と決死隊を中心とする合流組の指揮官クラスが外骨格スーツ姿で座す。
そのマルチファンクションテーブルの奥に陣取るオーレリアンが、参集した者達を眺め遣ると口を開く。
「十色の騎士の一人琥珀色の騎士と狡猾なミラトのストレールの猛攻で地上攻略本兵団群壊滅の憂き目からリュトヴィッツ殿が生き延び、そして、もう既に生存者はおるまいと断じていた決死隊とその指揮官と補佐官・六合殿とリザーランド卿が健在で我らに合流を果たした。敵地に取り残された窮地にあって、これは正しく天佑」
声を励ますオーレリアンは、居並ぶ兵団長とその副官らに面を明るくし志気を高めるべく強い視線を順々に送った。主将格を務めるオーレリアンを除いた七名の兵団長とその副官らは顔を見合わせ口を開き、意外な驚きと喜色が混ぜになったような響めきが走った。
一頻り意気を上げる彼等を見て満足そうに頷くと、オーレリアンは続ける。
「頼もしい勇士達が加わり、我が軍も意気軒昂。志気が上がることだろう。此度の内乱で凋落したとはいえボルニアを代表するキャバリアーの一人、元近衛軍副司令官のリザーランド卿が加わり、最後の一戦は盛大な花火となる。共に死に花を華々しく咲かせようぞ」
「お待ちください。我らが健在だろう囮兵団群との合流を果たしたのは、死を前にした狂気に酔う為ではなく、生き残る為やれることをやる為だ。勝手に諦めないで貰おう」
朗々としたオーレリアンの弁舌に場が纏まってしまう前に零は、内心舌打ちしつつ大きくもないのによく通る声を鞭が鳴るように響かせ、劫火に燃え尽くそうとする指揮官らの闘志に氷塊を投じた。
死地の連続で零は腹立たしげに、内心罵る。。
――死にたいなら、後で勝手に死ね。他人を扇動するな!
爛々と輝いていた銅色の双眸が硝子の玉を填め込んだように生気を失い醒め、浮かれた熱が去るとオーレリアンは忽ち不機嫌な態度を纏い声もムッとしたものとなる。
「言うは易しだ、六合殿。口では、何とでも言える。この絶望的状況から、どう足掻こうと逃れられるものか。今ならベルジュラック大公が、六合殿を目の敵にするのがよく分かる。なるほど。旅の巡礼者などと戦士として生まれつきながらその道から逃れた、死を恐れる臆病者がっ!」
それまでの熟練に達した気配を感じさせる挙動をかなぐり捨てたオーレリアンは、剥き出しの粗暴と怒りとでもって零を一喝した。他の兵団長らも同様な思いを抱いているらしく、零へ注がれる視線は侮蔑混じりのもの。
それを受ける零は鉄面皮に眉一つ顔の筋一つ動かさぬが、心の内では苦笑を漏らす。
――ベルジュラック、奴の蛮勇は伝染するのか? 衆目の前で不様を晒した俺では、戦場での死を求める陶酔と逃避に一端傾倒した彼等を翻意させるのは厳しいか。
簡単に事は運ぶまいと思っていた零だったが、さてどうするか思案を巡らしているとブレイズが彼特有の人を落ち着かせる声によそ行きには珍しい糾弾の響きを乗せる。
「ラングラン卿の言い様は、指揮官として無責任ではないか。この場は話し合いの為に設けられたのであって、個人の決定を押しつける場ではない。様々な意見が出てしかるべき。それを他人の尻馬に乗って臆病だ、などと。卿の態度では、話し合いなど出来よう筈がない。戦場で死だけを望むなど、現実から逃げているだけだ。ボルニア帝国の臣下として、現状を打開すべく最善を尽くすことが我らのすべき事だろう」
普段の低姿勢、というより毒にも薬にもならなさから一変すると、ブレイズの指摘には不思議と迫力があり無視できないものがあった。
一瞬たじろいだもののオーレリアンは、調子を取り戻すように声音を不機嫌にする。
「だが、どうするというのだ。我らの命運は、当に定まっているではないか。敵地に残されいずれ訪れる滅びは、覆しようのないことだ。死に様を考えることの、どこが悪い! 具体的な方策もなくいい加減なことを言うなら、許さんぞ!
」
挑戦するような眼差しで零以下エレノア、ブレイズ、マーキュリー、ヴァレリー、サブリナ等囮兵団群にとっての部外者を睨み付けるオーレリアンの対決も辞さないといった態度に、零は何事もないような本来さほど地位の変わらぬ兵団長同士鷹揚な態度で応じる。
「方策とやらはある。実行力と運次第だが、決して不可能なわけではない。試す価値はある」
「戯れ言をっ! 虚言を弄するなっ! どうせ、数が多い囮兵団群に合流すれば運良く生き長らえられるやも知れぬと、やって来たのであろうが。名誉ある死に相応しくない、罪で化粧した決死隊を同行させおって。厚かましいにもほどがあるっ!」
「おやおや。これから死地へ赴く盟友同士だったのでは? 同じ定めなら、懲罰部隊であろうと関係がないんじゃないのか? そして、この場に居るには卿よりも相応しい。少なくとも、囮兵団群にはストレールを相手取れる者は居ないが、決死隊はそうではない。少なくともこの二人は違う。戦場で物を言うは、己が武勇。弱者は骸を晒し、強者は快哉を叫ぶ」
「なっ! 言うに事欠いて、謀反人の肩を持つかっ!」
怒りに面を紅潮させ今にも抜剣しかねぬオーレリアンへ、落ち着き払った冷ややかな音律が向けられる。
「内乱前の帝国に満ちていた声は、前皇帝に取って代わってくれる者が現れて欲しいというもの。現皇帝ヴァージニア陛下を初め、アルノー大公、ベルジュラック大公、その他大公へ当時期待の視線が注がれていた。けれど前皇帝の元で、それは謀反だった。わたしには、正解なんてあるとは思えないけれど。もし決戦でヴァージニア陛下が敗北していたら、それに与した者は謀反人だった。ただ、勝敗が誰がどんな立場か振り分けただけよ」
「確かにわたし達は謀反人だけど、罪を購う機会を決死隊という形で与えられここに居ることを忘れないで。そして、三つの試練の内一つは済ませた。わたし達は、この先も生を勝ち取る権利がある。だから、おめおめ只死を待つ為ではなく、窮状を抜け出す為にここに居るの」
緻密に言葉を紡ぎ出すサブリナの後を受け、元は高貴な身分のヴァレリーが明眸を燃え上がらせ本能を剥き出すように凜々しさと清楚さが同居した美貌に凄烈を宿した。
零は、そのヴァレリーの言葉に動揺じみた戸惑いを覚える。
――例え死を乗り越えようとも、未来があるわけでもない。それは俺も同じ。けど、俺は生き残れば好きに出来る。罪を購ったとしても先は地獄だろうに、それでもヴァレリーもサブリナも生を必死で掴み取ろうとしている。
それはとても純粋で、零の奥底に燻る闘争心を激しく揺さぶる。
――危ない危ない、流されるな。何とかしてやりたいが、俺ではどうにも出来ない。今は、彼女等の生存本能に寄りかからせて貰うだけだ。
ざわつく心を、誰にも知られぬよう零は宥めた。
それまで黙っていたエレノアが、深みのある赤い双眸に険を宿し艶のあるメゾソプラノを不穏に鳴らす。
「ラングラン卿。卿の言い様は、わたしに対しての侮辱に聞こえるぞ。注意することだ。わたしの父リザーランド伯は、不利な戦と知りつつ忠義の筋を通したのだ。そして、わたしは侮辱されれば受けて立つということを忘れないことだ」
警告じみたエレノアの忠告に、これまで帝国人として知る彼女の剛勇にオーレリアンは押し黙った。
暫しの沈黙の中、人を落ち着かせる声でブレイズが烏合の衆の集まりと堕した会合を、意味あるものへと仕向けるように本題を切り出す。
「まとめ役が要るな。惑星フォトーに残存するボルニア帝国軍の。幸いこの場には、近衛軍の副司令官を務めたリザーランド卿が居る。伝説級位階の屈指の実力と、将としての実績。これ以上、相応しい者は居ない」
「誰も文句はないだろう。囮兵団群は作戦目標を、既に喪失している。再編する必要がある」
自分達の作戦を実行する為第一にクリアすべき目的をブレイズが告げ、それをさも当然のように零は艶のある絹糸のような黒髪を目の前で弄びながら何でもなさを装った。そうすることが自然であると、錯覚させるように。
ブリーフィングルームの入り口の奥、マルチファンクションテーブルにかける合流組の並びでオーレリアンの傍に陣取る零の隣に座すエレノアが、今は懲罰部隊の執行官補佐という立場だが深みのある赤い双眸に静かな胆力を湛え艶美な美貌に自然な自信を宿し艶のあるメゾソプラノの声調に自尊を刻む。
「今のわたしは下位の兵団長であり、与えられた兵力による上下は多少はあるがこの場に集う兵団長等と同格だ。兵団群長のデュポン卿からは、ラングラン卿が囮兵団群三千、大小八つの兵団群の束ね役を任された。が、今は当時と情勢が変わった。我らは敵地に取り残され危機的状況にあり、女帝ヴァージニア陛下から託された惑星フォトー奪還、その為の作戦が頓挫している。女帝陛下の――ボルニア帝国の臣としてこれは看過できぬこと。一時の劣勢や熱情で目的を見失ってはならない。国から交戦権を託された武人として、最後まで任を果たすべきだ。惑星フォトーに残存するボルニア帝国軍の全兵力は、わたしエレノア・ド・リザーランドの指揮下に入って貰う」
人外と呼ばれる伝説級位階にある希有な天分から生じる当然とも言える自負には飾り気がなく自然で、逆らいがたいカリスマが自然と辺りを圧した。それは零にも浸透するもので、はっと目を見開く。
――たいした将才だよ。その統率力で率いられた軍勢は、さぞ精強なことだろう。
僅かな間、言葉を失った兵団長等の中で真っ先に立ち直ったオーレリアンが、強いられた帰順に抗うように押し殺した声を絞り出す。
「何を都合がいいことを。卿が上の立場であったのは、内乱前のこと。家の謀反によって、近衛軍副司令官から降格された。本来なら、ボルニア帝国民としての権利を剥奪されるか、高位の立場にあった罪の重さから懲罰部隊に身を置いていてもおかしくなかった。どうして、そのような者の下につかねばならないっ!」
エレノアが放ったかつての、否、本来の光芒に飲まれていた兵団長等が、堰を切ったように次々とオーレリアンに同調する。
「そうだ。謀反人を上に置くことなど出来ない。それに、一緒に居る新参のどこの馬の骨とも知れぬ六合、リュトヴィッツ。その二人が担ぎ上げるなど、胡散臭いにもほどがある。大方、元はボルニアの顔の一人だったリザーランド卿を踏み台にして、我らの上に立ちあわよくば生き残りボルニアでの地歩を築くつもりであろうっ!」
「咎人であるリザーランド卿を、ベルジュラック大公がよく見ておられないことは先日の大公旗艦オンフィーアでの会議での態度から分かる。かの大公は、実質ボルニア帝国のナンバーツー。もしその咎人の下についたとあらば、今後の帝国内での立場が悪くなりかねない」
ふっ、と。零の口元に、冷刻な笑みが浮かぶ。
「心配するな。かの大公は、おまえのことなんか気にも留めていない。貴様がどうしようと、知ったことじゃないんだよ。立場を心配しているが、それも生き延びらねば抱けぬ贅沢な悩みだ」
酷薄な零が向けた嘲笑に、兵団長等が次々と反発し気色ばむ。
「よそ者の新参のくせに、生意気なっ! 弁えろっ!」
「巧言令色は、得意なようだな。戦も禄に知らぬ若造がっ! 口先だけでは、この窮状は切り抜けられんぞ。その面も、宮廷ならともかく戦場ではものの役には立たん」
凜々しい清楚な美貌を清冽とさせたヴァレリーが、俄に騒がしくなった場を納めるように凜と声を響かせる。
「だから、わたし達はそれをやろうとしているのよ。初めから無理と諦めているあなた達よりも、キャバリアーとしての信念に欠けていても零の方が増しね」
挑発的な物言いをするヴァレリーの精巧な置物のような横顔は、彼女の屈託なさを零に伝えた。内乱などに巻き込まれなければ、その生まれついた高い地位がボルニア帝国にいい影響を与えたに違いなかった。今となっては、却ってそれが哀れを誘うが。地位だけでなく人としての権利を失った今となっては、その性根が却って徒となるだけだ。
それを証明するように、兵団長等の罵倒が響く。
「侯爵家令嬢であった昔ならいざ知らず、内乱で地位を失った小娘が偉そうに囀るものだ」
「そのような戯言で、リザーランド卿の指揮を認めるものか」
再びブレイズが口を開き、この会合の核心に加熱する反意に対峙するように口調は辛辣だ。
「物分かりが悪いな。貴様等では、強敵を砕く武勇、部下を勝利へと導く将才が共に不足している。こんな窮地に陥った軍勢でも強敵に当たって恐慌に陥らせず作戦を実行し得る、周知の実力と旗頭の胆力が必要なんだ。だから、リザーランド卿の下に付けと言っている」
「琥珀色の騎士、マーク・ステラートまでもがこの戦場に姿を現した。誰か、奴を相手取れる者が居るのか。少なくとも、エレノアなら長時間奴を抑えられることに疑いの余地はない」
続く零の挑発に、オーレリアンが鼻先で嗤うように侮蔑を口調に滲ませる。
「威勢のいいことを並べ立てる。仮に、琥珀色の騎士を抑えても、ストレール百強と基地防衛兵団群が居るぞ。こちらの最高戦力を当てている間に、残りが全滅するだけだ。夢物語を語るのは大概にして貰おう」
「夢物語ではないわ。囮兵団群と合流したのは、勝ち筋を見付けたから。わたし達が生き延びる、ね」
勝ち気さが現れた端麗な美貌を鋭くするサブリナに、兵団長の一人が殊更蔑む目を向ける。
「詐術か? だから、そんなことは無理だと言っている。話術などに引っかかるとでも思っているのか? 生き延びる方法などありはしない」
「勝てばいい。ガーライル基地を奪還し、殲滅の光弾砲を無力化すれば済む話だ」
静けさを艶のあるメゾソプラノに纏い哲学的に声をエレノアは響かせ、あまりに当たり前のことを殊更口にした。
一瞬呆気に取られポカンとしたオーレリアンが、はっと我に返ると馬鹿にされたのかと憤るように怒りを顕わにする。
「簡単に言うな。それが出来れば、何の苦労も要らぬわっ! 我らがリザーランド卿の下に付くなどあり得ん」
「なら、力尽くで従わせるしかないな」
大きくもないのによく通る声を凶悪に響かせ立ち上がり、雅な物腰である筈なのにどこかしら物騒な歩みで零はオーレリアンの前で立ち止まる。
「貴様に兵を率いる資格があると、力で証明しろ。呆けていれば死が待つ現状で、上品なことを言っていても始まらないだろう。力あるものが奪うのは、古来よりの習わしだ。何も、エレノアと戦えなんて慈悲のないことは言わない。ここに雁首を揃える兵団長様方と俺とで戦う」
音とて響かぬ鞘走りと抜いたことさえ悟らせぬ挙動の早業の抜刀で太刀を引き抜くと、零は切っ先をピタリとオーレリアンへ向けた。
叩き付けられる戦意にオーレリアンは形相を瞬く間に怒りで歪め、席を蹴立て他の兵団長等もいきり立った。




