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第3章 犠牲の軍隊後編 8

「正気なの、零?」


 身を乗り出しエレノアを間に挟みアームに固定されるサブリナは、零を睨み付けた。その端麗な美貌には、不信がありありと現れている。

「マーク・ステラートばかりに気を取られて、つい対策を練ることをおろそかにしてしまっていたけど、ストレール連隊をそんな遣り方で押さえられると思っているの?」

 ブレイズとマーキュリーを加え移動しながら具体的な策を零が話すと、サブリナがその内容に強く反論してきた。


 反発を予期していた零は、同列と前列に並ぶエレノア、サブリナ、ヴァレリー、ブレイズ、マーキュリーへ視線を注ぐ。 

「個々の強さばかりに気を取られるな。一人一人に力を発揮させさえしなければ、ストレール連隊とはいえ何もできない。今言った方法では、無理だと思うか?」

「はぁ。ま、零の言うとおり何もしないよりは増しですものね」「今の説明だと、何だかポカンとしちまうな」

 零の言葉にヴァレリーが皮肉っぽく、ブレイズが顎を撫で応じた。


 暫し瞑目し沈思していたエレノアが再び目を開くと、赤い双眸に哲学的な輝きを宿す。

「ま、机上の空論と思えなくもないが」

「机上の空論ではあるけれど、実行しなければいつまでも机上のままよね」

「わたしは、面白いと思うわ。問題は、状況を実行できるよう持って行けるかね」

 嘆息気味にサブリナが降参するように榛色の双眸の険を和らげ、後ろを振り向くマーキュリーの深い湖面のような双眸に愉しげな色が宿った。


 と、そのとき。

 突然、ブレイズが陽気な声を上げる。

「お、居た居た。ご同輩方、所定の位置から東に少し移動して隠れてる」

「どれ」

 輸送型機械兵(マキナミレス)ユニットの中、零の前列にアームで固定されうずうずしたようなブレイズの声と挙動に、零は己の内で泉のように湧き出るそれを感じながら視線の先を注視した。秘超理力(スーパーフォース)によって増強された視覚、鷹の目(イーグルアイ)によって岩が連なる切れ目から覗く機械兵(マキナミレス)ユニット群の周囲の地形に馴染みやすいオリーブドラブ色が見て取れた。


 同様に零の隣で目を凝らすエレノアが、快活な響きを艶のあるメゾソプラノに帯びさせる。

「ほう。なかなか、上手く隠れてるじゃないか。目聡いな、ブレイズ」

「野外戦は、慣れてますから。俺、なかなか仕官先に恵まれなくて、情けない話、あちこちを転々として民間軍事会社(PMC)なんかの臨時雇いで端役を色々やってましたから。こういうの、得意になっちまって……あ、ははは……」

「……苦労したんだな」


 振り向き謙遜を見せるブレイズに、零は機械兵(マキナミレス)ユニットの自立型特化型AI(ANI)架空頭脳空間(オルタナスペース)を通して進路指示をしつつ強いくせに弱者を装うなとの思いが掠めるが、途中からこれまでの生き様を思い出してか悲壮感を漂わせ始めるブレイズの様子にエレノアが微妙な表情で慰めを口にするのを聞きながら、身についた性かと小さく落とした吐息と共に腐す。

「何かおまえ、三下が妙に似合うよな。ソルダの道を捨てた俺と違って、ブレイズは念願叶ってボルニアに仕官が叶ったのに、他人に己を偽る必要はないだろう」

「別にそういうつもりはないんだけど、ほら、リザーランド卿はこの内乱がなければ本来ボルニア帝国でも近衛軍副司令って目上の立場で、零とは違って遠慮しちまうんだよ」

「おまえ、そんな風に人を見てたのか。俺は、どうでもいいって扱いか?」


 零は意識的に鋭くした視線を送り、向けられたブレイズが本能的にびくりと首を竦める様に溜飲を下げたが、途端不機嫌になる。

 ――今の俺が勝てるか分からない相手を武勇以外で下して喜ぶなど、俺も存外考えが甘くなったものだ。


 秋霜のカーンと冴えた峻厳な響きを声に乗せ、同様な視線をサブリナが向けて来る。

「馬鹿話は、それくらいにして。気を緩めていい状況じゃないわ」

「あら? だからこそじゃないの。長丁場なの。ずっと、気を張り詰め続けることなんて出来はしないわ。いざというとき、判断力が鈍りミスを招くだけよ」


 ブレイズの隣に天井から伸びるアームに固定されたマーキュリーの冷笑が滲む指摘に、ムッとした声でサブリナは抗弁する。

「そんなことは、分かっているわよ。ただ、あまりにも零やブレイズが気を抜きすぎだから」

「怒られた」

「ははは、結構きつい()だね」

 悪戯が見付かったように零は肩を竦め、端正な面を少しだけ引きつらせブレイズは苦笑し、続けて零は出会ってからの意趣返しも含めやり返す。尤も、感じていたことではあったが。


「前から思ってたけど、真面目というのとも違ってサブリナには才気走るきらいがあるよな。センスは悪くないと思うけど、持論に空転する傾向があるっていうか、剣にもそれが現れていて多数の流派を学んだようだけどそれが却ってネックになってぐちゃぐちゃな感じがして、ポテンシャルの割に飛び抜けられない。だからこそ、虹位階止まり」

 やや辛辣な零の批評に、応じたのはサブリナではなくヴァレリーだった。


「それは、十分凄いことでしょう。真に能力がある者が才能によって力を開花させて、ようやく到達できるのがソルダ位階第三位虹。それを凡百の輩の如き言いよう。強者の驕りです。わたしでは、どう足掻いても到達できぬというのに。ご自分の恵まれた境遇だけで物事を判断するのは傲慢に過ぎます」

「そう、睨んでやるな。零も気の毒だ。わたしも、零の言うことは分からなくはないんだ。似たようなことを、ブランシュも言っていた。ヴァレリー、気を悪くしないで欲しい。持って生まれた資質はソルダ諸元(スペツク)だが、これは持つべくして生まれた者しか持てない。だからこそ、限られた資質の者には、それなりの責務があるとわたしは思っている。だから、サブリナは今のまま甘んじるべきではないんだ」

 青い双眸に瞋恚を乗せ零を睨むヴァレリーを、エレノアは茶目っ気を効かせ宥めると表情を改め持論を伝えた。ヴァレリーは小声で、そんなこと今となっては無駄だわと寂しげに呟くとそっぽを向いた。


 ヴァレリーを見遣るサブリナに、不憫そうな表情が面に掠めたがすぐに切り替える。

「着くわ。人のことを好き勝手に。今度こそ、無駄話は止めて。AI(マザー)、発光信号でこちらの所属を伝えて」

 輸送型機械兵(マキナミレス)ユニット五機は、囮兵団群が潜む岩山の向こうへ降り立った。


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