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第3章 犠牲の軍隊後編 3

 遡ること、二時間前。

 地上攻略本兵団群三万にドュポン兵団群から参謀役として同行し共に強襲降下ユニット群の一艇に同乗し渓谷地帯へ降下したブレイズは、地上に降り立ったとき死地に送られた僚友の不運を憐れに思ったものだった。まさかそれが、あのようなことになるとは。破滅は突然何の前触れもなくやってきて、ブレイズの気楽さを嘲笑った。


 本兵団群の構成は、ベルジュラック大公領邦軍各五千の六兵団群からなる。その兵団群長の一人ブリアックが、地上攻略本兵団軍を指揮する。

灰白色の重厚な外骨格(Eスケルトン)スーツを纏った三万のキャバリアーが居並ぶと、鈍い銀色をした大柄の騎士甲冑(ナイトアーマー)姿のブリアックから野獣の咆哮が上がる。

「決死隊が敵を引き付け刑の執行を果たし死で罪を購う間、囮兵団群が展開しガーラーイル基地へ陽動を仕掛ける。基地の戦力は僅かしか残るまい。その間、我が軍は武装したキャバリアー三万でもって奇襲を仕掛け、残存する狡猾なミラトの虎を気取ったコヨーテ共を殲滅し即座にこれを奪還する」


 グラディアートの装甲と同様な騎士甲冑(ナイトアーマー)に用いられるシェイプキーピング素材――破壊されたり摩耗したりしても程度にもよるが――自己修復による復元能力を有する創世金属超緊密アポイタカラ甲。


 それを用いた素地(きじ)色である鈍い銀色をしたバイザーを上げたブリアックの表情は、迷いのないもの。

「新皇帝の御代では生きることが許されぬ反逆の罪が刑の執行で赦され、それがこの重要な作戦に役立つとは全く幸運な者共だ。罪人には贖罪が必要でなさねばならず、我らは罪悪感を感じずに、皇帝陛下に延いては帝国の為励むことが出来る」


 別に驕るでも決死隊を見下したりその不幸をせせら笑ったりするでもなく、実直に忠誠心厚く言い切るブリアックの背後に少し離れて立つ藍色の騎士甲冑(ナイトアーマー)を纏うブレイズは眉を顰めた。 その耳元で不思議な空間に反響するような、鈴のように涼やかな女性の声が響く。

「質の悪い」

「ああ。自分の言ってることに、何の疑問も抱いていねー。反逆者は、死あるのみ。それは分かる。何しろ、ボルニアは歴史ある大国だ。反逆の火種は、消し去らなきゃならない。が、決死隊へ堕とされたのは前皇帝への忠誠を尽くした結果だ。それを、僅かの憐憫もなく戦場で死ぬのは当然の義務と言い切るとは。あいつ、頭のネジが一本緩んでるか、頭の中が強化筋肉か何かで出来ているんだろうさ。そういう奴の下で戦うのは、危ないな」

 振り向くことなくちらりとブレイズが送った視線の先には、勿忘草(わすれなぐさ)色の華奢な騎士甲冑(ナイトアーマー)を纏った、長い黒髪の少女と女性の中間にある乙女の姿があった。ファントム・マーキュリーだ。グラディアート戦がないことから、ブレイズのサポートとして同行していた。


 ふっ、と。マーキュリーは嗤う。

「柔軟性に欠ける、かしら? けど、ミラト側のキャバリアーとグラディアートの殆どは、超高高度での戦いに参加しているわ。元々、地表に数千の殲滅の光弾(アニヒレート)砲台を惑星外から死角がないよう敷設し、惑星フォトーを要塞化しているから基地を攻略可能な数を惑星内に侵入させるつもりはなかったでしょう。だから、艦隊は衛星軌道上に配置していた。こちらは、迎撃の飽和を局所へ物量を送ることで引き起こし小数の部隊の降下に成功。ほぼ全ての兵団群を投入して敵方の戦力の大半を拘束している今、地上攻略兵団群に対処するのは、惑星内の戦力で行わなければならない。指揮官が強硬に事を運んだとしても、作戦さえ機能していれば力でガーライル基地は奪還可能ね」

「だろーな。だから、面白くないんだ。ガーライル基地奪還がなり殲滅の光弾(アニヒレート)砲台の無力化に成功しても、無駄な人死にが土台になっている。囮兵団群による陽動の成功率は確かに格段に上がるだろうが、囮の囮なんて必ず必要ってわけでもねーからな。政治の事情を戦場に持ち込んで。巻き込まれた零の奴は、無意味に死んでいく」


 それなりの付き合いがあるマーキュリーの性格を知っているブレイズは、彼女の淑やかで優しげな容姿とは裏腹に戦場では厳しい観念の持ち主であることを承知していたので、私情を廃せば自身の戦士としての嗅覚は今作戦を問題なしと断じていることを認めた。国を追われてからこの方不利な立場で戦わねばならなかったブレイズにとって、事実以外を廃した判断は重要なことだったから。


 その上で己の感情を吐き出すブレイズを、マーキュリーは元気づけるわけでもなくどこか愉しげな視線を送る。

「死ぬとは、限らないでしょう。零の戦闘をわたしは直に見ていないけど、グラディアート戦を見る限り、人形(プーパ)と旧式の量産タイプのグラディアートでトルキアのボーアが駆るフォルネルを撃破する技量と周到さ。案外、しぶとく生き残るんじゃないかしら?」

「確かに零は強ーけど、さすがにあの配置と役どころじゃ敵に一飲みだ。懲罰部隊は、敵に殺されることが役目。一緒に行動させられりゃ、どうしようもないだろ」


 零がどのような死に方をするのか想像を巡らし、ブレイズは胸に痛みを覚える。

 ――行きずりの関係だが、オーガスアイランド号でボルニア帝国先帝の遺児を名乗るオクタヴィアンの襲撃からこちら、共に戦ってきた。悪い奴だが、嫌な奴じゃない。共に募兵に応じ仕えた仲。頼れるし、この先ボルニアでの僚友として当てにもしていた。なのに、こんな馬鹿げたことで命を落とすなんてな。男装の麗人かって色男だから、女が放っておかない。内乱が終われば宮廷で面白いこともあったろうに。そうすれば、キャバリアーの道を捨てて巡礼の旅なんて馬鹿な思いともおさらばだった筈だ。

 だが、そんなこと今となっては、虚しい空想だった。現実は残酷で、戦士の心を折ったかつての傷を癒やす暇もなく、零は死にゆく定めだ。


 ブリアックの訓示が終わると、囮兵団群から連絡が入るまでひたすら待機だった。本兵団群キャバリアーの緊張感は弛緩するとはいかないまでも、緩やかだった。飲食を許可され食後の珈琲やらを各々愉しんでいたとき、それは突然訪れた。


 全身に悪寒が走り抜け鳥肌が立ち、ブレイズは落ち着かなげに呟く。

「なん? だ」

「これは……来る」

 隣で持参したハーブティーを飲んでいたマーキュリーが、細い眉を吊り上げ美貌に冷徹を走らせた。


 身体の奥底から感じる異質に、ブレイズは心当たりがあった。上方で力が満ちていくのを感じ、振り仰ぐと巨大な幾つかの円と様々な文様からなる真奥力稼働回路(マジツクサークル)とも呼ばれる量子干渉陣が出現していた。


 そのあまりの規模に、ブレイズは目を見開き呟きを漏らす。

「やべぇ……マーキュリー、離れるぞっ!」

「急いで!」

 ブレイズが呼び掛けると既にマーキュリーは立ち上がり、白色のバイザーを下ろしていた。背の汎用推進システムが、電離気体を盛大に引く。


 それにブレイズも倣い、即座にその場から離脱。少しでも量子干渉陣の影響範囲から離れるべく、渓谷を地を舐めるように突っ切った。次の瞬間、無数の黒みがかった紫色の筋が地上攻略本兵団群三万のキャバリアーに降り注いだ。


 データリンクを通じてオカルト映画で魔界の門が開き響く異形達の叫びが環境雑音と化したような、驚愕と不快に満ちた悲鳴がブレイズの耳朶を打った。背後の様子を映し出すウィンドウに視線を走らせると、さながら地獄絵図だった。黒みがかった紫色の筋が、無慈悲に灰白色の重厚な外骨格(Eスケルトン)スーツを纏ったキャバリアー達を次々と穿っていく。咄嗟に走り飛び立つが間に合わず、次々と伸ばされる死神の手に捕まっていった。


 全身を走り抜ける戦慄に急き立てられるように、ブレイズは思考を回転させる。

 ――高威力の馬鹿げた範囲攻撃っ! こいつはただ事じゃねー。一体誰が、こんな真似を出来る? ミラトはそれなりの大国だが、そんな奴が居るなんて噂聞いたことねーぞ。


 己が何に巻き込まれたのか、ブレイズには全く分からない。

 ――只、敵が尋常じゃないマジック・キャバリアーだってことだけは分かる。

 ずん、と。上空の力が増した。巨大な量子干渉陣が、さらに巨大に拡張された。攻撃範囲から逃れたと思っていたブレイズを裏切り、誰一人として逃さぬように黒みがかった紫色の光線が再び降り注ぎ迫った。幾筋も。機動スタビライザーに急激を課し、ムーブを併用し躱す。


 近くを飛んでいたマーキュリーへ視線を送ると、科学兵装によって生み出されたものとは別種の、六面体のシールドを己を覆うように展開し光線に削られながらも防いでいた。精霊種をベースとするファントムは、その種族の絶大な力を使用することが出来る。精霊力とは、人類から離れたインテリジェンス・ビーング群によって作り出されたこの世界とは重なりずれるように存在する創造世界(ミユートロギア)から、借り受ける力だ。それによって、一種超常の力を発揮する。


 凌げるかと刹那の弛緩。が、今度の攻撃は、先ほど以上に濃密だった。一筋一筋が必殺の、対処できない飽和が一瞬辺りを満たす。

 ――しまっ、回避先全てが……、マーキュリーのシールドも削られて、もう……。

 思慮のある藍色の双眸に、普段は戦場に赴いても尚宿っていなかった熾烈が宿った。


 身内に常に流れるそれをブレイズは強く意識し、秘超理力(スーパーフォース)を強引にたぐり寄せ一つのイメージに収束させた。纏っていたウェアにより騎士甲冑(ナイトアーマー)を輝かせる仄かな光輝が、強い輝きを放った。一瞬、その場からブレイズの藍色をした騎士甲冑(ナイトアーマー)が消え、次に捉えられたときには片腕にマーキュリーを抱いていた。神速、否、毫の間それを越えたか……。敢えて地に降り、ムーブを併用し地を蹴った。それを見たら、零はきっと対抗意識を燃やしたに違いなかった。飽和による間隙を、ブレイズは一瞬で疾駆してのけたのだ。


 それは、単にアジリティでソルダ諸元(スペツク)グレード・スピードAをSにグレードアップさせたそれとは、決定的に異なっていた。ウェアの上位技、ランクアップ。秘超理力(スーパーフォース)クラスⅤを要求される、ウェアの上位技で最高難易度の技だ。全能力を強化するウェアを使用すると秘超理力(スーパーフォース)のコントロールを失うことから用いられぬ零では決して、手が届かぬ大技。ブレイズはスピードのみならず、ソルダ諸元(スペツク)のグレード全てを一つ上げたのだ。パワー、スピード、耐久全てAだったブレイズは、軒並みグレードSの存在しないソルダ諸元(スペツク)ランクSに到達していた。


 死の嵐の吹きすさぶ光線の猛威にかろうじて存在している生存への、細い道筋。毫の隙間へ強引に刹那割り込み、ブレイズは騎士甲冑(ナイトアーマー)に被弾したマーキュリーを抱え、光条を強烈な輝きを放つバスターソードで躱せぬものは切り伏せた。

 人外。ランクアップ使用可能な者は、確実に伝説級以上に認定される実力者。丸みを帯びたアーマーを有する藍色の騎士甲冑(ナイトアーマー)が、さながら悪鬼か悪魔めいて見えた。


 幽き道筋の最後、圧倒的な猛威に晒される瞬間、一つブレイズは吠える。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 光線が殺到する中、超技系スプリントを発動。秘超理力(スーパーフォース)が維持される限り、超速で移動可能な技。ソルダ諸元(スペツク)ランクSに上乗せし、ジグザグに走り抜け頽れた外骨格(Eスケルトン)スーツが折り重なるキャバリアーの骸へと突っ込んだ。ほどなく、死の光線の洗礼が止んだ。


 データリンクを通して、マーキュリーの息を潜めたような声が囁く。

「やり過ごした?」

「そう願いたい。どこのどいつか知らないが、こんな真似をする奴だ。後手に回った状況で戦闘になるのは、何としても避けたい」

 周囲は、骸が一帯に広がる凄惨な光景。動く者は多少はいたが、無傷の者は少なかった。ブレイズは、指揮官のブリアックに呼び掛ける。

「無事か、バロアン卿」

「おぉ、リュトヴィッツ殿か。一体何が起きた? ん? これは敵襲?」

 怪訝なブリアックの声を聞くのと同時、ブレイズの騎士甲冑(ナイトアーマー)のセンサと周囲に張り巡らせた空間把握(スペース)が高速移動する集団を捉えた。既に放っておいた自律軽量斥候(FLAS)が、鉄色の外骨格(Eスケルトン)スーツの集団の映像を送ってきた。


 バイザーの奥の精悍な面に宿す厳しさを増し、ブレイズは低めの声に苦渋を満ちさせる。

「ガーライル基地の防衛兵団群か。三千は居る。こちらは、三万の内動ける者は三割も居るかどうか……どうする? バロアン卿」

「生き残りは、敵兵団群へ備えよ! 立て直すのだ! 俺の元へ、うぉお――ガッ」

 突然、ブリアックとの通信が途絶した。敵兵団群が襲い掛かったのだ。全くこちらは戦闘集団としての機能を回復する間もない内に。マジック・キャバリアーによる大技で襲撃し、間髪入れずねじ伏せる。


 捨て鉢気味にブレイズは、大声で罵る。

「零のことを心配してたら、一飲みにされるのはこちらの方か。ざまないな。さっきの攻撃を仕掛けた奴といい、敵を甘く見過ぎていた。囮には引っ掛からなかった?」

 データリンクから、阿鼻叫喚の叫びが環境雑音の響めきとなって響いた。最早、勝ちはなかった。待つのは、一方的な蹂躙と殲滅。


 霜月のような厳格さで、マーキュリーは鈴のように涼やかな声を鳴らす。

「ブレイズ、騎士甲冑(ナイトアーマー)の稼働を停止して。上手くいけば、見逃してもらえる」

「くっ――惨めだが、この骸の山に紛れるしかないか」

 騎士甲冑(ナイトアーマー)を停止させ残骸の一つと化したブレイズ達を無視し、敵防衛兵団群は個別に応戦する地上攻略本兵団群の生き残りを掃討していった。赤子の手を捻るように、いとも容易く。味方の士気は、既に折れていたのだ。


 ざっ、と。

 近くで足音が響き、ブレイズは聞こえる筈もないのに息を殺した。


 その視線の先、琥珀色(アンバー)の精巧な恐らく騎士甲冑(ナイトアーマー)の脚部が見え、静謐な声が降り注ぐ。

「あの少数の捨て駒共は生き残ったが、こちらは全滅か……尤も、スウォッシュバトラーの第二段階攻撃をこちらには行い、向こうに居た贖罪者(レディマー)ともう一人に阻まれ囮共とは相見えなかったが」

「――っ!」


 冷や汗が全身を伝い、ブレイズは目を見開く。

 ――少数の捨て駒共は、決死隊のことか? こいつがさっきの攻撃を? 決死隊へ向かってから、こちらに来たのか。にしても、スウォッシュバトラー? 俺が知る限り、その技を使える者はこの銀河に一人だけ。十色の騎士(イクス・コロルム)琥珀色の騎士(アンバーナイト)・マーク・ステラート……。

 早く去ってくれと念じながら、ブレイズは凄惨な戦場を眺め屈辱に耐えた。

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