第2章 犠牲の軍隊前編 12
「零、わたし、あなたにどう感謝していいか」
後ろから抱きつくヴァレリーを引き剥がし指示を出そうとしたとき、外骨格スーツのスピーカーから響くサブリナの声が零の鼓膜を震わせる。
「仕掛けた炸薬源が役に立た無いばかりか、不利を招いて。わたし、上手くいくことばかり考えてた。敵の数を減らせるって。わたしの見立ての甘さだわ。そのせいで、ヴァレリーお嬢様が危うく命を落とすところだった」
「読み違いは仕方が無いさ。それに、自分を過信しすぎるのは決して悪いことだと俺は言わない。俺もそうだから。俺の場合過信しすぎたとしても、己の失敗――敗北があることを知っている。けど、サブリナにはそれがない。成功――勝ちが己の中で確定しているんだ」
「助けてくれたことはとても感謝してるけど、己を過信しすぎても構わないだなんて、甘やかさないで。上手くいくから平気なんて高を括っていたから、わたしやキャバリアー以外の決死隊に危険が及んだんだから」
零の言葉を咎めるヴァレリーに、サブリナは申し訳無さそうにする。
「申し訳ありません、ヴァレリーお嬢様。それにしても、敵は罠を読んでいたのかしら?」
「あの自律機械共を統率しているのは、指揮管制用の機械兵ユニットに搭載された汎用人工知能だ。ここは伏兵や罠に適した場所だ。幾通りもある可能性から、最も安全な行軍を選択したんだろう。こちらの布陣も、罠を示唆したものだった。わざわざ坂の下に陣取っているんだからな」
零の話に耳を傾けるより、策が外れたことを悔やむサブリナはやや呆然とした様子だ。
「初手でほぼ壊滅に持ち込める筈だったのに。まだあれだけ数を残した敵に、挟撃に持ち込まれてしまうだなんて」
「引きずるな、サブリナ。戦に絶対はない。読みが外れたのなら、状況に応じて最善を尽くすだけだ」
声音を厳しくする零の後を、エレノアが継ぐ。
「その通りだ。策を練って、敵に当たりはするさ。だが、必ず敵がこちらの思惑通り動いてくれるわけじゃない。サブリナは、失敗する可能性を考えず次策の用意を怠った。己を過信する者は、己に敗れる」
「くっ――」
悔しげな雰囲気が、サブリナの息づかいと共に伝わってきた。経験が浅いサブリナが、一つ経験を重ねた。
そう納得すると零は、決死隊へ命令を下す。不利に対処せねばならない。
「キャバリアー以外の決死隊を真ん中に、それ以外は二隊に決死隊を分け中央を挟んで前後に布陣する。敵機械兵ユニット群と、前後で交戦。キャバリアー部隊の左半分をエレノアが率い後方に布陣し、右半分を俺が率い前方に布陣。サブリナは俺の隊に。戦闘が落ち着いたら、遊撃に俺は移らせて貰う。敵から奪いたい物があるんだ。総員、情報感覚共有リンクシステム起動」
【心得た】
答える前に、既にエレノアとキャバリアー部隊の左半分が後方へ短く飛翔を開始していた。
零が率いる前方のキャバリアー部隊の前へ、大型の多脚型機械兵ユニット群を始め続々と敵が到着する。架空頭脳空間で迎撃プロットを素早く作成すると、己が指揮する前方部隊に指示を零は出し滑るように動く。
――先ずは、先手必勝。
前方で敵は集結中だが、零は地を蹴ると共に重力子機関の重力制御でGを殺すと背の汎用推進機関から電離気体を盛大に引き、一気に標的と定めた敵多脚型機械兵ユニットとの距離を詰めた。急激に四本の脚に載った胴体上部の超大口径重イオン砲が旋回し、副砲のイオン砲が連射を始める。零は、未来予知に従い硬化型ヒーターシールドで重イオンのビームを拡散させつつ、秘超理力を太刀へ伝わせパワー・ブレードを発動。機械兵ユニット同士の隙間を擦り抜け様、一閃。胴体内部へと太刀が達すると同時、更に秘超理力を強め武器の間合いを拡張。架空の刃で、多脚型機械兵ユニットの胴体を切り裂いた。すぐさまムーブで秘超理力の波紋を生じさせ、急角度で曲がり撃破した隣の多脚型機械兵ユニットも同様に切り裂く。
機先を制した零は部隊での戦いに移る前に、策を破られ応じ手を講じようともしなかったサブリナに声を掛ける。
【全く、まだ引きずっているのか? 切り替えろ。一つの読み違えに囚われていては、何もできないぞ。サブリナは、戦経験が足りない。そんなこと、しょっちゅうだ。幾ら事前の準備が完璧だと思っても、敵にそれなりに切れる者がいれば覆される。そうなったら、その都度こちらの行動を修正しなくちゃならない。慣れろ】
【悪かったわね。殆ど、こんな経験なんてないものですから。わたしの読みが外れるなん】
いつまでもグチグチとと思いながらも、サブリナを凹ませたいわけではない零は柄にもなく指導する。これまでその機会は、上級校を出たばかりの年齢の零には無かったことだ。戦場で周囲は、皆年上ばかりだったから。
【それは、運が悪かった。早い内に、サブリナの読みが高が知れてるって学べなくて。けど、これからは幾らでも学べる。自分より、上の賢者なんて幾らでも居る。それが、意思のある機械であれば当然だ】
【偉そうに、ご高説ぶって】
悔しそうなサブリナの思考が、高速情報伝達に乗り零へと伝わってきた。
敵が続々と到着し、先行した二機を零が撃破し残り七機となった多脚型機械兵ユニット群が城壁のように聳え立ち、その後方にずらりと人型機械兵ユニット群が炸薬源を避けるように並ぶ。多脚型機械兵ユニット群の超大口径の重イオン砲が、砲撃を開始した。
零が命じる前に、サブリナが音律のある彼女の声音の合成音声で思考を響かせる。
【わたしも、カバーに回るわ】
サブリナは高速でホバリングし、硬化型ヒーターシールドと強い秘超理力の光輝を宿すパワー・ブレードを発動させたナイトリーソードとで野太いビームを打ち消して行く。零とサブリナによって、前方キャバリアー部隊は最大の脅威に晒されず人型機械兵ユニット群と交戦を開始した。
身体を動かす内に気持ちを切り替えたようで、サブリナに普段の勝ち気さが戻って来る。
【泥臭い戦いになったけど、どうにかなりそう。本当は、こいつ等はもうとっくにガラクタになってた筈なのにって思うと癪だけど】
【繰り言だな。ま、数はここに来るまでに三分の一に減ってたんだ。まともにぶつかっても勝てたさ。さ、さっさと多脚型を始末するぞ。一発で多くの獲物を狩れるこいつ等さえ居なければ、中央部隊の被害を気にしなくて済む】
そのとき後方部隊の方から、響めきと同時昼間だというのに眩い輝きが広がった。
多脚型機械兵ユニットを屠りつつ、それに気付いたサブリナの思考が響く。
【リザーランド卿が、ラメントを使用したようね。後方は、勝負がつきそう】
【こちらも、うかうかしていられないな】
五機目の多脚型機械兵ユニットを、人型機械兵ユニット群の火線も加わり戦闘の激しさを増す中、沈めると同時零は答えた。
撃破を重ね最後の多脚型機械兵ユニットをアクセルで余裕綽々と屠ると、サブリナは勝ち気さを漂わせる。
【最後の多脚型。勝敗は決したわね】
【さすがは、サブリナ。馬鹿げた自己過信は問題だけど、全く危なげ無い】
【余計なお世話よ】
前方の多脚型を一掃すると、人型機械兵ユニット群の更に後方、距離を取り飛行型機械兵ユニット群に護衛された輸送型機械兵ユニット群が見える。
それを確認すると、零はサブリナへと声を掛ける。
【サブリナ、前方部隊の指揮を。俺は、遊撃に移らせて貰う。敵から、奪いたいものがあるから】
【何、奪いたいって――ちょっと、ちゃんと話してから行きなさいよ】
サブリナの抗議を置き去りに、零はその場を後にした。




