第3章 犠牲の軍隊後編 5
【防がれた! あれを……この電磁誘導ライフルは改造してあって、連射速度は半端ない。なのに、ユニットから出撃し連射される弾道が異なる五発の成形炸薬弾を、外骨格スーツの機動とムーブを併用し全てを切り伏せた。一連の迎撃に全く淀みがなく、何が起きたか分からず呆気に取られちまう。あの時間を切り取った一コマ、刹那奴は神速を越える絶に達していた】
ワンテンポ遅れて再生される先ほどの光景に、ブレイズの背筋に悪寒が走り全身が怖気立った。まるで、幻でも見たみたいだった。砂色の全体がブロック化したアーマーに覆われた外骨格スーツを纏ったキャバリアーは、連射される成形炸薬弾が走り抜ける瞬間姿がブレイズの目でも霞むほどの加速をし、緻密の粋を凝らした機動を行い全弾切り裂いた。
バイザーに隠れたブレイズの端正な面に苦い表情が浮かび、高速情報伝達に怨みが滲む。
【こりゃ、藪をつついて蛇を出しちまったか。琥珀色の騎士・マーク・ステラートが居た。他に規格外がこの戦場に居ても不思議はない。見逃してはくれないだろうな】
【あんな技量を持った相手に、背を向けるなんて無謀ね。沈めるしかない。わたしがクズリュウを放ち、無傷の機械兵ユニット群に乗っている味方から引き離して敵の数を限定。一人を――あの赤いのを抑えるから、ブレイズがその間に】
【分かった。けど、無理はするなよ。嫌な予感がする。あの凄腕は量産品の外骨格スーツなのに騎士甲冑を着てるんだからな】
【ええ。わたしも同意見。牽制だけよ。けど、倒せるようなら倒すけれど】
温雅に同意しつつもマーキュリーは、途中から合成音声を鋭いものへと変えた。
ブレイズの傍らに控えていたマーキュリーは勿忘草色の華奢な騎士甲冑を浮遊させつつ前へ出ると、丹念に作られた工芸細工のような繊細な玉石めいたガントレットに覆われた右手を前へ突き出した。
彼女の周囲に空間がどこかしら歪んだ円筒が出現し、その下から上へかけて時折薄い緑色の円が走り抜けた。創造世界の常世と現界にある精霊種の常態接続を、より深い深度へ――上位界とのリンクを確立したのだ。
ヒュッと周囲で風が乱舞を始め、キーンという高周波へ瞬時に変じた。疾風の渦が出現し円筒との僅かな隙間の圧力が急激に低下、外側と強い圧力差が生じ風による断絶を引き起こす。高周波が更なる唸りを上げ、赤や青が浸食し合うグロー放電が生じる。そして、円筒の先が九つの竜の頭のように分かれ空中を駆け抜けた。
輸送型機械兵ユニット群が喰らえば、一撃で破壊をもたらす九頭竜が猛然と放たれた。
「不味いぞ、あれは。この尋常じゃない気配は」
「ああ。あの巨岩の裂け目の前に、空隙が生じている。大技が来る!」
危機感を募らせたエレノアの声に応じつつ、外骨格スーツの汎用推進システムから電離気体を盛大に引き異様を放つ空中に出現した真空の壁へと向かう。が、突然それが弾けた。空間の裂け目から九つの猛獣めいた竜巻が向かってきた。
太刀が強い光輝を帯びパワー・ブレードを発動し、秘超理力の巧緻を尽くしたアジリティでソルダ諸元グレード・スピードAをSにグレードアップ。外骨格スーツの機動にムーブを併用し加速させ、零は叫ぶ。
「エレノア! 右の五つは俺が。後は頼む!」
「分かった。零、全て消すぞ!」
言うや赤い騎士甲冑が、眩い輝きを放った。
スカイスクレイパーをエレノアが発動させたところを視界の端に捉え、既に神速に達した零は九つの猛獣めいた――さながら竜のごとき竜巻の一つを、秘超理力の強い光を放つ太刀を両手で構え、その刹那刀身が霞んだかと思うと離れた空中に出現した無数の刺突で消し去った。冥王剣と呼ばれる本来の零に尤も馴染んだ流派。その、奥義一歩手前の技。技自体はあまり知られていないが著名な剣技で、使用する者が限られる為詮索を避けたい今は人前で使いたくない技。が、今はそのようなことを気にしている時ではなく、幸いエレノアは見ていない。
瞬間、その場から零は消え失せた。否、そう見えた。次に残像を捉えたときには、二つ目の竜巻を。再び消え、再び現れたときには三つ目を。それを五度繰り返し、五つ全てを切り飛ばした。
視線を巡らしたとき、眩い輝きが空を切り裂き残った竜巻を正面から穿ち消し去った。
艶のあるメゾソプラノが、確信めいた口調で問い掛ける。
「そっちも、片付いたな?」
「ああ。輸送型機械兵ユニット群から、奴らを引き離そう。今の攻撃もそうだが、さっきの狙撃も侮れない」
応えつつ零は外骨格スーツを巨岩の裂け目に向かわせ、そうだなと応じるエレノアも倣い零の隣に並んだ。
【全部防がれた!】
【タートゥロード流奥義技スカイスクレイパー! 奇襲が失敗した時点で止めておけば良かったわね。更に藪を突いてしまっては、怒り心頭の蛇に見逃して貰えない。あの赤い騎士甲冑、とんでもないわ。そして、あの外骨格。尋常じゃない手練れ。あの技は……】
俄に見た光景を信じられぬままブレイズはバイザーの奥の面に驚愕を刻み、マーキュリーは思考に深刻さを滲ませた。
こちらに向かい始めた敵を見据え、ブレイズは藍色の双眸に微かな好戦を纏い直す。戦いに身を起き続けてきたブレイズは、心が負けたままあのような敵に当たれば何も出来ずにただ蹂躙されるだけだとよく知っている。
【ああ。オリストで出会った化け物と似てるな。赤いのは確実に伝説級以上。俺が当たるべきだが、もう一人の外骨格の戦闘スタイルでは、マーキュリーに相性が良くない。済まないが、手筈通りあの赤いのを牽制してくれ。すぐに、外骨格は黙らせる】
【そうね。わたしは、風の隙間に入り込んで隠れん坊。逃げに徹しさせて貰うわ】
【そうしてくれ。じゃ、行くか】
滑らかな形状をした藍色の騎士甲冑をふわりとブレイズが浮遊させると、ミスリル製の精巧な細剣を鞘から引き抜きマーキュリーの勿忘草色の騎士甲冑が並んだ。
マーキュリーが前へ差し出した細剣が、真空を纏いキーンと冴えた音を立てた。マジック・キャバリアーの魔力同様精霊力の伝導にミスリルは適していて、ファントムは好んで使用する者が多い。今行っているのは、ソード・スタイルという精霊術を用いた技。マーキュリーが鋭い刺突を放つと同時、耳をつんざく音と共に真空の刃が赤い騎士甲冑を襲った。
赤い騎士甲冑が反応したのを確認すると、ブレイズは外骨格スーツへとダマスカス剛製のバスターソードを真横に構え疾駆した。ウェアを研ぎ澄ましランクアップを使用。ソルダ諸元ランクを一つあげパワー・スピード・耐久をSに。ムーブの併用を機動スタビライザーの制御に乗せ、パワー・ブレードを発動。
静かな気迫と共に神速の一撃を放つ。
【沈め】
そのときブレイズは、あの手強い赤い騎士甲冑を相手取るマーキュリーのところへ向かわなければと、既に勝ちを確信していた。
相手の構える太刀をバスターソードが擦り抜け、外骨格スーツへと吸い込まれるかに見えたとき驚愕がブレイズを襲う。
【なっ! こいつっ!】
擦り抜けたかに見えた太刀が魔法のように軌道を刻み、さながた妖剣の如き怪しい太刀筋を描きブレイズへと迫った。相手にバスターソードが届く寸前、ブレイズは咄嗟にムーブを併用し飛び退く。
外骨格スーツのキャバリアーが後から反応した筈なのに己の剣と同時の攻撃に持ち込んだ技量に、ブレイズは戦慄を覚えた。




